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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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21話 一夏VS鈴 その1

 織斑 一夏と鳳 鈴音の試合当日、第2アリーナ第1試合。両者はそれぞれ対峙していた。

「……鬼一さん、もし居心地が悪いのであれば移動しても構いませんわよ?」

「……つっきー、誘ってなんか、ごめん……」

「僕は別に構いませんよ? というか、今から移動しても何処も場所埋まってますよ。だったらここから動かない方がいいでしょう」

 男性初の操縦者とIS操縦者人口ナンバーワンの大国中国の代表候補生の戦いなだけあって、アリーナは満席の状態。見渡す限り埋め尽くされており、アリーナ上部の通路も全て埋まるほどだ。どうやら1年生以外の学年も見に来ているようだった。

 鬼一、セシリア、本音、そして本音の友人である同じクラスメイトである相川 清香、鷹月 静寐などが同席していた。並び順としては左からセシリア、鬼一、本音、清香、静寐である。

 鬼一はIS学園において、一夏に比べて異性の評価は宜しくない。セシリアとの1件が原因でもあったが、女尊男卑を是としないその姿勢が最大の要因であった。さらに言えば鬼一はそれを隠そうともしていない。

 多数の女子からすれば鬼一の存在はウザったいものでしかない。たかが男の分際で女を小馬鹿にしていることが許せないのだろう。結果として鬼一に向けられている視線は決して良いものではない。

 だが、鬼一は女性を決して馬鹿にしているわけではない。馬鹿にしているというよりも気に食わないが正しいだろうか。安全圏から大口を叩く、人を貶める、人を傷つけるような手合いが嫌いなだけなのだ。

 それでも鬼一を嫌っているわけではない人間も一定数存在する。代表的なのがセシリアや楯無だが、本音や本音の付き合いのある清香や静寐もそれに含まれていた。
 鬼一は周りの視線を特に気にした風もなく、アリーナ内の2人を眺めている。その姿は少々苛立ちが混じっているようにも見えた。どうやら、自分が戦えていないことに苛立ちを覚えているようだ。自分でクラス代表を辞退したが、それでも鈴のような強者とガチンコで戦えるのはやはり魅力に感じているのは間違いなかった。

 セシリアや本音は鬼一が何を考えているのかなんとなく理解しているようだったが、他の2人はそういうわけではない。傍から見れば鬼一はイラついているようにしか見えないのだから。

「つっきー、やっぱりあそこに立っていたかったの?」

「……断っといて何考えてんだ、って話ですけどね。公式戦のプレッシャーの中で戦えるってのは楽しいものですから」

 肩を竦めて苦笑いする鬼一。その姿を見て清香と静寐は安心したように息を零す。2人とも罪悪感を持っていたからだ。本音を通じて鬼一を誘ったのはこの2人だったのだから。
 単純に鬼一と仲良くなりたかったというのもあるが、一部を除いて初心者しかいない1年生の中で、油断していたとはいえセシリアを倒したその『強さ』を知りたかった。その強さを少しでも知ることが出来れば操縦者としてのスキルを磨くヒントがあると思った。

 しかし、誘ったのはよかったが、こんなあからさまな視線の中に入れてしまったことがひたすらに申し訳なかった。しかし、鬼一が微塵も気にしていないことが分かってホッとしたのだ。

「鬼一さんはどっちが勝つと思いますか?」

 セシリアの中では鈴の圧倒的な有利は揺るぎないものだったが、鈴と直接戦ったことがない分正確な評価が難しいのだ。だが、鬼一は2人と直接戦っている。
 セシリアからの質問に鬼一は目を細め、セシリアに視線を向けずに呟く。その声は小さなもので、自分の中で確認するような色合いがあった。

「……勝敗を分けるポイントは2点、ですね」

 その言葉にセシリア以外の3人は首を傾げる。

 それに気づいた様子もなく鬼一は続けた。

「もし、純粋な力勝負、スキル勝負になれば鈴さんの完勝でしょうね。一夏さんは封殺され何もさせてもらえないまま終わった可能性が濃厚でしたね。気持ちでどうこうなるレベルじゃないですから」

 両者と実際に戦い、過去を振り返ることの出来る鬼一の結論は鈴の完勝であった。だけど、事はそう単純ではない。

「しかも鈴さんは一夏さんの試合映像を既に見ている。そして一夏さんは零落白夜を禁じた。その上でトレーニングもして鈴さんの対策も考えましたが、正直心もとないレベルです」

 一夏は決して要領の良い人間ではない。要所を絞って叩き込んだが、それが実を結ぶ可能性は低いと鬼一は感じていた。だが勝算は出来た。それだけでも大きな前進。あとは一夏次第。

「鈴さんは『間合い』で勝負することになるでしょうね」

 技術的、身体的な問題ではなくその手前の問題で鈴は勝負することを選ぶだろうと鬼一は考える。無論、技術も身体能力も活かすつもりだろうがそれはあくまでもオマケでしかない。

「僕と一夏さんとの試合なんかで一夏さんの強い距離は把握しているでしょう。ですが、同時にそこは鈴さんの一番強い距離でもあります」

 お互いの強い距離が同じであるなら、鈴の性格と実力を考えればそこで戦うことは疑う余地はない。なぜなら、自分の技量が相手を上回っているという絶対的な自信があるからだ。

「鈴さんの性格ならそこで戦うことを選択します」

「でも、それって鳳さんも危なくない?」

「一定のリスクは存在しますが、それが一番安全ですよ。お互いの強い間合いが同じなら勝敗を分けるのは技術、反応、経験、身体能力などです。全てに置いて鈴さんが上回っている以上は油断でもしない限り落とすことはないです。まあ、あの顔を見る限り油断はしないでしょうけど」

