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ウルゼロ魔外伝 超古代戦士の転生者と三国の恋姫たち

作者:???
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目覚める『闇』と『光』の事

一方、その頃の蜀。
遺跡調査に向かう一刀は、護衛に鈴々と翠・さらに恋を連れて目的の遺跡に向かっていた。
「遺跡か~、どんなのかな。あたしめったに見たことないから」
翠はこれまで馬術や武術にばかり磨きを掻き続けてきたためか、遺跡といったようなものにも、女の子らしいことに触れることもあまりなかった。
「遺跡か…学校で何度か見学したな」
「お兄ちゃんは、見たことあるのか?」
一刀の故郷としての現代地球は、この世界だと『天の世界』と言われている。実際には天ではなく、おそらく異次元かなにかの世界だろうが、この世界の人たちにはこの言い方じゃないと納得されないのだ。当時の思い出に少し耽る一刀に、鈴々が尋ねた。
「まあね。たとえば…貝塚とか」
「かいづか?なんだそれ?」
「…かいづか?」
翠と恋も気になりだして話に加わってきた。
一刀は、天の世界にいたころの学校生活時に社会科見学で立ち寄った遺跡のことを思い出しながら鈴々と翠に説明した。
「そうだな~…この世界の時代だと200年位前になるのかな?まだ米みたいな農作業が確立してなかったとき、当時の日本…じゃなかった『倭』の人たちは海から魚や貝、陸だと木の実やウサギみたいな動物を狩って飯にしていたんだ。
で、食べ終えて貝殻だけになった貝を捨てた場所が遺跡になった…」
「それだとただのゴミ捨て場なのだ」
む、確かに…と鈴々の言葉に一刀はどもる。貝塚は当時の人々の暮らしや食生活を知るための大事な場所。だが、実際確かに当時の人たちが遺したゴミ捨て場だ。…ごめんなさい、先人の皆様、と一刀は届かない謝罪を心の中で呟いた。
「鈴々なら、たくさんの貝を用意さえすれば一瞬で貝塚ができるな」
「はは、それ言えてるな」
翠の一言につい一刀は吹きだしてしまう。
「むー、なんだかバカにされてる気がするのだ。っというか翠にだけは言われたくないのだ!」
「なんだとぅ!?」
「はいはいケンカしないしない!」
危うく護衛役同志のケンカが起こりそうになったので、一刀は子供をあやすように仲介するが、二人はガミガミ言い合う。やれやれ…と、彼は二人を見てあることに気が付く。
「…あれ?恋」
恋がいない。今回は護衛の一人としてついてきてくれたはずだ。確かに、無口であるがゆえに、深く会話に入らないのは知っていたが、いきなり忽然と姿が消えていたら驚いてしまう。
が、すぐに恋がどこにいるのか目に入った。
「…くぅ~ん」
「…」
いつの間にか連れてきていた犬と、身をかがめて戯れていた。恋は家に子犬・子猫・小鳥などの小動物を約50匹近くも飼っていて、給料も彼らのエサ台に使っている。それだと悪臭などで苦情がこないのか?と思われるが大丈夫。エサを与えるときだけはしっかり集まり、それ以外はほぼ放し飼いにしているためか、におい関係の問題はあまりないらしい。たぶん…。
「セキトを連れてきたのか?」
セキトは恋が特にかわいがっている犬だ。彼女が兵士となる以前からずっと付き添っている。恋には物心ついたころから親がいなかった。ただ当てもなくさまよい続けていた恋にとって最初にできた家族である。
正史でもセキトは、赤兎馬という赤い毛を持つ馬で、呂布、彼の死後に主となった関羽の名馬として名を馳せた名馬として有名だ。一日で千里(約3.9km×1000)もの距離を走ったという。なぜかこの世界ではコーギー犬であるが…。
後ろから一刀は恋に話しかけると、恋はセキトを腕の中に抱きしめて立ち上がりコクッとうなずいた。
「最近、散歩に連れて行く機会が少なかったから。どうしても」
ここ最近、仕事をよくサボる恋でも、三国同盟締結による仕事の急増、主に一刀の他国への訪問の護衛で、セキトに構う時間が少なくなってきたのだ。
