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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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20話


 トレーニングを早めに切り上げたということもあって、まだ夕方6時前。部活がまだ終わっていない頃に鬼一とセシリアは食堂にやってきた。案の定、食堂には人がほとんどおらず普段の賑わいは姿を消している。

「流石にこの時間はほとんど人がいませんね」

 キョロキョロと視線を左右に彷徨わせながら鬼一は呟く。普段見ない光景だから物珍しそうな表情。

「いつも混んでいるのでかえって落ち着きませんわ」

「まあ、たまにはいいんじゃないですか?」

 時にはうるさいほどの賑やかさのある食堂が静けさに包まれているというのは、どうにも違和感を拭えない。鬼一はそれに対して新鮮さを感じており、セシリアは少しの困惑を持っていた。
 どこに座ろうか考えているとセシリアの視界の中に1人の知り合いの姿が入ってきた。

「鬼一さん、あの方は……」

「……たっちゃん先輩」

 セシリアに教えられて視線を向けるとそこには同室者がいた。これからの展開に頭が痛くなったのか自然と鬼一の声のトーンは下降。唯でさえ疲れている時にその疲労を加速させる存在というのは扱いに困る。

 2人で並んで楯無のいるテーブルまで近寄る。

「はーい、鬼一くん。セシリアちゃんも。今日は随分早いのね」

 食堂の隅のテーブルに座っていたのは更識 楯無であった。笑ってはいるがその顔色は普段より僅かに曇っている。普段同室である鬼一だから気づいた。

「そういうたっちゃん先輩こそ、いつもは食堂使わないじゃないですか。どうしたんです?」

 ここで身体を労わることはできたが楯無はそんなことを望んでいない。だからこそ鬼一は普段のように口を開く。いつものように軽いテンポで。

「ちょっと今日はバタバタしててね。お昼も食べてないのよ。いい加減お腹も空いたから食堂に来ただけだわ。あ、それと鬼一くん。帰り遅くなるから。まだ細々としたのが残ってるのよ」

 お昼を食べていない、お腹が空いた、そう言いながらも楯無の食事は胃に受け付けやすいうどんだけである。普段の食事量よりも遥かに少ない。顔色が優れていないということも考えれば、無理やり胃に入れているというのはすぐに気づいた。

「ん、了解です。お風呂は沸かしておきます」

「お願いねー」

 鬼一に出来るのは楯無の負担を少しでも減らすことだけであった。自分もかなり疲労が溜まっているがそれを見せようとはしない。鬼一も楯無も人前で意地を貼るくらいの力は残っている。

「……? ちょっとお待ちください。今のお話からですと、お二人は同室のように聞こえるのですが……?」

 だが疲労を隠しきることは出来ない。人前だということを理解していたのにも関わらず、自室内でしか行わないやり取りをしてしまった。

「……あっ」

 自分の失言に気付く鬼一。セシリアの前だということは理解していたのに、楯無とのやり取りまで気を遣うことは出来なかった。というよりも楯無の発言を止めることが出来なかったというほうが正解か。

「あれ? 言わなかったっけセシリアちゃん? 私と鬼一くんが同室で日夜、あんなことやこんなことをしてるってこと」

 疲れていても人をからかうことは忘れない楯無。その意地の悪さに鬼一は目を見開く。

「な……!」

 一瞬、言葉を忘れる程の衝撃を受けるセシリア。余りの衝撃に身が慄く。開いた口を隠すように右手で隠したが、その右手は震えている。

「鬼一さん! どういうことですの!?」

「ち、ちちち、違いますセシリアさん! 完全に誤解です! 濡れ衣っ!」

 掴みかからんばかりの剣幕を宿したセシリアが鬼一に詰め寄る。その鬼気迫る表情に鬼一は思わず気圧され、セシリアのテンションに引きずられたように自身も声を張り上げた。しかし、セシリアには鬼一の言葉に更にヒートアップする。