「じゃあ、織斑くんはどうすれば勝てるの?」

 結局のところ、一夏が今のままじゃ勝てないのは間違いない。となると、今まで自分がやらなかった新しいことに挑戦するしか道はないだろう。

 あくまでも私見ですが、と前置きした上で鬼一は続きを喋り始める。

「……基本方針はお互いの強みがハッキリしている近接戦で戦う、でいいでしょう。というよりも一夏さんの間合い調節能力を考えればそれしかないです」

 もし、一夏に鬼一のように細かく間合いを管理できる能力があれば、また違う展開があっただろうが今回に関してはない。
 近接戦で圧倒的な強者である鈴を相手に真っ向から近接戦を挑まなければならない。だが、戦うポイントを一夏が選択しなければ負ける。

「となると、ポイントとなるのは一夏さんがどこで仕掛けるか? 少し噛み砕いたことを言えば一夏さんは『タイミング』で戦うしかないかと」

「……タイミング?」

 鬼一は足を組み直し右足の上に肘を置いた。その手の甲の上に顎を乗せる。

「零落白夜を封じた以上、真っ向勝負になったらまず勝ちの目はない」

 鈴は一夏に対して攻め続けるだろう。最短で決着をつけるのが最善手。仮に一夏が攻めに転じる展開になったとしてもそれは無駄だと鬼一は説明する。

「なぜなら一夏さんが仕掛ける時はワンパターンだからです。同じ間合いで同じタイミングで仕掛けてくる。鈴さんも頭に入っている以上、それを片方でも前提条件を崩せばいい」

 鈴クラスの実力の持ち主なら、来るタイミングと仕掛けてくる間合いさえ分かっていれば目を瞑っていても迎撃くらいは容易くこなせるだろう。

「でも一夏さんに間合い調整が出来ない。なら最初に距離を詰めていく中で今までの間合いから遠い位置で一度仕掛ける。遠い位置からしかけることで、鈴さんに一夏さんの動きが前と違うことを印象づけれる可能性があります」

 ここでは説明しなかったが鈴の復帰力も大きな問題になる。どれだけ体勢を崩しても最速で立て直して5分に持ち直す以上、地力で劣っており射撃武装がない一夏に勝算はまず皆無。

 ならば対応を後手に回さなければ勝算は立たなくなる。鈴の対応が遅れ後手にまわり、どれだけ一夏がその隙に全力を叩き込めるか。

「鈴さんは一夏さんの仕掛けてくる間合いを考え直さないといけませんわ。そうすると鈴さんは集中しなければいけない領域が急激に増えます」

 そこで初めてセシリアが鬼一の説明に補足した。

「人間の集中力に限りがあり、負担が大きくなる以上は鈴さんも対応しきれない可能性は大です。1回目で決めれば最上ですが、仮に決まらなくてもそこから読み合いが始まれば決して鈴さんが有利とは言えなくなります」

 鬼一のような桁外れの集中力を持っている人間は例外だとして、鈴の集中力は代表候補生に相応しいものだがそれでも限界は存在する。

「徹底的にタイミングで揺さぶり、鈴さんの意識を外すしかない。全てを意識することが困難ならミスも生まれる。一夏さんが鈴さんの意識が薄くなるそのタイミングで踏み込めれば、まあ、勝ちの目は出てくるかと」

 勝ち、というよりも絶対防御を発動させれるチャンスだが。

「でも鳳さんのISの『龍砲』も強力なんでしょ? それだったらそれをメインにして中距離から戦うっていう選択肢もあるんじゃ……」

「選択肢には入りますけど、それだけでケリはつきませんよ。最終的には近接戦が全てになります」

 静寐の考えをあっさりと否定する鬼一。自分の考えをあっさりと否定された静寐だが鬼一に不快感を抱いたりせずに、思考する。

「うーん? なんでそんな言い切れるの? 私はどうしてもその方が戦いやすいと思うんだけどなぁ……」

 そう。確かに静寐の言う通りなのだ。

 一夏の手札が鬼一やセシリアに比べて少ない以上、龍砲をメインに試合を組み立てたほうがリスク軽減しながら戦えるというのは間違いない。龍砲には一定の火力も存在する以上、それだけで決着がつくのも考えられる。

 だが、それはあくまでも人間をいれないISだけの話である。

「……難しい問題ですよ? 鈴さんは勝利とプライドが連結している人間ですから。いや、正確には勝利するための過程とプライドか」

「……えっ?」

 鬼一の予想外の言葉に疑問の声を上げたセシリア以外の3人。

「勝利とプライドを別に分けられるならともかくとして、IS操縦者もプロゲーマーもある意味では其の辺は似ています」

 どちらも勝利を求める生き物でどちらもとても我の強い、誇りのある人種なのだ。その誇りさえも鬼一は利用とするのが他の人間との大きな違いだが。

「自分の信じる方法で勝つことが自分や相手に誇れる、ということです。鈴さんは近接戦に置いて絶対のプライドを持っていますからね。相手が昔からの知り合いの一夏さんということもあって、意地でも近接戦に拘ると思いますよ?」

 それに、鈴は鬼一との戦いで自分のスタイルを曲げられている。そのことを悔やんでいるのも疑いようがない。

 ならば、この試合では意地でも自分のスタイルを押し通そうとするだろう。上に登る人間というのは言葉にし難い頑固者でもあるのだ。

 その言葉に他の3人は顔を顰める。どうやらそこまでは考えていなかったようだ。
 ニヤリ、と鬼一は笑みを浮かべる。それは傍から見れば少々邪悪な笑顔。楽しそうに笑う。いや、実際に楽しんでいるのだろう。

「ついでに皆さんに質問してもよろしいでしょうか? 今、僕は鈴さんの心理的な問題から何をするかという話をしましたが、じゃあ、逆に一夏さんは今どんなことを考えていると思いますか?」

 鬼一からの質問に他の3人はアリーナで浮かんでいる一夏に視線を向ける。

 少しの間、考えてみる。

 緊張? 興奮? 昔の知り合いと向き合うんだから嬉しさ?

