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忘れ形見の孫娘たち

作者:おかぴ1129
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9.もう一度やろう

 昨晩の静かな飲み会の翌日……僕は目覚めた後、眠いのを我慢して頭をボリボリとかきながら居間に行くと、母ちゃんと鈴谷がすでに起きていた。

「ぁあ、おはよー和之」
「うーす……二人ともおはよーっす」

 母ちゃんは台所で朝ごはんをこさえていて、部屋中に味噌汁のいい香りが漂っている。一方の鈴谷は……

「かずゆきおはよー。べしっ。べしっ」
「おはよー鈴谷……って何やってるんだよ」
「おばさんにパソコン貸してもらってる。べしっ。べしっ」

 べしっべしっといちいち口ずさみながらパソコンをいじっている。いやいやそんなん見たらわかりますやん。なんでべしべし言ってるのさ?

「いや、なんかおばさんの話によるとかずゆき、べしっべしって言いながらパソコン使うんでしょ?」
「だから和之がパソコン使ってるとうるさいのよねー」
「だから鈴谷も真似してみようと思ってさ。べしっ」

 ……鈴谷、それは僕をからかっているのか。

「ぇえー? なんでそうなるの? べしっ。べしっ」
「いいからそのべしべしをやめなさい」

 ほどなくして妙高さんが起床。起き抜けだというのにしゃっきりした妙高さん曰く……

「那智は二日酔いでまだ起きてこられませんから、先に朝ごはんをいただきましょう」

 とのことで。母ちゃんの話によると父ちゃんも二日酔いで寝室でくたばってるらしいから、その二人は放置でいいだろう。

 そうこうしているうちに妙高さんが母ちゃんと共にちゃっちゃと玉子焼きをこさえ、三人での朝食が始まった。ではいただきます。

「いただきまーす。べしっ。べしっ」
「鈴谷うるさい」
「かずゆきだって言うくせに。べしっ」

 鈴谷が言ってて気付いたんだけど、この口癖、横で聞いてるとけっこううるさいな……この口癖やめようかな……べしっ。

 そんなわけで朝食を頂いている最中、僕はみんなにちょっとした話があった。昨晩妙高さんたち二人の話を聞いてて、フと思いついたことだ。

「……みんな、ちょっといいかな」
「お? どしたのかずゆき?」
「えと……みんなに相談がある」
「うん」

 僕がいつになく真剣な面持ちで話し始めたからなのか……鈴谷の顔からいつものムカつく笑顔が消えた。妙高さんも今は優しい笑顔が消え、真剣に僕の顔を見ていた。母ちゃんは……あくびしてた。

「鈴谷、昨日あのあと僕と妙高さんと那智さんの三人で話をしてたんだけど……」
「そうなの?! じゃあ鈴谷も呼んでよー!」
「いや真面目な話。お前たちのことなんだけど……」
「ほ? 鈴谷たちのこと?」
「うん。妙高さんにも聞いて欲しい。で、意見を聞いてみたい」
「私もですか?」
「はい」

 昨日、妙高さんたちと話をしていて一つ気になったことがあった。それは鈴谷たちの仲間のことだ。鈴谷がうちにきてからこっち、大淀さんや鹿島さん、五月雨ちゃんに涼風……と我が家で爺様とお別れが出来た子たちは未だ少ない。鈴谷たちの仲間の中には、未だに爺様への別れが出来ず踏ん切りがつかない子も多くいるようだ。

「……確かに、私たちを含めてもまだお別れが出来た子は少ないですね」
「ですよね……」

 鈴谷たちには爺様の死の死を知らせることが出来なかった。そのため、鈴谷たちは爺様の告別式という、踏ん切りをつけるタイミングを完全に逃してしまった形になっている。今はみんなの自主性に任せているが……僕は、ここらで一度踏ん切りをつけるパブリックな機会があってもいいんじゃないかという結論に達した。つまり。

「ここらでもう一度、爺様の告別式をやった方がいいんじゃないかと思ってる。鈴谷たちの仲間のための告別式だ」
「鈴谷たちのための?」
「うん。こうやってみんなが来てくれるのは楽しいんだけど、みんなが踏ん切りをつけるパブリックな機会ってやっぱり必要だと思うんだ。もちろん、爺様の死を突きつけられるのが辛いって子は、ムリして出なくても構わない。でもそういう機会を準備するって、けっこう重要なんじゃないかって思うんだよね」