「何が誤解ですのっ!?」

「たっちゃん先輩と日夜、あんなことやこんなことなんてしているわけないでしょう!? もし、していたら僕は今頃土の下ですよ!」

 鬼一自身も冷静さを失っているのか、遠まわしに楯無を貶めるような言い回しをしてしまう。
 鬼一のその言葉に楯無は眉を顰める。口元は笑っているが予想外の言葉を受けてショックを受けているようにも見えた。

「……鬼一くん、何気にひどくない? 私のことをなんだと思っているの?」

 楯無のそんなボヤキは2人の耳には届いていない。掴みかかりかねないほどの迫力を宿したセシリアに防戦一方の鬼一。

「ま、お待ちください鬼一さん! それでは、それでは同室という部分は誤解ではないということですか!?」

「いやいやいやいや! ……あれ?」

 否定しようと思ったが、冷静に考えて否定出来る要素がないことに気づいた鬼一は思わず首を傾げる。
 あんなことやこんなことはしていないが同室は否定出来ないことを。

 そんな鬼一の様子にセシリアは後ずさる。まさか鬼一がそんなことをするような男性に見えなかったからだ。

「ふ、不潔ですわ鬼一さん! うら若き乙女と同室だなんて……!」

「だ、だから違うんですってば! これにはマジで深い意味が……っ」

 何が違うのか鬼一自身も理解していない。だが、ここで引き下がってしまえば自身にとって不名誉な烙印を押されてしまうということだけは理解している。
 鬼一も無意識ではあったが同室そのものは否定せずに、どのようにしてセシリアを落ち着かせるために理由を説明しようか必死に考えていた。

「ま、まさか更識生徒会長と将来を近いあった仲なのですか……!?」

「僕だって命は惜しいんですよセシリアさん!」

 妄想が加速していくセシリアに対して鬼一は遠まわしに否定する。楯無の恐怖が身に染みているからこその発言でもあった。楯無やセシリアのいう『あんなことやこんなこと』と鬼一の中での『あんなことやこんなこと』が微妙に食い違っているのも原因だろうが。

「だから鬼一くん? さっきから何気に私のことをディスってない? おねーさんだって傷つくことがあるのよ?」

 楯無のぼやきはやはり2人の耳には届いていない。もはや2人の頭の中に楯無の存在があるかどうかも定かではなかった。セシリアは鬼一に対して追求を、鬼一はセシリアに対して弁解をどうするか。そのことしか考えていない。

「いや、いやちょっとこれに関しては……セシリアさん落ち着いてください!?」

 感情がヒートアップしたセシリアが鬼一の両肩を掴む。そのあまりの力に思わず鬼一は顔を僅かに歪ませた。
 セシリアは代表候補生に相応しい身体能力を有しているのだ。その予想外の力強さに鬼一が顔を歪めても何の不思議もない。

「落ち着いていられませんわ! 年頃の男女が同じ部屋で生活しているなど……日本人の貞操観念は他国に比べて低いと言われていますが、まさか鬼一さんと生徒会長が……!?」

 鬼一にとって理外の言葉。そこで初めて鬼一はセシリアが自分の予想よりもマズイ勘違いをしていることを悟る。そこまでの状態ならば余程の衝撃のある言葉をぶつけないと、セシリアは止まらないと鬼一は感じ取った。

「……僕には好きな人はいるんですよ!」

「……あら?」

「……え?」

 鬼一の言葉に楯無は手が止まり、セシリアは冷水をぶっかけられたように動きを止めた。同時に荒ぶっていた感情が鎮火する。

 追求される前に鬼一は話の本筋を戻す。じゃなければ追撃が待っているのは明白。

「……とりあえず頭は冷えてくださったようなので、お話を聞いてください。ネタにも笑い話にもならない話ですけど」

―――――――――

「そ、そうでしたの。更識生徒会長は護衛……。ということは織斑さんや篠ノ之さんにも?」

 楯無の向かいに座ったセシリアは鬼一と楯無の説明を受けて恥じるように1度だけ顔を伏せた。そしてすぐに浮き出た疑問を楯無に投げかけた。

「あっちには複数の教員が交代で、それと専門の人間がすぐに対応できるような状態にしてあるわ。そっちの方に人員を割いてて鬼一くんには割けない状態だから私がついているのよ」

