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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン59 蹂躙王と暴食の憑依

 
前書き
※注意事項:今回のお話には11/8発売のブースターSP『フュージョン・エンフォーサーズ』ネタバレが含まれています。ストーリー構成上どうしようもなかったのです。嫌な人は回避してください、どうぞよろしくお願いします。
前回のあらすじ:バードマンのいた世界をカットして一気に暗黒界の世界にやって来た清明。デッキが行方不明という早くも詰みかけた状況の中、辺境の大賢者に救われる。
 

 
 一体、どれほどの時間を走っただろう。常に暗く葉が生い茂り、上からの光を遮るこの森の中では、時間感覚などあってないようなものだ。もう疲れた……ような気もする。眠りたい……ような気もする。辺境の大賢者の館を抜け出してからというもの、ずっとこんな調子だ。まるで夢の中で動いているかのように、何もかもが他人事に感じられる。
 ただ、これが現実な証拠もある。僕が何かの理由で足を止めたりスピードを緩めたりするたびに、後ろから悪魔の笑い声が聞こえてくるのだ。そもそも、いくらダークシグナーの僕でも本物の悪魔が本気で捕まえに来たら逃げ切れるわけがない。なのに僕がまだ生きているのは、ひとえにあの悪魔が僕をギリギリまでいたぶって追い詰めるつもりだからだろう。今はまだ体も動く……だけど、それすらも限界に達してピクリとも動けなくなるその時をあの悪魔は待っている。
 逆に言えば、こうして走っている限り身の安全は保障されるということだ。何とも皮肉な話ではあるけれど、この森に潜む疫病狼の群れも自分たちより格上の悪魔が狙っている獲物の僕に手を出そうとはしてこない。今もまたちょっとした群れのすぐ近くを通り抜けたが、どいつもこいつも耳を伏せて尾を垂らし我関せずを貫いているため唸り声一つ出すこともしない。
 そうして走り続けてから、結局どれほど経ったのだろうか。その時は、本当に突然訪れた。無限に続くかに見えた暗い森の前方から突然光が射し、ふらふらと誘われるようにそのまま行くと突然森が終わっていたのだ。
 夕日が、今にも地平線と触れ合いそうな様子が見える。あと数十分もしないうちに、電気なんて気の利いたものがないこのあたりも真っ暗になるだろう。

「ぬ、抜けた……!」
「なんだ、もう終わりか?ならばこれ以上追い回す意味もないな」

 喜びもつかの間、手を後ろに伸ばせば届くほどの距離でゾッとするほど冷たい声がする。後ろを振り返ると、そこにはまるで疲れた様子で立つ悪魔の姿があった。頭には紫色の、巨大なカールした角が一対生え、背中からは蝙蝠のそれを思わせる形の翼がやや控えめなサイズではあるが付いている。全身は鎧を着ているかのように硬質化し無数の棘が生えていて、なおさらその猟奇的なシルエットを目立たせている……が、僕が見ていたのはそんなところじゃない。その悪魔が身にまとっていた緑色のローブには、見覚えがある。森の中を走り抜けてきた割には汚れが少ない上質そうなそれは、間違いなく辺境の大賢者が着ていたものだ。
 そんなことじゃないかとは思っていたが、それでもどこかで信じたくなかった……そんな希望も、もはや完全に打ち砕かれた。最後に聞いた老人のあの不穏な台詞、入れ違いに僕を追いかけてきた目の前の悪魔。やはり大賢者は、この悪魔に体を乗っ取られたのだろう。言葉を失う僕を見て、悪魔がふと意表を突かれたような顔になる。1瞬の沈黙ののち、その身を震わせ口を耳まで裂いて笑い出した。

「クククク、ワハハハハッ!これは面白い、ああ全く面白い!人間、私のことがわかるかね?」
「え?」

 耳をふさぎたくなるような笑いのなかで放たれた謎の質問に虚を突かれ、まじまじとその悪魔を見る。その姿には何一つ見覚えがなかったが、燃えるような目にはどこか見覚えがあった。どこだったか、そう遠くない過去に一度、確かに見たことがあるような。だけど、悪魔の知り合いなんてそれこそ腐れ縁のラビエルぐらいしか僕にはいない。
 だが、そこでふと引っかかるものを感じた。ラビエル……アカデミアで戦い、その後砂漠の異世界でも戦った。砂漠の異世界……そうだ、あの世界でもこんな目の持ち主を僕はみた。

