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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン60 蹂躙王と怪異の演目

 
前書き
前回のあらすじ:祝・闇堕ち。壊獣降臨。 

 
「……はぁ」

 ため息をつき、鉄格子のはまった小さな窓の隙間から空を見上げる。どんよりと厚い雲が立ち込めた夜空は、僕の気分にもぴったりだった……なんて、詞的なことを言う気分にもなれない。そもそもそんな相手もいない。僕は今ここに、1人きりだ。
 だが、自分の境遇に文句をつける気はない。そんな図々しいこと、ちらりと考える気にすらならない。石造りで殺風景な部屋のせいで無性に冷たく感じるベッドに寝そべっていると、自然とあの時のことが頭をよぎってきた。そう、あれは、僕がサンダー・ザ・キングの特殊能力を使ってダーク・バルターにとどめを刺したあのデュエルが終わってからのこと。といっても、大した話ではない。こんな何もない部屋にいると、それぐらいしかすることがないのだ。





「あ……ぐ……」

 地面に無様に転がったダーク・バルターの方から、かすかなうめき声が聞こえてくる。しつこい奴だ、サンダー・ザ・キングの3回攻撃を受けてまだ息があったか。

「もっとも、生きてて可哀そうにとは思うけどね。ねえ?」

 同意を求めて頭上を仰ぐと、ゴロゴロと途方もなく巨大な生物が喉を鳴らすような音が帰ってきた。そこにいたのは、まさしくたった今死闘を制したばかりのサンダー・ザ・キングの白い巨体。なぜデュエルが終わったのにソリッドビジョンが消えていないのかはいまいち謎だが、これはむしろ都合がいい。

「まあ、生かしておくのも禍根が残るしね。どーせ今更許す気もないし、構わないから遠慮なくとどめ刺しちゃってよ」

 僕の命令を待っていた、といわんばかりに、サンダー・ザ・キングの全身に再びプラズマが走り出す。別に普通に攻撃するだけでもよかったのにわざわざ帯電能力まで使っているところを見ると、オーバーキルは承知のうえで最大火力で終わらせる気のようだ。それだけ、僕のダーク・バルターに対しての怒りやら憎しみやらが深いことをこの龍は読み取ってくれたのだろう。そしてそんな知能があるところをみると、どうやらこの壊獣たちも精霊の力を宿しているらしい。それとも前提が逆で、精霊として自我があるからこそこうして僕の呼びかけに応えてくれたのだろうか。どちらにせよ、そんな鶏が先か卵が先かなんて話は僕には関係ないことだ。
 ともあれ見かけによらないその細やかな気遣いに心の中で感謝しつつ白い巨体に走るプラズマの量が徐々に増えていくのを見守っていると、やがてその量も最大に達したのが感覚で理解できた。じっとこちらを見るサンダー・ザ・キングの3つの頭に、そっと頷いて口を開く。

「これで終わらせる!行け、サンダー・ザ・キ……ん!?」

 今まさに最終命令を出そうとしたその時、うめき声と共に苦しみ続けるダーク・バルターの体がふとしたはずみにごろりとひっくり返って仰向けになった。あらわになったその顔……それはすでに悪魔のそれではなく、その体の元となった辺境の大賢者のもの。

「……っ!ストップストップ、攻撃中止して!」

 頭上の三つ首龍に精一杯の大声で攻撃を強制中断させようとしたが、すでにそれをするには遅すぎた。それでも辛うじて2つの首を明後日の方向に伸ばして雷撃のブレスを飛ばすサンダー・ザ・キングだが、残りの首からは既にブレスが老人に向かって放たれている。
 気が付けば、半ば無意識に体を動かしていた。僕の体では小さすぎて盾にすらならないことは承知の上だが、それでも動かずにはいられない。いまだ体を動かすこともできない老人の前に行き、今にも到達しそうな雷撃との間に立ちふさがる。大賢者の体を持ち上げてブレスの直撃範囲外に持っていければそれが最善なのだが、それをするにはあまりに距離が離れすぎていて先にブレスが届いてしまう。

「くっ……!」

 目の前が真っ白くなるほどの迫力と眩しさに目を閉じ、歯を食いしばって両手を広げ仁王立ちする。
 その直後、想像をはるかに超える衝撃と全身の筋肉が痙攣するほどの電撃が僕の体に降りかかった。悲鳴を上げようにも口が動かず、全身の細胞ひとつひとつが電気の力に屈して痛みを訴える。これまでの闇のデュエルで受けた痛みは、よくも悪くもそのほとんどが物理的な衝撃ばかりだった。直接体を襲う電撃という全く未知なタイプの痛みの前には僕のちっぽけな覚悟など何の役にも立たず、意識が途切れる際にはこれでこの瞬間だけでも痛みから解放されるという喜びが真っ先に来たほどだった。
 そして、今。一体何があったのか、僕には何もわからない。サンダー・ザ・キングの一撃をまともに浴びて意識が飛んだ僕が目覚めたのが、だいたい数時間前。一体あれからどれぐらいの時が経っているのか、そもそもここはどこなのか、まだ誰にも会っていないため話を聞くことができておらず、大事なことは何一つわからない。

「痛っ……」

 ぼそりと声が漏れる。まだ電気の後遺症が体に残っているらしく、下手に動くと重い痛みと共に筋肉が突っ張るような感覚になる。少し動くだけでもこのざまだ、走ったりするなど問題外だろう。
 それでもどうにか上半身を起こしたところで、部屋のドアノブがゆっくりと回るのが見えた。じっと見つめていると、音をたてないよう慎重な動きでドアが開きその隙間から人の顔がのぞく。まさか起きているとは思わなかったのであろう僕と目が合うことたっぷり5秒、ドアも開けっ放しでその人が元来た方向へ駆けていった。騒々しい声がこっちまで聞こえてくるけど、いいんだろうか。