 でも、どれも違うような気がした。いや、間違っているとは思えないが、何かが足りなような気がする。

 鬼一はクスクスと声を零している。既に答えを知っているようだ。隣のセシリアも困ったような苦笑を零している。どうやらセシリアも理解しているのは間違いなかった。

「……つっきー、ぎぶだよー」

 本音のギブアップ宣言に対して清香と静寐も同じように「降参」と応えた。3人とも色々と考えてみたが、結局どれもこれもピンと来ない様子だ。

「……一夏さんは無謀なことをしますけど、怖いもの知らずなわけではありません」

 表情に反して鬼一の声は笑っているものではなく、硬質なものだった。その声にセシリアも含めて身体に緊張が宿る。

 鬼一のモノクロの視界に映る一夏の姿にはいつものような光を感じることはない。

「簡単ですよ。……プレッシャーです」

 硬い声から一転、楽しみを含んだ声色。決して大きくはないその声がやけに大きく響いた。鬼一以外の4人だけじゃなく、5人の周辺の生徒もその声に思わず振り向く。鬼一はそれに特に気にした風もなく話を続ける。

「面白いことに頭で分かっていても心や身体はそうも行かないんですよね人間って」

 今の鬼一はそれを理解している。そして、一夏の姿を見て一夏の調子がおかしいのも見抜いている。そして、その原因にも当たりをつけている。ある意味、自分の発言でこうなるのが予想出来ていた。

「自分だけの戦いじゃなくて、それ以外のものが関わった戦いって本当に苦しいんですよ。それこそ、さっきまで絶好調だったのに一気に絶不調になることも珍しくないです。プレッシャーというのはそれだけ凶悪な代物なんですよ」

 果たして一夏にそんな経験があるだろうか? それに慣れている鬼一やセシリアでも容易に対処は出来ないものに対処ができるのだろうか?

「本来、焦ることなんて何もないんですけどね。でも自分に自信がないからプレッシャーを大きく受け取ってしまう」

 ここまで来てしまえば、いくら焦ったところで現実には悪影響を与えることにしかならない。それだけ焦ったところですぐに強くなるというわけでもない。

「プレッシャーは跳ね除ける、なんて言う人がいるんですけどそれって戦ったことのない人の戯言でしかないんです」

 鬼一にとってプレッシャーというのは切っても切り離せないと考えている。プレッシャーを無視することは出来るかもしれないが、それでは一定の状況でしか力を発揮することは出来ない。究極的には安全が保証されている中でしか実力を発揮出来ないという考えだ。

「プレッシャーは不調を加速させるものですが、同時に好調を維持するために、集中力を膨らませるためにも必要です。まあ、一種の劇薬みたいなものですね。取り扱いを間違えると危険という意味で」

 プレッシャーと向き合う方法は人それぞれだろうが、自分に合ったプレッシャーの対処を行えればそれは間違いなく自分にとって武器になる。

「果たして、一夏さんは今感じているプレッシャーをどう対応するかも見ものですよこの戦い。場合によっては根本から修正しないと、とんでもないことになりかねません」

 一夏は強烈なプレッシャーを対処した経験が一切ない。完全に未知の領域の世界だ。だが現在、自分に悪影響を与えているのは間違いない以上それにどうやって向き合うのか。

「孤独な戦いの中、戦うのも、傷つくのも、癒して立ち上がるのも全部1人でしなければなりません。そこに才能とか知識、技術なんて関係ない」

 クスクス、と笑いを零す鬼一。

 その笑みで初めてセシリアは目の前にいる鬼一がどこか違うことを理解した。何が違うのかは分からなかったが、だが、目の前にいるのはもっと危険に感じられた。

「結局、一番大切なのは自分を支えるものは何か……。それを思い出せるかどうか、そういう意味でもこの戦いは面白いものになると思いますよ」

「でも、なんで織斑くんはそんなプレッシャーを感じているの?」

 清香からの質問。

「……以前、一夏さんは織斑先生を守ると言いました。その結果、俺と一夏さんの戦いになりました。そして、それがどれだけ難しいことなのかもなんとなく理解したと思います」

 鬼一は過去を思い出しながら呟く。一夏が何かに悩んでいるのも理解している。だが鬼一は本人から言われない限り対応するつもりは微塵もない。興味すらない。

「これから一夏さんはことあるごとに織斑先生と比べられることになる。それも一夏さんにとっては嫌な形でね。そして織斑先生は気にしないでしょうが、一夏さんの耳には織斑先生を貶すような発言が入ることにもなりますよこれからは」

 自分の体験談から鬼一は楽しそうに笑う。その笑顔にセシリアは自身の背中が震えたことに気づいた。自分の目の前にいるのは本当に鬼一なのか? という疑念が湧き上がる。

「織斑先生の『名』を守るためには自分が織斑先生以上の結果を問われることになる。あのブリュンヒルデ以上の偉業を達成しなければならない。それがどれだけ難しいことか」

 鬼一は一夏がどうしてそこまで姉のことに拘るのか全く知らない。知ろうともしない。だが、その名を貶めないのであれば相応の結果が求められることは理解しているつもりだ。周りを黙らせる結果。

「織斑先生の弟がこんなところで躓くわけがない、そう考えている人は多いと思います。まったくの別人なんだから無意味なんですけど」

 無意味だろうに。そう続けて鬼一の視線は同意を求めるように隣の3人に向けられる。鬼一にその意図があったかは分からないが、少なくとも推薦した清香と静寐を責めているように3人は感じた。