「憑依するブラッド・ソウル!」
「おやおや、思い出してくれて嬉しいよ。もっとも、今の私は憑依しか能のない下級悪魔ではなく魔人……そう、魔人 ダーク・バルターとなったがね。この体の持ち主だったご老体には気の毒なことをしたが、この体は魔力に満ちていて実に私にはよく馴染む」

 気の毒、と口では言いながらもその嘲り口調からはとてもそんな思いは感じられない。前は人外の存在が無理に人の言葉を喋っているような調子だったが、今はベースとなった辺境の大賢者が人型モンスターだからかその台詞や言い回しにも違和感がなく、それどころか砂漠で三沢と戦っていた時には見られなかった冷たい知性すら感じられる。また黒いドロドロした負の感情が体の底から湧き上がってくるのをなんとか押しとどめ、睨みつけるだけにとどめておいた。……ここでいくら怒ったところで、デッキが無くデュエルができない僕がこの悪魔に勝てる可能性は0だ。

「そら。受け取りたまえ」

 ブラッド・ソウル改めダーク・バルターが賢者の物だったローブの中からカードの束を取り出し、こちらに向けて放り投げる。反射的に受け取ったそれは、やはりというかなんというかデュエルモンスターズのカード。その意図がわからず警戒したままの僕に、ため息をついて幼児にものをひとつひとつ教えるかのごとき口調でダーク・バルターが話し始めた。

「これはこの可哀そうなご老体が生前使っていたデッキだ。ご老体の記憶によれば、君には今デッキがないのだろう?」
「何がしたいわけ?」
「そう喧嘩腰にならないでくれたまえ。これは私からの最大限の温情なのだから」
「温情?」
「そうだとも。一つ賭けをしてみないかね?今から君と私がデュエルをする。君が勝てば、私は今度君に一切手を出さないと約束しよう。だがもし君がこの賭けを断るか、あるいは敗北すれば私は君を喰う。人間の肉は、我々悪魔には大変な珍味でね。特に、絶望や恐怖している物ほどいい味が出る」

 要するに、わざとひとかけらの希望を与えたうえで敗北というどん底に突き落とそうということだろう。勝てば見逃すだなんてこれ以上はない餌を目の前にちらつかせておいて希望を膨らませ、その上で叩き潰す。単純ながら効果的で、それでいて本人の負担もさほどではない。
 本来ならこんな勝負、受けるべきではない。せめて使い慣れた僕のデッキがあるならまだしも、たった今渡されたばかりの内訳もわからないようなデッキであの三沢相手に善戦したこの悪魔とやり合おうだなんて、普通に考えたらまともな神経持った奴のやることじゃない。
 ……だけど、賢者さんは僕を助けてくれた恩人なんだ。憑依される最期の瞬間まで僕のことを案じてくれた、そんな人に対してこんな仕打ちをした外道。

『「絶対に生かしておくものか……」だろう?ああそうだ、その調子だ。全部解放して全力で行きな、旦那』

 自分の声が二重に聞こえる。いや違う、僕の内側のもうひとつの声……先代ダークシグナーの世界全てに対するどす黒い怒り、闇雲な破壊衝動、もはや起源すらわからなくなったまま膨れ上がった憎しみ、そういったものが僕と同調しつつある。普段だったら何とか抑えようとしたであろうこの感情にも、今回ばかりは身をゆだねたい。
 無言でデッキをデュエルディスクにセットし、機械を起動させる。今日は怒りに囚われてはいるが、頭は自分でも驚くほど冴えている。あるいは最初から、チャクチャルさんより先代を信用していた方がよかったのかもしれない。

