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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十三話 長旅は退屈なのです。

帝国歴486年5月20日――。
惑星フェザーン 自治領主府――。

ルビンスキーは秘密裏に設けられた通信室で、遥か彼方にあるとある惑星と極秘通信を行っていた。
『すると、ルビンスキー、汝は今回の和平交渉について、手を出さぬ、そういうのだな?』
声は念を押すかのように強い調子でルビンスキーの耳元に届く。
「御意でございます。」
『ほう?まさかとは思うが、ルビンスキーよ。汝は自分の使命と汝の地位を提供した我々の恩義を忘れようというのではあるまいな?』
「めっそうもございません。両国の和平交渉を見守ることこそ、フェザーンに、いえ、そちら様方にとって真に有益なことであると愚行いたす次第。」
向こうから響いてくる声は不審そうに鼻を鳴らした。
「要は結果ではありませんか。過程を論じることは無益。私がお望みの結果を差し上げれば、わが忠誠がいずこにあるか、おのずと知れる時が来ようというものです。」
『フン、汝の言う「その時」とやらが、遠からずやってくることを期待させてもらっていいのだな?』
「御意・・・。」
恭しく頭を下げたルビンスキーの頭上で、回線が切断される音がした。それでもまだルビンスキーは頭を下げ続けていたが、やがて顔を上げると、平板とした無表情のまま部屋を出た。次の間に出て、ぴったりと出てきた扉を閉め、錠をかけたところで、彼はほうっと息を吐いた。何度行ってもこの得体のしれない嫌悪と悪寒が這い上がってくる会見は、さすがの彼と言えどもこたえるものと見える。
「流石のあなたも、ああいう連中と話すときには、汗をかくのね。」
ドミニクがワイングラスを片手に、テーブルの上に綺麗な脚を組んで座っている。
「如何に鉄の自制心がある人間であろうと、ああいう狂気の輩と対峙するには、それなりの気苦労があるのだ。ドミニク、お前もあの場にいれば、果たして今と同じ言葉を言えるかな?」
「さぁ、どうかしらね。」
肯定するでも否定するでもなく、投げやりなけだるげな調子でドミニクは言う。ルビンスキーは今のようなやり取りをドミニクには話はしないのだが、ドミニクはドミニクで、ルビンスキーが誰と気脈を通じているのか、うすうす知っている様子だった。もっともルビンスキーはそのようなことをドミニクが知ろうが知るまいが、歯牙にもかけていない。
「ふん、まぁいい。ところでドミニク、どうだ?少し旅行をする気はないか?」
「えっ!?」
ドミニクの声からけだるげな調子が消え失せた。
「冗談ではないぞ。フェザーン自治領主として私が帝国と同盟の双方から調停役に指名されたのだ。我がフェザーンは帝国の領内とはいえ自治を宣言し、いずれにも加担していないことを建前としているからな。」
「そのトップたるあなたが調停役とはね。大変な名誉でしょうけれど、嬉しそうではないように見えるわ。」
ルビンスキーは短く笑うと、その大柄な体をソファーにゆだね、グラスにブランディをそそぐと、ぐっと一気に飲み干した。さっきまで消えていた赤みがルビンスキーの顔に戻ってくる。
「無駄だとわかっている事柄に時間をつぎ込むほど、私は暇ではないのだがな。だが、これもいい機会だ。そう思わんと気持ちが保てん。帝国同盟双方にいかなる英雄が存在するか否か、それを見に行くのも一興だ。」
「それはいいけれど、後のことはどうするの?」
「今回の事はフェザーンとしては対岸の火事として済ます予定だった。だが、事はそううまくは運ばん。自治領主府の主だった人間はつれて行き、留守を遺漏なくこなせる程度の小物を残していくとしよう。主が不在の間に家を乗っ取られるというのははなはだ不名誉なことだからな。」
「フェザーン最大の喜劇でしょうからね。それで、誰を残すの?ボルテック?」
「駄目だな、奴は色気がありすぎる。私の不在を狙って、独自のコネクションを作ろうとするだろう。」
「では、誰を?」
「まぁ、その辺りは今決めなくてもいいだろう。」
急にルビンスキーはあいまいに言葉を濁した。
「とにかくそういうわけだから、旅支度をしておいてほしい。」
ドミニクはすっとテーブルから脚を柔らかな絨毯に降ろすと、ルビンスキーに目もくれず、室外に姿を消した。ルビンスキーは何も言わなかった。ドミニクのこういう性格については長年つれそって、すっかり慣れっこになっていたからだ。
(いずれにせよ、我がフェザーン、いや、私にとって今回の事が最大限良い方向に向かうよう、せいぜい務めるとするか。)
彼はもう一度酒瓶からグラスにブランディを注ぐと、ぐっと一杯飲みほしたのだった。