「……」

「ね、ねえ月夜くん?」

 青い顔のまま清香は無言になり、静寐は鬼一に質問した。

「なんです?」

「クラス代表の投票の時、私たちが真剣に考えていたら変わっていたかな?」

 その問いに鬼一は目を細め考える。果たしてどうなっていたのか。

「……別に大した違いはないと思いますよ。クラス代表になっていたのはセシリアさんになっていただけのことです。むしろ今ではある意味正解だったんじゃないかとさえ俺は考えてます」

「……どうして?」

「目的が同じなら遅かれ早かれ一夏さんは舞台に立っていたからですよ。それなら少しでも多く場数を踏んだほうがいいです。それこそ自分をボロボロに追い詰めてでもね」

「で、でもそれで織斑くんが潰れちゃったら……」

 心配そうな声を出す清香だったが鬼一は一蹴する。

「最終的には自分の意思であそこに立ったんです。誰にも文句は言えません。そして誰も文句をいうことはできません」

 一夏がクラス代表になった件について、最終的にクラス代表になることを受け入れたのは一夏なのは決して変わらない。それに対して誰も文句を言うことはできないし、自分だって文句を言うことは出来ない。

「潰れるならまた復活すればいいだけの話ですし、そこで潰れるなら―――」

 その時の鬼一の笑顔は寒気を抱かせるほどの不気味さを宿していた。

「まぁ、その程度だった。ということじゃないですか?」

―――――――――

 ドクン、ドクン、と鼓動が自分でもハッキリと聞き取れた。

 それが自分の心臓の音だと最初気づかなかったのは当然だったかもしれない。初めての経験なのだから、最初それが何なのか分かるわけがない。

 鬼一はこれが公式戦だと言った。公式戦と言ってもIS学園で正式に記録され保管されるものだ。同時にこれは他の生徒達も見ることができるということ、そして正式な手順を踏めば外部の人間、ISに関連した人間も見れるということだ。

 その危険性を俺はまだ良く理解していないのだから、まあ、それはいい。

 ここで重要なのはそんなことではない。

 少し前に言ったことが脳裏に蘇る。

 ―――織斑 一夏というクラス代表がこの程度なら、他のクラスメイトの評価などたかが知れたもの。

 それが俺の身体を固まらせていた。もっと言えば、クラスメイトの評価もそうだが姉であり1年1組の教師の千冬姉のことだ。

 鬼一は、まだ1年だからそんな評価させることはない、と言っていた。だけど今なら分かる。そんなことじゃないんだ問題は。

 散々、散々迷惑をかけたというのにまだ俺は千冬姉に迷惑をかけようとしている。千冬姉の評価を貶めようとしている。形は違えど、モンドクロッソの時と同じように千冬姉を損ねてしまうことが俺を縛り付けている。

 違う。勝てばいいんだ。勝てばそんなこと関係なくなる。俺が勝てば千冬姉に迷惑かけることもないんだ。だけど、相手はあの『鈴』なんだ。

 この前見た、鬼一とのあの試合。見返せば見返すほど2人の凄さが嫌というほど伝わる。

 鈴はたった1年間しかISに乗っていない。だけど凄まじい身体能力の高さと確固たる技術で鬼一を打倒した。

 鬼一は鈴の圧倒的な身体能力と双点牙月を用いた変則的な斬撃、そして見えない弾丸をリアルタイムで対策して一時は鈴を上回り龍砲を破壊し、追い詰めるところまで行った。

 じゃあ、俺は何を持って鈴と戦えばいいんだ? 俺、いや白式の『零落白夜』しかない。この零落白夜だって元は千冬姉のものだ。そしてその千冬姉だって零落白夜以外の自分だけの武器があったからこそ、頂きに立てたんだ。

 そして、俺は零落白夜を使わない。ただのブレードだ。

 俺自身には何もない。そんな俺が鈴を倒すことが出来るのか?

 違う。今ここで弱気になるな。そんなことを考えている場合じゃない。鬼一だって言っていたじゃないか。戦いの場で弱気になれば積極策を出すことも行うことなんて出来ないって。俺は弱いんだから、せめてメンタルで負けてはいけない。

 周りの視線なんか気にするな。今は鈴との試合だけを考えないと。

 集中しろ。

「―――っ」

 心臓の音はこんなにも聞こえるのに、なんで観客席はこんなに静かなんだ? 全然音がしないじゃないか。本当に人がいるのだろうか?

 負けられないのに、負けられないのに、平常心が保てない。心がざわついている。

 こんな時、どうすれば……いいんだ?

 違う。今、俺がやらないといけないことは鈴に集中することだ。負けたときのことなんて考えるな。ネガティブになっていいことなんて何もないんだ。

『それ―――は―――、―――の―――位―――まで―――してください』

 アナウンスの声がほとんど聞こえない。おかしい、心臓の音は先ほどと全く変わっていないのに周りの音はどんどん静かになっていく。なんなんだよこれ?