「……理屈としては分かりますがもう少し、やりようはなかったのですか更識生徒会長?」

 理屈は分かるが感情面ではまだ納得が納得出来ていない様子のセシリア。自分が信頼している人間がまさかの不埒疑惑なのだから、仕方ないと言えば仕方ないが。

「IS学園は外部からの直接的なセキュリティは高水準だけど、中の方はそうもいかないわけ。今はそっちの方も手を回しているけどまだしばらく時間がかかるわね。鬼一くんの方にも人員を割けるようになったら私はお払い箱」

「まあ、それまではしょうがないですけど。僕自身もまだまだですし、自分の身だけを守れるかって聞かれたら怪しいんですよ正直」

「……その、鬼一さん? 更識生徒会長とはホントに……?」

 ジト目が向けられた鬼一は困ったように両手を上げて左右に振って拒否。その様子にやましさなどは感じられない。純粋にセシリアからの疑念を晴らしたいのは間違いないようだった。

「この人がからかってくるだけで僕からは何もしてませんよ。そんな暇もありませんし」

 暇がないというのは間違いなく、普段の授業の予習復習に朝・夕方・夜のトレーニング、そしてISを用いたトレーニングの反省も行っているのだから鬼一が娯楽などに回せる時間はほとんどない。

「そうなのよセシリアちゃん。この子ったら私の下着とか身体を見ようともしないのよ。これくらいの歳の男の子だったら鼻の下伸ばすのにそういったこともなし」

「それだけ聞くと先輩がアレな人に聞こえるのはなんでですかね?」

「おだまりなさい」

 鬼一のツッコミに楯無は容赦なく鬼一の追撃を退ける。自室ではよくある光景。その2人のやり取りにセシリアは羨ましそうな、悔しそうな視線を向けるだけだ。口では何も言わない。

「まあ、というわけですセシリアさん。出来ることなら口外しないようにしていただければと思います。また変なのに絡まれたくもないですし」

 要は新聞部のような連中や噂好きの人間、あることないことを言いふらすようなを生み出したくない、絡まれたくなかった。普段から珍獣を見るような視線に晒されている鬼一にとってはこれ以上ゴメンなのだ。

「え、ええ。このようなことを他の人に言いふらしたりはしませんわ」

 以前、黛に絡まれたことや鬼一に対する視線を知っているセシリアは鬼一が迷惑を被るようなことはしないと約束する。もとより、そんなことしようという考えすらない。

「別にセシリアちゃんも遊びに来ていいのよ? 鬼一くんだって喜ぶだろうし、それに私は帰りが遅いことの方が多いから2人で仲良くすることだって出来るわよ」

「そ、そんな、鬼一さんと……破廉恥な……」

「……先輩、後輩いじりも程度を持ってください。それとセシリアさんも先輩の戯言に付き合わなくていいですから」

 楯無の発言に対して顔が赤くなるセシリアと、目を細めて楯無を咎める鬼一。楯無の発言に振り回されているとロクなことがないことを熟知している鬼一はセシリアを諌める。

「やーん、鬼一くんつれないわね。というかセシリアちゃん、何を考えていたのかな~?」

「な、何も破廉恥なことを考えておりません!」

「……!?」

「……えーっとセシリアちゃん? それ、考えていた内容を口にしているようなものなんだけど」

 楯無のからかいに思わず声を荒げるセシリア。セシリアの予想外の大きな声に驚きの表情に染まる鬼一。そして、セシリアの自爆を困ったように指摘する楯無。

「―――っ!?」

「……」

 楯無の指摘にセシリアの顔は耳まで赤くなる。そのことがより一層、セシリアがどんなことを考えていたのかを如実に表しているのは間違いない。そんなセシリアを見て鬼一は目を伏せ、視線を明後日の方向に向けた。