 和平交渉使節は、帝都オーディンを出立し、メルカッツ提督率いる3万隻の大艦隊の護衛を受けて、惑星フェザーンを目指していた。最終的にそこで補給を受けたのち、護衛艦隊は引き揚げ、後は500隻の和平交渉使節団とフェザーンの調停役の船団のみで進むこととなる。双方が刺激しあわないように、申し合わせは幾度となく入念に行われていた。一歩間違えれば、双方が戦闘状態に入りかねないピリピリした空気である。これらの日程の打ち合わせ、すり合わせには細心の注意が払われ、一段落した時にはまるでこれらが交渉の主題であったような錯覚を双方に覚えさせたほどだった。
 この間主要な貴族や閣僚らは幾度か会議を行って外交方針を話し合っているが、概してその長期航海は暇な時間が多かった。四六時中時間つぶしの為だけに話し合いをするのは、まさに「小田原評定」だからである。
 そういう時にはラインハルトはキルヒアイス、ミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤー、フィオーナ、ティアナ、そして時にはベルトラム大佐やザイデル軍曹ら、そして希望する者がいれば抽選と簡単な面接を経たうえで、一般兵士をも交えてブリュンヒルト内で話をすることを好んだ。かつてハーメルン・ツヴァイ時代にザイデル伍長らと会話し、初めて他人の境遇に深く触れることができた機会をラインハルトは大将に昇進してなお忘れてはいなかったのである。「他人のために何かを成そうという人間は『独善』としてそれを行うのではなく、他人の痛みや境遇を知った人間でなくてはならないわ。」という言葉をかつてイルーナやアレーナから聞いたラインハルトは自分なりにそれを実行しようと思っていたのだった。
その話題は、軍事、経済、社交、趣味、料理等幅の広いものであった。ラインハルトはこの集まりをするにあたってただ一つ決まりを設定していた。「すなわち階級による遠慮は不要。階級による威圧はしてはならない。ただ自己の矜持と羞恥、尊敬の情により相手に敬意をもって接すること。」である。
 その決まりは出席者たちに驚きをもって受け止められたが、話が重なるにつれ誰もが自分の意見を素直に言えるような環境になっていった。
 もっとも、こんな破天荒なことはラインハルトの旗艦でしかできないのは当たり前のことである。大貴族の長たるブラウンシュヴァイクやリッテンハイムはたとえ天地がひっくり返っても自ら進んで平民と席を同じくしないだろう。


