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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十四話 和平の可能性

宇宙暦 795年 1月 3日  ハイネセン   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「先程から聞いていると君は身も蓋もない言い方をするね、准将」
苦笑交じりにトリューニヒトが答えた。レベロは渋い顔をシトレは笑みを浮かべている。やはりこの中ではトリューニヒトとシトレがしぶとい。レベロはまだ青いな、いや正直と言うべきか。

「言葉を飾っても事実は変わりませんし、小官は委員長を責めているつもりも有りません。口から出した言葉と考えている事が違う政治家など珍しくもないでしょう」
「……」

そう嫌な顔をするなよ、レベロ君。別に政治家が皆嘘吐きだと言ってるわけじゃない。嘘吐きが多いと言ってるだけだ。中には正直な政治家もいる、もっとも俺はまだ見たことは無いがね、残念なことにあんたも含めてだが。

いい加減、ハムチーズサンドと卵サンドは飽きたな。次はコンビーフとツナで攻めてみるか。一口サイズだからいくらでも入る。俺がコンビーフとツナを取るとトリューニヒトも釣られたように同じものを取った。気が合うな、でも手加減はしないぞ、トリューニヒト、覚悟しろ。

「政治は結果です。結果さえ出していただければプロセスに関して文句は言いません……。ところで小官の質問に答えていただきたいのですが」
トリューニヒトがまた苦笑した。そしてレベロ、シトレへと視線を向ける。一つ頷いてから話し始めた。

「私は主戦論を唱えているが主戦論者と言う訳ではない」
トリューニヒトが俺を見つめながら言う。俺はその気はないぞ、他を当たれ。あんたが必要とするのは権力であって主義主張じゃないって事だろう。市民が望む言葉を言うだけだ。このコンビーフは結構いける。マヨネーズが良い。

「私は自由惑星同盟を民主共和政を愛している。それを守りたいと思っている」
ちょっと違うな。あんたは他人から称賛される事で生きていることを実感できる人間なんだ。そのために一番分かりやすい政治制度は議会制民主主義だ。つまり自由惑星同盟はあんたの生存圏なわけだ。あんたは自由惑星同盟を愛しているのではなく自らの生存圏を必要としているだけだ、とおれは思っているよ。

「それでこの集まりはなんです?」
「帝国との和平を考えている集団だ」
トリューニヒト君が厳かに答えた。断っておくが俺はメンバーに入れるなよ。死んだ母さんから悪い人と付き合っちゃいけないと言われているんだ。お前らなんかと一緒にいると母さんが嘆くだろう。“私のかわいいエーリッヒが、何でこんな悪い人達と”ってな。

まあ、少なくとも打倒帝国を企む正義の秘密結社なんて言われるよりは納得がいく。しかし自由惑星同盟で政府閣僚と統合作戦本部長が密かに和平を画策するか。なかなか楽しいお話だ。うん、ツナサンド、美味しい。ハートマークを付けたくなった。宇宙艦隊司令部の食堂もこれぐらいのサンドイッチを作って欲しいもんだ。

「私とレベロは以前から密かに協力し合う仲だった。君が言ったように同盟は帝国には勝てない、勝てない以上、戦争を続ける事は無益だし危険でもある。何とか帝国との間に和平をと考えているのだ」

最初はレベロとトリューニヒトか……。意外ではあるな、レベロとシトレかと思っていた。シトレが加わったのはアルレスハイムの会戦以降、レベロとトリューニヒトの繋がりはそれ以前から……。この連中はそれなりに本気で和平を考えている、そういう事かな……。

「私が主戦論を唱えた理由は二つある。一つは主戦論を唱える事で軍内部の主戦論者を私の下に引き寄せコントロールすることが目的だった。彼らを野放しにすれば何時暴発するか分からない、それを避けるためだ」

世も末だな、クーデターが怖くてごますりかよ。主戦論者なんて声のでかい阿呆以外の何物でもないだろう。馬鹿で阿呆な軍人などさっさと首にすればいい。最前線に送り込んで物理的に抹殺するか、退役させるか。最前線送りの方がベターだろうな。