 未だに爺様の死を受け入れられずに泣いている子に対し、無理矢理に現実を突きつけたいわけではない。ただ、『告別式』という死を受け入れるイベントがあるというのは大切なことではないだろうか。たとえその場に出席出来なくても、『告別式があった』という事実は、事実を受け入れて前に進むきっかけとなるのではないだろうか。

 特に、うちの婆様にそっくりらしい摩耶とかいう子。その子は未だ爺様の死に打ちひしがれて立ち直れてないらしい。その子が告別式に来てくれるかどうかは未知数だけど、少なくとも爺様の死を受け入れるための第一ステップにはなるはずだ。

「それいいじゃん! 鈴谷は賛成!! かずゆきのくせに冴えてるね!!」

 僕の提案を聞くなり、鈴谷が笑顔でそう賛成してくれた。

「一言多いぞ鈴谷っ」
「べしっ」
「べしはやめろ。……妙高さんはどう思います?」
「私達のためにもう一度ひこざえもん提督の告別式をやっていただけるというのは、とてもありがたいお話です」

 妙高さんも僕の考えに賛同してくれるようだ。難しい顔をしているのが気になるけれど。

「母ちゃんはどう思う?」
「んー……爺様に挨拶したい子がまだ二百人近くいるんだとすれば、その子たちのために告別式をもう一回やるってのは、いいアイデアだと思うよ? でもさ……」

 何か問題はありそうだが、母ちゃんもとりあえずは賛成というところか……。

「お母様もお気づきだと思うのですが、私たちが参加する告別式を行うということは、約二百人弱の人間が参加するイベントを企画することと同義です」
「そうだよ? 会場はどうするの? お金は? どんな内容にするの? どこまでやるの?」

 なるほど。妙高さんと母ちゃんは現実的に考えて問題点を洗い出した結果の難しい顔と歯切れの悪い答えだったわけだ。……でもその辺に関しては僕も考えがある。そしてそれには、鈴谷たちの協力が必要だ。

「鈴谷」
「ん?」
「鈴谷たちのリーダー格みたいな子って誰だ?」
「本当はケッコンして不動の秘書艦だった摩耶さんだけど、今は大淀さんが代理って感じかな? 今は大淀さんが一人で取り仕切ってるよ?」

 なるほど。最初に挨拶に来た大淀さんか。爺様との付き合いも長くてデスクワークも得意そうなあの人なら、なんとかなるだろう。

「鈴谷、内容に関しては大淀さんも交えて鈴谷サイドのみんなと話し合いをしながら決めたい。こういうイベントを行う以上、みんなの意見をキチンと聞きたいんだ」
「なるほど。じゃあ今日戻ったら大淀さんに話をしてみるよ」
「では資金面はどうしますか? けっこうな大きいイベントになりますが……」

 確かに二百人弱の人数が参加できる告別式……その出費は並大抵のことではないが……

「心配はいらんッ! 僕が全部出す!!」
「おおッ! かずゆきふとっぱら!!」
「その代わり……イベントは予算も考慮したものになると思ってくれ……!!」

 貯金はある……あるけれど……そんなにたくさんはないんだ……そこは理解してくれ……

「急に頼りなくなったじゃんかずゆきぃ」
「う、うるさい……」
「いえ、こういうことは内容の豪華さよりも、こういうイベントがあるということそのものが大切なんです。大丈夫ですよ」

 辛辣な言葉を浴びせてくる鈴谷と比べると、妙高さんは大人で優しいなぁ……。

「では私たちは朝食を頂いたらすぐに戻ります。鈴谷」
「ほい?」
「あなたは戻らずにこちらで待っていなさい。大淀には私の方から話をしておきます。こちらに大淀が到着したら、すぐに話し合いをはじめて」
「りょうかーい!」

 おおっ。なんだか年長者の威厳みたいなものを妙高さんから感じるぞ。彼女はそのまま熱いお茶を飲み干すと『では失礼します』とそそくさと居間から出て行って寝室に戻り、その直後寝室から妙高さんと那智さんの不穏なやりとりが聞こえた。