「では、賭けは成立ということでよろしいかな?」
「御託はどうだっていいさ。どうせ僕が勝つ!」
「なるほどなるほど、大変いい気迫だ。では……」

「「デュエル!」」

「先攻は差し上げよう。最後のね」
「僕のターン!」

 何が差し上げようだ、後攻ドローしたいだけじゃないか。まあいい、この手札なら……なるほど、このデッキのコンセプトが読めてきた。

「まずは、王立魔法図書館を守備表示で召喚する」

 ズズズ、と地響きが起こり、地中から巨大な本棚が生えてくる。一見古ぼけたつくりのそれからは、魔力が内側から溢れてぼんやりと緑色の光が放たれている。

 王立魔法図書館 守2000

「そして魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動。このターン2回の通常召喚が行えるようになるのと同時に、魔法カードが発動されたことで図書館に魔力カウンターが1つ乗せられる」

 王立魔法図書館(0)→(1)

 本棚から緑色の光がより一層強く溢れ、1つの球体となって元の明るさに戻った本棚の周りをふわふわと浮遊する。まずは、ひとつっと。

「それで……魔法カード、魔力掌握を発動。このカードの効果で図書館に2つ目の魔力カウンターを乗せて、さらに魔力掌握をデッキからサーチ。そして魔法カードが発動されたことで、さらに1つ追加」

 再び、そして三度本棚から光が放たれ、合計3つの光球がその周りを浮遊する。

 王立魔法図書館(1)→(2)→(3)

「王立魔法図書館に貯まった魔力カウンターを3つ消費することで、効果発動。デッキからカードを1枚ドローする」

 引いたカードは、これか。大丈夫、【魔力カウンター】はテーマ(?)デッキの中でもかなり癖が少なくて扱いやすい部類、いくら僕でもゆっくりなら間違えようがない。

「魔法カード、トゥーンのもくじを発動。デッキから同名カードを加え、魔力カウンター1つ追加。さらに2枚目をそのまま使って3枚目をサーチ、魔力カウンター追加して最後の1枚を発動。これ以上トゥーンのもくじはデッキにないから、今度は別のトゥーンカード……トゥーン・デーモンをサーチ。ここまでで図書館に3つのカウンターが貯まったから、これを消費してまた1枚ドロー」

 王立魔法図書館(0)→(1)→(2)→(3)→(0)

「……魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを2枚ドローして手札の闇属性モンスター、トゥーン・デーモンをゲームから除外。さらに魔力カウンターを1つ乗せて通常魔法、増援を発動。デッキからレベル4以下の戦士族モンスター、終末の騎士をサーチしてさっき増やした召喚権を使ってそのまま召喚。その効果でデッキから闇属性モンスター、熟練の赤魔術師を墓地に送って墓地から赤魔術師の効果発動。墓地のこのカードを除外して、王立魔法図書館に魔力カウンターを追加。これで増援と合わせて魔力カウンターは3つ、もう1枚ドローする」

 終末の騎士 攻1400
 王立魔法図書館(0)→(1)→(2)→(3)→(0)

 魔力掌握は1ターンに1度しか発動できないから、これ以上デッキを回すことはできそうにない。もっともこれだけ引けば、1ターン目としては十分すぎるぐらいだろうけど。防御札がロクに引けなかったのがちょっと気がかりだけど、確かブラッド・ソウルだった時の奴のデッキは打点低めの【捕食植物】だったはずだ。とすれば、出てくるモンスターも精々攻撃力2000に届くか届かないかぐらいのはず。

「……よし、カードを1枚セットしてターンエンド」
「では。私のターン、ドローしよう。さあ出でよ、イービル・ソーン!」

 地面が盛り上がり、刺つきのパンパンに膨らんだ実が1つ付いた植物の芽が伸びる。

 イービル・ソーン 攻100

「このカードは自身をリリースすることで相手プレイヤーに300ダメージを与え、さらにデッキから同名カードを2体まで特殊召喚することができる。イービル・バースト!」

 膨らんだ実がいきなり弾け、無数の刺が降り注ぐ。ダメージは大したことない、それよりもモンスターが増える方が厄介だ。

 清明 LP4000→3700
 イービル・ソーン 守300
 イービル・ソーン 守300

「この効果で特殊召喚したこのカードは効果を使用することができない……だが、その他の用法に制限はない。魔法カード、トランスターンを発動。私のフィールドからレベル1闇属性植物族のイービル・ソーンを墓地に送ることで、デッキから同じ種族属性でレベルが1つ上のモンスターを特殊召喚できる。レベル2、捕食植物(プレデター・プランツ)サンデウ・キンジーを呼ばせてもらおう。トランスターンを使ったことで、君のその図書館にカウンターを乗せておきたまえ」

