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フロンティアを駆け抜けて

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試される運と実力

「松に鶴、地震!」
「キュキュ、鬼火!」


ドダイトスが床を揺らす前に、キュウコンの尾から揺らめいた炎が火傷を負わせる。火傷の効果で攻撃力が半減した地震の衝撃は、キュウコンを倒すには至らなかった。

「さすが、若ぇのに状態異常を使いこなすじゃあねえか」
「これはお母様仕込み……一気に行くよ、九本の尾で火炎放射!」
「受け止めろ、松に鶴!」

キュウコンの全ての尾から放たれる炎を、回避せずその巨体で受け止めるドダイトス。効果抜群の一撃だが、燃え尽きることなくずっしりと立っている。そして、相手はただ無抵抗なわけではない。

「早速だが、飛ばしていくぜ!松に鶴、ハードプラントォ!!」
「キュキュ、影分身!」

ドダイトスの体の周りから無数かつ極太の蔦が蔓延る。それは見る見るうちに部屋中を埋め尽くし、キュウコンの回避する隙を許さずその体を床に縛りつけた。強力な締め付けに、キュウコンの苦しむ声が響いた。

「キュキュ、火炎放射で焼き尽くして!」
「ふ……出来るかな?」

キュウコンの尾から炎が燃え、蔦に炎が燃え移るが――焼き切れない。それほどに蔦の生命力が高く、また強靭なのだ。

「さあ行くぜ?松に鶴、地震!」
「キュキュ!」

床に縛られて動けないところに、ドダイトスの地震の衝撃が直撃する。耐え切れずに、キュウコンはそのまま目を閉じてしまった。

「ごめんね、キュキュ……いくよ、ペタペタ!」
「ケタケタケタ!!」

ジェムは新たに繰り出すのはジュペッタだ。笑い声をあげながらぬいぐるみの体が震える。

「ペタペタ、シャドークロー!」
「松に鶴の大技はハードプラントだけじゃねえぜ?リーフストームだ!」

ジュペッタが近づいてドダイトスの体を切り裂く。苦しそうなうめき声をあげたが倒れるには至らずリーフストームの木枯らしによる奔流とでも言うべき爆風がジュペッタを吹き飛ばしてしまう。なんと――たったの一撃で、ジュペッタは戦闘不能になった。

「そんな……たったの一撃で」
「これで儂が一歩リードってところだな。戻れ、松に鶴!そしてこいこい、芒に月!」
「ルナトーンが相手なら……出番よ、ルリ!」

ゴコウは体力も削れ、鬼火とリーフストームの効果で攻撃も特攻も大幅に下がったドダイトスを下げ、新たにルナトーンを繰り出す。ジェムはマリルリを出した。

「一気に行くよ、アクアジェット!」

マリルリが尾から水を噴射させて一気にルナトーンに近づいて殴る。ルナトーンが何か反撃する前に、さらなる指示を出す。

「続けてアクアテール!」

さらに玉のような尾に大量の水を纏わりつかせ、巨大な水風船のようになったそれを叩きつける。マリルリの特性『力持ち』と強力な水技のコンボを決めた。

「焦るなよ嬢ちゃん。勝負はまだ始まったばかりだぜ?」

それだけの攻撃を受けてなおゴコウの声に焦りはなく、そして。

「ルナトーンが……倒れてない?」
「おうよ、俺の芒に月は防御と特防を徹底的に鍛えててな。それに――嬢ちゃんが攻撃している間に、こっちはコスモパワーでさらに守りを固めていたのよ」

巨大な水の塊をぶつけられてなお、ルナトーンは表情を変えず浮かんでいた。弱点を突いても倒せない事実にジェムの中に焦りが募る。

「……だったら倒れるまで攻撃するまでよ!ルリ、連続でアクアジェット!」
「更にコスモパワーだ!」

マリルリが尾の噴射を利用して俊敏に動き、縦横無尽に殴りつける。だが神秘のパワーで守りを固めるルナトーンには大きなダメージにはならず、むしろ岩を殴るマリルリの手が痛んでいく。その様子をゴコウは瓢箪から盃に酒を注ぎそれを飲みながら見ていた。

「さあ、そろそろ本番といくか」
「……!ルリ、一旦下がって!」

盃から口を離したゴコウが口の端を吊り上げる。警戒したジェムは一旦ルナトーンから距離を取らせた。ゴコウが掌を合わせてパン!と小気味よい音をたてる。

「勝負と人生は時の運。運は味方することもあれば敵になる時もあり。その時々の運をいかに楽しみ、活かすかが勝負と人生を楽しむコツさ」
「……そんなことないと思うわ。人生のことはわからないけど、勝負は実力で決まるものよ」
「ははは、若え嬢ちゃんにはまだわかんねえかもな。だが嬢ちゃんの親父さんがチャンピオンになれたのだって、いろんな幸運に恵まれたおかげだと俺は思うがね。……いくぜ芒に月、サイコウェーブだ!!」
「ルリ、アクアリング!」

