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忘れ形見の孫娘たち

作者:おかぴ1129
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14.『ありがとう』

「行けるよ? 鈴谷とかずゆきが一緒なら」
「でも……」
「ほら行こ?」
「……」
「目、閉じて」

 そんな鈴谷の雰囲気に飲まれ……周囲を飛び交うホタルたちに見守られながら、僕は鈴谷に抱き寄せられたまま両目を閉じた。世界が閉じ、僕が感じられる外界は、周囲の音……もっと言うと鈴谷の声と、鈴谷の温かさだけになった。

「耳、澄ませてみて……」
「ん……」
「何か聞こえる?」

 言われたとおり、鈴谷の声以外の音を注意深く聞いてみる。

……

「んー……特に何も」
「もっとよく耳すませて」

…………

「鈴谷のドキドキとか?」
「かずゆきのえっち」

………………

『…一艦…! 帰…し……たー!!』
『あれ?』
『もう少し……』

……………………

『ご…労さー…! 順…に…渠して…て…れー!!』
『え……』
『ほら……』

 少しずつ少しずつ、周囲がガヤガヤと騒がしくなってきた。笑い声や命令、雑談……そんな楽しそうな女の子たちの声が僕の耳に届いてきた。喧騒は次第に大きくなり、まるで別の場所にいつの間にか移動していたのかと思えるほど賑やかになってきた。

『あれ……』
『来れた……』

 まぶたを開けなくても分かる。今僕等がいるこの場所は、夜ではなくて昼だ。鼻に届く空気が変わった。まるで少年時代の学校の校舎のような建物の匂い……乱暴にドアが開かれる音。僕らを素通りし、足早に去っていく足音。

『もう大丈夫だよ。目、開けて』

 鈴谷に言われ、目を開く。まるで学校の校舎のような建物の中に僕と鈴谷はいた。いつの間にか鈴谷は僕の首から腕を離し、僕と手を繋いで隣で胸を張って立っていた。

『……ここは?』

 告別式で見た子たちが忙しそうに……でもとても楽しそうに、笑顔でガヤガヤとひしめき合っている。窓から入るお日様の光が眩しい。おかげで周囲が明るくキラキラと輝いて見える。

『鎮守府!』

 窓の外を見る。外は気持ちいいぐらいの晴天。頭にうさぎの耳みたいなカチューシャを点けた子が『みんなおっそーい!』と言いながらものすごいスピードで駆け抜け、その後をセーラー服を着た小さい子たちが『お、追いつけないのです……』『でもここで追いつくのがー! 一人前のれでぃー!!』と必死に追いかけていた。

『ここが? 鈴谷が過ごしてるところ……?』
『うん!』

 かけっこをしている小さい子たちから少し離れたところで、和服姿の落ち着いた雰囲気の人がたくさんの洗濯物や布団を鼻歌交じりに干しているのが見えた。干された布団の上には小さい人たちが座ってて、小さな布団叩きで楽しそうに布団をポンポン叩いている。

『鈴谷! なんか小さい人がいる!! たくさんいる!!』
『ぁあ、あれは妖精さん』

 そのすぐそばでは巫女服コスプレ姿の四人がティーパーティーを楽しんでいる。『んん~……テートクも呼べばよかったデース』『はい! お姉さまの紅茶はいつでもサイコーです!!』そんな楽しそうな会話が聞こえてきた。

『ここに……爺様が?』
『そうだよ! 早く行こう!!』

 鈴谷が相変わらずのものすごい力で僕の手を引っ張り、僕はドンドンと先に進む鈴谷に引っ張られる形で歩を進める。鈴谷! もっとゆっくり!

『ゆっくりなんかしてらんないよ! 行こ!!』

 すぐ目の前の扉が開き、スクール水着姿の子が三人出てきた。『今日もまたオリョクル行くでち……』と三人とも妙に元気なさ気に歩き始めたが、僕達とすれ違った途端『でも終わったら間宮さん行くのね!!』『オー!!』という元気いっぱいの雄叫びが聞こえた。

 食堂が目に入った。中では弓道着姿の人たちが何か言い合いをしてるみたいだ。『もう一回言ってみなさいよ一航戦!!』『七面鳥が嫌いなんでしょ? 私があなたの分まで食べてあげたわ。ゲッフ』という会話が聞こえた。加賀さんと瑞鶴さんが性懲りもなく言い合いをしているらしい。そばのテーブルには、やっぱり数人の妖精さんたちがオロオロしながら右往左往していた。