 突然ピンク色の蔦が伸び、イービル・ソーンを絡め取る。そのまま蔦は飛んできた位置に戻り、自らの主が開いた口の中に収納された。そう、口だ。今伸びてきたのは紛れもなく蔦、だがそれが放たれたのは間違いなく口。
 ではそれは、動物なのか植物なのか?僕が以前見た捕食植物は、もっと植物要素が強かったはずだ。だが今回ダーク・バルターが繰り出した捕食植物は、むしろ動物としての要素を前面に押し出した根本的に異なる種。緑色のエリマキトカゲにも似たその生物が、葉の部分から生えた毛の先の粘液を滴らせつつのしのしと自らの足で歩きだした。

 捕食植物サンデウ・キンジー 攻600
 王立魔法図書館(0)→(1)

「サンデウ・キンジーは自身を素材とし、融合カード無しでの融合召喚が可能となる。私は、場のイービル・ソーンとサンデウ・キンジーを―――――」

 融合召喚?以前見た戦術とは何もかもが違う新たな捕食植物の戦術……だがそれを止めるとしたら、ここしかない。幸い、たくさんのドローのおかげでそれを妨害できるカードも手札にはある。

「チェーンして手札からエフェクト・ヴェーラーの効果発動。このカードを捨てて、サンデウ・キンジーのモンスター効果をこのターンの終わりまで無効にする!」

 再び舌……いや、蔦を伸ばして残ったイービル・ソーンを絡め取ろうとしていたサンデウ・キンジーの動きが止まった。僕の予想外の妨害に対しても、ダーク・バルターの口元が笑いの形に歪む。そんな程度の抵抗がどうした、とその目が語っている。

「おやおや、これは大変だ。私のモンスターの効果が無効になってしまったよ」
「そういうのはいいから、早くターンエンドすれば?」
「まあそう言ってくれるな、私のターンはまだ終わっていないのだから。さて、ではここでひとつ残念なお知らせだ。君は今のエフェクト・ヴェーラーで多少なりとも私の攻めを遅らせたつもりだろうが、正直なところ私としては痛くも痒くもないのだよ。魔法カード、融合を発動。再び捕食植物モンスター、サンデウ・キンジーと闇属性モンスター、イービル・ソーンを融合する」
「最初っから持ってたのか……!」

 2体のモンスターが宙に舞い、不思議な渦の中で1つに融けあう。だけど僕にはそれを止められない悔しさに歯噛みしつつ、ただ見ていることしかできない。

「融合召喚。現れよ、捕食植物―――――キメラフレシア!」

 大地が割れ、新たな捕食植物が先端がパックリ割れて牙のついた蔦を腕代わりにその裂け目から這い出してくる。体色こそ他の捕食植物と同様に一見地味なようだが、これまでのパターンと大きく違うのはその先端に咲いた一輪の花だ。せっかく体が保護色を纏ってもこのどぎついピンク色と白のまだら模様、そして何より花弁から漂う悪臭のせいでその姿を見過ごすことは難しいだろう。その花は頭のような役割も果たしているらしく、蜜だか涎だかわからない液体をべっとりと垂らしながら巨大花が真っ直ぐにこちらを向いた。

 捕食植物キメラフレシア 攻2500
 王立魔法図書館(1)→(2)

「驚いたかね?キメラフレシアこそ、私がこのご老体に憑依して得た魔力を浴びて進化した捕食植物の集大成。光栄に思うがいい、君がこのカードを実戦で見た最初の人間だ。では、前説はこの程度でいいだろう。キメラフレシアの第一の効果を発動。このカードは1ターンに1度、自分以下のレベルを持つモンスターを除外することができる!貪欲な狩人よ、そこの図書館を捕食するがいい!」

 キメラフレシアがそれ自体人間の胴よりもはるかに太いサイズの蔦を伸ばし、本棚をいっぺんに丸呑みする。バリバリと強靭な歯が木製の棚を噛み砕く音が辺りに響き、それが数回続いたのちに蔦の先端が何かを飲み込むように動く。再び先端が開いた時、そこには木のかけらしか残っていなかった。

