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忘れ形見の孫娘たち

作者:おかぴ1129
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11.ありがとう鈴谷

 文化会館を前々日の午後から貸し切り、準備に勤しんでいた甲斐があった。舞台には巨大な爺様の遺影のパネルと花に囲まれた祭壇……そして祭壇には爺様の位牌……なんとかこれで体裁は整った。

「出来たじゃんかずゆき!!」
「ぁあ……なんとかなったな……ゼハー……」
「だな……なんとか……歳は取るもんじゃないな……ゼハー……」

 昨晩は明け方四時までひたすら花を飾り、そして今朝は五時に起床して遺影を飾った……こんなにがんばって夜通し作業をしたことは仕事ですら経験がない……。

 それは僕と共に準備をしてくれた父ちゃんも例外ではなく……父ちゃんの目の下には悪魔の隈取模様のようなクマができていた。未だかつてここまで顔色の悪い父ちゃんは見たことがない。このままぶっ倒れてしまうんじゃないかと不安になってくる……。

「かずゆきもおじさんもおつかれ! がんばったねー!」
「鈴谷もな……ホント、よくやってくれたよ……でもお前まだ元気だな……」
「まーねー。鈴谷はかずゆきたちと違って若いですから! オールナイトも慣れてるしね〜!」

 とはいうものの、鈴谷も少し疲れが出ているようだ。いつもに比べてそのムカつく笑顔のボルテージは若干落ちているように見えた。

 実際、鈴谷はよくやってくれた。夜通し準備している僕と父ちゃんに付き合ってずっと起きてたし、僕らの夜食や必要備品の買い出しに奔走し、僕と父ちゃんをずっとフォローしてくれていた。

「しかし……これで終わりじゃ無いぞ……!」
「そうだね……これからが本番だね!」
「見ていてください……妙高さん……!!」

 僕と鈴谷が改めて今日の告別式の成功を誓うのと同時に、未だに諦めの悪い父ちゃんの口から妙高さんの名が出ていた。父ちゃん自身に、あの日の飲み会の最後のこっぱずかしい叫びの記憶はない。

「「ニヤニヤ」」
「ん? なんだお前ら?」
「なんでもないよー。ねーかずゆき?」
「だな。妙高さんの名がフェイクであるということ以外は」
「「ニヤニヤ」」
「?」

 父ちゃん、僕と鈴谷は知ってるよ。本気で父ちゃんが惚れてる相手は母ちゃんだけだって。

 タイミングよく鈴谷のスマホに着信があった。相手は大淀さんのようで、鈴谷は二言三言大淀さんと言葉を交わした後、スマホを切ってふところにしまっていた。

「お? みんなもう到着したのか?」
「みたいだね。かずゆき迎えに行こう!」

 鈴谷が勢い良く僕の手を取って、文化会館の入り口に連れて行こうとグイグイ引っ張ってくる。なんだこの力の強さ?! お前ホントに女の子なの?!

「ひどっ。ほらほら早く行こうよー!!」

 準備の疲れのせいで鈴谷の引っぱりにうまく抵抗出来ない!! やばい力で鈴谷に負ける時が来ようとはッ…!!

「父ちゃん! 母ちゃんは?!」
「そろそろつくはずだ! ついでに迎えに行ってやってくれ!!」
「分かった! 会場の番は父ちゃんに任せる!!」
「おお!」
「よしいこーう!!」
「分かったから引っ張るなって!!」
「いいじゃん手つなぐのが恥ずかしいの?」
「一回つないでるのにいまさら恥ずかしいもあるかッ!!」

 鈴谷に強引に牽引されて入りロビーに到着する。恐るべき鈴谷の牽引力はとどまるところを知らず、足がもつれて倒れそうになった僕をそのままひっぱり、僕は鈴谷に引きずられる形でロビーまで連れて来られた。なんかダダをこねて母親に引っ張り回されてる五歳児みたいで恥ずかしいぞ?!