「武田信玄みたいなことをするわね~。」
とアレーナがいたら言ったかもしれない。


そんな折、ラインハルトは麾下の提督たちを召集して談笑していた。談笑と言っても中身は今後の戦略方針や今回の和平交渉の事である。
「で、ミューゼル大将。今回はどうなるんですかねぇ?」
ザイデル軍曹が皆に飲み物を注いで回りながら尋ねる。彼はロルフともども実家の工場を継ぎたいと思っていたのだが、それがいまだにかなってはいなかった。だが、ラインハルトの麾下に配属された時、兄弟どちらかなら便宜を図れるとラインハルトから言われ、弟のロルフを退役させる代わりに自分がブリュンヒルトの乗組員としてラインハルトの身の回りの世話をすることを進んで希望してきたのである。いわば「従卒長」の役割を果たすことになったのだった。ラインハルトがしたことは数百万の麾下の士卒の願望に対するほんの砂粒程度の物なのかもしれないし、あるいはえこひいきだったのかもしれない。だが、だからと言って何もしない人間でいるよりは数歩でも進んだことをしたいと彼は思っていたのである。
「そうだな、卿にわからないなら、俺にもわからないな。」
「茶化さないで下さいよ。兵卒からのたたき上げの俺たちには難しい話なんてわかりませんや。」
ラインハルトは微笑しながら、注がれたノンアルコールカクテルを一口飲んだ。まだ勤務中なので酒はご法度である。
「そう言うな。食わず嫌いはよくないというぞ。卿らも少しは勉強してみろ。歴史という奴をな。そうすれば今回の事もあながち初めてというわけではないことがわかる。」
「へ?」
「卿は学校の授業で習わなかったか?昔コルネリアス1世陛下が、大親征を実施なさった時だ。それ以前に何度か自由惑星同盟と称する反徒共のもとに特使を派遣して交渉なさったのだそうだ。」
ミッターマイヤーが教えた。
「あぁ、そういえばそんなことがありましたねぇ。でも、あれは失敗に終わったって話で
結局大親征の前触れに過ぎなかったんでしょう?」
「だが、おかげで自由惑星同盟とやらの内情はつかめたのだそうだ。それに、あのあたりの地理についても航路図として帝国の最重要機密として保管されているはずだ。要は、それを狙った可能性もあるというわけだ。」
ロイエンタールが捕捉する。
「でも、今回の遠征は本気で和平交渉をするっていう噂ですよ?TVで言ってました。ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵がそろって記者会見していましたぜ。」
一人の兵士が言う。
「あぁ。そう言ったのは事実だが、それは表を捕えたものでしかない。TVは人間の言葉や表情を映すが、内面の感情の動きまでは教えてくれないからな。」
と、ラインハルト。怪訝な顔をしている兵士に、
「つまりは、ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯も内心では今回の和平交渉については動きたくないと思っていらっしゃる、ということです。それを敢えて和平交渉の使節を引き受けたのは、大貴族の長としての矜持と他の貴族たちに対する意地とプライドでしょう。」
キルヒアイスが説明する。
「なるほどねぇ、貴族って言っても、楽な人生ばかりじゃないんですなぁ。」
ザイデル軍曹が嘆息する。どこか面白がっている響きがあるが。
「で、ミューゼル大将閣下は今回の和平交渉について、どのように成功させるつもりですかい?」
この誰もが抱いている質問に対し、ラインハルトはすぐに回答した。
「正直成功などするはずもない。人種、信条、門地、生まれ育った環境が全く異なる人間同士が、ついこの間まで異なる価値観や政治的信条を知らないで育った人間同士が、まして憎悪を互いにぶつけ合っていた者同士がだ、短時間の交渉でお互いを理解しあい、和解できるはずはない。そこまで人間は単純ではなかろう。まず、まっさきに拒絶反応が、そして互いの嫌悪が出るだろうな。」
それは皆が予期していた回答とずれるところはなかった。互いが「未知」の境遇でさえ、互いを理解しあうところから始めねばならないのに、今回の相手は150年間憎悪をぶつけ合った相手なのである。戦争につぐ戦争とそれに対しての「相手方を仇敵・憎むべき敵・諸悪の根源」などとたっぷり幼少期からすりこまれた思想をわずか数週間で全人類から除去し、和平の手を握り合わせることなど神様でなくてはできないだろう。