「連れて行きたいってこと?」
コクッと恋は頷いた。
「わかった。でもちゃんと面倒見ろよ」
「…大丈夫」
「ほら二人とも、いつまでも言い合ってないで。今日は俺の護衛役を引き受けてくれたならしっかりしてくれよ」
いまだ言い合う二人に二度目の仲介。
少々ごたついた…とはいえいつも一刀のまわりはごたつくことが多いのである程度の体制はできたのだが、そんなこんなで彼らは例の、新しく発見されたという遺跡にたどり着いた。
朱里が言っていた通り、遺跡の入口前の陣にて、先に桔梗と蒲公英が陣を構えて待っていてくれた。
「あ、おーい、ご主人様~!お姉様~!」
陣の入口から、容姿が翠とそっくりな少女が手を振り、もう一人『酔』の文字が刻まれた肩当てを装備した女性がいる。蒲公英と桔梗だ。一刀たちも駈け出して二人のもとに着く。
「二人とも、ご苦労さん」
「おお、お館様も来られたのか。しかし、皆より長く生きてきたのだがあのような遺跡、わしは初めてでしたぞ」
年長者でキャリアもその分培っている桔梗にこういわせるとは、この遺跡はただの遺跡のように思うことができなくなる。
「どういうことだよ?」
翠が不思議に思って首をかしげた。
「そうじゃな…なんというか、強大な気配を感じるのだ」
桔梗の言っている意味が分からない。恋だけじゃなく、一刀たちは全員彼女のいうことを理解できなかった。
「なんか漠然としているね…」
「申し訳ない。皆にどう説明すれば良いのかわし自身見当もつかぬ」
珍しいと一刀は思った。桔梗は自分を挑発をする際は、真意を隠しつつ何を仕掛けてくるのかをわかりやすく伝えてくる。だが今度ばかりは違う。桔梗自身も一刀たちにどう伝えればいいのかわからないのだ。
「どんなのかわからないなら、奥へ進むしかないのだ」
あっけらかんに鈴々が言う。いつもなら簡単に言うなあ…とは思うが、実際鈴々の言うとおりにするか、危険性がある以上ここは大人しく引き返すかのどちらかしかない。
「…そうだな。入ってみよう」
「危険かもしれませんぞ、お館様」
桔梗が一刀に警告を入れるが、彼女自身一刀が言い出したら聞かない男であることは重々わかりきっていた。
「わかってるさ。だから、みんなを護衛に頼んだんだ。世話をかけることになっちゃうけど、頼むよ」
「あたしたちが断れないってわかってるだろ」
へっ、と翠が笑う。
「でも、蒲公英たちに無理に負担をかけたくないから敢えて『頼むよ』なんて言ったんだよね。ご主人様はやっぱ優しい~」
蒲公英も快く護衛を引き受けてくれるようだ。
「そういえば、この遺跡ってなんていうの?」
ふと、一刀は桔梗に一つ質問してきた。
「確か、地元の者たちの話によると…『婆羅堕(バラダ)遺跡』と言っておりましたぞ」
「『婆羅堕遺跡』…」
やはり聞いたことがない、と一刀は思った。そんな名前の遺跡は三国志は愚か、中国の歴史上でも存在が確認されていないはずだ。少なくとも自分の記憶の中では、こんな遺跡の存在は全く触れられていない。歴史からも忘れ去られたのか、それとも…
(この世界だからこそ存在しているのか…)
この世界が自分の知っている三国志とはかなり異なっている要素が多いことは知っているが、だからこそ自分の知らないことについてもっと知っていく必要があると彼は考えていた。
一刀たちの会話の傍ら、恋はセキトの頭をなでていた。
と、その時だった。ピクッとセキトが恋の手を退けて顔を上げ、どこかへ走り出したではないか。まるで何かの匂いに感づいたように。
セキトは、遺跡の入口の鍾乳洞の中へ突っ込み、闇の中へ姿を消した。
「!待って!」
セキトを追って恋は駈け出した。
「お、おい恋!待てよ!」
翠が引き留めるように言ったものの、彼女は天下無双と称された将なだけあって脚力も優れていた。だからたちまち一刀たちのもとから遺跡の闇の中へ消えてしまう。
「俺たちも急ごう。副官さんに留守番を頼んで兵たちにはここにいるように言うんだ」
「合点なのだ」
一刀たちも、桔梗と蒲公英に同行していた副官に留守を任せ、恋とセキトを追って遺跡内部へと侵入した。


