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離れてはならない

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第三章

「ゼウス様の御命令だ!早く逃げろ!」
「そ、それじゃあ今は」
「そうだ、逃げよう」
 ヘリオスはヘルメスの言葉を聞いてだ。エオスに強張った顔で告げた。
「生き残る為にだ」
「そうだね。それじゃあ」
「私もすぐにセレネと共に逃げる」
 自分の妹である月の女神とだ。ヘリオスは逃げるというのだ。
「だからだ。君もだ」
「うん、逃げるよ」
 エオスもそう言ってだ。実際に逃げようとした。しかしだ。
 その彼のところにだ。アフロディーテが血相を変えて飛んで来てだ。こう言って来たのだった。
「エオス、ここにいたのね」
「あっ、お母さん」
「いい?すぐにここから逃げるわよ」
 いつもの美貌は汗と狼狽に覆われていた。とにかく必死の形相だった。
 そしてその顔でだ。我が子の手を掴んで言うのだった。
「さもないとテューポーンに襲われるわよ」
「お母さん、さっきまで男の人達と一緒だったんじゃ」
「皆それぞれ逃げてもらったわ」
 彼等についてはだ。アフロディーテはこれで終わらせた。
「けれどそれでもね」
「僕はなんだ」
「いい?私から離れないで」
 誰もが一目散に逃げ惑う中でだ。アフロディーテはエオスに言う。
「そしてね。今からね」
「逃げるんだね」
「そう。逃げるわ」
 こう言ってそしてだった。逃げると言ってだ。
 エオスの掴んだその手を引っ張ってだ。彼女も一目散に逃げだした。
 そしてそのうえでだ。河を目の前にしてだ。こう我が子に言った。
「河の中に入って」
「この中を泳いで」
「そして逃げるわ。ゼウス様がテューポーンを止められている間に」
 後ろを見る。見ればだ。
 ゼウスが雷、己の武器であるそれを手に巨大な怪物と戦っていた。
 百の竜の首を持つ天を衝かんばかりの巨人だ。巨人の全身には羽毛が生え二本の腿から下は蛇の下半身だ。両腕を乱暴に振り回し凄まじい轟音と突風を巻き起こしている。
 その巨人テューポーンとゼウスが死闘を繰り広げているのを見てからだ。アフロディーテは再び我が子に対して告げたのだった。
「いい?絶対にね」
「絶対に?」
「離れたら駄目よ。私から」
 真剣な。先程までの美男達と共にいた顔とは全く違う顔でだ。アフロディーテはエオスに告げる。
「わかったわね」
「離れたら」
「そう、駄目よ」
 こう言うのだった。これ以上はないまでに強く。
「わかったわね。じゃあ河の中に入って」
「河の中っていうと」
「魚になるわ」
 その姿にだ。変身してだというのだ。
「泳いで逃げるわよ。このうえない速さでね」
「そうしないと今は」
「逃げられないわ」
 そう考えてだった。とにかくテューポーンは恐ろしかった。何しろ神々の長であるゼウスしか闘えないまでだ。アフロディーテもこのことは嫌になる程わかっていた。
 それでだ。魚になって逃げるとだ。我が子に告げてだ。
 アフロディーテは河に飛び込んだ。エオスもそれに続く。飛び込むその中でだ。
 二人は魚になった。そしてだ。河の中をひたすら泳いでいく。
 だがその中でエオスの魚はアフロディーテの魚から離れようとしていた。それを見てだ。
「エオス、駄目!」
 アフロディーテは咄嗟に叫んだ。そして。
 自分の力で薔薇色の帯を出した。その帯で。
 エオスの魚の尻尾を括った。そのうえで己の尻尾、魚のそれにもくくりつけた。そうしたうえで我が子に対してだ。こう言ったのだった。
「これで離れることはないわ」
「お母さん、こうしてまで」
「そうよ。離れたら駄目なのよ」
 切実な声でだ。母は子に言った。 
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