「それはそうですが、でもお互いが歩み寄れたら、とても素敵なことだと思います。可能性は限りなく低いですけれど、まずは成否を問う前に努力すべきだと私は思うのですが・・・・。」
ためらいがちな、だが澄んだ声でそう発言した女性を皆が見た。フィオーナだった。彼女は確信を持っていったのではなかった。心から純粋な思いを抱いて言ったのだ。
「フィオ。あのね――。」
ティアナが何か言いかける前に、ラインハルトがすばやく、
「すまなかった。純粋なフロイレインの気持ちを踏みにじる発言をしてしまったな。確かにまだ相手にも会っていない段階で成功の是非を論じているようでは、成功するものも成功しない。フロイレインのいう通りだな。」
ラインハルトはすぐに謝った。率直なラインハルトの態度にティアナは軽い驚きを示し、フィオーナは頬をあからめて、
「いいえ、そんな・・・。私こそ出過ぎたことを申し上げました。ですが、仮にミューゼル閣下が全権を委任された場合、どのような方策を御建てになりますか?」
「そうだな・・・・。」
ラインハルトは顎に手を当てて考えていたが、
「私自身は戦って奴らを屈服させ、銀河を統一したいのだが、それは主観だ。それを外して考えると・・・。そうだな、私ならそもそもこの一回の交渉には賭けない。話し合いの場を作り続け、交渉を重ねていくことが重要だと思う。そのためにはマスコミやメディアを最大限活用すべきだな。相手を支えている世論をこちらが誘導すれば、相手はそれに乗るしかなくなるだろう。民主主義とやらを唱えている相手なら、なおさらだ。だが、もっと踏み込んで言えば、自由惑星同盟を屈服させる必要などない。異なる二つの国家が存続することは構わないと思っている。要は永久的な和平が実現できればいいのだろう?であれば、互いの主権を認め合い、内政不干渉の立場を提示すればいい。終着点としては私はそれが理想だと思う。」
この発言は万座の無言の驚きをもって迎え入れられた。フィオーナとティアナでさえラインハルトがこのような発言をすると思っていなかった。まして転生者でない人間にとっては彼の発言は雷鳴のごとくそれぞれの心臓を打ったのである。
「閣下、いささか破天荒なご発言だと思われますが。」
やっとの思いでミュラーが言った言葉が一同の思いを代弁していた。それに対してラインハルトは軽い笑い声をもって迎え、
「いや、私が言ったのは私情を抜きにしての理想論だ。本心から言えば自由惑星同盟とは砲火をもって蹴りを付けたいと思っている。それに恒久的な和平に落ち着くためには一つ・・・いや、二つ重要なことがある。」
ラインハルトは一同を見まわした。
「13日間戦争を覚えているか?地球とやらで行われた2大国家連合が行った戦争だ。最終的には和平になったが、双方が理解しあったからではないし、自発的なものではない。人口の大半と国土の焦土化によって、やむなしというところにきたのが原因だ。」
「なまじ『力』があると人間はそれに頼りたくなる。その力がそがれた時、人は初めて自分が置かれている現実に戻ることができる、というわけですね。」
キルヒアイスの言葉にラインハルトはうなずきを返して、
「そして、二つ目、これが恒久的な和平構築に関して一つ目よりもはるかに重要なことであるが、先ほど言った価値観、人種、信条、門地などの決定的な違いをどこまで理解しあえるか、ということだ。自分たちの主張を声を張り上げて言うだけではらちが明かない。相手の領域(エリア)にどこまで踏み込んでいけるかが、カギとなろう。」
私が思うところはそのようなものだ。もっとも、そんなことを言えば、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムに何を言われるか分かった物ではないな、とラインハルトは最後に苦笑した。
「とにかくだ、今の私にはブラウンシュヴァイクやリッテンハイムを説得できる力量もなければ、その意志もあまりない。が、フロイレインの言うように目いっぱいの努力はしてみよう。それでいいか?」
フィオーナはにっこりした。
「はい、それでこそミューゼル大将閣下です。私の教官(イルーナ)がいらっしゃったらそうおっしゃったに違いありません。」
これを聞いていたティアナは脇にいたミュラーと、そしてロイエンタールとミッターマイヤーと顔を見合わせて、かすかに苦笑して見せた。「仕方がないわね。」と言うように。その傍らでラインハルトとキルヒアイスはうなずき合っていた。