『加賀さん! 瑞鶴さん!!』

 彼女たちの名前を呼ぶ。僕に気付いた加賀さんが笑顔で会釈してくれる。瑞鶴さんは『おー! いらっしゃーい!!』と頭の上に乗った妖精さんと一緒に手をブンブン振ってくれた。

『はーい。それではみなさん演習に行きますよー』

 僕達の前を、小さな女の子数人と鹿島さんが横切っていった。

『鹿島さん!』

 鹿島さんは僕達に気がつくと、百万ドルの笑顔を僕達に向けながら、可愛くウィンクしてみんなと共に去っていった。

『ちょっと待って鈴谷! みんなに挨拶したい!!』
『そんなんあとでイイから!!』
『おーい鈴谷のねーちゃーん! カズユキー!!』
『鈴谷さーん! 和之さーん!!』

 聞き覚えのある声が聞こえる。窓の向こう側で、涼風と五月雨ちゃんがこっちに向かって手を振っていた。ふたりとも満面の笑みだ。肩に妖精さんを乗せた五月雨ちゃんはとても朗らかで、涼風の笑顔がムカつくのは変わらない。

『五月雨ちゃん! 涼風!!』
『あとで遊ぼうぜー!!』
『中庭で待ってますよー!!』

 また近くのドアが開き、今度は妙高さんと那智さんが何やら真剣な表情で話をしながら出てきた。『この編成では無理がないだろうか……』『でも現状はコレ以上は……』という二人の声が聴こえる。二人の肩にはやっぱり妖精さんがひとりずつ座ってて、一人は顎に手を当てて、もう一人は腕組みをして難しい顔をしていた。

『妙高さん! 那智さん!!』

 僕達に気付いた二人はフッと笑い、妙高さんは丁寧な会釈を、那智さんは軽く右手を上げて挨拶をしてくれた。妖精さんたちは立ち上がり、僕達にビシッと敬礼をしていた。

『それでは失礼します』

 ひときわ大きなドアが開き、中から大天使オオヨドエルがそう言いながら出てきた。彼女はドアをバタンと閉じ、僕らの方を見てニコッと微笑んでくれた。

『ひこざえもん提督なら中にいますよ』

 すれ違いざまにそう言って足早に去っていった。

『大淀さん!! ありがとう!!』

 去っていく大淀さんの背中に、精一杯の感謝を告げる。立ち止まった彼女は振り返ってもう一度ニコッと微笑んで会釈した後、またスタスタと歩いて行った。

『着いたよかずゆき』

 大淀さんが出てきたドアの前に立つ。このドアだけは……今まで見てきたドアに比べて作りが頑丈で豪華だ。立て札が立ててあり、『執務室』と書いてある。

 僕らの背後を五人の子たちがすれ違った。『次の出撃、北上さんと別々だなんて……』『そんな日もあるよ大井っちー』『いい加減あきらめるクマ』という会話が聞こえてくる。

『ここが執務室』
『ここに……爺様がいるのか?』
『そうみたいだね。鈴谷も会うのは久々だから緊張するなー』

 ドアをノックしようと手の甲をドアに近づける。その時だった。

『だってよおー! アイツムカつくんだぜー? しらねーよはろーわーるどなんてよー!!』
『わーかったからぁ! 孫自慢はもう聞き飽きたよ!!』
『そう言うなよぉ摩耶ぁああん』
『気持ちわりぃよ変な声だすなッ』

 爺様の声だ……意を決し、震える手でドアをノックする。

『おうッ!』
『ていとくー! 鈴谷だよ!』
『おうッ!』
『和之もいるよ!!』
『マジか! 和之もか!! 入れ入れ!!』

 イマイチ力が入りにくい手でドアノブを握り、ドアを開いた。開いた途端、眩しい明かりと共に部屋の中から盛大な『ぉおおッ!!』声が聞こえてきた。久々に聞く懐かしい声だ。小さい頃から聞き覚えのある……でももう二度と聞けないと思っていた声だ。

『鈴谷ー!!』
『もー提督!! 出会った次の日にいなくなっちゃうから鈴谷困っちゃったよ!』
『すまんすまん! やっぱ寿命っつーのには勝てなかったわマジで!!』

 爺様だ……真っ白い上下のスーツに身を包んで、同じく白い帽子を被ってはいるけれど……あのプレッシャー……むかつく笑顔……あのほとばしるエネルギー……爺様は麻耶さんと一緒に一番奥の席に座っていて、僕達の姿を見るなり立ち上がって満面の笑顔で思いっきり両手を広げてくれた。そのまま僕達の方に駆け寄った爺様は、鈴谷の首根っこを捕まえて、鈴谷の頭をワッシャワッシャしはじめる。