「ち、違います鬼一さん。わたくしはそのようなことを考えていませんわっ」

「今の時間に人がいなくて良かった……。というか先輩なんで唐突に振ったんですか……」

 弁明するセシリアに視線を合わせないまま鬼一は安心する。こんな会話を他人に聞かれたら色々と洒落にならない。もし、他に人がいたら一体どうなっていたか。噂好きが多いIS学園なら1日足らずであることないこと広がることになるだろう。

 そんなことが考えられる以上、それの発端となりかけた楯無を責めるような目つきで鬼一は睨む。

「え? 面白そうだったから」

 そのあまりと言えばあまりにもな無慈悲な一言に鬼一は肩を落とす。

「そんな理由で人を振り回さないでくださいよ……他に人がいたらどうするつもりだったんですか……」

「セシリアちゃん以外に人がいたらこんなこと言わないわよ。それくらいの分別はするわ。というかなんで鬼一くんも普通に乗っかったのよ」

 楯無の弁明とその指摘に鬼一は顔を歪める。楯無の指摘は間違っていなかったからだ。自分がこの悪ふざけに乗らなかったらこんな展開になってはいなかっただろう。

「疲れて頭が回転してくれないんです……」

 思わず言い訳してしまうくらいにはショックを受けた鬼一。

「さっきまで鈴さんと模擬戦をなさってたんです」

 そしてそんな鬼一をフォローするセシリア。

「鈴さん? ……中国代表候補生の鳳 鈴音ちゃんのこと?」

「その中国代表候補生の鳳 鈴音さんです」

 その言葉を聞いた楯無は一瞬驚いたように目を見開き、その後すぐに、冷静に答えを導き出す。

「ふーん、勝敗は? 多分鬼一くんが負けたと思うけど」

「……そうです。よく分かりましたね?」

 鬼一の表情は良くない。どこか苦虫を噛んだような渋い表情をしている。負けたこともそうだが、あっさりと答えを出されたことにもだ。

「相手が悪すぎるわよ。唯でさえフィールドには広さ制限があるのだから鬼神の機動力を活かしきることはできない。それに相手は距離を潰すことに長けたインファイター。両者の技量もそうだけど、それ以前の部分でも足かせがあるんだから今の鬼一くんじゃひっくり返すことは困難よ」

 フィールドの広さ、距離調節能力を含めた技量、それ以前の部分は身体能力、これだけ不利な材料が揃っているなら楯無クラスでもひっくり返すことは困難を極めることになる。そこに加えて鬼一はIS戦における経験値も少ない。

「内容的にはかなり競ったと思うけど、最終的には相手の守備を突破することは出来ずにエネルギー切れで敗北……。そんなところじゃないかしら?」

 要所で競っていたのは間違いないし、最終的には鈴の攻守の比率を変えられてしまって鈴の守備力を突破することは叶わなかった。

「概ね当たりです。1つ付け加えるなら僕の意識も飛びました。もしかして見てたんじゃないですか?」

「鬼一くんもセシリアちゃんも分かる話だと思うけど、見える情報からある程度の勝敗も予想することは出来るのよ。その中で一番可能性が高いのがそれだったの」

 十分な情報が揃っておりそれらを正しく分析出来るなら、勝敗をシュミレートすることはさして難しいことじゃないのは鬼一もセシリアも理解している。

 楯無の分析がほぼ完璧。そのことに鬼一は肩をすくめて身体から力を抜き椅子に深く腰がける。

「やれやれ、お見通しですね」

 だがそれもほぼ一瞬、話が終わったところで鬼一は立ち上がる。食堂に来たのは元々食事の為。

「ちょっと僕もご飯取ってきます。セシリアさんも行きましょう」

「ええ、わたくしもお供いたしますわ」

「あ、鬼一くん。私にプリンもお願いね」

「了解です」

―――――――――

 いつものように山盛りの食事をゆっくりとしたペースで平らげていく鬼一、鬼一の隣には少量の洋食を食べるセシリア、鬼一の向こう側には食後のデザートを楽しんでいる楯無。三者の間に会話はない。