遺跡に入り込んだ途端気分が悪くなった亞莎は、自分の天幕に戻って馬忠が回収した遺跡の出土品を改めて眺めていた。
しかしただ眺めているだけでは何もわからない。これらの出土品に、何らかの意図があるのは確かだ。とはいえ出土品というものはどれほど脆いのか想像もつかない。注意しながら、彼女は出土品の一つに手を付けてみる。彼女が手に取ったのは、翼のような彫刻を刻んだ青銅の神具。
耳を澄ませると、どう見ても楽器じゃないのにこの神具から何か笛のような音色が聞こえてくるような気がした。遠い昔を連想するような音色が、きっと聞こえてくる…。
「…!」
そのとき、亞莎は目を見開いた。
亞沙に握られていた神具が、揺れ始めている。亞莎の意思と関係なく、内蔵されたバイブレーションが稼動したかのようにぶるぶると震えだしていた。まるで、何か警告のようなものを必死に訴えているように。
「これは、一体…?」

「ぎゃあああああああああ!!!」

しかし、亞莎の思考は今の悲鳴によって現実に引き戻された。
今の悲鳴は…!?すさまじい叫び声だったからただ事ではない。しかも悲鳴は一人だけでなく、何人分ものそれが聞こえる。何事かと思って天幕の外に出る。
「え…!?」
亞莎が見たその光景は…まさに嗚呼叫喚の地獄絵図の始まりだった。


その発端を起こしたのは…ダイダラだった。
亞莎が天幕に戻ったちょうど同じ頃、ダイダラは亞莎の部隊が調査中の遺跡に入り込んでいた。…というよりも、瞬間的に遺跡の奥へと転移した、というべきだろう。誰一人彼の侵入に気付いていなかったのだから。
「ふふふふ…私にはわかるぞ。この遺跡の中に眠っていた邪悪なる気配をな…」
遺跡の最深部、そこに彼は降り立った。
二階建ての家ほどの高さの天井にも行き届くほどの壁には、何か奇妙な…いや、恐ろしささえも感じる壁画が刻まれていた。
そして、何かを置いていたような台座が部屋の中央に安置されていた。おそらくここから出土品の一部を呉軍は回収したのだ。
(何かしらの封印が施されていたようだな。おそらく呉の者どもが回収しているのだろうが…馬鹿な奴らよ。そのまま放置していれば、この遺跡に仕掛けられた封印が解けることもなかっただろうに…)
ダイダラは台座を見て、亞莎たち呉の調査隊たちを嘲笑った。彼は感じていた。かつてこの地に封じられることとなった…強大な『闇の波動』の根源を。
彼は台座の前に立つと、両手を合掌し奇怪な呪文を唱え始めた。すると、ダイダラの体が妖しい紫色の輝きを放ち始めた。それに呼応して、遺跡全体に地震のごとき猛烈な振動が走り出した。
「さぁ目覚めろ…邪悪なる化身ども…長き眠りから目覚め、我の意思に従い、この者どもを蹂躙しろ!」
彼が両手をかざし、叫んだ瞬間の事だった。
ガシャン!!と音を立てながら、彼の周囲の壁が突き破られ、直径3mほどの穴がいくつか開かれる。その中から、いくつもの人間一人分ほどの大きさの影が何十…いや、何百何千と飛び出してきたのだ。
飛び出してきたその影たちは、血のように赤い瞳を持つおぞましい体つきの怪鳥の群れだった。ダイダラの意思に従い、地上への入り口に向かいだした。