「だあッ!! 離せすずやぁぁああ!!引っ張らなくても自分で歩けるからッ!!」
「にっしっしっ……今までずっとかずゆきに振り回されてきたからね。今日ぐらいは振り回すよー!!」
「お前はいつも振り回す側だろうがッ!!」

 ロビーにはすでに大淀さんや妙高さんをはじめとした、すでに見知った何人かが待ってくれていた。入り口の向こう側の外には、何台かのバスが停車しているのが見て取れる。

「あ! 鈴谷のねーちゃんとカズユキだ!!」
「ホントだ!」

 あの、この季節によく似合う涼し気なセーラー服は五月雨ちゃんと涼風かッ!!

「はーいとうちゃーく!」

 ロビーに到着するなり鈴谷は僕の手を離し、僕がその勢いで倒れそうになったところを五月雨ちゃんと涼風が受け止めてくれた。

「お久しぶりです和之さん!」
「五月雨ちゃんホント久しぶりだね!」

 うん。五月雨ちゃんは本当に元気だ。うちから帰る時以上に明るく元気になっている。これが本来の五月雨ちゃんなんだね。

「元気そうじゃねーか! カズユキー?!」
「お前も元気そうだなー涼風ー!!」
「鈴谷のねーちゃんともなかよくやって……んぐッ?!!」

 うん。余計なことを口走るその口の元気さはセーブしたほうがいいぞ涼風。じゃないと今みたいに、僕に力づくでほっぺたを左右から挟まれてグリグリされるからなぁ……!!

「言ったはずだ……涼風ッ……余計なことは……言うなと……ッ!!」
「て、てやんでぃ……! あたいは何一つ間違ったことは……言ってねーぞ……!!」
「お前の口は……一言余計なんだよ……ッ!!」
「ぇえ〜!! でも鈴谷は今かずゆきの秘書艦だよー?!」
「ほらみろカズユキ……ねーちゃんと……仲いいじゃねーか……ッ!!」
「それが余計だって……言ってるんだよ……ッ!!!」

 ロビーには大淀さんたちの他にもすでに何人かが到着している。バスから次々と女の子たちも降りてきてるし……僕は大淀さんと鈴谷にみんなに中に入ってもらうようお願いした。

「僕と鈴谷で会場に案内しますから」
「了解しました。それではみんなに中に入ってもらいますね」
「鈴谷、とりあえず先導を頼む。これだけの人数なら一度会場までの道を作ってしまえば大丈夫だろう。会場についた順から、爺様への挨拶を頼む」
「分かった! 鈴谷にお任せ!!」

