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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第三十四話 ツラの皮が分厚すぎるのも時には困りものです。

 帝国歴484年10月18日――。

 バーベッヒ侯爵陣営には、味方を言い出す貴族は一門以外にはなかった。原作のリップシュタット戦役と違い、皇帝陛下に弓を引いたことが明白である以上、それを庇い立てしようというもの好きな者はいなかったのである。
 とはいえ、バーベッヒ侯爵一門の戦力を集結させれば、兵員130万、艦艇数12,000隻と、ほぼ一個艦隊に匹敵する。そのため、帝国軍としては少なくとも一個艦隊を討伐軍として派遣しなくてはならないこととなった。

 その討伐艦隊の指揮官に、なんとアレーナ・フォン・ランディールが内定しているということにラインハルトもキルヒアイスも驚くことになる。しれっと「そう言えば近々出征があると聞いたけれど?」などと切り出したときには、すでに話は決まっていたのだ。

 ところが、之には当然裏がある。そうでなければ、いくら何でもまだ10代の、それも貴族の令嬢が一個艦隊の司令官、中将待遇などになれるはずがない。
 もともとランディール侯爵家は非常時の際に中将となって軍を率いることになっていた。そういう家柄だったのだ。そして、ランディール侯爵家の領地はシャンタウ星域に隣接している。

 銀河帝国と言えども、その数百年の歴史は盤石体制であったわけではない。大小の反乱が起こっていたし、中には止血帝エーリッヒの反乱のように皇帝が入れ替わるような大規模な反乱もあった。そのような場合には正規軍が出動するが、辺境の反乱などにいちいち軍が出動していたら、とても対応しきれないし、経費もかさむ。

 そこで。

 仮に一地域で反乱があった場合、まずはその周辺近接する貴族たちが私兵をもって鎮圧することになったのである。私兵では鎮圧しきれない大規模な反乱があった場合には、正規軍が初めて動く。対自由惑星同盟との戦いに専念したい帝国正規軍にとっては、反乱で余計な犠牲を出したくはなかったのだ。


 だが、ランディール侯爵家の当主、アレーナの父親はリベラルだった。彼は言葉を濁していた。平たい表現をすれば「なんでそんな面倒くせえことをやらねばならんのです?」とやる気がないのだ。そうした反乱鎮圧――流血を招くことを行うこと――に馬鹿馬鹿しさを感じていたのだろう。そんなことは口が腐っても言うべきことではないので、表向きは病気ということで届出をしている。

 そんなわけで、一人娘のアレーナにお鉢が回ってきたのだ。父親の代理人として。もっともそれだけなら他の貴族若しくは正規軍が担当したかもしれないが、マインホフ元帥にアレーナが働きかけて実現可能にしてしまったのである。

「ねぇねぇねぇ、おじいさま。ぜひ私を行かせてくださいません?」

 マインホフ元帥に甘えかかりながら、アレーナが甘い声で言う。

「しかしのう、アレーナ。戦場では一歩間違えれば死ぬかもしれん戦いなのじゃ。いかなお前でも正規の軍属ではないのだぞ。そんな危険な場にいくら父親の代理と言ってもお前を行かせるわけにはいかんのだ」
「ええ~~!?ひどい、せっかく艦隊を動かせるチャンスなのに。私だって士官学校にちょいちょい行ったりしていろいろ勉強していますし、大丈夫ですよ」
「しかしのう・・・」
「ん~~~おじいさまが私のバックアップについてきてくだされば心強いのになぁ・・・」

 そう言って見せたが、実のところアレーナはマインホフ元帥の戦術指揮ぶりをさほど期待していない。ただ、そういうとこの無類のアレーナ好きの大叔父が喜ぶからそう言ったまでだ。

 案の定マインホフ元帥は好々爺の顔になった。

「そう言ってくれるか!なんとも嬉しいが、儂には無理じゃ。さほど戦術眼があるわけでもなし、それに儂にもいろいろと軍務があるでのう」
「ですよね~~。あ、そうだ!」

 アレーナはぽんと手を叩いた。

「だったら、だったら、おじいさまの名前でどなたか老練の提督、推挙してくれません?」
「む?そうじゃのう・・・」

 急に言われてマインホフ元帥も当惑そうだ。はて、誰を推挙すればいいじゃろうか?