「隊長、隊長!あの子供、目が覚めました!」
「何?わかった、私が行こ……待て、この馬鹿者!ドアも閉じずに報告に来るやつがどこの世界にいるか!」
「ひえっ、も、申し訳ありません!」
「まあいい……戦闘経験のない者にそこまで期待するのも筋違いだからな。ただ、次は無いと思え」

 ……なんか、この隊長とやらはずいぶん苦労しているらしい。心の中で同情していると、全身緑色の軍服のようなものに身を包んだ男がきびきびした動きで入ってきた。ヘルメットとゴーグルで顔を隠しているため素顔はよくわからないが、恐らくこの男が隊長とやらだろう。

「目が覚めたようだな。私は……そうだな、デュエルモンスターズでいうところのバックアップ・ウォリアーという者だ。私自身はただの戦士族だが、今はここでフリード軍後方支援部隊を率いている」
「バックアップ・ウォリアーさん……」

 復唱すると満足げにうむ、と頷き、その後一言ぼそりと付け足す。

「済まないね。私も本名を名乗りたいのだが、まだ君が敵になるか味方になるかもわからないからな。なにせこのご時世だ、ほいほいと本名を教えるわけにはいかないのだよ、遊野清明君」

 このご時世、という言い方も引っかかったが、それ以上に気になることがあった。バックアップ・ウォリアーとは初対面のはずだが、僕の名前をなぜ知っているのだろう。そんな訝しげな視線に気づいたらしい軍人が、ばつが悪そうに肩をすくめる。

「あまりプライバシーに干渉したくはなかったが、これも仕事なのでね。君が眠っているここ数日の間に、少々荷物をチェックさせてもらったよ。といっても、身に着けていた学生証や財布以外はデュエルディスクとデッキ、それと白紙のカードが1枚程度しかなかったようだが」

 言われて服の中を探ってみると、確かにいつも入れてある位置に学生証がない。バックアップ・ウォリアーが差し出したそれを受け取り、間違いなく僕の物であることを確認してまた仕舞い込む。白紙のカードは、これで残り1枚。

「あの、僕のデュエルディスクは……」
「その前に、聞かせてもらいたい。一体、君に何があったのかを。私があの恐ろしい雷撃と、それを放つ白い龍の姿を見て駆け付けた時にはすでにデュエルは終わっていて、その場所には君と辺境の大賢者が倒れていた」
「そ、そうだ!あの人は、あの人は無事なんですか!?くっ……!」

 急に動いたせいでまた痛み出した体に怯んでいるうちに、バックアップ・ウォリアーのゴーグル越しに見える顔がどこか遠くを見るような目になる。ややあってぽつりと告げた言葉は、体中の痛みを忘れさせるには十分だった。

「……彼とは私も懇意にしていてね、あの人の最期を看取れたのは運がよかったと思っているよ」
「そう、ですか……」

 最期を看取れた、か。するとやはり、僕がしたことは無駄だったのだろうか。もとはといえば僕があの森に出てきさえしなければ、あるいは砂漠の世界でクロノス先生に負けさえしなければ、いっそラビエルに負けていれば……どこかでほんの少し違った結果が起きていれば、大賢者は今もあの森の奥で静かに暮らしていられただろう。
 どんどん気持ちが沈んでいく僕の方をちらりと見たバックアップ・ウォリアーが、明後日の方向を見つめたまま口を開く。

「あの人からの遺言がある。あの人は最後まで君のことを心配していたが、『たとえ君の目の前に道があろうとも、その道を進むか否かは君の決めることだ』だそうだ。それと私のことで気に病むな、これは私が決めた上で進んだ道だ、とも言っていたな」
「……」

 辺境の大賢者からの遺言を、心の中でじっくりと噛みしめる。やがてぽつぽつと、僕がこの世界に来てからのことを話し始めた。いざ口に出してみるといかにも嘘くさい話だとは我ながら思ったが、少なくともバックアップ・ウォリアーは一切口を挟まずにずっと僕の話を真剣な表情で聞き続けてくれた。
 途中で休憩を取って数日ぶりの食事にありついたりしていたら、話が終わるころにはすっかり夕暮れ時になっていた。小さな窓から見える外の様子をぼんやり眺めていると、突然外の様子が騒がしくなってきた。軽く舌打ちし、バックアップ・ウォリアーが腰から無線機を引っ張り出す。

「おい、応答しろ!この騒ぎは一体なんだ!」
『ほ、報告します、隊長!南南西より敵襲、今のところ敵は1人ですが、恐ろしい奴です!』
「南南西だと?その方角には串刺しの落とし穴が仕掛けてあったはずだ、投石部隊にはそこに誘導するよう命じて……」
『だ、駄目です隊長!とんでもない速さです、もう本陣まで……うわぁーっ!』
「おい、応答しろ!誰か!誰かいないのか!……チッ、私が出よう。君はここで待っていてくれ」
「いえ」

 思いのほか冷静な、というよりむしろ冷たい声が出た。驚いて振り返る軍人の目には、さぞかし奇異に映ったことだろう。なぜとは説明できないけれど、強いていえば感覚でわかる。今この場所に近づきつつある敵襲……その殺意は、真っ直ぐ僕に向けられている。それに体が勝手に反応し、ダークシグナーとしての力が強制的に開放されつつあるのだろう。今僕の目は紫色を帯び始め、制服の下では紫の痣が体の表面を這い続けていることだろう。