他方――。


ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は、パーティーそっちのけで、交渉に向けて準備を進めていた。もちろん主要閣僚たちを交えた「本会議」はこれからあるのだが、その前に使節団長、副団長の意見を統一しようという事になったのだ。いわゆる「プレ会議」というやつである。
日頃のパーティーばかりしているイメージとは裏腹に、彼らもやるときはそれなりにやるのである。もっともやることなすことには「貴族意識」が主観として入り込んでいることは否定できないが。
「つまりは、今回の和平交渉においては、敢えて帝国の威信を全面的に押し出して対応せよ、そう卿は言うのだな?」
ブラウンシュヴァイク公はリッテンハイム侯に言う。
「そうだ。思いあがった平民共(しかも奴隷の子孫ではないか!)に、なぜこちらが迎合せねばならんのだ!?考えるだけで怖気がするわ!・・・・とまぁ、それは儂の主観であるが、考えてみろ、ブラウンシュヴァイク公。奴ら儂らが笑顔で交渉の場に立ったとして、すぐに握手で答えてくれると思うか?」
「無理だろうな。奴らは奴らで『帝国打倒せよ!貴族の台頭を許すな!平民の権利を守れ!』などと儂らからすれば怖気を振るうことを声高に叫んでおるからな。そう言ったところに儂らはこれから踏み込んでいくわけだ。笑顔一つで乗り切れるほど甘くはないというわけなのは儂とてわかっておる。」
TVカメラの前では二人ともああは言ったが、感触として簡単ではないことは重々承知していたのである。このあたりの政治感覚は大貴族の長だからこそ、さほどずれたものにはならないのだろう。
「そういうわけだ。だったらむしろ、こちらは相手になめられぬよう、わざと居丈高に(いや、必要以上に相手を威圧するのは得策ではないがな。)振る舞うのだ。基本方針はそれで行くべきだろう。」
「ふむ・・・・。」
ブラウンシュヴァイク公は顎に手を当てて考え込んだ。やがてすぐにうなずいた。
「卿の言う通りかもしれんな。それで、今回の和平交渉、目的は如何なるものにするか?」
ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの前のテーブルには、ワインやつまみに混じって、それぞれが考え起草した草案が置かれている。既に二人は互いの草案に目を通して熟読していた。
「最大の目的は『同盟とやらの全面降伏。』だな。これが実現できれば、我らの名は後世に広く知れ渡る。」
リッテンハイムは一瞬そのような光景を夢想したが、すぐに首を振った。
「だが、バカバカしいことだ。同盟とやらが一兵たりとも保有しえない状況ならともかく、奴ら侮りがたい戦力を有している。そういう状態の奴らが降伏など歯牙にもかけぬことくらい、儂でもわかっておるわ。」
「その通りだ。となると、次は如何なることになるかな?」
「第二次の目的は『両者の間の恒久的な和平』だ。だが、これも無理だろう。フェザーンの介入が煩い。奴らは反徒共や儂らをけしかけおるからな。それに、どこの世にも、強硬派という奴はいるでなぁ。」
ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムはそろって溜息を吐いた。
「となるとだ、リッテンハイム侯爵。こうなればいよいよもって第三の案だな。一時的な条件付き和平を締結できるよう、努力するほかあるまい。できる出来ないは別としてな。」
「うむ。問題はその結論に持っていく方法だ。」
「ううむ・・・。」
両者は考え込んだ。
「それにつきまして、一言よろしいでしょうか?」
「む?なんだ、フェルナー。」
二人の大貴族が傍らに控えていたフェルナーに目を向ける。
「交渉事で重要なのは、駆け引きで有ります。こちらの手札を敢えて最初から見せつける必要はございますまい。それに、目の前のカードだけがすべてではありません。舞台装置、観客、そういったものを駆使してこそ、一流の勝負師というものではありませんか。」
フン!とブラウンシュヴァイクが鼻を鳴らしたが、どこか面白がっている響きがあった。
「なかなかおもしろいことをいう奴だ。フェルナー・・・中佐であったな。」
「はっ。」
フェルナーはリッテンハイム侯に頭を下げた。その隣でブラウンシュヴァイク公爵が、
「では卿の言うところは、こういうことか?つまりは最初から我らの本心を見せつけず、あえて第一の目的をまず前面に押し出す。一方でマスメディアを積極的に行使し、相手の世論を和平に持っていく、と、こういうことなのだな?」
「御意。」
フェルナーは得たりという顔をする。
「どう思うか?リッテンハイム侯。」
「うむ、それしかあるまい。かつてカロリーネを追い落としたときも、我らはマスメディアを利用した。今回もそれを繰り返すまでよ。」
「カロリーネか・・・・。」
ふと、ブラウンシュヴァイク公が考え込む表情になった。
「どうかされたか?」
「いや、カロリーネとバウムガルデンの息子は現在生死不明であるが、仮に亡命したとして、その亡命先に自由惑星同盟を選んだのではないかと思ってな。」
「なに!?」
リッテンハイム侯が愕然となったが、すぐに、
「だが、それはもう済んだ話ではないか。カロリーネなど、もはや帝国に対してどうこうできる力は残っておらんわ。それともブラウンシュヴァイク公、まさかカロリーネの奴が我らを暗殺するたわけた行動に出ることを恐れているのか?」
「その可能性がある。だが、むろん小娘とこせがれの細腕では、我らは倒せん。警護の者どももいることだ。」
「そうだとも。あんな小娘たちなど、歯牙にもかける必要などないわ!」
リッテンハイム侯は呵々大笑し、ブラウンシュヴァイク公もつられて大笑いしていた。
だが、フェルナー、そしてアンスバッハ、シュトライトらそれぞれの家臣たちはひそひそと耳打ちしあって真剣な表情で話し込んでいた。