 鈴谷はそう言っていつぞやのかるーいノリの敬礼をした後、ロビーに入ってきたみんなを引き連れ、

「はーい! みんな鈴谷についてきてねー! これから会場に行くよー!!」

 と言いながら胸を張ってみんなを会場まで引率していた。

 僕はというと、そのまま大淀さんと共にロビーに残り、そのまま会場に向かう爺様の仲間たちと挨拶していった。……しかしホント、みんなコスプレじゃないか……

「前にも言いましたけど、これが私たちの正装なんです」
「いや、分かってます。分かってるんですけどね……」

 もう今更なことなんだけど、未だにこのコスプレを正装と言い張りますか大天使オオヨドエル……いやそれはないだろー……だってさー……

「ユーがカズユキデスネ? ワタシは帰国子女の金剛デス!!」
「よ、よろしく……」

 ありえねー……この巫女さんコスプレが正装ですか……。

「私は戦艦長門だ。殴り合いなら任せておけ」
「そ、その時はぜひ……」

 いやお任せする殴り合いそのものがそうそうあるものではないんですけどね……つーかなんだその非常識な服装は……。

「俺の名は天龍……フフフ……怖いか?」
「あーこわいっす。自分、天龍さんがめっちゃこわいっす」

 まともな服装だと思えば眼帯してるし……爺様、どこでこんな子たちと知り合いになったのよ……孫はそれが知りたいよ……。

「私は戦艦ビスマルクよ!」
「はい。よろしくお願いいたします」

 もう感覚が段々麻痺してきたのかなぁ……金髪美女のこの人見た途端、なんかしらんけどホッとしたもん。これは異常事態ですよ。

「一航戦、赤城です。本日はバーベキュー含めてお世話になります」
「はい。よろしくお願いいたします」

 この人が赤城さんか……加賀さんと色違いの赤い弓道着って言えばいいのかな。……普通そうな人なのに加賀さんより食べるんだよな……。

「球磨だクマ」
「……?!」

 気をつけろッ! この子は頭上で新種の生物を飼育してるぞッ! なんだその頭の上でくねくねしてるアホ毛はッ?! このような生命体、この地球上での存在が許されていたのかッ?!!

「ゴーヤって呼んでもいいよ?」
「……?!!」

 神よ。私は幻を見ているようです。セーラー服の下にスクール水着を着た女の子が普通に会場に向かって歩いて行く姿を見てしまいました。このような罪深き私をお許しくださいますか。

「みんなのアイドル! 那珂ちゃんだよー!!」
「お前らいい加減にしろぉぉおおおおおおお?!!」

 僕がついにみんなの格好や態度にツッコミを入れることに対して堪忍袋の尾が切れた時だった。

「あ……摩耶が来ました」

 大淀さんのセリフが聞こえ、僕は彼女の視線の先を見た。……いた。彼女から距離が離れたここからでも分かる。若かりし頃の婆様そっくりな子がいる。その子が同じ服装のメガネをかけた子に連れられ、僕と大淀さんのそばまで来た。顔つきはそっくりだ。生き写しと言ってもいい。

「摩耶さんですか?」
「……あン?」

 でも、あの写真のような勢い……爺様にそっくりなプレッシャーや、太陽のような眩しい笑顔というものは、摩耶さんにはなかった。その顔は別人のように沈んでいた。

「おまえ、まさか……」
「ひこざえもんの孫の和之です」
「やっぱり……」
「祖父がお世話にな……」
「……うるせー。今は話しかけんな」

 言葉が刺々しい。硬さはないから別に怒っているわけでも気が立ってるわけでもないようだが……まだ受け入れられないのか……それともこの告別式そのものが気に入らないのか……

「すみません! ちょっと摩耶……ひこざえもん提督のお孫さんなんだから……」
「……」
「すみません。ホントすみません……」

 摩耶さんとともにいるメガネを掛けた女性(鳥海さんという名はあとで鈴谷が教えてくれた)は申し訳無さそうに僕に頭を下げると、摩耶さんと一緒に会場への列に加わっていた。

「多分、摩耶はまだ納得出来てないんだと思います」
「……そうですか」
「だから、あまり気を悪くしないでください」
「大丈夫ですよ」

 大天使オオヨドエルに言われずとも、これぐらいは覚悟していた。告別式をやるということは、爺様の死をみんなに無理矢理つきつけることだ。僕にその気はないとしても、爺様の死を受け入れられない人にとってみればそういうことになる。そのため、人によっては悪態をつきたくなる場合もあるだろうし、告別式を企画した僕に対して怒りをぶつけたくなる人もいるだろう。