「僕が、行きます。すいませんが、デッキを返して下さい」
「……わかった。ついてきなさい」

 これ以上の説得は時間の無駄だと諦めたのか、それとも僕の調子に押し切られたのか。なんにせよ、話が早いのはいいことだ。ベッドから起き上がったのを確認し、無言で部屋を後にするバックアップ・ウォリアーの後ろに続く。いくらか歩くことになるかとも思ったが、何のことはなくすぐ隣の部屋に入っていった。その部屋の壁に立てかけてあるのは、確かにアカデミア仕様のデュエルディスク。

「あれが君のデュエルディスクだ。デッキには一切触れていない、これは同じデュエリストとしての私の名誉に誓おう」
「ありがとうございます」
「少し、待っていただきましょうか」

 デュエルディスクを手に取ったちょうどその時、どこからともなく低い声が石造りの部屋に響いた。咄嗟に周りを見回すも、僕とバックアップ・ウォリアーの他には動くものは何もない。あえて挙げるとすれば、部屋の奥の暖炉で炎が赤々と燃えているぐらいだろうか。
 だが、僕よりも歴戦の戦士であるバックアップ・ウォリアーにはその気配が感じられたらしい。まさにその暖炉に向けて、手にした巨大な銃を腰だめに構える。ワンテンポ遅れて、僕にもはっきりと分かった。あの炎、ただ単に火が燃えているんじゃない。

「誰だ!」
「おやおや、もう見つかってしまいましたか。さすがはフリード軍後方支援部隊隊長、バックアップ・ウォリアーさんといったところでしょうか?ですが、今回(わたくし)が用があるのはあなたではないのですよ」

 暖炉の炎が揺らめき、みるみるうちに膨れ上がって形を変えていく。筋肉質な上半身からは4本もの腕だけでなく蝙蝠状の翼までもが生え、毛深い下半身は足先の蹄と合わせて羊など動物のそれを連想させる。もっとも、そんな当たり前の動物は2足歩行などしやしないであろうという1点を除けば、の話ではあるが。
 だが、それまでのパーツはどうにか人型の体裁を成していたのだが、首から上だけはどうにもしようがない。もろに山羊といった風体のそれには、あのダーク・バルターのそれとよく似た角もついている。もっとも、向こうのそれよりもサイズは小さい代わりによりカールしているというささやかな違いはあるが。

「その山羊面、聞いたことがあるぞ。貴様がレッサー・デーモンか」
「おや、私の名もずいぶん広まったようで光栄ですね。いかにも、私の名はレッサー・デーモン。お初にお目にかかります」

 その物腰こそ丁寧だが、レッサー・デーモンのその目はまるで笑っていない。常に周りの存在全てを小馬鹿にした感じを隠そうともしていない悪魔、そんな点までダーク・バルターとどことなく似通っている。

「さて、私も今回こうして足を運んだのは、なにもあなた方と遊びに来たわけではないのですよ。早速本題に入らせていただきますが、あなた、私達と共に戦いませんか?」

 レッサー・デーモンが僕の方を向き、蹄でコツコツと床を叩きながら問いかける。真意をはかりかねて無言のままでいる僕に自らの説明不足を感じたらしく、咳払いひとつとともに改めて悪魔が語りだす。

「つまりですね、私はあなたの実力をそれなりに評価しているのですよ。ブラッド・ソウルはただの小物のつまらない悪魔でしたが、辺境の大賢者の体に憑依するという大金星を挙げて名実ともに魔人となった彼の戦闘力、ひいてはデュエルの腕前は決して侮れないものがありました。それをあなたは、あっさりと圧倒的なまでの力を持って退けた。その力をお貸しいただけるならば、我々暗黒界による侵攻計画もより一層楽になるというものです」
「暗黒界?侵攻?」
「……少し前のことだ。元々この世界は暗黒界により統治されていたのだが、穏健派の龍神グラファを筆頭とする彼らによるあくまでも名ばかりの支配のもとで我々も平和な日々を過ごしていた。だがある日、あの空に留まり続ける不気味な彗星が現れてからすべてが狂いだした!」

 バックアップ・ウォリアーが、レッサー・デーモンを睨みつけ銃口を向けたままその話をさらに補足する。
 そしてどうやら今から語られる話は、この世界の根幹となる重要なストーリーのようだ。何ひとつ聞き漏らすまいと神経を集中させ、この世界の歴史に耳を傾ける。

「……取り乱してすまなかったね。といっても、あとは単純この上ない話さ。グラファはその日を境に謎の失踪、その代理として急遽暗黒界のトップに立った魔神レインは突如、暗黒界の全兵力を傾けこの世界の全てを圧倒的な力で侵略することを宣言した。あの彗星が出るまではグラファほどの穏健派ではないにせよ、少なくとも無益な戦争を仕掛けるような男ではなかったのだがな。そしてこれまで紳士的だった騎士ズール、武神ゴルド、軍神シルバといった面々までまるで熱に浮かされたようにレインの宣言に逆らうどころか嬉々として従う始末だった。私たちはその無差別な悪魔どもに抵抗するために勇者フリードの名の下に志を同じくして集まった抵抗軍、というわけさ」

 この世界は、サンドモスとかの原生モンスターがやりたいように生きていた砂漠の異世界とはまるで違う。高い知能を持ち、組織立った行動をとる悪魔とそれに対抗する人々という構図は、現代日本に生きてきた僕にとってはなんだか現実味がない話に思える。
 だけど、これがこの世界の現実だ。そしてこんな殺伐とした日々を過ごしている原因らしき天頂の彗星、思えば僕がこの世界を生き抜くための武器、僕の力そのものとして手に入れた壊獣デッキもあの彗星の力が白紙のカードを通じて流れてきた結果生み出されたものだった。
 何かある。なんだか見当もつかないけど、怪しい力がこの世界には今まさに干渉しつつある。なら、僕が今するべきことは……。