 鬼一は食事している間は基本喋らないし、セシリアも同様。楯無は楯無でこの雰囲気を嫌っているわけではない以上、無理して喋るつもりもない。

「あれ、鬼一にセシリア……と誰だ?」

「あんたたちもご飯?」

 そこで食堂に入ってきたのは一夏と鈴。鈴は平然とした表情だが、一夏の顔色は優れない。考え事をしているようにも見えた。

「一夏さん、鈴さん。そちらも食事ですか?」

 食事を半分ほど片付けた鬼一は両者の声に応じる。模擬戦の勝者と敗者が顔を合わせることになったが両者に気まずさなどは微塵もない。

「ええ、そうよ。一緒に食べない?」

「僕は構いませんよ。セシリアさんは?」

「……わたくしも構いませんわ。更識生徒会長は?」

 鈴からの誘いに了承する鬼一に対してセシリアは一夏に視線をやり、一瞬考えてから了承の意を出した。一夏もセシリアの視線に気づいたのか、その視線から気まずそうに逸らした。

「私は別にいいわよー」

 デザートを食べ終えややリラックスした表情の楯無はあっさりと受け入れる。

「? すまん、誰だその人?」

 セシリアとは視線を合わせず、鬼一の向かい側の席にいる少女を見て疑問の声を出す一夏。その言葉に鬼一とセシリアは驚き、楯無は楽しそうに一夏の顔を眺めている。

 鬼一は疲れたような声色で一夏に楯無を紹介した。

「……入学式にも出ていたじゃないですか。IS学園最強にして現役国家代表、更識 楯無。……あぁ、それどころじゃなかったか」

「私もまだ話したことはないわね。なに、あんたたち知り合いなの?」

「そんなところです」

 鈴は鬼一とセシリアに問いかけ、それに対して鬼一は頷く。セシリアは無言であったが確かに肯定していた。

 楯無はどことなく楽しそうに2人に自己紹介を始める。

「中国代表候補生の鳳 鈴音ちゃんと、最強を冠する織斑 千冬の弟にして世界初の男性操縦者の織斑 一夏くんよね」

「……は、初めまして」

「初めまして更識生徒会長。中国の鳳 鈴音です。出来れば鈴と呼んでください。周りからはそう呼ばれていますので」

 一夏は自分が知られていること、千冬の名を聞いた瞬間に身体を硬くした。鈴はそれに気づいたようだったが無視して代表候補生として楯無に応える。その姿は幼馴染の一夏からしたら驚きを隠せないものだった。

「じゃあ、そう呼ばせてもらうわ。私のことはお好きにどうぞ。気軽にたっちゃんでも可」

「では会長で」

 鈴は楯無の誘いには乗らず淡々と自分のテンポで話していく。

 鈴は感覚的に楯無のことを好きになれないと感じていた。理由が明確にあったわけではないが、とにかく受け入れがたい手合いだと感じた。だからこそ代表候補生としてのポーズを見せて、個人的なラインに踏み込むなと遠まわしに楯無に告げていた。

「つれないわねー。まあ、いいわ。ほら、一夏くんも鈴ちゃんも座って座って」

 楯無も鈴のそれに気付き、その素っ気無さに悲しそうに眉尻を下げた。が、鈴は楯無のそういった動作から本心はまったく違うものだと思えた。内容までは流石に読み取れなかったが。

 楯無が席を詰め、空いたスペースに一夏が座り、更にその隣に鈴が座った。

「一夏くん、ちょっといいかな?」

「あ、はい。なんでしょう?」

 楯無は笑ったまま一夏に問いかける。親しい友人のような表情と声色で。その親しさに一夏は気を許したのかやや気安さを宿した表情で応じる。

 だからこそ、次の楯無の言った言葉の意味が一瞬理解出来なかった。

「……零落白夜をキミはどう捉えているの?」

「……っ!」

「……たっちゃん先輩?」

 楯無は笑顔のままではあったが目は微塵も笑っていない。むしろ冷たい炎が奥底で燻っているようにも感じられる。一夏の言葉次第では、一夏を見逃さないと言っているようにも見えた。鬼一は初めて見る楯無のそれに小さく、疑問の声を漏らした。