当然、その道中である遺跡内部にて調査中だった呉軍を襲った。
突如遺跡の奥から現れた怪鳥の群れ。奴らは目に付いた兵士に、久方ぶりのご馳走に飛びつくように襲い掛かった。
「う、うわああああああ!!!」
呉の兵たちは怪鳥たちに捕まっていき、捕まった者たちは食われていく。仲間たちの頭は腕がもぎ取られ、その骸さえも骨をしゃぶられるまで貪り尽くされた。
そのおぞましさは呉の兵たちを恐怖させ、その場で腰を抜かしてしまう。そうして恐れた者たちにも遠慮なく怪鳥たちは食らいつき、次々と犠牲者は増え続けた。
応戦する勇敢なものも居た。しばらく前までにこの大陸を包んだ戦乱の世を生き残ってきたのだ。仲間や敵の死を何度も見続けてきた。いちいち死に様を見て動揺せずにはいられない。点と気合を入れたのも、つかの間の効果しかなかった。
いざ剣を振りかざして、この醜い化け物を切り捨てようと計った呉の兵の一人。しかし相手は空中を飛び回る怪物。地上から剣を振り回したところで当たるはずもない。ならば弓で射殺してしまえばいいと考えた弓兵が弓を飛ばす。
「な…!?」
だが、怪物たちの体は弓で貫くことはできなかった。怪物の体に当たった途端、矢ははじかれてしまう。単純に、奴らの体表が矢の貫通力を上回っていたのだ。
「だ、だめだ!逃げろ逃げろおおおお!!」
自分たちの今の装備と力では敵わないと悟らざるを得なかった。呉の兵たちは遺跡から、いや、怪物たちから一秒でも早く逃げ延びようとした。
そのときには既に、血の臭いが遺跡内にあっという間に充満した。故にその臭いは外に居る亞莎の元にも漂ってきた。戦場で何度もかいできた、死臭。彼女は呉の中でも優秀な軍師でもある。しかし見た目どおりの大人しい性格のため謙遜してしまいがちなところもあり、同時に臆病なところもある。ある程度体性はできても、やはり何度見ても慣れたいと思えるものではなかった。
「り、呂蒙様!か、怪物が!怪物が遺跡の中から急に!」
負傷しながらも辛うじて亞莎の元にたどり着いた兵の一人が彼女の元にやってきて報告する。だが、自分の負傷以上に、突然の怪物出現と仲間たちが次々と無残に殺され食われていく光景を見たショックで錯乱しているように見えた。
この怪物たちは未知の存在だ。こいつらを倒す術がはっきりしない以上、ここは逃げた方がいい。でも撤退戦で必ずやらねばならないことがある。それは誰かが殿を勤め、味方の撤退が完了するまで、敵の攻撃を食い止めなければならないということだ。
(…私が、やらなくちゃ!)
大人しそうな外見どおりの性格だが、亞莎は戦えないわけではない。ちゃんと戦闘訓練をこなし、一般兵など相手にならないほどの武を持っているのだ。
「全兵士に告げます!落ち着いて存命の方をまとめた後、襄陽方面へ脱出してください!」
彼女は袖の下に隠していた手甲『人解(れんげ)』を露にし、部下たちを襲う怪物たちに向けて身構えた。
だが、亞莎一人にそんな危険な真似をさせるわけにいくまいと、彼女のもとに数人ほど武人たちが集まってきた。その中には馬忠も入っていた。
「呂蒙様、お一人では危険です。我々も共に戦います!」
「むしろ呂蒙様、あなたの方こそここから離脱し生き延びねばなりませぬ。あなたほどの才覚を持った方がこのような遺跡調査などでお命を落としたとなれば、孫呉の大損失です!お帰りを待たれている孫策様たちもお嘆きになります!」
「呂蒙様…どうか俺たちにも武人として意地を見せる機会をください!生意気を言うようで申し訳ありませんが、お一人では無謀であることが、あなたの方がわかるはずです!」
「馬忠さん、みんな…!」
彼らの上官として、自分が殿を勤めなければならないとばかり思っていたが、元来の引っ込み思案な性格から、自分を卑下しすぎていた。こんな自分の命を大小にすることで彼らが助かるなら…と。
でも、自分をここまで慕ってくれる部下たちの忠義の言葉に、亞莎は胸が熱くなった。
同時に、なんとしても彼らを守り、共に脱出しなければと決意を固めた。
だが万が一の事もある。
「…馬忠さん!」
「はっ!」
亞莎は馬忠の名を叫び、馬忠は彼女の傍で跪いた。
「申し訳ありませんが、あなただけは一足先に建業へ早馬でお戻りください」
「な、なぜです!?私にはここで尊敬すべき上官を見捨てた生き恥をかけと!?」
「違います!この事態を孫策様たちにお伝えする方が必要だからです!ここで全滅などしたら、いったい誰がこの遺跡で起きたことを伝えるのですか!?」
「ぐ…」
正論を言われ、馬忠は押し黙った。彼女の言うとおり、ここで起きた出来事を他の五の仲間たちに伝えなければ、この醜い化け物どもと相対する準備さえもままならなくなる。そうなったら、きっとここで起きたことと全く同じことが呉にも…いや、呉以外にも職や魏にも被害が及んでしまう。
「…了解しました。呂蒙殿、皆…どうか御武運を」
馬忠はここで亞莎と共に戦うことを望んでいたが、上官命令だ。従うしかない。それに彼女の判断こそが正しいことくらいよくわかる。感情を押し殺しながらも、亞莎たちの武運を祈りながら、馬忠は早馬に乗ってこの場を離脱した。
当然、他の兵よりも早く離脱を図る彼を、怪物どもが見逃さないはずがない。馬忠に向かって怪物たちが数匹、馬忠に向かって襲いかかってきた。
「場注さんに近づけさせないでください!弓兵、矢を!」
亞莎が直ちに、残存の弓兵たちに向けて命令を下す。生き残った兵たちは負傷している者も当然いたが、自身の怪我など意にかえさず、怪物たちに弓の雨を降らせた。いくら矢が突き刺さらないとはいえ、こうも大量に降ってくると飛行に支障をきたす。結果、怪鳥たちは馬忠を追うことは敵わず、取り逃がしてしまう。
獲物を取り逃がされた怒りをぶつけようと、怪鳥たちは怒りの矛先を、自らこの場に残った亞莎たちに向けた。