「1つだけ確認させろ、レッサー・デーモン」
「おや、どうしましたか?」
「ブラッド・ソウル……ダーク・バルターも、お前たちの言う暗黒界の仲間だったんだね?」
「ふぅむ。私個人としては、あんな粗野で下級な者と同類扱いしていただきたくないのですが……そうですね。彼もまた、私と同じく魔神レイン様の元で働いていたことに変わりはありません。さ、これで満足でしょうか?ならば、そろそろご返事を聞かせていただきましょう。私達と共に来るか、それともここでその兵隊さんともども命を捨てるか。ふたつにひとつでお願いします」
「そんなもん決まってるさ、レッサー・デーモン!砂漠の異世界では僕の親友も世話になったし、こっちでは辺境の大賢者をも襲い乗っ取った。そんなお前らと、僕が?土下座して僕の下に就くってんなら考えてやらんこともないけどね、身の程ぐらいわきまえてきなってんだ!」

 まっすぐ山羊頭の目を見て啖呵を切る。また少しづつ、黒い負の感情が心の底から湧き上がってきているのを感じる……影響を受けた結果随分と傲慢な言い草になってしまったけど、この場合かえってその傲慢っぷりがよかったらしい。悪魔の顔がみるみるうちに怒りで赤く染まり、口が耳まで裂けた笑みを浮かべだした。

「……いいでしょう。では、後々の憂いになりそうな要素はここで断っておきます。始末して差し上げますから、私とデュエルしなさい」
「もちろんさ。表に出よう、ここじゃ狭すぎる」
「よろしい。お待ちしておりますよ」

 言うが早いがレッサー・デーモンの姿がまた炎に戻り、勢いよく暖炉の中に引っ込んでいく。
 一応暖炉の中で燃えているのがただの火であることを確認してからデュエルディスクを腕に装着し、こちらも電源を入れた。数秒としないうちに眠っていた機能が息を吹き返して準備万全の状態になった……と言いたいところだけど、なんだか内部から妙な音がするのとデュエル機能が復活するまでにワンテンポ遅いのが気にかかった。まあ、あれだけの雷撃を僕と一緒に受けたんだ、内部の機械がおかしくなったとしても全然不思議はない。幸い今はまだ動くし、なんとかなるだろう。

「君……」

 何か言おうとしていたバックアップ・ウォリアーを手で制し、一言だけ言い残して外に出る。

「大丈夫です、勝ちますから」





「「デュエル!」」

 もはや何も互いにいうことはせず、外に出るなりカードを引く。瞬間、今引いたばかりの手札から強い力が流れ込んでくるのが分かった。それに反応して、心の中のどす黒い感情が膨れ上がっていく。なるほど、つまりこのカードを使えば使うほど僕はこうやって先代の怒りや憎しみに蝕まれていくわけか。どうりで、デュエルディスクを外していた時は何も感じなかったわけだ。

「これは、短期決戦じゃないとまずいかな……」
「私が先攻を取りましょう。私は、EM(エンタメイト)ジンライノを守備表示で召喚します。さらにカードを1枚セットし、ターンエンドです」

 EMジンライノ 守1800

 4本の腕のうち1本にデュエルディスクをつけてそれと対になる手で手札を持ち、さらに空いた腕を動かして巧みにカードを動かすレッサー・デーモンがまず呼び出したのは、太鼓を背負ったサイの姿をしたモンスター。
 まずは守備固め、ということだろうか。別に、それ自体は何も悪くない。ただ、僕のデッキにそんなものまるで効かないというだけだ。

「僕のターン、ドロー!よし、永続魔法、壊獣の出現記録を発動。さらにお前のフィールドからジンライノをリリースし、海亀壊獣ガメシエルを特殊召喚する!」
「私のモンスターを……」

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

 ジンライノの姿が消え、その場所に青い甲羅を背負った巨大な亀のようなモンスターが鎮座する。守備力1800の下級モンスター相手にリリース能力を使うのは少しもったいない気もするが、だからといって出し惜しみしていてはこのデッキだとろくに動けないことにもなりかねない。要するに4000ライフを削ればこっちの勝ちなんだから、最初から飛ばしていく方が効率的だ。

「さらにこの瞬間、出現記録の効果発動。手札から壊獣が特殊召喚されたことで、このカードに壊獣カウンターを1つ置く。そして手札の粘糸壊獣クモグスは、相手フィールドに壊獣が存在することにより手札から特殊召喚できる!来い、クモグス!」

 空中から落下してきた巨大なクモが、6本の足を巧みに使い着地の衝撃を分散させる。口をガチガチと噛み鳴らし、僕の敵であるレッサー・デーモンに対して敵意もあらわに威嚇の構えに入った。そしてそれだけでなく、また壊獣が手札から特殊召喚されたことで出現記録に2つ目のカウンターが乗せられる。

 粘糸壊獣クモグス 攻2400
 壊獣の出現記録(0)→(1)→(2)

「バトル、クモグスでガメシエルに攻撃!」

 命令を受け、クモグスが巨体に似合わぬ俊敏な動きでガメシエルに躍り掛かる。ガメシエルもその甲羅にこもるようなことはせず、むしろ自分から進んで鎌のようになっているその爪先を受け止めた。