まあ遺族年金という出費が発生するが後々面倒が無くて良い。金でケリがつくならその方が楽だ、死人は悪さはしない。惑星カプチェランカに送って全員凍死させてやれ。

「もう一つは主戦論を唱えていた方が和平に賛成したときに周囲に与えるインパクトが大きいと思ったのだ。最も強硬な主戦論者が和平を支持した。戦争よりも和平の方が同盟のためになる、周囲にそう思わせることが出来るだろう」

なるほど、それは有るかもしれないな。問題は自分の役に取り込まれないようにすることだ。主戦論者のまま身動きできないようになったら間抜け以外の何物でもない。

しかし扇動政治家トリューニヒトが和平を考えるか、冗談なら笑えないし、真実ならもっと笑えない。原作ではどうだったのかな、トリューニヒトとレベロは連携していたのか……、トリューニヒトの後はレベロが最高評議会議長になった。他に人が居なかったと言うのも有るだろうが、あえてレベロが貧乏くじを引いたのはトリューニヒトに後事を託されたとも考えられる。いかん、ツナサンドが止まらん。

さて、どうする。連中が俺に和平の件を話すと言う事は俺の帝国人としての知識を利用したいという事が有るだろう。そして和平の実現に力を貸せ、仲間になれという事だ。どうする、受けるか、拒絶か……。レベロ、シトレ、トリューニヒト、信用できるのか、信用してよいのか、一つ間違えば帝国と内通という疑いをかけられるだろう。特に俺は亡命者だ、危険と言える。

「君は先程同盟を帝国に認めさせる、対等の国家関係を築く事は可能だと言っていたね」
「そんな事は言っていませんよ、レベロ委員長。可能性は有ります、少ないですけどねと言ったんです」

シトレとトリューニヒトが笑い声を上げた。レベロの顔が歪み、俺をきつい目で睨んだ。睨んでも無駄だよ、レベロ。自分の都合の良いように取るんじゃない。お前ら政治家の悪い癖だ。どうして政治家って奴は皆そうなのかね。頭が悪いのか、耳が悪いのか、多分根性が悪いんだろう。

いや、それよりどうするかだ。和平そのものは悪くない、いや大歓迎だ。これ以上戦争を続ければ何処かでラインハルトとぶつかる。それは避けたい、とても勝てるとは思えないのだ、結果は戦死だろう。戦って勝てないのなら戦わないようにするのも一つの手だ。三十六計、逃げるに如かずと言う言葉も有る。そういう意味では和平と言うのは十分魅力的だ。

「その可能性とは」
どうする、乗るか? 乗るのなら真面目に答える必要が有る……。この連中を信じるのか? 信じられるのか? ……かけてみるか? 血塗れとか虐殺者とか言われながらこのまま当てもなく戦い続けるよりは良い……、最後は間違いなく戦死だろう。

同盟が滅べば俺には居場所は無いだろう。生きるために和平にかけるか……。宇宙は分裂したままだな、生きるために宇宙の統一を阻む。一殺多生ならぬ他殺一生か、外道の極みだな、だがそれでも和平にかけてみるか……。

「准将、どうかしたのかね」
気が付くとレベロが心配そうな顔をしていた。トリューニヒトもシトレも訝しそうな表情をしている。どうやら俺は思考の海に沈んでいたようだ。

「いえ、何でもありません。簡単なことです、殺しまくることですよ、レベロ委員長」
振り返るな、サンドイッチを食べるんだ。周囲を不安にさせるような行動はすべきじゃない。連中に俺を信じさせるんだ。今度はトマトとチーズのサンドイッチだ。チーズはモッツァレッラ、バジリコも入っている。インサラータ・カプレーゼか、これは絶品だな。

「殺しまくるって、君……」
そんな呆れたような声を出すなよ、レベロ。いかんな、トリューニヒトもシトレも似たような表情だ。俺の答えに呆れたという事はこいつら根本的な部分で帝国が分かっていない。分かっていないから和平なんて事を考えたか。知っていれば考えなかったかもしれん。早まったか? 違う、だから俺の知識が必要なのだ! 振り返らずに前に進め!