「くっ……」
「次にバトルだ。キメラフレシアで終末の騎士に攻撃……と、この時、キメラフレシアのさらなる効果発動。このカードはバトルを行う際、地中に根を張り一時的に養分を摂取し攻撃力を1000ポイントアップさせると同時に毒性を持つ花粉を花弁から放出し、鋼鉄すら腐食させるそれが相手モンスターの攻撃力を1000ポイントダウンさせる。受けてみるがいい、紫炎の棘(サボート・ソーン)

 その言葉通りに、キメラフレシアが地中に蔦の一部を伸ばして大地の養分を吸い取る。みるみるうちにパンプアップされ強靭になった蔦がしなり、その花の中心から吹きつけられた花粉を受け膝をついた終末の騎士を頭から一飲みにする。

 捕食植物キメラフレシア 攻2500→3500→終末の騎士 攻1400→400(破壊)
 清明 LP3700→600

「う……あっ……!」

 3000ポイントオーバーのダメージが直撃し、脳まで揺さぶられるような衝撃をまともに受ける。吹っ飛んだはずみで倒れるも、よろめきながらなんとか起き上がる。

「それでいい、その最後のターンまで続けるといい、その抵抗を。君が最後のカードを引いた時、私の前に屈するときの絶望の顔が今から楽しみだよ。カードを2枚セットし、ターンエンドだ。ここでキメラフレシアの一時的なドーピング効果が切れる」

 捕食植物キメラフレシア 攻3500→2500

 清明 LP600 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 ダーク・バルター LP4000 手札:1
モンスター:捕食植物キメラフレシア(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「僕の、ターン……ドローっ!」
「スタンバイフェイズに永続トラップ、聖なる輝きを発動させてもらおう。これでこのカードが存在する限り場の全てのモンスターは表側表示となり、互いにモンスターをセット状態で場に出すことができなった。どうしてもモンスターを守備表示にしたければ表側守備表示で出せばいいが……キメラフレシアの効果からモンスターをセットして逃れようなどという甘い考えは捨てることだな」

 ある程度手の内もわかっている相手だという勝算があったから、このデュエルを受けた時にはそこまで悲観的ではなかったけど……強い。予想外に強い。なんとか立ち上がりこそしたものの、モンスターのセットまで封じられより一層絶望的な状況に追い詰められただけだった。
 その時だった。突然一陣の風が吹き、ダーク・バルターのローブと僕の学生服が揺れた。それ自体は、本当にただの風だったのかもしれない。だがその風圧に揺れた学生服の胸ポケットからたまたま何かが飛び出してきて、深く考えないまま反射的に僕はそれを掴んだ。

「これは……」

 そうだ、デッキがこの世界に来る際に行方不明になったショックですっかり忘れてたけど、このカードは胸ポケットに入れてあったから無事だったんだ。
 これは、かつて邪神アバターと戦った際にデュエルモンスターズの創始者、ペガサスさんから受け取った白紙のエラーカード。ペガサスさんはあの時、この2枚のカードには自分でもわからない力が秘められていると言っていた。もしこのカードの力が使えれば、あるいはこのキメラフレシアの牙城を打ち砕くことができるのだろうか。
 ……いや、今更すべては遅すぎる。もうデュエルは始まっているのに、新しいカードをデッキ外から付け足すなんてできるわけがない。しかもそのカードにしても、ひたすら白紙でただのエラーカードにしか見えない代物なのだ。後悔してもどうにもならないこのカードよりも、今引いたばかりのカードは……。

「速攻魔法、リロードを発動……自分の手札全てをデッキに戻して……」

 最後の最後の小さな希望、リロード。今の手札だけではキメラフレシアを倒すことはできないので、これはありがたい。全てをデッキに戻し、改めて仕切り直そうとデッキトップに手をかけた時、その手の上からもう1本別人の腕が重なるのが見えた。

「!?」
『まあ待ちなよ大将、こいつはいい。まったく、面白いもんばっか引っ張り出してくれるぜ大将はよぉ』
「先代!」
『おう、俺だ。まあそんなことより、そのドロー待ちな。そんで今大将が引っ張り出したカード、もーいっぺん見てみなよ』