 粘糸壊獣クモグス 攻2400→海亀壊獣ガメシエル 攻2200(破壊)
 レッサー・デーモン LP4000→3800

「ふん……私のフィールドでモンスターが戦闘破壊されたことにより発動条件を満たした速攻魔法、イリュージョン・バルーンを発動します」

 そう言うと同時に、辺りをどこからともなく飛んできた無数の風船が取り囲む。電気も通っていないシンプルな石造りの建物や土がむき出しになった地面などが辺りに広がる異世界の風景にその色とりどりな風船はどう見てもミスマッチで、それがこのあたりの空間に異様な雰囲気を醸し出していた。

「このカードの効果により、私はデッキの上からカードを5枚めくって確認。その中にEMと名のつくモンスターが存在すれば、そのうち1体を選んで特殊召喚が可能となります。まず1枚目はトラップカード、エンタメ・フラッシュ。2枚目は速攻魔法、超カバーカーニバル。おやおや、では3枚目。出ましたね、EMセカンドンキー。ですが、このモンスターではまだ少し力不足ですね。4枚目。いいカードを引きました、EMソード・フィッシュ。そしてラスト5枚目は魔法カード、EMキャスト・チェンジですか。私はこの中からEMソード・フィッシュを選択し、特殊召喚しましょう」

 EMソード・フィッシュ 攻600

 風船のうち1つが割れ、中からリーゼントと蝶ネクタイが特徴的な魚が飛び跳ねる。なんでわざわざレベルもステータスも低いこのモンスターをチョイスしたんだ、そんな疑問はすぐに解消された。

「ソード・フィッシュのモンスター効果を発動します。このカードが場に出たことにより、相手モンスター全ての攻守は600ポイントダウンします」
「なっ!?」

 クモグスの固有効果は一応使えるし、それを使えばソード・フィッシュの効果を回避することはできる。ただそれをやると次のレッサー・デーモンのターンを、僕は壊獣カウンターのない、バニラ同然のクモグスのみで凌ぎ切らなければならない。だけどここで攻守600ポイントも下がってしまうと、クモグスのステータスでは下級モンスターにすら戦闘破壊されかねない。
 ほんの少しだけ迷った末、クモグスの効果は温存することにする。1度きりしか使えない効果、まだ使うには早すぎる。

「何もしてこない、ですか。なるほど?」

 意味深な呟きを残すレッサー・デーモンだが、悪魔のささやきなんかに耳を貸したら向こうの思う壺だ。

 粘糸壊獣クモグス 攻2400→1800 守2500→1900

「これで僕は、ターンエンド」

 清明 LP4000 手札:3
モンスター:粘糸壊獣クモグス(攻)
魔法・罠:壊獣の出現記録(2)
 レッサー・デーモン LP3800 手札:3
モンスター:EMソード・フィッシュ(攻)
魔法・罠:なし

「私のターンですね。ドロー、EMハンサムライガーを召喚します」

 これまでの動物型モンスターからがらりと趣を変えた、目元涼やかな剣士のモンスター。

 EMハンサムライガー 攻1800

「攻撃力1800……!」

 このままでは攻撃力の下がったクモグスが相打ちに持っていかれる……だが、レッサー・デーモンの狙いはそんな甘いものではなかった。

「この瞬間、ソード・フィッシュのもう1つの効果が発動いたしますよ。自分フィールドにモンスターが出たことで、さらに相手モンスターの攻守を600ポイントダウンさせます」
「これでクモグスの攻撃力は1200……だとしても、このターンだけでも凌ぎ切る!クモグスの特殊能力、縛鎖……壊獣カウンター2つを消費して糸を吐き、召喚または特殊召喚に成功したモンスターに対しこのターンの間だけその攻撃と効果を封じ込める!」

 クモグスが口から吐き出した糸がハンサムライガーの全身を絡め取り、がんじがらめにしてその動きを封じる。何が悲しゅうて野郎の拘束なんぞのお膳立てをしなければいけないのかはともかく、これでクモグスがこのターン攻撃されるリスクはなくなった。
 その一方でソード・フィッシュの効果は素通しにするしかないのは少し気に喰わないが、この効果を受けてもまだ攻撃力はこちらの方が上だ。

 粘糸壊獣クモグス 攻1800→1200 守1900→1300
 壊獣の出現記録(2)→(0)

「これでハンサムライガーは攻撃できないし、ソード・フィッシュは攻撃力不足。残念だったね、クモグスが突破できなくてさ」
「いえいえ。むしろ、私としてはお礼を申し上げたいぐらいですよ。まったく、気持ち良いほど私の思い通りに動いてくださって」
「え?」

 アタッカーが縛りつけられ身動き取れなくなっているというのに、なぜか嘲りの笑みを浮かべるレッサー・デーモン。手札からゆっくりと、見せつけるように1枚のカードを表にした。

「手札からEMスライハンド・マジシャンの効果発動。このカードは自分フィールドのEMをリリースすることで、手札からの特殊召喚が行えます。ハンサムライガーをリリースしてさあお出でなさい、千の技持つ熟練の奇術師よ!」

 突如フィールドに人ひとり入れるほどのサイズの大砲が現れたかと思うと、上空を向いたその先から赤と青の2色に塗られた玉のようなものが発射された。そして発射された何かは空中で素早く体勢を整え、上半身をすっぽりと覆い隠すような赤いスーツを着込んだ奇術師の姿となって着地しこちらに向けて一礼して見せる。よく見ると青色に見えていたのは奇術師の下半身で、上半身と同じ赤のスーツどころか足すらないその腰から下には真っ青な鉱物のような柱がむき出しになっている。