「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝……。分かりますか、帝国は対等の存在など認めていないんです。彼らを和平の席に着かせるには帝国軍の将兵を殺しまくってこれ以上戦争は出来ないと思わせるしかありません」

部屋に沈黙が落ちた。俺は極端なことを言っているつもりはない。どんな戦争でも限度と言うものは有る。帝国と同盟の戦争で帝国が許容できない損害とは何か?

同盟領内部で戦うのだから領土は論外だ。となれば後はどれだけ帝国軍の兵士を殺したか、帝国の軍事費を膨大なものにしたかという事になる。戦死者に対する遺族年金もその一つだ。簡単に言えばアムリッツアを帝国相手に実施することだ。二千万人も殺せばいくら帝国でも当分戦争は出来ない。和平という事も考える可能性はある。

考えなければその時点でイゼルローン要塞攻略を実施しても良い。その上で帝国領侵攻を匂わせる……。或いは辺境星域に対して一個艦隊による通商破壊作戦を実施する。帝国も本気で和平を考えるだろう。問題は本気で帝国領侵攻なんて馬鹿なことをしないことだな。

テーブルの上にはサンドイッチが残っている。皆なんで食べないのかね、残しても仕方ないぞ。俺はインサラータ・カプレーゼをもう一つ頂こう、実に美味い。

「イゼルローン要塞を攻略すれば帝国領への侵攻という最悪の選択肢が待っています。となれば同盟領内で帝国軍の殲滅を繰り返すしかないんです。違いますか?」
「……」

殺せ、ただひたすら殺せか……。なんとも血腥い話だな、うんざりする。血塗れのヴァレンシュタイン……、そのうち赤ワインの代わりに帝国軍人の生き血を啜って生きているとか言われそうだ。

「他に選択肢は無いのかね」
低く押し殺した声でシトレが問いかけてきた。真打登場か、シトレ。
「選択肢は有りませんね、ただ……」
「ただ?」
「ただ……、現時点で帝国には不確定要因が有ります。それによっては別な選択肢が発生する可能性はあるでしょう……」

俺の言葉にトリューニヒト、レベロ、シトレが顔を見合わせた。トリューニヒトがこちらを窺うように問いかけてきた。
「その不確定要因とは、何かね」

「皇帝フリードリヒ四世の寿命です」
俺の言葉にトリューニヒト、レベロ、シトレがまた顔を見合わせた。この三人が全くそれを検討したことが無いとも思えない。だがどこまで検討したか……。

「皇帝フリードリヒ四世は後継者を定めていません。皇帝が死ねば帝国は皇帝の座を巡って内乱が発生する可能性が有ります」
「ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯か」
トリューニヒトが呟きレベロとシトレがそれぞれの表情で頷いている。やはりな。この三人は内乱を検討している。

「それだけとは限りません」
「?」
「次の皇帝候補者はブラウンシュバイク公爵家のエリザベート、リッテンハイム侯爵家のサビーネ、そしてエルウィン・ヨーゼフ……」

「エルウィン・ヨーゼフ? しかし彼には有力な後ろ盾が無いだろう」
甘いな、シトレ。どうやらお前達は皇帝フリードリヒ四世の死後を検討はしたがブラウンシュバイクとリッテンハイムの内乱で終わりのようだな。おそらくはブラウンシュバイク公が有利、そんなところか。原作知識が有るせいかもしれないが酷く心許ない。

「彼は亡くなったルードヴィヒ皇太子の息子です。三人の中では一番血筋が良い、おまけに男子です」
「しかし」
「彼には後ろ盾が無い、逆に言えば誰もが後ろ盾になれる。そういう事です」
「!」

トリューニヒト、レベロ、シトレが顔を見合わせた。そして今度は俺を見ている。なんか嫌な感じだな、俺は無視して水を飲んだ。今度はレベロが俺に問いかけてきた。

「しかしブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を敵に回すだけの実力を持った貴族などいるのかね。両家とも親族が多く兵力も多い、そう簡単に敵に回せる相手ではないが」
シトレが頷きトリューニヒトは考え込んでいる。