『―――?』

 鈴、の声か今の? 試合前に何か言うことなんてあるか? 吐きそうだ。

 やけに寒く感じるのに、頭の奥底がジンワリとした熱が広がっていくのがなんとなく分かる。

「―――?」

 うるさいな。さっきまであんなに静かだったのに、なんで今度はそんなにうるさくなるんだよ観客席。それよりも、早く試合の案内をしろよアナウンス。

 口の中が乾燥して切れたような痛みが走る。呼吸がどんどん浅くなって、浅く早くなった呼吸が原因でその痛みが少しずつ早くなった。そこまで来てようやく自分の呼吸がおかしいことに気づいた。

 まだ、少しも動いていないのになんでこんなに呼吸が早いんだ。

「一夏っ!」

―――――――――

「……ねえ、織斑くん様子がおかしくない?」

「アナウンス入ったのになんで動かないの?」

「調子が悪いのかな?」

「もしかしたらアナウンスが聞こえなかった感じ?」

 一夏の様子を見て、少しずつざわめき出す観客席。鬼一とセシリアは涼しい顔でそれを眺めている。

 アナウンスがコールされ鈴が所定の位置に移動したのに一夏はまったく動かない。観客席からは分かりにくいが一夏は明らかに不調を感じさせた。

「……これは、入りましたわね……」

「……ここで躓くなら一夏さんはもうIS戦で未来はないでしょうね」

 セシリアと鬼一はそれぞれ感情を感じさせない声色で今の一夏を評価する。周りが不安そうに声を上げている中で、2人は冷静だった。

「おりむーはやっぱり……?」

 周りと同じように本音が不安を宿した言葉を漏らす。その言葉に鬼一は薄く笑ったまま肯定した。

「やはり、自分が感じたことのないプレッシャーを感じているんでしょうね。一夏さんは姉の名前を守ると公言してます。だけど、それを守るためには鈴さんを倒さなくてはいけません。でもこの前の僕と鈴さんの模擬戦、そして一夏さんはあの模擬戦を見直して理解してしまった」

「理解したって何を?」

「自分と鈴さんの実力の差をですよ。今の一夏さんなら結構正確に理解出来ているでしょうね。そして、その差をひっくり返せないとも思っているかもしれません」

「わたくしや鬼一さん、鈴さんは何度も敗北を味わっていますし、心の中で敗北がよぎったとしても経験でその対処が出来ます」

 そもそも敗北が掠めた程度で折れるようなヤワな人間でもない。その程度で折れるなら最初から舞台に立たない。

「一夏さんは多分、全力で立ち向かってそこから身も心も敗北に叩き込まれたことがないんでしょうね。じゃなきゃ始まる前からあんな体たらくを見せることなんて有り得ない」

 目も当てられないほどの敗戦を一夏は味わったことがないのだろう。味わった上で立っているのであればこのような醜態を見せることはありえない。もっと落ち着いた様相を見せるだろう。

「もし敗北を覚悟しているならその場に立っても平常心を保てますし、直接的な敗北が嫌ならそこに立たないという選択肢もありますからね」

「あの状況から鈴さんに勝利を取るのは簡単なことではないですわね」

「……手っ取り早くプレッシャーを処理する方法はあるんですけどね」

 一夏を見ながら何かを考えていた鬼一が小さく言葉を呟く。

「うそっ」

「そうなの、つっきー?」

 まぁ、勝敗はまた別なんですが。と前置きして鬼一は言葉を出す。

「一夏さんには言いませんでしたけど、安全圏にいる連中の評価や期待なんて大したものじゃないんですよ。そしてそんな評価に振り回される織斑先生でもないでしょうね。それに気付くだけでも全然違うと思いますけど」

「結局、自分が原因で織斑先生の評価を下げたくないから自分は負けられない、っていうプレッシャーがあるってこと?」

 一夏の行動原理は『織斑 千冬』の存在に尽きる。どうして一夏がそこまで千冬に拘るのか鬼一は知らないが、一夏は異常なまでに千冬の存在を意識している。だからこそ、今の一夏の体たらくを生み出しているのだが。

「そうです。でも、織斑先生の評価って正直良くも悪くも不動のものだと思うんですよ。織斑先生は今の時代を作り上げた第一人者ですしね」

 だがそれは間違い。一夏が千冬の評価などを気にする必要はどこにもない。第3者からすれば千冬の評価や存在は簡単に揺るぐものではないのだ。

「気にするだけダメってこと?」

「身も蓋もないことを言えば。だから一夏さんは純粋に鈴さんとの勝負に集中すればいいんですよ」

 そもそも、そのような細事を気にして鳳 鈴音という操縦者を倒せない。そんな甘い手合いではなく、それ以上にそんなことを考えるのは鈴に対して失礼とは一夏は考えないのだろうか?

「……」

 話し終えた鬼一は一夏と鈴に視線を向ける。

―――――――――

「一夏っ!」

 鈴からの力強い声で一夏は目が覚めたように顔を上げた。まだ試合が始まっているわけでもないのにその顔には汗が流れており、肩で息を繰り返している。

「……鈴、か?」

 鈴を初めて見たような一夏。どこか浮ついた様子の一夏を見て鈴は一種の危機感を抱いた。こんな幼馴染を見たのは、覚えている限りでは初めてだった。

「……あんた今、余計なことを考えていたでしょ?」

「……違う」

 一夏の言葉だけの否定など鈴は引き下がったりしない。する必要もない。そんなことよりも目の前の幼馴染が揺らいでいる方が問題。

 ―――……鬼一だったらこんなことしようともしないわね、きっと。むしろ利用すらしそうね。

「違わないでしょ。私、あんたのそんな顔初めて見たわよ。凄い苦しんでるでしょ今。その様子だと今のアナウンスも聞こえていなかったみたいだし」

「……アナウンス、入っていたのか」

 鈴の言葉で一夏はアリーナに取り付けられているスピーカーに目を向ける。だが、その視線に熱は無く、どこか空虚なものですらあった。

「……ねえ、一夏。なんであんたは其処に立っているの?」

「……俺、は……」

 言葉少ない、いや、もはや返答とも言えないような一夏の煮え切らない言葉に、鈴は腹の底から言葉を吐き出す。

 そうしなければ目の前の少年は、自分が一体なんでここに立っているのか、そんなことすらも理解できないようだったからだ。

「何か守りたいものがあるから戦いに来たの? それとも私と勝負しに来たの?」

「……」

 舞台に立っているのに、今なお心を止めている一夏に鈴はありったけの怒りを込めて激情に塗れた激を叩きつける。

「……真剣勝負の場に立っているならウダウダ考えるな織斑 一夏っ!!」

「っ!?」

 その怒りは一夏の鼓膜を、身体を、心を震わせる言霊。

「あんたが何を考えているのか、ハッキリ言って全っ然わからない! あんたはそうやって1人で抱えようとしている! 私が相談に乗った時だって、あんたは結局自分が何をしたいのか話さなかった! いや、その意志があるかどうかもハッキリしていない!」