怪鳥たちと、亞莎率いる呉軍の戦いの火ぶたが落とされた。


彼女の部隊と、自分が操る怪物たちの交戦するさまを、ダイダラは遠くから見ていた。
「あの方々やドグラマグマ様の話によると、人間として生きてきた『奴』は正義感を無駄に培ったとか…だとすれば、ここの連中が襲われたときいて黙ってはおるまい」
ニタニタと下衆な笑みを浮かべながら、ダイダラは笑った。
彼は、彼の言う『奴』を引き寄せるために、この事態を引き起こしたのだ。自分の欲と望みを満たす、ただそれだけのために。
奴がここに来たところを、捕まえてあの方々に差し出して、褒美をいただいて見せよう。
そうすれば、私はより高みに上る。ドグラマグマ様よりも、さらに上へ…あのお二方と同じ存在へ…。
「さあ、古の血に飢えた獣共…あの小娘共を殺せ!」
ダイダラは遠視で見通した景色に映る、亞莎たちを見で命じた。
『奴』を、おびき寄せるために。


亞莎たちがダイダラの意思で遺跡より出現した怪鳥たちとの戦闘が始まってから、遺跡に起きた異変はルークたちの元にもすぐに伝わった。
「な、なにあれ…!?」
そのおぞましい光景は、二人にとっても衝撃的なものでしかなかった。
突如山の方から聞こえてくる悲鳴の嵐。崩れ落ちた、すぐ傍の呉の陣。そしてその下で起こっている、怪物たちの目覚めの朝食として食われていく呉の兵たち。血が飛び交い、肉片が飛び散るおぞましい光景。
「う……」
ルークは思わず吐きそうになった。天和もそれを見て顔がかなり青ざめていた。
「なんだ…なんだこの化け物共は!?」
「は、潘璋様!このままでは呂蒙様が!」
「くぅ…」
リーダーの男の名前は、潘璋というようだ。彼は後ろ目でルークたちと一瞥したが、すぐに呂蒙たちのいる呉の陣に向けて視線を直した。
「その者どもは後だ!呂蒙殿をお救いするぞ!」
潘璋の命令に従い、彼と共に呉の兵たちはルークたちを残して駆け出していった。
ルークは、兵たちを襲う怪鳥たちの姿を見る。本来の生物としての臣下の道を誤っているようにしか見えない、おぞましい姿。そして奴らは、げっげっげ…と喜びを感じる不気味な鳴き声を発し続けている。
「間違いない…こいつら、怪獣の一種か…!」
そうとしか思えない。なんとなく、自分の故郷の首都であるトリスタニアを襲ったこの不気味な化け物たちが、怪獣たちとどことなく似ている気がした。
どうもヤバイ状況になってきた。まさか、この世界でも怪獣を見ることになるなんて。
「る、ルーク!早くここから逃げよう!怪物たちがこっちに来てるよ!」
「そうだな、俺たちも…」
と、ここでルークは言葉を途切らせた。
ここで…逃げる?ここにいる連中を?それはつまり…見殺しにするってことじゃないのか?自分には、普通の人間を超えた力があるというのに、このまま逃げる?
そんなこと…許されることなのか?自分は許せるのか?……いや!
「………天和」
「ルーク?」
「先に逃げろ!とにかく隠れるんだ。俺は…こいつらを助けてくる!」
「な、なんでそんなこというの!?危ないよ!」