第十三艦隊旗艦エルヴィング――。

カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムは、その端正な顔を決意の色に染め上げていた。
「ついに来た・・・。私を追い落としたあのブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに復讐できるときが・・・・!!」
彼女は大きく息を吸った。16歳という若い年齢に任せた体の四肢に力が灯る。自由惑星同盟の軍服を着ていても、そのみなぎりははっきりと分かった。
「わ、私を・・・・私を・・・・あんな目に・・・・合わせてくれて・・・・よくも、よくも・・・・!!」
わなわなと全身が震える。あんなに侮辱され、屈辱を受けたことは、カロリーネの前世を含めて、今までないことだった。
「絶対に、許さないんだから!!!」
自室のドアがノックされた。だが、カロリーネ皇女殿下の耳にはその音は入らない。
「・・・・入りますよ。」
「・・・・あれをこうして、こうやって!!」
「・・・・いいですか?!」
「・・・・ああして、こうしてッ!!」
「カロリーネ!!」
「わ、ひゃあっ!!!」
カロリーネ皇女殿下は飛び上った。恐る恐る肩越しに振り返ると、アルフレートが立っている。
「もももももうっ!!!なんでノックしないで入ってくるかなぁ!?びっくりしたわよ!!」
「それはこちらの台詞ですよ。人が入ってくるのにも気づかないで、独り言をおっしゃって・・・一体何があったんですか?」
「・・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は急に視線を外した。何か悪戯が見つかった子供のような顔だった。
「ニュースになっていますよ。帝国が和平交渉の使節を派遣する。その代表に・・・。」
カロリーネ皇女殿下はぐっとアルフレートを見つめた。
「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が選ばれたのだと。」
「・・・・・・。」
「私が邪推していたら申し訳ありませんが、もし復讐などという馬鹿なことを考えているようなら、すぐに諦めてください。」
「バカなこと!?」
カロリーネ皇女殿下の両目に火がともった。
「バカなことですって!?アンタ、何言っているかわかっているの!?」
カロリーネ皇女殿下がアルフレートの胸元のスカーフをつかんだ。
「わ、私が・・・私が・・・・どれだけあいつらにバカにされ、辱めを受け・・・閉じ込められて死ぬ思いをしたのか、アンタわかっているの!?」
「・・・・・・。」
「私は・・・そのせいで・・・・おじいさまに捨てられたんだよ・・・・。友達も、侍女も、仲間も、私から離れていったんだよ・・・・。」
声が震えた。あの時のことを思いだしているのだろう。アルフレートは無表情のままカロリーネ皇女殿下を見つめていたが、カロリーネがもしもっと冷静に観察できれば、彼の頬の裏にふつふつと湧き上がってきているものに気が付いただろう。
「その時の悔しさを、忘れろっていうの!?今をのうのうと生きろっていうの!?私はあんたみたいな能天気と違うんだ――。」
バシッ!!という音と共に、頬を抑えたカロリーネ皇女殿下がよろめいていた。
「な、何を・・・・・。」
「ふざけるな!!!」
アルフレートの渾身の怒声がカロリーネ皇女殿下にたたきつけられた。
「なっ!?ふざけて――!!」
「ご自分でもよくわかっているはずです!確かにあの貴族共はあなたを追放した。色々とひどい目に合われたことは痛いほど知っています。ですが、そのそもそもの原因はどこにありましたか?!」
「・・・・・・・。」
「原因は他ならぬあなたです!!ラインハルトを陥れよう、殺そう、そうお考えになり、様々な改革に着手しようとなさったから、二大貴族の反発を招いたのです!!彼らだってバカではありません!そういう幻想を抱くのは原作やOVAの中だけで沢山です!!!」
「・・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は呆然と頬に手を押し当てていたが、その顔が徐々に歪んでいった。
「確かにあなたを追放したのは彼らです。ですが、原因となったことを忘れて彼らに責任転嫁ばかりなさるのは、あまりにも身勝手ではありませんか!!!」

ひっ、ひっ、という空気を吸い込む音がする。カロリーネ皇女殿下は泣いていた。声を上げずに、押し殺そうとして懸命に胸を上下しながら、彼女は大泣きに泣いていた。それをつらそうに見ながらアルフレートはハンカチを差し出した。

「・・・・あなたをぶってしまったこと、申し訳ありません。前世では年上の女性を、しかも現世では身分違いの女性の顔に手をかけたのは、死罪に相当します。気のすむまで私を殴ってください。ですが、これだけは言わせてもらいます。復讐などというバカなことを考えてばかりいると、自分ばかりではなく、周りの人々も滅ぼしてしまいますよ。あなたは一人ではありません。ファーレンハイト、シュタインメッツ、そして周りの侍女たち。皆あなたを慕ってきています。・・・・私もそうです。」
最後は小声だった。だが、カロリーネ皇女殿下の耳にはしっかり届いていた。
「そんな人たちを巻き添えにできますか?」
グスッ、という鼻をすする音がして、
「・・・・できない。」
小声で返事が返ってきた。
「あなたはとても綺麗で優しい方です。そして純粋な方でもあります。そんな方が復讐というどす黒い炎に染まって果ててしまうところを私は見たくありません。」
カロリーネ皇女殿下は泣き笑いのような顔をした。
「バカ。」
小声で言ったのは、恥ずかしさだけだったのか。それとも――。
「あなたは私よりずっとずっと立派なのね。私なんかまだ子供なのだわ。『お姉さん』なんて言える資格、なかったんだね・・・・。」
「そんなことはないです。あなたが経験したことは、私よりもずっとひどかった。そうしたくなるお気持ちはわかります。ですが――。」
「もういいわ。わかった。」
カロリーネ皇女殿下はアルフレートを制した。
「でも、一つだけ言わせて。あなたはバカ!!!超大馬鹿よ!!!!女性に対しての扱いがまるでなっていないわ!!」
カロリーネ皇女殿下の剣幕に今度はアルフレートがたじたじとなった。
「す、すみません!!」
「殴っておいてそれで終わりなわけ!?」
カロリーネ皇女殿下の言わんとするところが理解できたアルフレートはしどろもどろに、
「あ、いえ、その、失礼かな、と――。」
カロリーネ皇女殿下が大きなため息をついたので、アルフレートはぐっと詰まってしまった。
「もういいわ。そんな気分じゃなくなったもの。せいぜい次の機会を頑張って探しなさいな。アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン公爵様。」
「・・・・・・・。」
「ま、でも、お礼は言っておくわね。ありがとう。あなたの言葉がなかったら(あと、ビンタか。)私は復讐への道を突っ走っていたところだったわ。」
カロリーネ皇女殿下はアルフレートの肩をぽんと叩いて、部屋から出て行ってしまった。