 なぜその声に従おうと思ったのかはわからない。ただ吸い寄せられるようにデッキから一度手を放し、言われたとおり胸ポケットに入れ直した2枚のカードの内の1枚をすっと出して白紙の面を覗き込んだ。
 思わずあっと声が漏れる。さっきまで白紙だったはずのそのカードの表面は真っ黒に染まり……と言っても、単に黒塗りされていたというのではない。空間にぽっかり空いた穴を手で持っているかのごとく、カードの向こう側に無限の空間が広がっているように見えたのだ。

「こ、これは……?まさかお前!」
『いんや、こいつは俺じゃねえ。見てみな、あの空を。見えるか、あの隕石がよ?』

 スッと天を指差す先代の指した先には確かに赤く輝く、空に尾を引いた状態にもかかわらずそれ以上動くことなくその場所に留まり続ける不思議な隕石らしきものが。なぜだろう、あれを見ているとどうにも不安な気持ちになってくる。

『ややこしい理論はどうせわからねえだろう大将にもわかるように言うとだな、このカードはどうやら扉の役割を果たす力を持っているらしいな。大将の中にいい感じに育ってきた心の闇と、あの隕石の持つ力がうまいこと共鳴し合ってこのカードを媒体にして力が飛び込もうとしてもがいてるってとこか。だがまだ足りねえな、大将が心の闇を解放しない限り、うまくこの扉は開かねえ』

 こんな奴の話なんて、聞いちゃいけないのはわかってる。わかってるのに、この話にはどこか引き込まれる所がある。僕がずっと持っていてもカードとして覚醒させることができなかったこの白紙のカードの1枚が、今まさに目覚めようとしている。そのヒントがこの先代の話に隠されている。そう思うと、耳を塞ぐことがどうしてもできなかった。

『だがまあ大将のことだ、自力で扉が開くところまで待ってたらその前にあの低級悪魔に喰われちまうだろうな。だがせっかくできた2代目がこのまま無駄死にするのは俺としても惜しい、そこで俺はひとつ考えた、だったらこの俺が一肌脱げばいいってな』
「な、一体何を……!」
『決まってるだろう、大将。俺がこの世から消えるのさ』
「え……?」

 突然の宣言についていけない僕に対し、底意地の悪い笑顔を向ける先代。

『わかってねえなあ。俺の存在が消えさっても、俺がこれまでため込んできた怒りや憎しみはそのまま残る。それを大将にまるっと叩き込めば、いくらへタレの大将でも出力全開ってなもんだ』
「騙されるもんか、何を企んで……!」
『べっつにぃ?そもそも、俺は別に生きてようが生きてまいがどっちでもいいからなぁ。ただあの糞神に落とし前つけさせて、この世に地獄を持ってこれさえすれば手段は問わんよ』
「そんな、無茶苦茶な!」
『はあ?おい、少しこっち向け』

 ここでいきなり髪を掴まれ、無理やり顔を近づけて僕の目を覗き込む先代。まぎれもなく人間の顔、だけどその目は深くて、暗くて、根本的に人間とは異なる種族であることが一目見ただけで本能的に察せられる。

『見たか?これが、俺だ。ダークシグナーだ。こうなった以上、俺らに無茶なんてことあり得ない。そう望むならなんだってできる力を手に入れる代わりに人間であることをやめる、それが俺らが強制的に受けた呪いだ……じゃ、時間切れだ。ああまったく、大将がどうなるのか楽しみだぜ』

 その言葉のみを置き土産に、先代の姿が消える。5000年前からいた化け物の最期にしては、意外なほどあっけなかった。と同時に、心の底から先代の言った通りに負の感情が湧きあがる。

「え……あぐ、あ、あああ……!!」

 怖い、いやだ、こんなものに飲み込まれたくない。湧き上がる衝動に必死に抵抗しようとするも、それよりも速いスピードでどす黒い怒りが心の中を占めていく。無限にも思える、だけど実際にはほんの1秒もかかっていない戦いはやがて決着を見せた。
 ……憎い。僕の恩人をあんな悪魔の姿にしたダーク・バルターが憎い。手始めに奴を倒し、その全てを奪ってやろう。モンスターも、ライフも、勝利も、何一つ貴様にくれてやるものはない。