 結局はそうなのだ。

 一夏は『何をしたいのか』ではなく、『どうすればいいのか』だった。鈴に相談してきたのは間違いなく後者。
 前者は自分の心に従うことであり、そこに伴う責任も絶望も全て引き受けること、後者は自分以外の誰かから言葉を聞くことで自分が楽になることだ。

 あの時、あいつはこういった。あの時、あいつがこういったから。と自分を納得させることが出来る。

「だから、私があんたに選択肢を教えるわ! あんたは戦うのか、ここから逃げるのか! 好きに選びなさい!」

 あまりにも単純な二択。一夏の悩みなど知ったこっちゃないと言わんばかりの選択。

「もし、あんたが守るために誰かを犠牲にするのが間違いっていう考えがあるならそれはそれでいいわよ! だけどね! この場に置いてそれは私にとって最大の侮辱と受け取ってあんたを一生軽蔑するわよ!」

 誰かの犠牲になる可能性など鈴はとっくの昔に覚悟している。覚悟していなければISなど自分から乗ろうとも思わなかった。辛いことや痛いことばかりで、辛酸を舐めさせられたことなどもはや数えられないほど。

 自分の幼馴染と全力を出せる真剣勝負が出来る、そう分かった時は心から喜ばしかった。それだけでもこの1年間の価値はあったと胸を張って言える。

「……っ、ちょ、ちょっと待てよ鈴! 俺は……!」

「あんたは『真剣勝負で手を抜くのも抜かれるのも嫌い』だったはずでしょ!? あんたの真剣勝負はいつからそんなおかしくなったの!? 『真剣勝負』と犠牲を伴う『戦い』を混ぜるからそんなおかしくなるのよ!」

「っ!?」

「私はあんたと『真剣勝負』がしたいからここに立っている! 其処に犠牲だとかそんなもんは少しも混ざっていないわよ!」

「私を見なさい! 勝負の相手を見なさい! 私のことを考えなさい! それ以外のことを見て考えて、どうやって勝つって言うのよ!?」

 鈴自身も自分が何を言っているのか正確には理解出来ない。だけど、自分がここに立っている以上は余計なことは考えて欲しくない。この瞬間だけは鈴は一夏を独占できるのだから。

「……悪い、鈴」

 表情は暗いが、先程よりも一夏の表情は軽いものになっている。それは鈴の視線に真っ向から迎えることが出来るくらいには。

「……さっきより少しだけマシなツラになったわね。それでいいのよ」

『織斑 一夏くん。所定の位置にまで移動してください』

「……鈴は真剣勝負と犠牲を伴う戦いは違うと思っているのか?」

 鈴に問いかけながらも一夏は移動を開始。それはつまり、周りの声が聞こえるくらいには冷静になれたということでもある。

「全然違うわよ。戦いは大なり小なり傷つくことや傷つけられることのある勝負、他人すらも巻き込むこと。真剣勝負っていうのは互いの全力をぶつけ合うことだけを指すのよ。そこに他者が介入する余地はないことだと思うわ。鬼一の言う戦いは多分、私の認識とそう違いはない。セシリアもね。でも勝負は、鬼一のはもう少し違うかもしれないわね」

「どんなふうにだ?」

「人と人、互いの全てを出し切って戦うこと、自分にも相手にも誇れること、じゃないかしら。……人と人で成り立つものだからこそ人を侮るような真似を許せないんじゃないかしらあいつは。セシリアとの1件は私も聞いてるわよ」

「……思い出した」

 ―――勝負の場に性別なんて関係ない。

 ―――ハンデというものは勝負においては相手を貶める行為で自分を誇れなくする行為なんだ。

 ―――土俵が同じなのに絶対なんてものは存在しない。

 ―――勝負の場で相手を尊敬し自分の為に相手を倒す。

 ―――戦うということを、何かを得るために何かを失うこと。

 ―――戦うということを、戦ってきた中で少しでも犠牲にしてきたものに報いること。

 ―――たくさんの人を傷つけ、蹴落として、安全圏の人間には理解できないほどの痛みや業を背負うこと。

「……勘違い、してたんだな」

「まだあるとは思うんだけどね。それと一夏? これは私の考えなんだけどさ。勝負に関してはなんだけど他者の考えや価値観なんてのは一切入りこまないの。あんたに分かりやすく言えば、そういうアホどもの評価に振り回されることなんてないのよ。千冬さんのことも含めてね。そもそも、そんなものに振り回されるほど千冬さんの評価は低いものじゃないと思うけどさ」

 周りの評価は時として必要なものだが、この1件に関しては全くといっていいほど必要なものではない。

「勝負に身を焼かれる人間を評価していいのは、同じ人種だけ。例えばこの試合を見ている連中があんたのことを評価するならそんなもの、今は無視しなさい」

「だけど、他のクラスメイトの評価にだって……」

「それこそナンセンスよ。鬼一とセシリアは自分からだけど、あんたは推薦で出てきたんでしょ? 最終的にあんたが選ばれて、そいつらの評価に影響が出るんだったらそいつらの自業自得よ。自分の評価は自分で決めることよ。それすらも出来ないのに文句を言う資格はないわ」