『どれ! 久々に俺が直々にワッシャワッシャしたる!!』
『ちょ……提督マジ痛い!! つーか久々もクソも鈴谷は提督にこれされるの初めてなんですけど?!』
『ひでーぞー鈴谷! この摩耶様がキャンプ場で提督の分までワッシャワッシャやってやったじゃねーかッ!』
『ゲッ……マジで?! あれもカウントに入ってるの麻耶さん?!』
『ったりめーよ! なんせ摩耶は俺の秘書艦だからな!! だはははははは!!』

 爺様だ……本物の爺様だ……

『提督。鈴谷もいいけど……』
『おう!』

 鈴谷の一言で、爺様がこっちを向いた。そして僕のそばまで歩み寄ってくる。懐かしい。爺様の匂いがする。爺様特有のタバコの匂いだ。

『爺様……久しぶり』
『おう! 久しぶりだ!!』
『スイカありがとう……うまかった……』
『おう!』
『パソコンは……母ちゃんにやった。……中はほとんど見てないから、安心して』
『おう! でも俺の遺言はちゃんと見てくれたんだな』
『?』
『パソコン。お前、見たんだろ?』

 思い出した。『みんなのことを頼んだぞ』ってやつ。そういえばあった!

『あれが遺言?!』
『おーよ』
『たったあれだけ?』
『他に心残りなんかねぇからな』

 呆れた……やっぱ爺様だ。この下らないところ……でもバシバシ先読みを当てて、そのエネルギッシュさでみんなを引っ張るところ……爺様は、ここでも変わらなかったんだ。

『やっぱお前に託して正解だったな。うまくやってくれたようで、爺様はうれしいッ!』
『そうだぞー和之! アタシらみんな、お前と鈴谷に感謝してるんだからな?』

 摩耶さんが自分の席から立ち上がらず、僕らに向かってそう声をかけてくれた。

『爺様……やっぱ、“みんな”って、この子たちのこと?』
『おう。俺が死んだことを伝えられなかったら、こいつらが不憫でよぉ』
『そっか……楽しくやってたみたいで、なによりだ爺様』
『おーよ。こいつらマジでおもしれー。俺の自慢の孫娘たちだよ』
『そっか……うん。そっか』
『俺の方こそ礼が言いたい。俺の孫娘たちの世話、ありがとなー!!』

 爺様はそう言うと、鈴谷の時と同じく僕の頭をワッシャワッシャしだした。懐かしい。小さいころにされたワッシャワッシャと全然変わらない。

『ぇえ?! かずゆきは痛くないの?!』
『小さいころから何度も食らってるからさ』
『お前とは鍛え方が違うぜ和之は』

 痛いけど……本当は痛いけど……でも懐かしいよ爺様。そんな爺様の元気なワッシャワッシャを食らいながら、爺様にとってここの生活がいかに大切なものだったのかを知ることが出来た。爺様にとって、鈴谷たちがどれだけ大切な存在だったのかを、知ることが出来た。

 よかった。知りたいことは知ることが出来た。爺様がいかに楽しい生活をここのみんなと過ごしていたかを知ることが出来た。僕はもう疑問はない。大丈夫だ。

『鈴谷』
『ん? どしたの?』
『ありがと。鈴谷のおかげで、ここに来ることが出来た』
『にっしっし……まぁこの鈴谷を崇め奉るがいい!』

 鈴谷が誇らしげに腰に手をやろうとしたその時だった。……僕は気づいてしまった。齢九十にして男性ホルモン過多の、爺様のあの視線に。

『ところでお前らさ』
『ん?』
『提督どしたの?』
『付き合ってんの?』
『なぜッ?!』
『いやだって、ずっと手繋いでるだろ?』
『ぁあ、そういえば』

 僕と鈴谷が同時に手を上げる。僕達の両手は、しっかりと繋がっていた。入るときは一回手を離したはずなんだけどな……もういつ繋ぎ直したのかよく覚えてない。

『どうだったよ鈴谷? 俺が言った通りコイツ即落ちだったろ?』
『全然。つーか鈴谷たち付き合ってすらないし』
『かぁ〜……和之、爺様は情けないぞ……こんないい女が目の前にいて……』