「おいおい、どうしたのかね?サレンダーでもする気かな?」

 デッキにカードを戻したままいつまでも動こうとしない僕にしびれを切らしたダーク・バルターの声に、軽く片腕を上げて応える。
 ああ、待たせたな。これで終わらせよう、全部。不思議と、どうすればいいのかはわかっていた。あるいは、このカード自体が何らかの形で僕に語りかけていたのかもしれない。まるでそうするのがさも自然なように、白紙だったカードをデッキにかざす。黒みを帯びた濃い紫色の光がカードから放たれ、その光を浴びたデッキもやがて同じ色に光り始める。今や僕の物となった先代の負の感情と宙に浮かぶ隕石の力が共鳴し、その全てがこのカードを通じてデッキに宿される。
 やがてすべての力を移し終えた白紙のカードがまず光を失い、その役目を果たしきって灰になって風に消えていく。デッキの光もやがて落ち着き、全てが表面上は元に戻った。

「……リロードの効果で、デッキに戻したのと同じ枚数、つまり3枚のカードを新たに引く」

 ああ、やっぱり。そこにあった3枚のカードのうち2枚は、僕のこれまで見たことのないカード。白紙のカードの力により、その全てが書き換えられた新たなデッキ。カードたちが呼んでいるのがわかる、今すぐ俺たちを暴れさせろと。この力と僕の力が組み合わされば、全てを破壊しつくすことだって夢物語ではないと。
 だが手始めに、ダーク・バルターだ。憎い、憎い、憎い。

「フィールド魔法、KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロントを発動!そして魔法カード、ハーピィの羽根箒!このカードでお前の魔法、罠カードを全て破壊する!」
「今更そんなカードで……まあいいさ、私の聖なる輝きも、茨の壁も破壊される」
「まだだ!そして今フィールドから2枚のカードが墓地へ送られ、さらに羽根箒のカードも発動したことで墓地へ送られた。これにより、フィールドから墓地へ送られたカード1枚につき1つの壊獣カウンターがウォーターフロントに乗ることとなる」

 ウォーターフロントに突如、3色のライトが灯る。眠っていた灯台に光が宿り、遥か遠く間からでも識別できる強力な光がぐるぐると辺りを照らし出した。

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(3)

「そしてカウンターが3つ以上乗ったウォーターフロントの効果発動!1ターンに1度、デッキから壊獣モンスター1体をサーチすることができる。来い、雷撃壊獣サンダー・ザ・キング!」

 全く知らないモンスターの名前が、自然と口をついて出る。だがそれは何もおかしなことではない。今となっては、このデッキの意思が僕の意思だ。デッキ自身が自分の回し方を何よりも心得ているのだから、それを僕が知っていてもそれは当然のことだ。
 ともあれ、これですべての準備が整った。あとは、決定された勝利を手順通りに掴むだけだ。

「レベル10のモンスター?あいにくだが、私にはいくらそんなものをサーチしても召喚するためのリリースがいないように見えるのだがね」
「ご高説ありがとう。言いたいことはそれだけ?なら僕は捕食植物キメラフレシアをリリースし、お前のフィールド上に、多次元壊獣ラディアンを特殊召喚する!来ぉい、ラディアーン!」
「私のモンスターをリリースだと!?ラヴァ・ゴーレムタイプのモンスターか!」

 灯台の光のうち1本に照らされたキメラフレシアの姿が消え、その場所には空間を割って黒い人型モンスターが特殊召喚される。奴こそがラディアン……僕の新しいデッキの、新しいメンバーの1体だ。

 多次元壊獣ラディアン 攻2800
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「……まあいいさ。私はこのターンのエンドフェイズ、墓地に送られたキメラフレシア最後の効果によりデッキから融合またはフュージョンと名のつくカードを1枚サーチすることができる。墓地の融合モンスターを蘇生させるカード、再融合をサーチすればいいだけのことだからな」
「エンドフェイズ、ねえ……そんなもの、本当に来ると思う?」
「どういう意味だ?」
「このターンで終わらせる、それだけの意味さ。ラストターンと洒落込もうよ、ねえ?手札に眠りし壊獣のカードは、相手フィールド上に壊獣モンスターが存在するとき手札からノーコストで特殊召喚できる!出ろ、雷撃壊獣サンダー・ザ・キング!」