無謀すぎる、と天和は反論した。あの化け物たちは呉の兵一人ひとりが相手するにはあまりに強敵すぎる上に、数が圧倒的に多いのだ。それに、自分たちには先に果たさないといけないことがあるはず。それを無視しているとしか思えない。
だが、そんな彼らさえも逃がすまいと、ついに怪鳥たちが取り囲んできた。
「ちぃ!天和、走るぞ!」
「ひゃ!?」
ルークはすぐに天和を腕の中に抱きとめると、全力で駆け出した。とにかく怪物たちが自分たちを捕まえるどころか、追いつけないくらいに早く駆けた。天和はいきなり会って間もない男にお姫様抱っこされた上に、その男が眼に捕らえきれないほどの速さで走っている姓で頭が混乱していた。
すると、向こうから巻き上がった砂煙が現れ、それが二人の下に近づいてきた。天和を下ろし、ルークは咄嗟に身構えた。まさか、あそこに居る怪物の一体がこちらに迫っているのか?そう思っていたが、違った。
「り、呂蒙様…もう持ちこたえられません…!あなただけでもお逃げを…」
それは殿としてこの場に残ったままの、傷だらけとなった呉の将たちだった。その中には、潘璋や亞莎の姿もあった。武器もボロボロの状態となった上に、敵の猛攻が激しすぎて限界に達していることが明らかだった。
「けど、ここにいるみんなを置いていくなんて…」
「まだそのようなことを言われるか!あなたはご決断なさったはずだ!この状況下、周喩様や陸孫様だったらどうするかをお考えになってくだされ!」
大切な部下たちを逃げることをためらう亞莎に、潘璋は必死に説得を試みた。
「…」
だが、なおも亞莎はためらったままだ。ここで自分だけ逃げるのは、どうしても許せなくて…
と、そのときだった。
「危ない!!」
遠くからルークの叫び声が轟いた。その声が亞莎に届いたときには既に遅く、怪鳥の一体が亞莎に向かって食らいつこうとしていた。もはや眼前、逃げることも避けることもできなかった。反射的に目を閉ざすことしかできない亞莎。
だが、彼女に怪物の突進が届くことはなかった。
「ぐあぁ!!」
「ッ!」
その怪物が亞莎に食らい疲れる直前だった。彼女の顔に血が飛び散る。だが、それは彼女の血ではなく…
「…り、呂蒙……様…どうか…お逃げ…を…」
彼女のすぐ傍に控えていた、潘璋のものだった。彼は後ろから首元を怪物にばっくり食われてしまった。
「あ、ああ……」
亞莎は絶望に染まった目で、首と胴体を引きちぎられながら倒れる潘璋を呆然と見ることしかできなくなった。その場でへたり込み、震えて動けなくなってしまう。そんな彼女に、再び怪物は襲い掛かってくる。
「止めろおおおお!!」
ルークは見ていられず、飛び出した。助走をつけて地を蹴って飛び、亞莎を食らおうとした怪物に向けて拳を突き出した。今までずっと封じてきた…『手加減なしの本気』で。
瞬間、バァン!!!と破裂音が鳴り響き、同時に血が飛び散った。
岩さえも砕くルークの拳が、怪物を素手で殴りつけ、粉々にしたのだ。
「す、すごい…」
見ていた天和は開いた口が塞がらない。
仲間がパンチ一発だけでバラバラにされたのを見て怪物たちはルークを警戒して、すぐに襲い掛かろうとはせず、周囲を飛び回りだした。