 そう言って爺様は頭を抱えてもじゃもじゃ線を生成していた。いやいや別に付き合わなきゃいけないってことはないでしょうよ。繋いだ手を離すのはなんだかイヤだけど。

『でも手を離さないあたり、お前も満更でもないんだろ? ただ恥ずかしがってるだけだろ?』
『えっ……かずゆき、そうなの?』
『そんなことはないっ』
『いい加減素直になれや和之』
『そうだーかずゆきー!』
『だいたい爺様! 婆様そっくりな摩耶さんをレベルキャップ……ケッコンカッコカリだっけ?! してるって摩耶さんと婆様に失礼じゃないかッ!!』

 そうだ! 婆様にそっくりだから摩耶さんを選ぶだなんて、摩耶さんに失礼じゃないのか爺様!! なんて文句を言って話を逸らそうとしたら……爺様は急に僕のそばに駆け寄り、肩を抱いて耳元でポソポソと言い始めた。

『いや実はな和之』
『なんだよっ』
『あいつ多分、お前の婆様だぞ?』

 ほわっつ? ついにうちの爺様は血迷いやがりましたか?

『いや、だってあいつのワシャワシャ、俺が若い頃婆様に食らったワシャワシャそのまんまだったぜ?』
『いやそれだけじゃ理由にならないでしょ爺様ー……』
『声や背格好も話し方も何もかもアイツそっくりだし……』
『だって世の中には三人そっくりさんがいるっていうじゃん……』
『初対面の時も第一声が“おう! ひこざえもん!!”だったし……』

 何そのゾクッとするような挨拶……ヤバい……摩耶さんイコール婆様説はなんだか現実味を帯びてきたのか……?

『それにさっきも和之のことをさ。“他人の気がしない”って言ってたぜ?』

 ここに新たな謎が浮上した。摩耶さんの正体は婆様なのか……なんて爺様と一緒に冷や汗をかいて悩んでいたら、その僕と爺様のおかしな様子に摩耶さんが気付いたらしい。

『おいお前ら、ジジイと孫で何こそこそ話してんだよ?』
『『な、何もはなしてますん』』
『あやしーなーお前ら……ワシャワシャすんぞ?』
『和之くん。うちの秘書艦が気分を害するようなひそひそ話はいけないと思います』
『爺様の裏切り者ぉぉおおお?!!』
『まぁそれは別にしても……うちじゃ摩耶以…にいい女はいないからな』
『ちょ……やめてく…よ提督……そう…うこと言うのはさぁー……』
『そんなことより……。お前早……谷を落とせよくっ……よ』
『いやいや拒否ですから。ありえませんから』
『ひどっ』
『んなこと言っ……から押しが弱……て言われるし恋……出来ないんだよ。早……のひ孫を見……よ。嫁として紹介し……谷を』
『鈴谷は……んだ…どさー……かずゆ…がノッてこ……んだよねー……』
『なさ…ね………お前……トに男か和之……男な……し倒…鈴…を!』
『そういや……督。鈴谷、……ずゆき……た!!』
『マジか! す……和之ッ! お前……ぱ爺……孫だわ』
『……って……ントに……の部……寝ただ…………けどね』
『前……回。……までし……て鈴谷に……出……のがど……け鈴……対して……なこ…か……』
『そ……ー! ……て……ー提……!!』

………………

『……加……手ぇ出……やれ……谷……ー! ……な……すぐ……くなっ…………?』

…………

『鈴……ね……かずゆ……好き……』

……

 フと目が覚めた。周囲を見回す。ここは僕の部屋のようだ。

「あれ……ホタル……爺様は……鈴谷は……?」

 夢だったのか……でも僕は覚えてる。鈴谷と二人でホタルを見に行って……そこで鈴谷たちの鎮守府に行って……みんなとすれ違って……爺様に頭をわっしゃわっしゃしてもらって、ずっと鈴谷と手をつないで……

 改めて周囲を見回す。やっぱりここは僕の部屋で間違いない。明かりをつけ、時計を見た。午後11時。ホタルを見に出かけてから三時間ほど時間が経っているようだ。

「鈴谷ー?」

 一緒に寝ていたはずの鈴谷の名を呼ぶ。返事がない。うんともすんともない。もう一度周囲を見回す。やっぱり鈴谷はいない。いた形跡もない。

「帰ったのか……?」

 LINEを見た。鈴谷からのメッセージが入っていた。たった一言だが、なぜかその言葉にはとてつもない質量を感じた。

『ありがとう』

 僕の胸に嫌な衝撃が走った。砂が詰まった重いバスケットボールを思いっきりぶつけられた時のような、重くて鈍い衝撃。そのインパクトは、なぜか僕の心を不安にさせた。

「鈴谷!!」

 もう一度、今度は鈴谷の名を大声で呼ぶ。でも返事はなく、僕の声が深夜の家に響き渡るだけだった。

 ひょっとしたらと思って和室に向かう。和室の襖を開けて電気をつけるが、やっぱりそこに鈴谷はいない。あるのはムカつく爺様の遺影と、摩耶さんそっくりな婆様の写真だけだ。