 上空に黒い雷雲がかかり、その隙間から3つの首を持つ白き龍の姿をした壊獣が光と共に降りてくる。これこそがサンダー・ザ・キング……このデュエルを一撃で終わらせる力を秘めた、今回の切り札だ。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300

「ノーコストで攻撃力3300のモンスターだと!?だが例えそのカードで攻撃をしてこようが、私の受けるダメージは精々500。キメラフレシアはその効果により、一方的に攻撃力4500までのモンスターを葬り去れることを忘れたか!」
「お前こそ忘れたか、ダーク・バルター!このターンはラストターン、すでに勝負は終わってるんだ!サンダー・ザ・キングの固有効果、帯電を発動!」

 サンダー・ザ・キングの周りにプラズマが発生し、溢れ出る電気のエネルギーにより体が薄く光を放ち始める。そして3つの頭にそれぞれ生えた角がさらにその電力を増幅させ、強化する。ややあって、全身に雷を纏った白き龍の姿がそこにはあった。

 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(1)

「サンダー・ザ・キングはフィールドに存在する壊獣カウンターを3つ取り除くことで、このターン相手はあらゆるカード効果を発動できなくなる。伏せカードは既に除去したけど、墓地や手札から抵抗することも許さない」
「チッ……」

 やはりあの1枚、何らかの手札誘発を隠し持っていたのだろう。だがそんなもの、通すわけがない。一切の希望という希望を根こそぎ奪い、完膚無きまでに叩きのめしてやる。

「バトルだ!サンダー・ザ・キングでラディアンに攻撃!」

 3つの首のうち1つが口を開け、稲妻型の雷撃光線を放つ。ジグザグと宙を裂いたそれはラディアンの体を直撃し、ラディアンも無駄な抵抗はせずさっさとフィールドから立ち去った。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→多次元壊獣ラディアン 攻2800(破壊)
 ダーク・バルター LP4000→3500

「ぐおおっ……この力……!」
「トラップ発動、リバイバル・ギフト!このカードは僕の墓地からチューナー1体を蘇生させ、相手フィールドに攻守1500のギフト・デモン・トークンを2体特殊召喚する!甦れ、エフェクト・ヴェーラー!」

 エフェクト・ヴェーラー 守0
 ギフト・デモン・トークン 攻1500
 ギフト・デモン・トークン 攻1500
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(2)

「このタイミングでリバイバル・ギフトだと……?はっ、まさか!」

 訝しむダーク・バルターが、ある可能性に気が付いてサンダー・ザ・キングを見上げる。宙を舞う白き龍の姿を見たときの絶望の表情は、なかなかの見ものだった。サンダー・ザ・キングの3つの頭のうち1つはすでに攻撃を終えていたが、まだ残り2つが帯電したまま僕の命令を待っていたのだ。

「その通りさ、ダーク・バルター。サンダー・ザ・キングは帯電の能力を使ったターン、1ターンに3回までモンスターに対しての攻撃が可能になる。もっとも、ダイレクトアタックはできないからお膳立ては必要だけどね」
「2体のトークンを生みだすリバイバル・ギフト……そうか、そのために……」
「ご名算。サンダー・ザ・キング、残り2回の攻撃権を使用してギフト・デモン・トークン2体に攻撃しろ!」

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→ギフト・デモン・トークン 攻1500(破壊)
 ダーク・バルター LP3500→1700
 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→ギフト・デモン・トークン 攻1500(破壊)
 ダーク・バルター LP1700→0

 ライフポイントを失ったダーク・バルターが雷撃を受けて吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。その姿を見て、背後に鳴る稲妻の音を聞きながら僕は……ただひたすらに、笑っていた。ずっとずっと、笑っていた。 
 

 
後書き
EXパックフラゲで壊獣が出たその時から、ラスト闇堕ちはこの子たちでやろうと決めてました。バージェストマとどっちにするかは割とギリギリまで悩んでたのは内緒。
何話か前に出たブラッド・ソウルも、前回の辺境の大賢者も、言ってみればこの話に繋げたいがために他にもカードがある中からこの2枚をチョイスしたようなもんです。
ま、そんなことはともかく。壊獣楽しいです。 
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