「……どうやらキミ自身も気付いているみたいね。いえ、誰かに教えてもらった、という方が正解かしら」

 一夏が零落白夜の危険性を気付いていることに対して、楯無の口調には苛立ちすら感じられた。鈴から感じられる鋭い視線など気にもしない。

「どういうことですか先輩?」

「簡単よ。零落白夜の特徴を思い出して」

 鬼一からの質問に対して楯無は一夏を見据えたまま、機械的に鬼一に質問を返す。その質問に鬼一は慎重に言葉を選びながら答えを口にした。

「……零落白夜はシールドバリアを突破し直接操縦者に攻撃して絶対防御を強制させる、という特性のことですか?」

「そうよ。でもこれって究極的なことを言えば確実に人を殺す兵器とも思えない?」

「……あぁ」

 楯無のその言葉に鬼一は理解した。同時に自分がどうしてそれに気づけなかったのか、そのことに対
しての疑念が混ざった声になってしまう。

「……ですがあの零落白夜は織斑先生が第一線で活躍なさっていた時から、その危険性は存在していたはずです。今まで話題に上がらなかったのは何故なんでしょう?」

「織斑先生が現役の時は、ハッキリ言って今以上に殺伐としていたのが大きな原因だと思う。あの頃はまだISがスポーツ利用ではなくて軍事利用が大半を占めていたから」

 今でこそISは条約によって軍事利用が禁止されているが、条約が制定されるまでは本格的に軍事利用する動きが強かった。

 その後早い段階で条約の締結まで持ち込むことになったが、公ではなく水面下での活動までを押さえることは叶わなかった。零落白夜に制約を設けられていないのもその1つだからだ。

「IS学園だけではないですけど、IS使用時は原則予備のエネルギーパックを格納もしくは外付けしているから明確な殺意がない場合、殺される危険性がなかったってのも考えられますが」

 IS学園だけの規則ではなく非常事態に備えてあらかじめエネルギーパックを格納しておくか、外付けタイプが自動的に作動するように決められている。エネルギー切れによる事故や操縦者の怪我などを防ぐ目的がある。

「予備があってもなくても危険性は変わらないんだから制約は必要じゃないかしら。そもそも同じ能力が出てくる、という考えなんて微塵もなかったと思うわよ。ISには謎が多過ぎるからそれくらいは考えるべきだったと思うんだけどさ」

 そこで初めて鈴が口を挟む。彼女も零落白夜の危険性を理解している。それを大切な幼馴染の手にあるというのは一大事だ。少なくとも人殺しを見過ごすわけにはいかない。

「それに織斑先生の技量の高さもあったから成り立ったとも思うのよ。現に零落白夜で死傷者が出ていないのがその証明。でも一夏くんもそう行くかは分からない」

 1回でも触れれば自動的にシールドエネルギーがゼロになる。予備のシールドエネルギーがあるからこそ問題ない、という考えには一理ある。それでもリスクを最小化しているかと聞いたら疑問だが。

 何が原因で2回以上触れるか分からないからだ。1回目はなんとかなるかもしれない。だが2回目からはどうなるかは分からない。一夏が初心者である以上、そういった事故の危険性は他よりも高いのは間違いない。

「……黙認されているのはなぜなんでしょう?」

「織斑先生と一夏くんを同列、はちょっと違うけどそれに近い見方をしている人が多いのと、ISの謎の多さが原因でしょうね」

「ISは稼働時間や経験値なんかで成長していく、と言われていたけど一夏くんはIS経験は全くない。にも関わらずワンオフアビリティが発現している。しかも形態移行もしていないのに」

「つまり、今までの説が全部間違っていた可能性が存在するのよ。これってかなり異常なこととは思えない?」

 複雑な展開になってきたところで鬼一が口を挟む。自分がおいてけぼりになる可能性もあるが、一夏は自分よりも置いていかれるのは充分に考えられる以上はシンプルにまとめた。