 摩耶さんの意図はまだ読めない。でも、彼女は来てくれた。ならば僕たちは、彼女がキチンと爺様の死を受け入れて、前に進もうと思ってくれることを願うばかりだ。

「ちょっと和之ッ!!」
「ぁあ、母ちゃん」

 聞き慣れた声がロビーに響いた。母ちゃんも到着したようだ。母ちゃんはロビーに入るなり僕達の方に来てくれた。外に出て探す手間がなくなってなによりだ。

「なんとか準備は終わったよ」
「それはいいんだけど……スゴいねこの人数」

 会場まで続くコスプレ集団の行列を冷や汗混じりに眺めながら、母ちゃんはそう言って困惑していた。しばらくして落ち着くと、今度は周囲をキョロキョロし始めている。

「……那智さん探してるの?」
「いや、父ちゃんを……」
「ぁあなるほど。ニヤリ」

 那智さんたちとの飲み会での父ちゃんの熱い叫びを思い出すねぇ……ニヤニヤ。

「かずゆきー! 案内終わったよー!」

 程なくして鈴谷が会場の方から小走りで戻ってきた。

「あ、鈴谷ちゃんおつかれさまー!」
「おばさんもお疲れ! おじさんなら会場だよ?」
「そお? んじゃ私会場に行くわ」
「「ニヤニヤ」」

 僕と鈴谷の意味深なほくそ笑みに気付かなかったのかそれともあえて無視したのかは分からないが……母ちゃんはそう言うとそそくさと会場に向かって走っていった。

「お二人とも、さっきから何ニヤニヤしてるんですか?」
「夫婦はいつまでたっても夫婦ということです。ニヤニヤ」
「鈴谷もああいう夫婦になりたいね。ニヤニヤ」
「?」

 その後も押し寄せるコスプレ集団一人ひとりに挨拶し、それが終わったら僕も鈴谷とオオヨドエルの三人で会場に向かうことにする。途中で鹿島さんに

「和之さん? 私達のために告別式を企画してくれて……」
「……」
「本当に……ありがと」
「……?!!」

 と、まるで天上の賛美歌のようなお声をかけていただき、危うく溶けた脳が耳から出てきそうになった。

「ああ……鹿島さん……たまらん……」
「鈴谷ももうちょっと色っぽい声の練習しようかなー……」
「何万年修行しようともお前には無理だろう」
「ひどっ」

 鈴谷のボヤキはとりあえず置いておいて……会場に到着する。300人以上をゆうに収容できるこのホールのすでに半分以上の席が、今日の主賓たちによってうめつくされている。

「テートクぅぅうう!! なんでワタシたちを置いて逝っちゃったデスカー?!!」

 金剛さんだっけ……怪しいガイジン訛りのかわいい声が会場にこだましていた。舞台を見ると、爺様の遺影の前で巫女服コスプレの一人が泣き崩れ、もう一人のショートカットの子が泣き崩れた子の肩を抱いて支えていた。みんなが献花しながら、ひとりずつお別れの言葉を述べているようだ。

「お姉さま……ぐすっ……気を、シッカリ……ぐすっ……」
「うう……テートク……ふぇあうぇる……」

 金剛さんといえばさっきは明るく朗らかな挨拶をしてくれていた。でもそれはやっぱりフェイクで、本当の彼女の気持ちはきっと、爺様の死を悼む悲しみにあふれていたんだろう。今舞台の爺様の遺影の前で泣き崩れているあの姿が、偽らざる今の金剛さんなのだろう。

「金剛さん……あんな姿、見たことなかった……」
「……」
「金剛さんはね。みんなを励まして回ってたんだよ。泣いてる子に“テートクはすぐ帰ってくるからダイジョーブデース”て言いながら、みんなを励ましてたんだよ」
「そっか……」
「でもやっぱり金剛さんも不安とずっと戦ってたんだね。ずっとがんばってたんだね」

 鈴谷が泣き崩れる金剛さんを見ながらそんなことを言っていた。立派な人だと思いながらも、ならなぜその心配りを鈴谷にも見せてくれなかったのか……とちょっとだけ思ってしまった僕は、空気の読めない悪い子でしょうか……。