ルナトーンの体の周りが強力な念力で歪む。そこから放たれた念動力の『波』がマリルリを襲った。ジェムは無理に避けさせようとはせず、確実に回復させる戦術を取る。あれだけの防御力を持ちながら攻撃まで強力だとはさすがに考えづらかった。

「ルッ……!」
「ルリ!?」

だが、ルナトーンの一撃は予想を裏切りマリルリの体を壁際まで吹き飛ばす。回復が追い付かないほどのダメージを受けたことに驚きを隠せない。

「サイコウェーブはな。ルナトーンの攻撃力や嬢ちゃんのポケモンの防御力に関係ねえダメージを与えるのよ」
「ということは……ナイトヘッドと同じ固定ダメージを与える技?」
「半分正解だ。だがこの技のダメージは固定じゃなく『運』で決まる。今のはマックスパワーの9割ってところだな。さあ……次はどうなるかな。もう一発だ!」
「アクアジェットで逃げて、ルリ!」
「悪いが読めてるぜ!」

水の噴射で回避しようとするマリルリの動きを技『未来予知』で知っていたルナトーンは逃げようとした先に念力を放つ。再びマリルリの体が念力に吹き飛ばされ――マリルリは倒れた。

「う……」
「今度は7割か。……とはいえ、十分だったみてえだな」

これで3匹め。相手も2体目を繰り出してはいるが、1匹目も倒せたとは言い難い。実力の差を感じ、青ざめるジェム。それでも彼女は、諦めない。

「出てきて、クー!噛み砕くよ!」

呼び出すのはクチート。黒い大角を振りかざし、ルナトーンに齧り付いた。ルナトーンの瞳がジロリとクチートを睨み、三度サイコウェーブを放つ――。

「……きたきたきたぜ!これがサイコウェーブのマックスパワーよ!!」
「!!」

ルナトーンの周りに一際強い念動力の波動が発生する。ジェムにもはっきりと感じられるほどのそれは、タイプの相性もクチートの防御力も何も関係なしにクチートを蹂躙し、一撃のもとに沈めた。

「クーまで……一発で……」
「どうやら運は儂に味方してるみたいだな。さあ嬢ちゃん、最後のポケモンを出すかい?」

ゴコウの言い方は、ここで降参してもいいと言っているみたいだった。これ以上やっても勝負は見えていると言いたげだった。それを感じて、ジェムはそのオッドアイの瞳から涙を零し、雫が落ちる。

「嫌だ……私は……負けたくない。私はお父様の娘だから……負けちゃダメなの!!出てきて、ラティ!!」

悔しい。勝ちたい。一矢報いるだけでは満足できない飽くなき勝利への執念が今、ジェムとラティアスを更なる力へと導く。


「シンカして、ラティ!その宝石の如く美しき二色の眼で、今勝利を私の手に!!」
「ひゅううん!!」


ラティアスの体が光に包まれる。光が霧のように散った後現れたのは、赤い体を紫に染め、赤い瞳の片方を蒼く変化させたラティアスの新たな姿だった。

「ほうこいつは……メガシンカか。それも伝説の」
「ラティ、竜の波動!!」

メガラティアスが翼と口から竜の力を込めた波動を打ちだす。その一撃はコスモパワーで守りが強化されたルナトーンをも吹き飛ばし、戦闘不能にした。

「おもしろくなってきたな。さあ……こいこい、桐に鳳凰!」

ゴコウが繰り出すのはウルガモス。虫タイプを持つ相手はラティアスにとって相性はよくないが――。

「火炎放射だ!」
「ラティ、幻惑の霧で包み込んで!」
「ひゅうん!」

メガラティアスがオーロラを固めたような虹色の球体を放つ。それがウルガモスに着弾するとフィールド全体を包み込む大きな霧となった。ラティアスのみが使える技、ミストボールだ。ウルガモスはラティアスの姿を見失い、火炎放射を外す。

「なるほど、良い技だ……だがこいつならどうだ!?桐に鳳凰、虫のさざめき!」
「ミストボールの効果はただ霧で包むだけじゃないわ。この攻撃を受けた相手の特攻を下げられる!」