 僕の頭に、鈴谷のムカつく笑顔が浮かぶ。家中を探しまわるが、鈴谷の姿はない。もう一度会いたくて……またあの笑顔が見たくて、懐中電灯と虫除けスプレーを持って外に出た。そのまま全速力でホタルのポイントまで走ったが……

「う……」

 時間が遅く、ホタルはもうみんないなくなっていた。

「鈴谷!!」

 そして当然だけど、鈴谷はいない。LINEでメッセをいくつか飛ばす。

『鈴谷! どこ行った!』
『返事しろ! どこにいるのか教えろ!!』

 どうしたんだよ? いつも返事早いじゃんか……僕がメッセ飛ばしたらすぐ返事くれたじゃんか……なんで返事してくれないんだよ……? 既読すらつかないってどういうことだよ?

 思いついた。鈴谷はいつも僕が爺様のアカウントで艦これを始めたらタイミングよくメッセをくれた。今回もきっとそうだ。僕は家に急いで帰り、居間に置いてある元爺様、現母ちゃんのものであるノートパソコンを使い、D◯Mにログインしようとした。

「う……」

 ログイン出来ない。弾かれる。

「なんでだ?!」

 何度も何度もログインを試行する。……繋がらない。ログイン出来ない。

「なんでログイン出来ないんだよッ!!」

 リターンキーを叩く。ログイン出来ない。リターンキーを叩く。ログイン出来ない。クリックする。ログイン失敗。メールアドレスとパスワードを入力し直す。やはりログイン出来ない。メールアドレスを見直す。間違ってない。パスワードのコピペを見直す。間違ってない。もう一度だけリターンキーを叩く。ログインは出来ない……

 フと思いついた。D◯Mの会員規約のページに接続し、該当箇所を探した。

「第十五条……当社による解除……ここだ」

 これは、D◯M側でアカウントを削除してしまう場合について書かれた項目だ。注意深く……逸る気持ちを抑えて読み進めていく……。

「……!」

 ……見つけてしまった。もう鈴谷には会えない気がした。鈴谷だけではない。僕を悩殺した鹿島さんにも……家族の心を盗んでいった妙高さんにも那智さんにも……あのムカつく笑顔の涼風にも……僕にそうめんをぶっかけた五月雨ちゃんにも……焼き肉をめぐってずっと喧嘩ばかりしていた加賀さんと瑞鶴さんにも……僕はおろか鈴谷にまで慈悲の心を見せていた大天使オオヨドエルにも……。

「マジかよ……ッ!!」

 若い頃の婆様に瓜ふたつな摩耶さんにも、きっともう会えない。

「返事しろ鈴谷ッ……嘘だろッ?!!」

 鈴谷にもきっともう会えない。ウソだと思いたくてLINEでメッセージを飛ばす。既読はつかない。

「マジかよ……マジかよッ……」

 さっき感じた胸への衝撃はどうやら間違いではなかったようだ。ものすごく気色悪い風が胸を吹き抜けていく。風穴が開いたみたいに……生ぬるい風が通り抜けているかのように、ものすごく気持ち悪い。不安になって身体から力が抜ける。すごくイヤな感覚だ。

「鈴谷……鈴谷ッ……!!」

 僕はやっと理解した。これが、残酷な現実がたたきつけられた瞬間の気持ちだったんだ。あのみんなが爺様の死をたたきつけられた時の気持ちが、これだったんだ……。

 鈴谷にはもう会えない……それを認めたくなくて、僕は何度も鈴谷にLINEでメッセを送った。

『返事しろ! 返事しろ鈴谷……ッ!!』

 だけど僕が送ったメッセに既読表示がつくことはなかった。

 もう一度、涙で滲んだパソコンの画面を見る。パソコンの画面には、D◯Mの会員規約が無慈悲に光り輝いていた。他の部分は涙のせいで滲んで読めないくせに、読みたくない部分だけは、くっきりと鮮明に表示されていた。



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