 その後は僕たち企画組も席に座り、みんなの挨拶を眺める。みんなの爺様への挨拶は様々だ。泣き崩れる子もいた。静かに別れを告げる子もいた。悪態をつく子もいた。

「私たちを置いて先に逝くなんて……次会ったら張り倒してやるから……ひぐっ……覚悟しなさい……ひぐっ……でも……会いたいわよ……ひぐっ……アンタに……」

 こんな風に、中にはツンデレのテンプレみたいな挨拶をしている子もいた。叢雲って子だったかな? それにしてもホント、みんなそのキャラになりきってるんだなぁ……

 元々うちに挨拶に来た子たちは挨拶をせず、摩耶さんを除くほかのみんなの挨拶が終了した時だった。

『それでは今日の告別式の立役者に挨拶していただきます』

 いつの間にかぼくらのそばから消えていた大天使オオヨドエルの声でホールに放送が入った。と同時に、なぜか僕にスポットライトが当たる。

「え? ええ?!」

 あまりに突然のことで意味がわからず、僕は鈴谷の顔を見てしまった。鈴谷はこのことを知っていたのか、ニヤニヤとほくそ笑んでいた。

「知ってたのか鈴谷?」
「さぁねー。ニヤニヤ」
『和之さん、舞台に上がってください』
「ぇえ~?! いいよそんなの!! 恥ずかしいよ!!」
『そんなこと言わすに! みんなあなたにお礼がしたいんですから』

 大天使オオヨドエルの言葉を受け、ホール内には『そうだー』とか『カズユキありがとー!!』とか『早く舞台にあがりなさーい』とか『ハルナは大丈夫でーす』とかいろんな歓声が上がった。そら確かにそんなふうに歓迎してくれるのはうれしいけど!

「でも何話せばいいかわかんないよ!!」
「適当にあることないこと言っとけばいいんじゃん?」
「無責任なこと言うな鈴谷ッ!!」
「いいからさっさと行くよほらッ!」

 鈴谷はうろたえている僕の手を取り、強引に舞台まで引っ張っていった。さっきの時と同じく僕は鈴谷に抵抗できず、ただひたすら引きずられていく。もはや足を動かしてすらいない。ひたすらズリズリと引きずられていった。

「はーなーせー!!」
「いいからいいからー!」

 こうして僕は鈴谷に舞台に連れていかれ、ど真ん中にほっぽり出された。爺様の遺影の前に立たされた僕はみんなの方を見る。二百名近くの爺様の友達だった女の子たちが、ジッとこちらを見ているのが分かった。

「うあ……うああ……」
「? かずゆき?」

 ヤバい。頭が真っ白だ……

「ヤバい……何も思い浮かばない……」
「ぶふっ……かずゆきキンチョーしてるの?」

 無責任に僕をここまで引きずってきた鈴谷は、僕の隣でおかしそうにほくそ笑んでいた。……ええいっこうなったら……!!

「鈴谷」
「ん?」

 改めて、僕は右手で鈴谷の左手を取った。右手から伝わる鈴谷の温かい感触が、ほんの少しだけ僕の心を沈めてくれた。

「ちょ……かずゆき……」
「なんだよ!」
「五歳児みたい……ぶふっ」
「うるさいわ!!」

 ホール内にクスクスと笑い声が響く。『二人とも仲いいなー!!』という涼風の声も聞こえ、さらに笑い声が響いた。ちくしょう。距離が近ければ涼風のほっぺたをぐりぐり出来たのに……!!

「あの……みなさまに、お礼を言います」

 少しずつ少しずつではあるが、言いたいことが頭の中で整理出来てきた。隣にいる鈴谷の顔が最高にムカつくけど……でも鈴谷は僕のことを馬鹿にしながらも手は離さずにいてくれる。スポットライトが僕と鈴谷をさらに照らす。思ったより眩しい。みんながいる席の方が暗くなり、見えなくなった。……よかった。暗がりのおかげで視線を感じなくなった。