「なんと…!」
ダイダラもまた、ルークが怪物を倒した光景を見て動揺せずに入られなかった。
「こんな力を持っているなど聞いていないぞ!くそ、ならば…」
あれほどの力を持つ相手では、正面から相対するのは賢い判断とはいえなくなる。ならもっと手のつけられないほどの力をぶつけ、奴の精神を挫く。奴の闘争心をへし折ったところで奴の前に立ち、一気に捕まえてやる。
ダイダラは再び手を機械に動かし、呪文を唱え始める。

彼の意思はこの大地の地中へと伝わり、地響きという形で答えが返ってくる。
「よし…」
今度こそ、奴を捕まえるためにも…
ダイダラは地面に向けて思念を放ち始めた。その下に眠る何かを目覚めさせるために。



「おい、しっかりしろ!おい!」
ルークは怪物たちに警戒しつつ、地面にへこたれた亞莎に向かって叫んだ。
「あ…あなた…は…あッ!」
魂が抜けたような声を漏らしながら、亞莎は意識を回復させる。急に見覚えのない男が現れたことに頭が追いつかなかったが、今の自分たちの状況を再び理解した。
「あぁ…私のせいで…潘璋さんが…」
潘璋だけじゃない。自分が守ろうとしたはずの呉の兵たちが、自分を除いて全員が…殺されてしまっていたことに絶望した。
「後悔なら後でしろ!天和、行くぞ!」
「う、うん…」
ルークは亞莎を背中に背負い、天和にもこの場からの離脱を促した。そんな彼らに、何度も逃がさないといいなおすように怪物たちが襲い掛かる。
と、そのときだった。さらなる脅威がルークたちを襲うことになった。
突如地面が地響きを起こしながら割れると、その中から一本の長い首が伸び、怪物たちに数匹食らい着いて、一気に飲み込んでしまった。
それを見ると、怪鳥たちは自分たちより後に現れたその脅威に恐れをなしたのか、散り散りになって離れていく。
今度現れたのは、黒い体表を持つ竜の首だった。バリバリと怪物たちを飲み込むと、その竜は、今度はルークたちのほうを見下ろした。
「ッ…!!」
何度も立て続けに襲う脅威に、ルークたちは絶句するばかりだった。
「ッ!走れ!」
ルークはすぐに天和に怒鳴った。そして彼女の手を引っ張りながら一気にこの場を離れようとした。
だが、竜はルークを追って、今度は首だけじゃなく全身を地上に押し上げ、その姿を完全に露にした。その竜は、20m近くもの巨体を誇っていた。