「例えば~、メルカッツ中将はどうですか?」

 ほう?!とマインホフ元帥の白眉が跳ね上がった。怒りではなく、珍しい名前を聞いて当惑したからである。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは古参中将として知られているが、あまり貴族らしい風貌ではない。寡黙で目立たないが、これまで堅実実のある実績を積んできている。生粋の軍人でその軍歴はアレーナが生きてきた年よりも長い。そんな人物をどうしてアレーナは知っているのだろう。
 だが、とマインホフ元帥は思った。堅実なメルカッツだからこそアレーナの補佐には持ってこいの人物だろう。これが大将だったらどうしようもこうしようもなかったが、古参とはいえ、一応メルカッツはランディール侯爵家と同格の中将である。それにもともとアレーナ自身がイレギュラーな存在なのだ。事実上の討伐軍の指揮官だと思えば、大丈夫か。

 さて、どうするか、とマインホフ元帥は悩んだが案外あっさりと結論は出た。ここはひとつランディール侯爵家の私兵艦隊4000隻とメルカッツ艦隊の2個艦隊を派遣するように要請しよう。そしてメルカッツ提督が事実上の指揮者として、アレーナをいただいて奮戦する。このプランを皇帝陛下に上奏することとしようと考えた。


ベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐を伴って、メルカッツ提督がマインホフ元帥のもとを訪れたのは、アレーナがラインハルトたちと再会する前の、帝国歴484年10月1日の昼過ぎの事だった。

「わざわざすまんのう」

 マインホフ元帥の良さは、たとえ目下の者であっても、このように非礼を詫びるところである。しかも今回は自分がベタかわいがりにかわいがっているアレーナのために、討伐軍の指揮官を引き受けてもらうのだから、低姿勢も道理というわけだ。

「いや、軍務尚書閣下、お気遣いなさる必要はありません。小官の非才をこうしてお役立ていただくことは軍人としての本望ですから」

 丁重であったが、卑屈ではない。またずっと年下の小娘を指揮官にいただくことへの悪意も感じられない。まったく淡々としているのである。
 傍らに座っていたアレーナは実際にメルカッツ提督を見て、なるほどこの器量の持ち主ならば、ヤン艦隊を良く支えたはずだと思った。メルカッツ提督は、自身が広く宇宙艦隊を統御することに才能を持つのではなく、練達の不動の指揮官として全軍の中核を占めることこそが望ましいのだとアレーナは看破した。全軍の上に立つ力量の持ち主ではなく、それでいて全軍から頼られる存在、一見矛盾するこの二つの要素をいとも簡単に兼ね備えている者が今目の前に座っている初老の歴戦の提督なのだ。

「閣下。アレーナ・フォン・ランディールと申します」

 アレーナは日頃の飄々さをすっかり封印し、貴族令嬢らしい優雅な物腰で丁重に挨拶して見せた。

「ご多忙のところ、このようなわたくしの頼みを聞いてくださり、本当に感謝に堪えません。また、申し訳なく思っております。どうかわたくしのことなどを気にかけず、お気づきの点、わたくしの至らない点を指摘していだだきとうございます」

 マインホフ元帥はびっくり仰天して、椅子からずり落ちそうになった。いつも「おじいさまぁ!」などとなめよらんばかりにすり寄ってくるアレーナが堂々と、そして丁重に貴族令嬢らしい挨拶をやってのけたのである。うわべだけのものではなく、そこには歴戦の提督に対する敬意と尊敬の念があふれ出ていた。
 そしてそれもメルカッツのほうも感じ取ったらしい。鈍そうな細い目を心持開けて、ゆっくりとうなずいた。

「こちらこそ、痛み入ります。フロイライン・ランディールにおかれましては、初陣でいらっしゃいますな。初めての事ばかりでさぞお困りの事でしょう。どうか遠慮なく些細な点であっても相談していただきたい。お力になります」

 聞く人が聞けば、自分勝手にやるな、という意味だと取ったかもしれないが、アレーナはそうは思わなかった。メルカッツの抑揚のない落ち着いた言葉の中にはアレーナを想う心情があふれていることを感じ取ったからだ。

「さて、では委細の話に移りましょうか。戦略検討に入る前に、フロイライン・ランディールには艦隊編成の事、そして実戦のことをまず知ってもらわねばなりません―――」

 そう前置きしたメルカッツだったが、ほどなくして内心舌を巻いた。なぜならアレーナがその方面にかけては既に提督級の軍事知識を持ち、あまっさえ反乱軍掃討作戦の骨子までもいち早く立案しており、さらには後方の補給計画なども余さず作ってあったからだ。
 ただただ驚いているメルカッツを見ると、アレーナは急に恥ずかしそうに笑った。もっとも「恥ずかしそうに」とは彼女の演技である。本当の狙いはここからだった。