「軍を味方に付ければ可能でしょう。誰が軍の実戦部隊を握っているか、それを利用しようとする人間が現れるか、それによって内乱の行方は変わります。ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯の争いで終わるのか、それとも軍も加わって帝国を二分、三分する大乱になるのか……。その中で選択肢が発生する可能性が有ると思います」

三人が考え込んでいる。選択肢について考えているのだろう。原作ではラインハルトが軍の実戦部隊を握った。リヒテンラーデ侯がラインハルトと手を組みブラウンシュバイク、リッテンハイム連合を破った。そしてその後、ラインハルトによってリヒテンラーデ侯が粛清された。

この世界ではどうなるのか……。先ず皇帝がいつ死ぬかだな、原作通りなら来年の十月だ。問題はそれまでにラインハルトが軍を掌握できるかだが、ちょっと難しいだろう。ヴァンフリートの敗戦が効いている、あそこで足踏みしたことは大きい。

となるとリヒテンラーデ侯は誰と組む? 場合によっては最初から皇位継承争いから降りる可能性もあるな。ブラウンシュバイク、リッテンハイムの一騎打ちか。勝った方にラインハルトを粛清させる……。ブラウンシュバイク公が勝てばフレーゲル辺りを焚きつけるか。場合によってはアンネローゼがフリードリヒ四世を殺したという噂を流すのも良いだろう。

帝国の分割統治という方法はないかな、なんならエルウィン・ヨーゼフを入れて三分割でもいい。イゼルローン方面を抑えた勢力と和を結ぶ。帝国の分裂状態を固定化できればそれだけで自由惑星同盟は平和を享受できる……。

先走るな、自分に都合のいいことばかり考えるんじゃない。ラインハルトに代わる人物が出るかもしれないし、或いはラインハルトが誰かを担いで帝国の覇権を握ろうとするかもしれない。そうであれば必ずしも軍を掌握している必要は無い……。

分からんな、いくつかの選択肢が見えて来るんだろうが今の時点では分からない。ただ分かっている事は皇帝が早く死んだ方がベターだという事だ。遅くなればラインハルトの地位が上がる。場合によっては軍を掌握している可能性もある。その場合は原作とほとんど変わらない流れになるだろう。一番避けたいケースだ。

「フリードリヒ四世の死か……。一体何時の事なのか……」
トリューニヒトが呟く。頼りない不確定要因だと思ったのだろう。フリードリヒ四世は未だ十分に若い。今の時点で彼が近未来に死ぬと予測している人間など居ない筈だ。

「皇帝は必ずしも健康ではありません。意外に早いかもしれませんよ」
俺の言葉に三人が顔を見合わせた。実際早くなってほしいもんだ。
「我々が今準備する事は?」
トリューニヒトが囁くような声で問いかけてきた。

「軍を精強ならしめる事です」
「……シトレ元帥の宇宙艦隊司令長官への就任だね」
「ええ」

トリューニヒトがシトレと視線を交わす。互いに頷くとトリューニヒトは俺を見た。
「シトレ元帥を宇宙艦隊司令長官にしよう。後任の本部長はグリーンヒル大将だ。但し、彼は代理という事になる」

なるほど、統合作戦本部長の椅子はシトレのものと言う訳か。これは一時的な処置という事だな。結構、大いに結構だ。その方がシトレの権威はより増すだろう……。



宇宙暦 795年 1月 4日  ハイネセン   シドニー・シトレ


会合が終わったのは日付が変わって三十分も経ったころだった。私は地上車で自宅に戻る途中だ。隣にはヴァレンシュタイン准将が居る。地上車に乗ってから彼は一言も口を利かない。ただ黙って何かを考えている。

「何を考えているのかね」
「……未来を」
「未来か、どんな未来かね」
彼が考える未来とはどんな未来なのか、少し興味が有った。和平を結び退役して何かやりたい事でもあるのだろうか……。

「帝国史上最大の裏切り者、銀河史上最大の大量殺人者、私がそう蔑まれる未来とはどんなものかを考えていました」
「……」
冷静な声だった。顔を見たが感情は見えなかった。皮肉を言っているわけではなかった。自分を蔑んでいるわけでもなかった……。