一人残されたアルフレートの思いは複雑だった。これでよかったとほっとした部分と、残念無念という後悔の部分が彼の胸の中で同居していたのである。


惑星ハイネセン 統合作戦本部ビル前――。
シャロン、ラップ、ヤン、この3人が統合作戦本部から久方ぶりに姿を現したのは、帝国和平交渉使節が都市惑星イオン・ファゼガスに到着する前で有った。シャロンとヤンは接待委員としてロボス閣下と共にイゼルローン回廊付近に出迎えに上がるのである。もっともその後ヤンはハイネセンにとんぼ返りして統合作戦本部に詰めることになっていたのだったが。これについてはヤンはシトレ大将に抗議したが「帝国軍人の姿を直に見てもらうことで、今後の君の軍略・戦略の糧としてほしいのだよ。そしてその上で私を補佐してほしいのだ。」と言われてしまってはどうしようもできなかった。
「この後はジェシカと昼食をする約束だったな、場所はどこなのだろう。」
ヤンの言葉にラップが不意に顔を曇らせたのに彼は気が付いた。そういえば今日のラップはずっと沈んだような顔をしていた。病気のぶり返しなのかとヤンは思い、医務室に言ったらどうかと親友に進めたが「いや、大丈夫だ。」の答えしか返ってこなかったのである。
「どうしたんだ?ラップ。」
「なぁ、ヤン。」
ラップはいつになくそわそわとしている。彼の足が止まったので必然的にヤンもシャロンも足を止めることになった。だだっ広い統合作戦本部前の無機質なコンクリートスペースには車両も人も他にいなかった。
「ん?」
「俺たち、知り合ってどのくらいになるかな?」
「なんだ、藪から棒に。そうだなぁ、12年になるのかな。」
「そうか、もう12年か・・・・。ジェシカと知り合ってからもそのくらいになるか。」
ラップは地面に視線を落としていたが、不意に顔をあげ決意の瞳をヤンに向けて、
「実は俺、ジェシカに結婚を申し込もうと思っているんだ。お前さんが留守の間にジェシカにはずいぶん助けられた。病気療養中も何かと世話になったんだ。それで、その・・・・。」
ヤンは言葉をつづけられなくなった親友の肩を優しく叩いた。いつかはこういうときがくる。そう思っていたのだ。それがたまたま今日になったということである。ヤン自身はとっくにそのようなことを受け入れる気持ちになっていた。ずいぶんかかったな。そう思うゆとりさえあった。
「そうか。いいじゃないか。」
「本当に?」
「どうして?」
「そうか・・・。」
「しっかりしろよ、ラップ。そんなことじゃジェシカに面と向かって求婚できないぞ。」
ラップは気弱そうな笑いを浮かべた。
「実はな、ヤン。俺は・・・・。」
ラップの顔をみてヤンは彼が何を言いたかったかを理解できた。そしてそれはヤンにとっては今更聞きたくはなかった言葉である。聞いてしまったら余計に親友を気遣ってしまうし、親友もまた自分を気遣うことになるだろうから。
 これから幸せになろうという二人にとって、そういう気遣いは無用なのだとヤンは自分に言い聞かせていた。
「ジェシカはいい嫁さんになるよ。ラップ、幸せにな。」
ヤンは朗らかに言い、また、親友の肩を叩いた。
「・・・・ありがとう。」
「ほら、ジェシカが迎えに来ている。」
ヤンが視線を統合作戦本部ゲート前に向けていた。そこにはかねてから食事を一緒に取ろうという約束をしていたジェシカが立ってこちらに手を振っていた。楚々とした深みのある青いワンピースと白い真珠のネックレスが彼女の美しさをより引き立てていた。
「行って来いよ。」
ヤンが優しく促した。
「言って気持ちを伝えるんだ。ここで待っているから。」
「・・・・いいのか?」
「行けよ。」
ヤンはラップの背中を押し出してやった。それは同時に自分の気持ちにけじめをつけた瞬間でもあった。シャロンはそんな二人から少し離れたところに立って邪魔にならないようにしていた。
ラップがよろめいて歩き出した。次第に彼の足取りはしっかりしたものになり、背中は決意の色で染まっていく。ヤンの眼に、ゲートを抜けたラップがジェシカの前に立つのが見えた。ラップが何を話しているのかはわからない。だがジェシカの顔が驚きで染まり、ついで俯くのが見えた。ヤンはじっとその光景を見つめている。理由は分らないが、ヤン自身も胸の鼓動が高まってくるのを感じていた。ジェシカはイエスというだろうか、それとも――。