『那智! いつまで寝ているの! 帰るわよ!!』
『ぐおおおお……待て姉さん……頭が……』
『今から10数えます! それを過ぎたら1秒ごとに一時間、鎮守府でお説教するわよ!』
『バカな姉さん……ッ?!』
『それがイヤなら早く準備なさいっ。ひとーつ……ふたーつ……』
『クッ……問答無用かッ……?!』
『みーっつ……!!』

 その後妙高さんと那智さんは二人で帰っていった。那智さんの顔色が真っ青になっていたのは、恐らく二日酔いだけが原因ではないだろう。そんな那智さんだったが……

「あづづ……和之、話は姉さんから聞いた。……ありがとう。期待している……」

 と帰り際に僕にそう言ってくれ、その後はふらふらした足取りで妙高さんに手を引っ張られながら帰っていった。

「那智さん、大丈夫かな……」
「妙高さんは怒ると怖いからねー……」
「そうなの? まぁ確かにさっきの妙高さんは凄まじかったけど……」
「あんなもんじゃないよ……本気の妙高さんは……」

 その後お昼ごろに大淀さんが一人でやってきた。この前と同じくコスプレっぽい服を着ていたが、今日は前回と違って仕事道具と思しきバッグを片手に持っている。以前に来た時のような沈んだ感じはなく、元気で覇気のある雰囲気だった。

「和之さん、話は妙高から聞きました。この大淀、全力でお手伝いさせていただきます」

 彼女はそういうと、居間に上がって早速バッグからノートパソコンとバインダーを取り出し、秘書らしくメガネをくいっと待ちあげた。メガネのレンズがキラーンと輝き、敏腕秘書の雰囲気がにじみ出ていた。

「なんだ……この鈴谷とは比べ物にならない心強さは……!!」
「ひどっ……かずゆき、ちょくちょく鈴谷に対して失礼だよね」
「お前に言われたくはないわ……」
「では早速……和之さん、何から始めましょうか? キラーン!」
「「おおっ」」
「何か?」
「大淀さんが燃えている……!」
「往年の任務娘が再び……!」
「ふふっ……業務のタスク管理は得意ですよ? キラーン!」

 そうして僕達は奥の和室に移動し、爺様の遺影が見守る中“グッバイひこざえもんプロジェクト”は幕を開けたのだった……!!

「かずゆき……プロジェクト名なんとかならないの?」
「うるっさいなー!」

 まずは役割分担として、大淀さんは鈴谷サイドのみんなの意見のまとめ役とタスク管理、僕はこちらで実務全般と財務管理、鈴谷は僕のフォローということになった。

「では私たちは一度戻って、みんなの意見をまとめますね」
「僕たちが本格的に動き出すのはその後になりますね」
「だね」
「みんなの意見と簡単な出欠確認はどれぐらいに揃います?」
「本日鎮守府に戻ったらすぐに確認を取ります。まとめた上でお渡し出来るのは早くても明後日以降になるかと」
「わかりました」
「ぉおー……」
「ん? 鈴谷? どうしたの?」
「いや、任務娘としての大淀さんを見るのははじめてだからさー。なんかすごいなーって思って」

 ……そっか。考えてみれば鈴谷は、爺様と出会った次の日には爺様が亡くなってるもんな……大淀さんのこういう姿って見るのは初めてなんだな……。

「今は和之さんが提督みたいなものですからね。和之さんの任務達成を確実にフォローしなきゃ」
「燃えてるねぇ大淀さん」
「鈴谷も今は和之さんの秘書艦みたいなものなんだから、しっかりね?」
「了解! 鈴谷にお任せっ!」

 二人の言う『提督』てのがいまいちよくわからないけど、とりあえずやる気になってくれているのはありがたい。

「かずゆき!」
「ん?」
「鈴谷がかずゆきの秘書艦だから! よろしくね!!」
「おう」

 大淀さんのメガネがキラーンと輝く中、僕はいつもと同じくムカつくんだけど……でもいつもよりちょっと弾んでる笑みを見せてくれている鈴谷と、改めて握手した。

「よろしく! 一緒にがんばろーう!」
「おう。がんばろーう」

 彼女の手は、いつぞや手を握った時と同じようにとても温かかった。
 
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