 EMスライハンド・マジシャン 攻2500

「そして私のフィールドにモンスターが特殊召喚されたことで、再びソード・フィッシュの効果が発動されます」
「クモグス……!」

 粘糸壊獣クモグス 攻1200→600 守1300→700

「では、そろそろバトルいたしましょうか。まずはスライハンド・マジシャンでクモグスに攻撃いたします」

 スライハンド・マジシャンが手にした杖を一振りすると、その軌跡に沿って純白の鳩が翼を広げて飛び出し矢のようにクモグスめがけ突っ込んでいく。無数の鳩はクモグスにぶつかった途端爆発を起こし、その炎の中にボロボロになった巨体が崩れ落ちていった。

 EMスライハンド・マジシャン 攻2500→粘糸壊獣クモグス 攻600(破壊)
 清明 LP4000→2100

「ぐううっ……!」
「まだ終わりではございませんよ?さらにソード・フィッシュでダイレクトアタックいたしましょう」

 EMソード・フィッシュ 攻600→清明(直接攻撃)
 清明 LP2100→1500

「ふむ、こんな所ですかね。メイン2、スライハンド・マジシャンもう1つの効果を使っておきましょう。1ターンに1度手札を1枚捨て、フィールドで表側になっているカード1枚を破壊します。私が破壊するのは当然そのカード、壊獣の出現記録です」
「うわっ!」

 スライハンド・マジシャンが今度は杖からビームを放ち、僕の場に最後に残っていたカードまでもが破壊される。今の手札コストでレッサー・デーモン側も残り手札は1枚になったが、それを差し引いても圧倒的にあちらが有利なことに変わりはない。
 当然向こうもそれはよく承知しているらしく、余裕の態度を隠そうとさえしないままターンを終えた。

「僕のターン、ドロー!」

 このカードは……よし。今度はこっちが、さっきのおかえしと洒落込んでみようじゃないか。だけどその前に、この手札ならうまくいけばあの山羊頭の悪魔に1発キツイのを喰らわせてやることができるはずだ。

「魔法カード、死者転生を発動。手札を1枚捨てて、墓地からモンスター1体を回収する。そしてスライハンド・マジシャンをリリースして、今回収したガメシエルを再び特殊召喚!そして相手フィールドの壊獣の存在を起点に、次にこっちが出す壊獣はこれだ!戦え、壊星壊獣ジズキエル!」

 全身を未知なる金属と神秘の武装で包んだ、たった1体で星をも滅ぼす力を持った戦闘機械ジズキエル。その蛇のような下半身は金属製とは思えないほど滑らかに動き巨体による高速移動を支え、両腕に当たる部分にはどちらも先端に必殺のパルスを発生させる装置が、その他にも全身にそのひとつひとつが1国の軍隊にも匹敵するほどの武装が無数に備え付けられている、まさに戦うために生まれてきた壊獣だ。

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200
 壊星壊獣ジズキエル 攻3300

「バトルだ、ジズキエルでソード・フィッシュに攻撃!」

 この攻撃が通れば、一気に大ダメージを与えることもできる。だが必殺の衝撃波がソード・フィッシュの体を捉える寸前、2体のモンスターが割り込んでその壁となったのがかすかに見えた。その直後衝撃波が大地を砕き、立ち込める砂煙で視界が塞がれる。
 それが晴れた時僕が見たものは、何事もなかったかのように佇むソード・フィッシュとレッサー・デーモンの姿だった。

 壊星壊獣ジズキエル 攻3300→EMソード・フィッシュ 攻600

「ダメージが0……それに、ソード・フィッシュがまだフィールドに?」
「惜しかったですね。並みの相手ならば確かに今の攻撃で戦意喪失級のダメージを負っていたのでしょうが……この私を相手にしたのが運の尽きでしたね。私は今の攻撃に対して、手札のEMバリアバルーンバクと墓地のジンライノのモンスター効果を使用させていただきました。この2体はそれぞれ手札から捨てることで戦闘ダメージを0にし、また墓地から除外することでEMの破壊を1度だけ無効にします。この2枚を同時に使ったことで、貴方の攻撃は何も成し得ることなく終わったというわけです」

 ここまで来ると笑うしかない。いくらなんでも、あの攻撃でノーダメージはないだろう。こんなことならガメシエルを狙っておけば少なくともジンライノの効果は使えなかったのに、などと後悔してもすでに後の祭りだ。あとはこの1枚のカードが、どこまで働いてくれるかにかかっている。

「……カードを1枚セットして、ターンエンド」

 清明 LP1500 手札:0
モンスター:壊星壊獣ジズキエル(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
 レッサー・デーモン LP3800 手札:0
モンスター:海亀壊獣ガメシエル(攻)
      EMソード・フィッシュ(攻)
魔法・罠:なし

「私のターンですね。ああ、これはこれは素晴らしいカードを引きました。ですがまず、スタンバイフェイズに先ほど手札コストとして墓地へ送ったキラー・スネークの効果を発動しましょう。墓地に存在するこのカードは、スタンバイフェイズに自分の手札に戻すことが可能となるのです。そしてメインフェイズに魔法カード、強欲で貪欲な壺を発動。デッキトップから10枚を裏側で除外し、その後カードを2枚引かせて頂きます」

 ここに来てのドローソースと墓地発動の効果により、枯渇した手札を3枚まで回復させるレッサー・デーモン。また厄介なカードを引いてくれたものだ。

「EMガンバッターを召喚し、まずはソード・フィッシュの効果を使いましょう。私のモンスターの召喚により、ジズキエルの攻守を600ポイント下げていただきます」
「……ふん」