 不意にジェシカがこちらを見た。もし――ヤンがここで首を横に振れば――ジェシカは思いとどまるだろうか、そんな思いがちらっとかすめた。だが、ヤンの頭は自分の思案とは裏腹に、すぐに優しく上下してうなずいて見せたのである。
 ジェシカは顔を上げ、そしてラップにとっては一生忘れられないであろう一言をその綺麗な口元から紡ぎだした。ラップの体が硬直する。と、彼は次の瞬間ジェシカを情熱的に抱きしめていた。
「成功したようですわね。」
いつの間にかシャロンが脇に立っていた。ヤンは近頃特に彼女に対して得体のしれないものを感じていたがどうしたわけか今日は違った。ヤン自身が感情をうまく制御できないのか、あるいはシャロンの邪気が消えていたのか、いずれにしてもヤンは彼女がそばに立っているのを今日は不快に思わなかったのである。
「成功してよかった。アイツが皆の面前で失敗するところなど、私は見たくないのですからね。」
「もしもジェシカさんが双子だったら。」
シャロンが突然歌うように言ったので、ヤンは狐につままれたような顔をした。
「ごめんなさい。でも、もしもそうであれば、誰しもが自分の気持ちを偽らずに済むでしょうと思ったのですわ。」
「私は別にそんなことは――。」
「いえ、違いますわね。仮にジェシカさんが双子であったとしても、それぞれは全く別の人なのですから。保証はできませんわ。」
「・・・・・・・。」
「ヤン閣下。」
シャロンがヤンを見た。
「あなたが私に対してどういう感情をお持ちになっているかは重々わかっています。『得体のしれない人。』そう思っていらっしゃるでしょう?」
「それは――。」
ヤンは言葉に詰まった。いつからかはわからないが、シャロンが後に何か重大なことをしでかし、自分がそれと対峙するのではないか、そんなことを常々考えてしまっているのだ。原因はわからない。彼女と会話しているときに感じ取った無意識な何かがそうさせているのかもしれない。それを面と向かってシャロンに言ったことはないのだが、シャロンの方はヤンがどう思っているかを百も承知と言った顔である。
「いいのです。それは真実ですし、私はそれを偽るつもりもありませんから。ですが、それとこれとは別に、今これだけは言わせてください。あなたにはあなたにふさわしい伴侶が、かけがえのない伴侶が、きっと見つかりますわ。その時はその方をいつまでもずっと大切にしてあげてくださいね。」
シャロンの言葉は優しかった。それは魔術的なものではなく、普段のシャロンからは想像もできないのだが、とても真摯にあふれて率直なものであった。まるで親友を慰めているときのようである。ヤンは当惑そうに頭をかいた。こんなことを言われるとはまったく予想していなかったという顔である。
「どうして、そんなことが言えるんですか?それに、どうしてそんなことを言うんですか?」
「私は予言者ではありません。ですが、何となくわかる、そう申し上げておきます。そして後者の質問についてはこういった便利な言葉がありますわね。『それはそれ。これはこれ。』って。私の気持ちはそういう事です。」
「・・・・・・。」
「ほら、二人が待っていますわ。私たちも早くいかなくては。ラップさんとジェシカさんの結婚のお祝いをしましょう。」
うなずいたヤンはシャロンと共に幸せの絶頂にあるカップルのもとに歩き出した。もっともジェシカの方はその表情とは裏腹に何を思っているのかはヤンにはわからなかったが。



宇宙歴795年、帝国歴486年5月20日。それぞれの国、それぞれの組織は「帝国からの和平交渉の申し出」という新たな潮流に対して、それまで思いもしなかった選択を迫られることになる。その中で各人がどのような運命にさらされ、どのような働きをするか、確たる見通しができる者は転生者も含めて存在しなかったのである。
 
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