帝国軍を殺しまくる。和平のために殺しまくる。確かに彼は帝国史上最大の裏切り者、銀河史上最大の大量殺人者、そう呼ばれることになるかもしれない……。気が重くなった、そう仕向けたのは私だがそれでも、いやそれだからこそ気が重い。

「元帥」
「何かな、准将」
「宇宙艦隊の司令官を交代させてください。今のままでは信用できません。まともに戦えるのは第五、第十、第十二くらいのものです」

ビュコック、ウランフ、ボロディンか……。確かにそうだな、後使えるのと言えば第一のクブルスリーだが、名前は出なかったな。
「交代と言っても後任者はどうする」
「先ず、ラルフ・カールセン、ライオネル・モートンの両名を艦隊司令官にしてください。後は徐々に入れ替えましょう」

なるほどカールセン、モートンか。両名とも士官学校を出ていないが実力は確かだ。ロボスの失態で下がった兵の士気を叩き上げの両名を司令官にすることで上げようという事か。一石二鳥、悪くない案だ。

「良いだろう、トリューニヒト委員長に相談しよう。だが何故先程言わなかったのかね?」
「貴方の周囲は馬鹿ばかりです、そう言っては委員長閣下も気を悪くするでしょう」
余りの言い様に失笑した。この青年はこれでもトリューニヒトに気を使ったらしい。

「それとヤン准将を昇進させて正規艦隊の司令官にしてください」
「ヤン准将を、しかし」
「次の会戦が終わったらで構いません。適当な理由で彼を中将にしてください」

二階級昇進させろと言うのか……。
「准将、彼は参謀の方が向いているのではないかね」
ヤン・ウェンリーを指揮官? 参謀が向いているとは言えないが、指揮官はもっと向いていないだろう。

私の言葉にヴァレンシュタイン准将は薄らと笑みを浮かべた。
「違いますね、彼は指揮官の方が向いています」
「?」
私は納得できないという表情をしていただろう。ヴァレンシュタインは私の顔を面白そうに見ている。

「ヤン准将は天才です。そうであるが故に彼を部下に持った指揮官は彼を理解できず使いこなせない。参謀としては一番不適格なんです。悪い事にあの人は事務処理が出来ないから周囲はどうしても軽んじる。そしてあの人自身戦争を嫌っている所為か積極的に戦争に取り組もうとしない」
「……」

「彼を本気にさせ、実力を発揮させるには頂点に据えるしかないんです。エル・ファシルがそうです。全権を預ければ奇跡を起こせる……。一個艦隊、百五十万人の命を預ければ、本気になるでしょう。奇跡の(ミラクル)ヤンと呼ばれる日が来ますよ」

なるほど、そういう見方もあるのか……。確かに指揮官として試してみる価値は有るのかもしれない。それにしても随分と詳しい、ヤンの事だけではない、カールセン、モートン、何時の間にそこまで調べたのか……。

「君はヤン准将を高く評価しているのだね」
私の言葉にヴァレンシュタインは頷いた。不思議だった、ヤンとヴァレンシュタインは今一つ上手く行っていないと聞いている。しかし、ヴァレンシュタインのヤンに対する評価は非常に高い。冷徹、そんな言葉が胸に浮かんだ。

「評価しています、ラインハルト・フォン・ミューゼルに対抗できるのは彼だけでしょう。ある程度、武勲を挙げたら総司令部に戻して総参謀長、或いは司令長官にすることです」

ラインハルト・フォン・ミューゼル、ヴァレンシュタインが天才だと評している人物……。
「私には君も天才だと思えるがね」
私の言葉にヴァレンシュタインは微かに頬を歪めた、自嘲か?

「買い被りですね。私はあの二人には到底及びません。自分の力量は自分がよく分かっています」
「しかし……」
会合での君は十分にその才能を我々に見せつけた、ヴァンフリートではミューゼルをもう一歩まで追い詰めた、そう言おうとした私を彼は遮った。

「閣下はまだあの二人の真の姿を知らないだけです。あの二人に比べれば私など……、居ても居なくても良い存在です、いや居なかった方が良かったのかもしれない……」

そう言うと彼は大きく息を吐いて目を閉じた。地上車が彼の官舎の前に止まるまで彼が目を開けることは無かった……。

 
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