「はい。閣下がご不審に思われるのももっともです。ですが、わたくしには良き有人、良き先輩がおります。その方々から基礎を教わったのですわ」

 うそばっかり。本当はアレーナがすべて前世からの経験と独学で身に着けたのである。

「ほう?」

 そのようなことを効果的にこの若い貴族令嬢に教えたのは誰なのだろうとメルカッツはいぶかった。

「はい、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将、ジークフリード・キルヒアイス少佐、そしてイルーナ・フォン・ヴァンクラフト准将ですわ。覚えておいていただけますでしょうか?」
「これはこれは、そのような逸材が帝国軍にあったとは。小官の眼はあまり遠くまで見渡せなかったようですな」
「いいえ、今名前を上げた方々はまだ若いのです。提督がご存じないのも無理はありませんわ」

 いずれも10代~20代です、とアレーナが補足すると、メルカッツも脇のシュナイダーもびっくりした顔になった。

 委細検討した後、また明日伺いますと言い残し、メルカッツとシュナイダーはランディール侯爵家を後にした。

「驚きましたね、フロイライン・ランディールがあのような卓見をもっていらっしゃったとは」

 車中の人となると、シュナイダーはさっそくメルカッツに話しかけた。目に興奮の色が宿っている。

「うむ。正直いって儂も驚いた。あれはただの10代の貴族令嬢ではない。色々と奔放な噂を耳にしたが、さもあらん、あのような人となりでは普通の貴族社会には向かないだろう」

 そうはいっても、あの方の才能は比肩しがたいものがあるとメルカッツは補足した。

「だが、上には上があるのだ。あの方を教えたラインハルト・フォン・ミューゼルという准将、彼の名前も儂は知っている」
「グリューネワルト伯爵夫人の弟君でしたね。そして、皇帝陛下の姉に対するご寵愛で出世したという人物だと言われていますが」
「世間の口ではな」

 メルカッツが短く言ったので、シュナイダーは沈黙した。しばらくするとだしぬけにメルカッツが、

「やがてはああいった若者たちがこの帝国の将来を担うことになる。それが良い方向に行くか、悪い方向に行くか、はて、どうなることか・・・・」

 良い方向はともかく、悪い方向?シュナイダーはかすかに不吉な予感さえ覚えて、今のはどういうご趣旨ですか、と尋ねた。

「儂自身もよくわかっておらんのだ。一つ言えることは、彼らの存在が、この銀河を揺るがす波となるやもしれん、ということだ」

 そう言ったきり、メルカッツは目をつぶった。話しかけられたくない時によくそうする彼の癖である。それをこれまたよく知っている副官のシュナイダーも口を閉じて、物思いにふけることとした。


 一方のアレーナもマインホフ元帥をなだめて帰した。元帥曰く「儂に対する態度と全く違うではないか」と言ったので「普段のあれはおじいさまに対するときだけですよぅ」と甘えたのである。デレデレになって帰るマインホフ元帥の背中を門まで見送ったアレーナは身をひるがえして、直ちにイルーナに話をしたのである。

「なるほど、メルカッツ提督か。いいところに目を付けたわね、アレーナ」

 イルーナは極低周波通信のスクリーン上で端麗な顔を心持ほころばせていった。

「そりゃあ前世じゃ私はあなたより2歳年上!だから年の功!・・・・って、そんなこと言ってないし!!バカバカ!!何を聞いてるのよ!!」
「誰も何も言ってないけれど」

 あきれ顔をイルーナはしたが、すぐに顔を引き締めた。

「ラインハルトもキルヒアイスも原作よりも随分と視野が広くなっているわ。メルカッツ提督の真価を見抜いて、それにふさわしい地位を与えてくれるといいのだけれど。あなたが言うようにメルカッツ提督は全軍を率いる器ではないけれど、それでいて全軍から信頼される立場、艦隊の中核に立つべき人よ。そうね、副司令長官ならもってこいの人事よね」
「宇宙艦隊司令長官は?あなたがやるの?」

 先の先のずうっと先の質問に対し、イルーナは苦笑して答えた。

「そんなことはその場になってみないとわからないでしょう?」と。

 それから先、二人は将来の帝国人事についてひとしきり意見を交わしあった。バーベッヒ討伐など、アレーナとメルカッツ提督の二人にかかれば、造作もなく鎮圧できるだろう。むしろこれは武勲を上げるチャンスだ。少なくともラインハルトを少将に押し上げて、原作よりも早く出世させてあげよう。そういう趣旨の会話もあったのだった。

 だが、この時二人は慢心していたのかもしれない。水面下で着実に陰謀が張り巡らされていることなど、知らなかった・・・・いや、忘れていたのである。アレーナがベーネミュンデ侯爵夫人邸について逐一監視を続けていたにもかかわらず―――。

 
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