全方位に放たれた虫特有の音波は、霧を浸透していくごとに威力が下がる。ラティアスに届いたのは小さな羽音程度だった。

「いくよラティ、波乗り!」
「ほう……!桐に鳳凰、熱風!」

バトルフィールドに念動力で疑似的に再現した大波が発生し、ラティアスがそれに乗る。ウルガモスが炎の羽根で爆風を巻き起こして対抗するが、ミストボールの効果で威力を弱められ、怒涛がウルガモスを飲み込んだ。

「やるな、嬢ちゃん。大したもんだ」
「はあ、はあ……まだまだよ。このまま一気に勝つ!ラティ、自己再生!」

メガシンカを使ったことで体力を使ったのか、肩で息をしているジェムにゴコウは素直な賞賛をおくる。はっきり言って、ルナトーンで決めれると思っていたのがウルガモスまで倒されている。


「だが……こいつはどうかな。さあこいこい俺の切り札、小野道風!!」
「ケロ!!」


昔の歌人の名をつけられたニョロトノが姿を現す。どうやらこのポケモンがゴコウの最も信頼する手持ちらしい。その姿からは普通のニョロトノとは違い、威風堂々としていて正に王者の風格が感じられた。それを現すように、室内だというのにぽつぽつと雨が降り始める。

「これは……?」
「これが俺の小野道風の特性『雨降らし』よ。嬢ちゃんもこいつで涙を洗い流したらどうだ?なんてな」

冗談めかしたその言葉からは、ジェムと違って余裕を感じた。自分が負けるはずがないという強者の余裕だ。

「ラティ、もう一回ミストボール!」
「小野道風、バブル光線だ!」

メガラティアスの霧の球体が弾ける前に、泡の光線が包み込んで封じ込める。ミストボールは本来の効力を発揮できずに終わった。

「ミストボールが……だったら、サイコキネシスよ!」
「こっちもサイコキネシスだ!」

お互いの念動力がぶつかり合い、打ち消し合う。ゴコウはにやりと笑った。

(勝つことだけを考えるなら滅びの歌で相討ちに持ち込めば俺のポケモンはまだ一体残ってるからそれで終わりだが……この嬢ちゃんにはもっと楽しむことを教えなきゃな)

彼の目には目の前の少女は勝つことに――もっと厳密に言うなら、勝者であることに執着しているように見えた。そういうトレーナーは一定数いるし別にゴコウはその考え方を否定するつもりはないが、この少女は自分のためではなく父のためにそれを選んでいるように見えた。それは彼女のためにならないし、何より親本人だって望んでいないだろうと考える。

「さあ嬢ちゃん、次は何を見せてくれるんだ?」
「影分身!」

ラティアスの体が分身していく。超能力によってつくられた幻影は、本物と見分けがつかないが。

「そうくるか……なら見せてやるぜ、小野道風の本気!さあ大声でこいこいだ!」
「コゲコゲ!!」

ニョロトノが使うのは技『輪唱』とハイパーボイスの合わせ技。フィールド全体を包む大声に分身など関係なくダメージを受ける。

「こいこい!!」
「ゲロゲロ!!」
「ラティ、竜の波動!」

竜の力を持つ銀色の波動がニョロトノを打つが、構わずニョロトノとゴコウは大声を上げ続ける。どんどん声量が大きくなり、受けるダメージが増えていく。

「ラティ、自己さい――」
「こいこい!!!」
「ゲコゲコ!!!」

ついにはジェムの指示がかき消され、部屋中を反響する音波がラティアスを全方位から叩き、苦しめる。


「―――……」
「こいこーい!!!!」
「げろげーろ!!!!」


指示を受けることのできないラティアスに抵抗のすべはなく。最大級の音波が放たれ、それをまともに受けて地に堕ちる。メガシンカが解け、その体がぐったりと動かなくなった。ジェムもメガシンカによる同調で体力を使い果たしたことと敗北した虚無感から、ぺたり、と膝をつく。


「負け……た……」


瞳が潤み、雨に交じってもはっきりとわかるほどの大粒の涙が頬を濡らす。

「ごめんなさいお父様……私……また負けちゃった……」

ゴコウは言った。最初に言ったが俺の元に最初にたどり着いただけでも大したもんだ。親父さんも誇りに思うはずだ、と。だがジェムには聞こえていなかった。もし聞こえていたとしても、ジェムの求めるのは完璧な父の娘として同じように立派に活躍することだ。ジェムは父親に強すぎる憧れとその娘であるという持たなくてもいい責任感を持つがゆえに、負ける自分が許せなかった。

「う……ううう、う……」

少女の嗚咽が響き続ける。それは先の大声とは違う、静かでも聞く人の心を痛める悲哀と悔しさに満ちていた。それが最初のフロンティアブレーンとの戦いの結末だった。


「もっと……もっともっと、強くならなきゃ……誰にも二度と負けないくらい……強く!!」 
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