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ワーグナーの魔力

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第六章

「何時かは」
「ノイシュバンシュタイン城にもだね」
「行きたいです」
「そこまで思うのならだよ」
「まさにですか」
「そう、君もワーグナーの世界に入ったんだよ」
「そして死ぬまで、ですか」
「君はワグナリアンだよ」
 そうなるというのだ、そして。
 彼は実際にだ、ワーグナーの著作も読み。
 彼の音楽を聴いていった、そして将来もだ。
 ワーグナーの芸術に携わっていきたいと思いだ、学業に励み芸術大学を卒業してそのうえでだった。
 劇場に入った、ドレスデン歌劇場でだ。
 彼は下積みからはじめた、しかし常にこう言ってた。
「何時かはワーグナーの演出を」
「したい」
「そう言うんだね」
「はい」
 目を輝かせての言葉だった。
「そうします」
「そういえば君ワーグナー好きだし」
「大学でもワーグナーのことを熱心に勉強していたね」
「それならか」
「何時かは」
「歌や演奏は出来ないですけれど」
 そうした才能はなかったからだ、彼はどちらも諦めた。
 しかしワーグナー自体は諦めずにだ、歌劇場に就職したのだ。
 だからこそだ、劇場の先輩達にも強く言うのだった。
「演出をしてみます」
「そうか、じゃあな」
「頑張れよ」
「歌劇場でも勉強して」
「絶対にしてみろよ」
「はい、そうします」
 プロホヴィッツは誓った、そして実際にだった。
 彼は長じてワーグナーの作品に関わる様にもなり演出も行う様になった。その時彼は四十を越える様になっていたが。
 それでもだ、若い者達にこんなことを言った。
「ワーグナーは深いね」
「一生ですね」
「一生のものですね」
「私はその中から出るつもりはないよ」  
 ワーグナーのその世界から、というのだ。
「やっと演出を任せられる様になったけれど」
「まだまだですね」
「演出をされていかれますか」
「ワーグナーは一度聴いても一度演出しても終わりじゃないんだ」
 そこで満足するものではないというのだ。
「一生演出をしてね」
「観て聴いて」
「そうしていくものですか」
「そう、楽しんでいくものだから」
 それ故にというのだ。
「これからもね」
「楽しまれますか」
「そうされますか」
「そう、また演出をするよ」
 次のワーグナーの舞台でもというのだ。
「死ぬまでね」
「では私達も」
「ワーグナーが好きですし」
「一生ですね」
「ワーグナーの世界の中にいるんですね」
「ワーグナーの魔力は絶大だよ」
 その音楽に文章、そして舞台の全てがというのだ。
「一度それにかかってしまったら」
「そこからですね」
「もう二度と離れられない」
「その世界から出られないんですね」
「そうしたものだから」
 だからこそ、というのだ。
「君達も一生楽しむんだよ」
「プロコヴィッツさんみたいに」
「そうなっていきますね」
「そう、僕も先生に教わってからだったからね」
 ここでシュツルムのことも思い出したのだった。
「学生時代の先生ももう九十だけれど」
「ワーグナーがお好きですか」
「その方も」
「そう、今度先生にトリスタンの新しい演奏のCDを持って行こうかな」
 トリスタンとイゾルデ、ワーグナーの代表作の一つだ。無限旋律で有名であり官能的な愛と死の世界を描いた作品だ。
「そして二人で聴こうか」
「じゃあ私達も」
「そのCDを聴きますね」
 若い劇場のスタッフ達も応える、彼等もまたワーグナーの世界に入っていた。入ってしまえば出ることの出来ないその世界に。


ワーグナーの魔力   完


                             2016・2・20 
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