竜の名前は『古代怪竜クラヤミノオロチ』。

奴が全身を地上に押し上げたときの衝撃で、ルークたちはまるで爆風に煽られるように吹っ飛ばされてしまう。
「うああああ!!」「きゃああ!!」
空中に投げ出される三人。だが偶然にも、まだ残っていた亞莎の天幕の上に、三人は落ちた。天幕がクッション代わりとなって三人の地面落下の際の衝撃をやわらげてくれたが、天幕は三人を支えきれず崩れ落ちてしまう。
「い、痛…」
それに衝撃が和らいだといっても、地面に向かって落下したことに変わりない。
「あ、足が…」
「天和!?」
なんてことだ。ただでさえルークに追いつくことさえやっとだというのに、彼女は右足首を怪我してしまっていたのだ。しばらくは立つこともできない。今の状況ですぐに逃げ出すこともできなくなるのは流石に不味すぎた。
そうしている間に、竜はルークたちに狙いを定め、よだれをたらしている。明らかに捕食する気満々だった。その視線を恐れ、天和は思わずルークの足にしがみつく。亞莎は、相手が人間など手に及ばないほどの強大な力を前に何もできずに居た自分が無性に情けなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙のような気持ちだ。
「ちくしょう…!!」
二人を見て、そして今の自分の状況を思ってルークは悔しさを滲ませた。
故郷に帰ることもできず、母の隠しているであろう真実にたどり着くこともできず、こんなところで自分は終わってしまうのか?自分の傍に居る、この二人の少女さえも救うこともできず…。
ルークは、たとえ人間を超えるほどの身体能力を持っていても、こんな相手に逃げることさえも許されなくなった自分に腹を立てたくなった。
「どうする…どうすりゃ…」
ふと、ルークは自分が踏んづけていた天幕の布の上から、意志のように固い何かをの感触を覚えた。
なんだ?ルークは自分が踏んでいる天幕のちょうど足元の部分を見ると、確かに何かを踏んづけていたらしく、その箇所だけ天幕越しに盛り上がっていた。その箇所を破ったルークは、その下に隠れていたものを取り出した。
「こ、これは…!?」
「それは、私の部隊が見つけた…!」
ルークが見つけたもの、それは亞莎の部隊が回収した出土品のひとつである、翼のような意匠を持つI字型の神具だった。
すると、ルークに握られたその神具は、彼に握られたまま振動を起こし始めた。
なんだ…これは…?
ルークは自分の額に猛烈な熱を感じた。それが一種の頭痛にもなって、何かが頭の中に流れ込んでいく。

一人の男が、その神具に似たものを掲げ、光に身を包む姿が…脳裏に流れた。

「はあ!?はあ…」
わずか一瞬だったが、ルークはそれを見終わると同時に息を荒くした。今のビジョンは一体…?突如のことが重なってばかりで、ルークは頭が混乱しかけていた。だがそんなことをしている場合もない。すでに竜が…クラヤミノオロチが迫ってきている。
「ルーク!」
天和の叫び声が聞こえる早く逃げろとでも言っているのか…。だが、ルークの耳に
天和の声は届かなかった。
彼女の変わりに、彼の耳の中には聞こえていた。
笛の音色のような、自分を導くような音を。
揺れ続ける神具から、ルークはそれを感じていた。

まるでその神具が、彼をずっと長い間待ち続けていたように。

神具の翼が、キン!と音を立てながら開かれ、内部に隠れていた宝珠が露になる。その玉から発せられる光がルークの瞳の奥に飛び込む。
(なんだ…体が熱!?……い……)
すると、奇妙なヴィジョンが彼の頭の中に、走馬灯のように流れ込んだ。

『兄さん、どうして!!』

銀色に青い目の戦士が必死に問うように呼びかける姿。

『…本気で行くぞ、MY FRIEND』

赤い鎧の巨人が自分に向けて、怒りを顕にしたように。

『へ…てめえの命…俺がもらってやるよぉ!!』

青い狡猾な顔の戦士がこちらに牙を向けた姿。

『ティガ…!』

最後に、傷ついた女型の巨人が自分に手を伸ばす姿。

(これは…夢の光景と…同…じ…!?)
宝珠を見た途端、ルークは自分の胸元を中心に、猛烈な力が爆発的に溢れ出すのを感じた。
気が付けば、ルークは自分が何をしているのかさえも記憶にとどめなくなっていた。その証に、彼の鳶色の瞳はいつしか虚無に満ちたものとなる。
彼はそのまま天和たちの前から数歩前に出て、竜と対峙した。
竜は、まずはお前からか。ならば真っ先に食ってやろう!とでも言うように、長い首を伸ばしてルークに食らいかかった。

その刹那だった。

虚ろな目のままルークは操られるように神具を掲げると、神具に内蔵された宝珠から黒い光が稲妻をほとばしらせながら解き放たれた。
虹さえも発生させるほどのその眩しさに、天和と亞莎の二人は思わず目を閉ざす。
少し間をおいてから目を開けると、そこにルークの姿はなかった。その代わりに…巨大な影が自分たちの目の前に。
その影の正体は今、ルークを食らおうとした竜ではなかった。自分たちを覆う影の正体を見た天和と亞莎は、今までにないほどの呆気にとられた。

ルークの立っている場所に立つその影の正体は…。


「ディア!!」


黒銀色の肌の上に真っ黒な模様を刻んだ…黒い巨人だった。
 
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