「鈴、お前そんな喋れるんだな」

「あんたが! そんな! ウジウジしているからでしょうがっ!」

 そこまで喋った鈴は落ち着くように俯いて深呼吸をする。

 顔を上げた鈴の表情は既に落ち着いたもの。

「……でも一夏? 今後、この世界で生きていくんだったら今後それとは比にならないプレッシャーがあるわよ。そのプレッシャーに耐えられるように強くなりなさい」

「……ああ」

 そこまで喋って2人はそれぞれの獲物を利き腕の掌に具現化。もはや迷いはない。

 今はただ、この試合に全力を注ぐことに一夏は覚悟した。

『それでは両者、試合を開始してください』

―――――――――

 雪片弐型の代わりに手にしているのが近接用ブレード『葵』。今回、零落白夜を使うことは出来ないがエネルギー問題をクリア出来るというのは間違いなく利点。ただし、一撃で決着をつけることが出来ないという問題も存在する。

 それについて一夏は鬼一と協力して立ち回りを考えているが、しかしそれが鈴に通用するかというのは別の問題。むしろ、通用しない可能性が強い。今まで『零落白夜』がある前提で動いていたのだからそれも当然。根底から動きを変えることになるのだから。

 だからこそ、鈴の動きに左右される。鈴の動きから情報を集めてそれに合わせて先手を取っていくしか勝算はないと考えられた。

 それは戦略を考える鬼一もそうであるし、鈴も漠然と考えていた。

 そして、鈴はその考えを開幕で否定される。

 なぜなら葵を構えた一夏が迷いなく踏み込んできたからだ。

「へぇ……?」

 僅かながらの驚きが鈴に湧き上がるが混乱するほどのインパクトはない。開幕は慎重に展開されると思っていただけに意表は突かれるが、崩されるほどではなかった。

 双点牙月で一夏を迎え撃つ。

 ―――鬼一と一夏は色々と考えていたみたいだけど、それが結論なの?

 零落白夜が使えなくなった今、長期戦を想定して立ち回ることも可能だったが長期戦に未来があるとは鬼一は考えていない。自分の身でそれを証明しているからだ。

 基本方針は変えていない。あくまで短期決戦なんだと鈴はそう考える。

 弾き飛ばされた一夏は地表スレスレで体勢を立て直して後ろに跳躍。踏み込むために一度落ち着こうとしているのは鈴から見て容易に予想できた。

 距離を取るならこちらはそれはそれでいい。躊躇いなく手札を切る。この試合において鈴は手札の出し惜しみをするつもりはさらさら無かった。

 甲龍の肩アーマーが開く。その中心の球体が光った瞬間、一夏は全力で回避行動に移る。

 ―――開幕はリスク上等で踏み込んでくるのに、このタイミングでは回避に専念……? よく分からないわね。

 1回2回と発射される不可視の弾丸。如何に見えない弾丸と言っても、距離が開いており白式の機動力なら回避することは可能なレベル。なにより一度、生で見ていることが大きかった。

 一夏は一夏なりに鈴と鬼一の試合を何度も見て調べたのだ。鬼一ほど内容を理解しているわけではないが、衝撃砲や鈴の身体能力の高さを理解することは出来た。

 一夏と鬼一のトレーニング、両者の間では鬼一から一夏に働きかけることはもうない。一夏が考えて考えて手詰まりになって初めて鬼一に質問。

 結論としては、『近距離では必要以上に付き合わない、距離が開けている時は回避に力を注ぐ』。要約すればそれに尽きる。
 一夏が勝利するためには刃をぶつけるしかない。だが零落白夜の時と違ってエネルギーが早い段階で切れる危険性は少ないが、一撃で決着を決めることが出来ない以上は鈴の能力と長時間に渡って戦うことになる。

 ―――もっとガンガンくるかと思ったのに、肩透かしを食らった感じね。これもあんたたちの考え?

 鈴の全力と真っ向から戦っても負ける。

 となれば力勝負はある程度は避けないといけない。正確に言えば力勝負をどこかでする必要はあるが、そのポイントを間違えてはならないのだ。誤れば即敗北の危険性。

 ―――それなら、こっちから……!

 龍砲の使用を止め、鈴は一夏に斬りかかる。

 その突進を一夏は躱そうとせず正面から迎え撃った。

 鈴の強攻。一夏の迎撃。試合が動き始めたことに驚きが生まれる。

 一夏が。

 ―――……は?

 そして、一夏の驚愕を目の当たりにした鈴の思考が止まった。余りにも予想外の反応。

 予想も出来ないような方法で迎撃なり回避されて鈴が驚くなら分かる話だ。そして、このご時勢に近距離で戦うことを生業とするインファイター同士の戦いに観客が心躍るのも分かる。

 だが、当事者が一番驚いているというのはどういうことなのか。

 お互いの武装が届くほどの距離で両者は一瞬、足を止める。それにつられたように観客たちの呼吸が止まる。

 ―――っ!

 ―――なに!?

 結果的に虚を突かれた両者であったが先に行動を復活したのは鈴。躊躇いなく一夏を蹴り飛ばした。正解かどうかは定かではないが。

 両者が距離を取ったことで観客たちの呼吸も再開。

「……っ」

 ―――なんであんたが一番驚いてんのよ。大なり小なり、何らかの考えがあったからそういう行動を取ったんでしょうが! 