「身も蓋もないことを言えば情報が欲しいってことですかね? 謎が多い以上は制約をつけるよりもむしろ積極的に使っていって稼働データを集めた方がいいと」

 その言葉を楯無、セシリア、鈴の3人は無言で頷く。

「しかも世界初の男性操縦者。IS学園の上層部がどう考えているかは曖昧だけど、各国や企業からしたら喉から手が出るほど欲しいデータでしょうね。しかも自分たちの手を汚さずに済む」

「……唐突に思ったんですけど零落白夜が解析されて、消費の少ない零落白夜のような武装が通常ISに搭載されたら悪夢ですね。専用機持ちでも秒殺の可能性があるんじゃ……」

「それならまだいいわよ。問題なのは通常兵器なんかに転用された場合ね。一気に社会情勢が覆るわ」

「よく分からないところですけど、でもそれならISは純粋に競技用、もしくはそれ以外に収まりそうですね。それはそれで良いことだと思いますけど」

 鬼一の意見には2つの意味がある。

 女尊男卑の否定。そしてISを別のジャンルに活かすこと、例えば医療関係に活かすことで自分のように指を無くした人、身体の一部を無くした人の生活に活かせると考えたからだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ISって軍事利用は禁止されているんじゃないのか?」

 今まで話を静観、いや、付いていくことも満足に出来ていなかった一夏がそこで声を上げる。随分と遅いタイミングではあったが。

「表向きはね」

「一定の抑止力になっているのは間違いないけど、仮に戦争になったら真っ先に駆り出されるのは専用機持ちよ。何でもありの状態になったら拘束力のないルールなんて誰が守ると思うの?」

「……!」

 そこ一夏は、鬼一が前に言っていた言葉を思い出した。

 ―――ISは今、強大な軍事力として利用される可能性があるのは分かりますよね? 条約で表向きは軍事利用するのは禁止にされていますが、それはそこまで重要ではありません

 ―――追い込まれた人間はなりふり構っていられないから、条約なんて簡単に破られてしまいますよ。そしてISが軍事利用される状態、それは絶対に敗北が許される状況ではないんです。だってISが負けたらもう敵のISに対する対抗策がもうないかもしれないから

 一夏はあの時、鬼一の言っていた言葉がいまいち理解出来ていなかった。しかし、現役国家代表、代表候補生の話を聞いてようやく少しずつ理解できるようになってきた。

 今、自分が持っている力は人を殺す力なんだと。

 少なくとも、その可能性が高い武器であると。

「白式には拡張領域が残っていないし火機管制が雪片に完全に抑えられている、ということも考えたら使わない選択肢なんてないのでは? 先ほどの情報収集のことも踏まえるとそう思えますが」

「……だからといって一夏さんの自主性に任せる、ってのはどうなんですかね? 大多数の生徒なら相手にしようとも思わないんじゃ」

 零落白夜のような危険極まりない武装を1人の人間の自主性に任せる、しかもまだISのことを理解していない初心者に。それが一体どれだけのリスクを秘めているのか。

「鬼一の言うとおりね。それに火機管制が抑えられてる、拡張領域がないって言っても他の武器を使えないってわけじゃないのよ。操縦者の負担が大きくなるだけの話で」

 鈴の言う通り、ISの武装は1つだけではない。アンロックしておけば他の武装を遣うことだって出来る。ただし、正規の火器管制から外れる以上なんらかの不具合を起こす可能性はあるが。

「とにかくIS学園から制約を設けられていない以上、織斑さんの意志次第ではないでしょうか? 少なくともその危険性は見直さないと、ことですよね先輩?」

 現状、IS学園や国家、企業から明確な制約が設けられていない以上、本人や本人の周りの人間がその危険性を考え、何らかの対策を考えるしかない。明確な理由をつけて、本人から具申すれば安全性を考慮する可能性は高い。