 EMガンバッター 攻1500
 壊星壊獣ジズキエル 攻3300→2700 守2600→2000

 さっきから、この効果が本気で鬱陶しい。数字が結構大きいうえに回数制限がないものだから、いくらこっちで大型モンスターを出してもみるみるうちに弱体化してしまう。

「そして次に、ガンバッターの効果を発動。1ターンに1度このカード以外のEMをリリースすることで、墓地からそのモンスターとは別の名を持つEMをサルベージいたします。この効果でソード・フィッシュをリリースです」
「EMのサルベージ……まさか!」
「もうお分かりになられたようですね。私が回収するのは、EMスライハンド・マジシャン……そしてこのカードを、場のEMことガンバッターをリリースすることで再び手札から特殊召喚します!」

 ガンバッターが自身の背中にソード・フィッシュを乗せ、それを待ち構えていたちっこいのがロープを引いて弓のように発射する。元々が流線型のボディなだけあってすごい勢いで飛んで行ったソード・フィッシュが、いかなる記述を用いたのかスライハンド・マジシャンの姿になって地面に降り立った。

 EMスライハンド・マジシャン 攻2500

「スライハンド・マジシャンの……」
「させるか!召喚成功時に永続トラップ発動、壊獣捕獲大作戦!このカードは1ターンに1度壊獣を裏側守備表示にして、さらにこのカード自身に壊獣カウンターを1つ乗せる。僕はこの効果を、ジズキエルに対して発動!」

 壊獣捕獲大作戦(0)→(1)

 ジズキエルが裏側守備表示となり、先手を打って守りを固める。そしてソード・フィッシュとの効果の因果が切れたことでジズキエルの守備力は再び2600に戻り、ガメシエルはもちろんスライハンド・マジシャンですら突破できない数字となった。
 これが僕の作戦の第一段階。さて、次にどうしてくるかな?上手いこと引っかかってくれるかな?こっちのそんな思いにも気付かず、このターンで仕留める算段がパーになったことで露骨にイライラしだすレッサー・デーモンの姿はなかなか見ていて楽しかった。

「スライハンド・マジシャンの効果は表側表示のカードにしか使えない……ならば、その邪魔なカードをこのターンでは破壊しておきましょうかね。スライハンド・マジシャンの効果発動!手札を捨てて、壊獣捕獲大作戦を破壊しますとも!」

 再びキラー・スネークが捨てられ、壊獣捕獲大作戦のカードが破壊される。壊獣カウンターを置けるカードがなくなったことはそれなりに痛い……だけど、思わず笑ってしまった。

「プッ……あっはっは!」
「なんですか、その不愉快な笑いは。気にいりませんね」
「そりゃどーも。だけどこっちとしては『お礼を申し上げたいぐらいですよ。まったく、気持ち良いほど私の思い通りに動いてくださって』ってね!」

 なるべく似せて声真似まで披露してやると、レッサー・デーモンの額に深々と不愉快そうな皺が刻まれる。いいねえその顔、写真に撮っておきたいぐらいだ。

「こういうことさ、壊獣捕獲大作戦のさらなる効果発動!このカードが相手によって破壊された時、僕はデッキからカードを2枚ドローする!」
「なんですって!?」
「わざわざありがとうね、破壊してくれてさ。しかも、キラー・スネークを回収したターンに墓地に送ったってことは……」
「くっ……カードをセットしてガメシエルを守備表示に変更。エンドフェイズ、墓地に存在するすべてのキラー・スネークはゲームから除外されます……」

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200→守3000

 これで手札コストのあてもなくなり、僕のターンがまた回ってくる。

「このデュエル、そろそろ終わりにさせてもらうよ!僕のターン、ドロー!」

 先ほど大作戦の効果で引いた2枚と、今ドローしたばかりの1枚。この3枚があれば、十分いける。

「ジズキエルを反転召喚して装備魔法、巨大化を発動!こっちのライフが相手より下回ってることで、ジズキエルの攻守は倍加する」

 壊星壊獣ジズキエル 攻3300→6600 守2600→5200

「攻撃力、6600ですって!?」
「まだだぁ!魔法カード、シャイニング・アブソーブ!相手フィールドに光属性モンスターが存在するとき、その攻撃力を全ての自分のモンスターに加算する!本当なら光属性の壊獣とセットで使いたかったけど、この際贅沢は言えないね。光属性のスライハンド・マジシャンの攻撃力は、ジズキエルが頂くよ」

 壊星壊獣ジズキエル 攻6600→9100

「攻撃力……9100……!」
「バトルだ!ジズキエルでスライハンド・マジシャンに攻撃!」

 ジズキエルが両腕にエネルギーチャージを行い、その先端を真っ直ぐスライハンド・マジシャンに向ける。限界突破したエネルギーが今まさに放たれようとした時、レッサー・デーモンが最後の悪あがきに出た。

「トラップ発動、ドタキャン!相手モンスターの攻撃宣言時に自分フィールドのモンスターを全て守備表示にし、さらにこのターンに破壊されたEMは全て持ち主である私の手札に戻ります!これで次のターンに再びスライハンド・マジシャンを召喚し、今度こそとどめを刺してあげますよ!」

 再び芽生えた逆転勝利の可能性に、レッサー・デーモンの勝ち誇った表情に一瞬だが安堵の色が走ったのを僕の鋭くなった目は見逃さなかった。
 そして、今の僕はそれをすぐさま絶望に塗り替えることに対して暗い高揚と満足感を感じるのだ。