「あの……僕は、これまで彦左衛門……爺様に、こんなに多くの仲間がいるってことを、知りませんでした」

 まとまってきた。爺様が死んでから今日まで、出会ってきたたくさんの人たち……そして爺様と仲良くしてくれたみんな……その人たちに、僕が伝えたいことは何だったのか。

「皆さんには本当に、感謝でいっぱいです。本当に、爺様……ひこざえもん提督と仲良くしてくれてありがとう。こんなにたくさんの方に愛されて、爺様は幸せものでした」

 『こちらこそデース!』『ありがとうかずゆきー!!』『ていとくありがとー!!』そんな声とともに、僕の言葉は歓迎された。でも、僕はもう一つ伝えたいことがあった。

 改めて鈴谷の顔を見る。鈴谷は吹き出すのをこらえてるようなムカつく笑顔で……それでも目からだけは『がんばれ!』という声援が聞こえてきた。

 そんな鈴谷に、僕は伝えたいことがあった。

「あともう一つ伝えたいことがあります。今横で僕の醜態を見ながらほくそ笑んでいる鈴谷に」
「へ? 鈴谷に?」

 僕の言葉を受け、鈴谷がきょとんとした顔で僕を見ているのが伝わった。僕は鈴谷の方を見ずに、みんなと、そして鈴谷に語りかけた。

「僕が今、こうやってみんなの前でこっ恥ずかしい挨拶ができているのも……爺様の死をみんなに悼んでもらう告別式という機会を設けることが出来たのも……何人かの人が爺様の家に直接来てくれたのも、僕がみんなと知り合えたのも、全部鈴谷のおかげです」
「……」
「初めて鈴谷がウチに来た時……きっと鈴谷は、この上なく心細かったと思います。突然やって来たからうちの家族には不審人物としか思われないし、爺様には会わせてもらえないし……」
「……」
「でも鈴谷は、めげずに繰り返し僕の家を訪れてくれました。そのおかげで、僕はみんなと知り合えたし、告別式なんて大それたことが出来る機会ができたんです。逆に言えば、鈴谷が勇気を振り絞って僕の家に来なければ……鈴谷が何度も僕の家に来てくれなければ、こんな機会はありませんでした」
「かずゆき……」

 鈴谷が僕の手を強く握った。答えるように僕は鈴谷の手を強く握り返す。……一回しか言わないからな。よく聞いとけよ鈴谷。

「鈴谷。お前のがんばりのおかげで今日がある。お前がうちに何回も来てくれたおかげで今日がある。本当にありがとう。僕にこんなことをするチャンスをくれてありがとう。たくさんの仲間と知り合えるチャンスをくれてありがとう」
「……」
「みんなに爺様の死を悼む機会をくれてありがとう。本当にありがとう鈴谷」

 ホールの所々から『鈴谷ありがとー!』『いよっ! 最上型重巡洋艦!!』という声が聞こえる。……当の本人の鈴谷は、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにイヤイヤと右手を振っていた。

「いやいや鈴谷何もやってないって! かずゆきの家に行っただけだから!」
「それがとても重要なことだったんだよ鈴谷。本当にありがとう」
「ちょ……マジでやめて恥ずかしい」

 僕はつないでいる鈴谷の左手を高々と上げた。上げた途端、珍しく鈴谷が『ひゃっ』と声をあげていたが……気にしない。今回の一番の功労者は、……ムカつくけど……この鈴谷なんだから。

「鈴谷は……ただ、みんなの力になりたかっただけで……ひぐっ……」
「それが必要なことだったんだよみんなには。ありがとう鈴谷」
「やめてかずゆき……マジではずかしいから……ひぐっ」
「……」
「でもありがとう……ありがとうみんな……かずゆきありがとう」

 妙高さんに言われた言葉をそっくりそのまま鈴谷にも見舞ってやった。泣かしてやったぜざまーみろ鈴谷。こんなこと言うのは今日だけだからな。もう言わないからな鈴谷っ。

 盛大に鳴り響く鈴谷コールの中、鈴谷は涙目だけど笑顔でみんなに手を振っていた。

 
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