「……そうね。だから一夏くん、私個人としては全く使うなと言うつもりはないの。その力は確かに守ることも出来る。だけど人を殺す危険性も多分に含んでいることは理解して欲しいの」

 楯無も零落白夜を使うな、とまでは言わない。ただし、その使いどころを間違えるなと釘を刺しているのだ。少なくともスポーツで収まっている内は使う必要はないと。

「……はい」

 沈んだ一夏を横目に鬼一は立ち上がった。トレーの上の食器を綺麗に纏め持ち上げる。

「とりあえず、一夏さんは落ち着いた方がいいですね。それと一度結論が出るまではISを用いたトレーニングは止めましょう。今の状態でやったところで危ないだけですし」

 その言葉に鈴とセシリアは頷く。一夏どころかその模擬戦の相手も巻き込む問題である以上、迂闊なトレーニングも出来ないのは明白。

「さてと、僕はお先に失礼します。少々疲れもあるんで」

 口早に告げ、鬼一は背中を向けて歩き始める。セシリアや楯無は心配そうに見ていたが追いかけることはしなかった。2人から見て鬼一の様子は明らかにおかしかった。見かけ以上に疲れているなのは考えるまでも無かった。

「……なあ、きい……」

「一夏」

 それに唯一気づかなかった一夏が鬼一を呼び止めようとしたが、その前に鈴が一夏を静止させる。

「……涼しい顔してるけど、あいつも限界スレスレよ。これに関してはあいつを必要以上に巻き込む必要はないわ」

「……わかった」

―――――――――

「……っぶね」

 自室に戻った途端、限界を迎えてしまった身体はドアに預けることになってしまった。ISを展開している時は気にならなかったが、鬼神を格納した瞬間に言葉に出来ないほどの疲労が全身を蝕んだ。それだけでISの機能の凄まじさの一端を理解させられた。

 はっきり言って食堂に行くのも食事を取るのも、みんなと会話するのも自室に戻ってくるのも全部が気が遠くなりそうになるほどの重労働だった。途中、記憶が曖昧の部分すらある。

「―――はぁ……」

 そのままズルズルと腰を地面に下ろす。下ろし終えた瞬間、溜息が溢れた。IS学園に来てから初めての溜息のような気がする。自分が思っている以上に疲れているかもしれない。
 ……マズイかもしれない。いや、本当にマズイ。明らかに自分がおかしくなってるような気がする。なんで、なんで気づかなかった?

 零落白夜の危険性を。

 少し考えれば気付くはずなのに、なんで、なんで何も気づかなかったんだ? 疲れていた、だけで片付けるにはおかしい。そもそも、自分の疲労を感じ取れないほど僕は自己管理の出来ない人間じゃないのに。

 ……身体と心のバランスが取れていない、ということか? まいったな。少なくともこれが続くとどこかで破綻する。いや、もしかしたら破綻しかけているその途中なのかもしれない。

「……眠れないことが原因? 馬鹿か。満足に眠れないのは昔からだろうが。環境? 前はもっと頻繁に短いスパンで環境が切り替わっていたのにそれに身体を合わせることができた」

 海外を転戦していた時は時差や環境の問題、食事などの問題が常に付き纏っていた。それでも上手く付き合ってコンディションを崩さなかったのに。

 ISに乗り始めてから明らかにおかしい。なんとなくだけど、そんな気がする。自身の体調をないがしろ、とまでは言わないが無視に近い状態。しかも、周りどころか自身のことしか見えてない。視野と考えが窮屈になってきているのは疑いようがなかった。

「……なんであれ、今日は早く休もう。セシリアさんに言われるまで気づかなかったのは流石によくないな」
 
 

 
後書き
ちょっと遅れましたね。
書き方を大幅に変えてみました。今まではセリフ以外の部分の割と細やかに書いてましたが、今回はセリフ先行でやってみました。書きやすい部分と書きにくい部分がすごいハッキリでしてますね。

感想と評価お待ちしております。特に感想を。
ちなみに次回は一夏、鈴戦を予定しております。

では、またどこかで。 
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