 怒り、というほどでもないが熱を持った感情が鈴の胸中に湧き上がる。

 それに対して一夏は立ち直ったのか、先程までの慌てふためいた様子はもはやない。だが一夏の中にある何かはかき消すことは出来ていなかった。一夏はそれを知らない。未知の経験を受け入れ、対応することは難しい。それが戦闘中なら尚更だ。

 鈴の感情が灯った龍砲が、再び轟音を立ち上げながら発射される。それに対して一夏は回避行動を取り続ける。しかし全てを躱しきることは出来ない。だが直撃も避けている。

 一夏の考えが読み取れない鈴はイラつきが増していく。だが頭の中は冷えている。

 ―――……龍砲を撃たせ続けてエネルギー切れを狙う作戦? 龍砲の燃費の良さは一級品。そしてあんたは全てを避けることが出来ない以上、ジリ貧になるのはそっちが先よ。

 龍砲で牽制しながらジリジリと距離を詰めていく。一夏も鈴のペースで距離を詰められるのは嫌なのか距離を取ろうとする。

 だが、ここはIS学園のアリーナなのだ。

 アリーナは一定の広さである以上、一夏の逃げるスペースは徐々に狭まれていく。スペースが無くなれば一夏は龍砲で嬲り殺しにされるだけだ。

「―――っ!」

 ―――あら? 攻めてこないくせにそういう部分は気になるんだ。

 一夏も自分が追い詰められていくことを理解しているのか、端からの脱出を図るため白式の機動力を活かして鈴を迂回しようとする。

 しかし、鈴も一夏を逃すつもりはない。相手を楽にさせて自分に得になる展開などそうはない。

 一夏が鈴を迂回しようとするに対して、鈴は一定の距離を保ったまま龍砲を撃ち続ける。

 そこで一夏が踏み込んできた。

 一夏は我慢比べは出来ない。より正確に言えば零落白夜を使用していた時、我慢比べが出来る状態ではなかったのだ。その名残が残っている。我慢比べは必要なのだが、そこまでを一夏に叩き込むことは出来なかった。

 一夏の踏み込みに対して鈴は笑みを濃くする。ようやく自分好みの展開になる気配を感じ取ったからだ。

 葵と双天牙月が二度三度と交わるたびにアリーナに火花を散らせるが決定打に繋がる一撃はない。鈴はここで一気に試合を進めていいのだが、一夏にその気はない。両者の位置が変わったところで切り上げる。

 壁に追い詰められかけていた一夏は中央に、鈴は中央近辺から壁際に背を向けることになった。

 ―――……なによ。ホントによく分からないわね。

 中央に脱出した一夏は呼吸を整えながら状況を整理する。

 ―――よし、端に追い詰められる前に脱出出来た。鈴と鬼一の試合を見る限りだと鈴に追い詰められたらどうしようもないんだ。だから早め早めに動いてスペースを作らなきゃいけない。

 普段の雪片と違って葵の握り心地はまだ手に馴染んでいない。こんな状態で切り結んでも勝つどころか戦うことすら困難。

 そして、鈴のフルスロットルに一夏はついていける気がしなかった。鬼一は情報と先読みから鈴の身体能力と動き出しに対応していたが、一夏は自分の手札では対応できるとは思っていない。

 だからこそ鈴のテンション、スイッチが入りそうな行動は極力避ける必要があった。それが今の状況と言ってもいい。

 鬼一からみればこれは悪手と言ってもいい行動でもあったが。

 がりっ、と音を立てて鈴は歯を食いしばる。自分の思い通りに展開が進まないせいなのか、その苛立ちと熱が少しずつ膨れ上がってくる。

「―――……こんのっ!」

 龍砲を閉じた鈴は一夏に肉薄。こんなスローペースな試合など鈴は望んでいないから。せっかく待ち望んだ勝負がこんな微温いものであっていいはずがない。

「……っ!?」

 やや虚を突かれた一夏は鈴を迎え撃つ。特に考えていたわけではない。考えるより前に身体が反応していた。

 それが失着でもあったが。

 鈴の迫力が一夏が後退を許さない。楔を打ち付けられたように一夏の足を止めた。これがセシリアなら理性を持って撤退を選択し、鬼一なら自分の勝てる舞台ではないと判断して一時的な敗北を受け入れたであろう。

 鈴、セシリア、鬼一と一夏の大きな違いがここにある。3名にはそれぞれの意志やスタイルから必要なことを考え出し実行するためにリスクを支払う。そこには個人の主体性がある。

 だが一夏にはその主体性がない。いや、その主体性を身につけている最中なのだ。

 だからこそのミスが生まれる。

 鈴の行動を読んでいなかった一夏は完全に後手に回される。それは一夏の劣勢を示す。

「はぁっ!」

 鈴の猛攻に一夏は為す術などない。今の一夏が鈴に追い込まれたらひっくり返すことは不可能。それだけの差が両者の間にはある。傍目から見てもそう思わせる展開。

 だが鬼一の見解は少々異なるものだった。

 『なぜ、ここまで一方的に攻め込まれているにも関わらずまだ一度も絶対防御が発動していないのか?』。

 明らかに一夏は押し込まれている。身も蓋もないことを言えばここで決着がついても不思議ではないほどの内容。

 一夏はもはや対応と言えるような対応が出来ない。いや、出来るはずがない。ここから鈴を押し返すほどの手を一夏の中にはないのは鬼一がよく理解している。それだけ一夏のトレーニングを見ているのだから。

 その違和感が何なのか、今はまだ誰も知らない。
 
 

 
後書き
 お久しぶりです。友人Kです。先ずはお詫びを申し上げます。1ヶ月以上更新が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした。別にスランプとかではありません。単純にアップ作業が出来ないだけでした。
 実の所、ネームはもうタッグマッチ終盤まで出来ています。が、ネタが沢山あって何を入れるべきか悩んでいる状態なんで、もしかしたらまたこういうことが起きるかもしれませんのでご了承願います。

 評価と感想、お待ちしております。評価と感想、お待ちしております(大事なことなのry)
 修正作業は時間を見つけて行っております。

 それではまた。
 
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