「速攻魔法、禁じられた聖槍を発動!このカードの効果でスライハンド・マジシャンは攻撃力が800ポイントダウンし、このターン魔法と罠の効果を受け付けない!これでドタキャンの効果で守備表示に慣れないスライハンド・マジシャンは、攻撃表示のままバトルを行ってもらうよ」
「そ、そんなこと……ひっ!」
「もう観念しろ、レッサー・デーモン!ジズキエル、お前の力を見せてやれ!」

 壊星壊獣ジズキエル 攻9100→EMスライハンド・マジシャン 攻2500→1700
 レッサー・デーモン LP3800→0





「ぐわあああああっ!」

 デュエルの敗者となったレッサー・デーモンの姿が、悲鳴と共に消えてゆく。だけどまだだ、まだ破壊したりない。そうだ、何を遠慮することがある。このあたり一帯をジズキエルの武装で焼け野原に変えて、それから他のことは考えればいいじゃないか。

「叩け、ジズキエ……うっ!」

 振り返ったところでこちらを遠巻きに見守っている後方支援部隊の人たちと目が合い、すんでのところで我に返る。デュエルディスクを殴りつけるほどの勢いで電源を落とすと、辛うじてジズキエルの姿も消えていった。
 ……今のは危なかった。たまたま正気に戻れたからよかったものの、あと少しこのデュエルが長引いていればそれだけ心の闇も膨れ上がっていただろうし、そうなっていたら自分を止められたかどうかはわからない。はあはあと荒い息をつきながら、ふらふらと村に背を向けて歩きだす。
 そういえば、とふとおかしな点に気づいた。デュエルはとっくに終わったのに、まだデスデュエルの衝撃が襲ってこない。気になって腕を見ると、そこにあったはずのデスベルトの姿は影も形もなかった。

「あれ……?」
「ま、待ってくれ!」

 訝しんでいるうちに後ろから声をかけられ振り返ると、バックアップ・ウォリアーがこちらへ走ってくるのが見えた。さすがの軍人の脚力ですぐ僕に追いつき、切羽詰まった様子で話しかけてくる。

「まず、君には礼を言わせてほしい。君のおかげで、我々後方支援部隊のみならずここにいるたくさんの民間人達も助かったよ」
「……たまたまですよ。ええ、たまたまです」

 そうだ。僕がこのデュエルを受けた時には、悪魔への復讐のことしか頭になかった。バックアップ・ウォリアーをはじめとしたここにいるカードの精霊や、それ以外の人々を守るために戦うなんて正義の味方チックなことはまるで考えていなかった。
 今回はたまたまそれが結果としてこの村を守ることに繋がったが、次もそううまくいくとは限らない。それどころか、僕自身がここを壊滅させる可能性すらある。だから、僕はここには長居しない方がいい。そしてそれを見抜いたからこそ、バックアップ・ウォリアーも無理に引き留めることができないのだろう。

「そうだ。僕が腕に付けてた機械って、どこ行ったか知りません?」
「ああ、あの腕輪のことか……ひどく強い電圧をかけられたせいで中身がぐちゃぐちゃになっていたから、とりあえず外しておいた。なにやらロックがかかっていたようだが、それも完全に壊れていたからね。まずかったのなら、今すぐ誰かに取ってこさせるが……」
「いえ、ならいいんです。そこら辺に捨てといてください」

 強い電圧というのは、あのサンダー・ザ・キングの一撃のことだろう。普段なら喜ぶべきことなんだろうけど、このタイミングでデスベルトが壊れたというのは、果たしていいことなんだろうか。少なくともあれが生きていれば、僕が心の闇に飲まれて暴走したとしてもデュエルのたびに体力が吸収され、どこかのタイミングでストッパーになっていたかもしれないのだが。皮肉なもんだ、よりにもよって楽しくデュエルすることを何よりも妨害していたデスベルトが取れたことを素直に喜べなくなるだなんて。

「では、お世話になりました。ご飯、美味しかったです」
「……すまない」

 苦痛に満ちた声音で、バックアップ・ウォリアーが敬礼する。この少年は我々の恩人なのに、なぜそれがたった1人で出ていこうとするのを引き留めるどころか、何もすることができないのか。そんな悔しさがあふれる声音だった。
 最後にその姿に手を振り、再び前を向く。さて、どこに行く?何も決めてはいないが、遊の言葉を信じるならばこの世界のどこかにユーノがいるはずだからそれを探すのもいいだろう。それに、あの赤く宙で光る隕石のことをなんとかして調べてもみたい。壊獣の出現にあの隕石の力が関係していることを考えると、暗黒界の暴走とやらにも無関係ではないはずだ。
 いずれにせよ、まずはその暴走したという暗黒界の様子を見に行ってみよう。とにかくこの目で確認しないことには何とも言いようがないし、軍を作るほど組織だって動いているのならばそこに情報も集まるはずだ。うまくすれば、ユーノの消息も手に入るかもしれない。
 方針、だなんて大げさなものでもないが。とりあえずの目標を決め、レッサー・デーモンが最初に飛んできた方向に見当をつけて歩き出した。 
 

 
後書き
今回の登場人(?)物
一、バックアップ・ウォリアー
効果モンスター
星5/地属性/戦士族/攻2100/守 0
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスターが
守備表示モンスター2体のみの場合に特殊召喚する事ができる。
このカードを特殊召喚するターン、自分はシンクロ召喚をする事ができない。
一言:後方支援部隊という響きだけでチョイス。

二、レッサー・デーモン
効果モンスター
星5/闇属性/悪魔族/攻2100/守1000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。
一言:なんかヴァリュアブル・ブック4巻パラパラしてたらダーク・バルターの隣にいたので。 
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