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暴君の来訪

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2部分:第二章


第二章

 そうしてお腹をさすったりつついたりすると反撃に転じて噛んだりしてきます。けれどそれがまた実に可愛いのです。
 どんどんやんちゃになってダンボールを噛んだり紙のボールで遊んだり。鼠のおもちゃは大のお気に入りでそれで躍起になって遊んですぐに壊してしまいます。
 それですぐに買い換えるのですが。何故か悪い気はしません。
「こら、権太くれ」
 母はよくそう言います。冬場ストーブの側で丸くなっている猫を見下ろして。
「悪いことばかりしたらあかんで」
 そう言っても知らん顔です。悪さからは離れません。
 相も変わらず悪戯に精を出します。しかもかなり我儘です。
 触られるのが基本的に嫌いです。触るとすぐに攻撃してきます。
「こらっ」
 弟が怒って猫を持って左右に振ると。目が吊り上り凄まじく不機嫌な顔になります。
「猫に表情があったのか」
 その時はじめてわかったことでした。猫にもちゃんと表情があったのです。
 口をへの字にして目を思いきり吊り上らせるその顔は一度見たら忘れられるものではありません。しかも下ろすと急に復讐の機会を狙って身構えます。
 何故か弟に対しては敵対的で隙を見れば襲い掛かるのです。
 狙うのは脚で他は狙いません。ですがかなり執念深いです。
「持ってるから早よあがれ」
 そう言って猫を持って弟に促したりします。夕食の時はいつもこうです。
 基本的に夕食の時になると家族の周りをうろうろとします。寂しがりで誰かの側に通る時も絶対に身体を摺り寄せてきますし誰かの側にいたがります。
 その夕食の時になるとやたらと鳴きます。実は無口な猫で全然鳴かないというのに。
「寂しいんか?」
 そう尋ねても何故か誰かの側に止まるということはありません。やはりうろうろとするのが基本です。疲れたら側で寝転がりますが。
 部屋の隅で座ったりもします。その姿はまるで虐められている継子のようです。寂しげな顔でじっとこっちを見てくるのですから。
 夕食が終わるとすぐに母の側に来ます。そこでじっと座ったりしています。父には平気な顔で噛んだり引っ掻いたりします。一度こうしたことがありました。
「見てみい」
 父が自分の右手を猫に見せたのです。噛まれたのと引っ掻かれたのとで傷だらけになっています。
「あんたがやってんで」
 当然ながら返事はありません。むしろその返事がわりに。
「あっ!」
 かぷ、かぷ、かぷと。三段一気に噛んできました。その速さときたらまるで稲妻のようでした。動きの鈍い猫なのに意外なところで俊敏なのです。
「何するんや、あんたは!」
 父の声が響きます。しかし当の猫は平気な顔であります。
 反省せずに悪いことを繰り返しやりたい放題です。寝る場所はいつも家の中で一番いい場所です。
「あれ、何処に行ったんや」
 不意に探しますと。
 母のベッドの布団の中です。そこで気持ちよさそうにくつろいでいます。
「また布団に毛がついて」
 母は苦笑いするばかりです。布団も服も毛だらけになる一方です。
 夏になると虫を見て。ちょっかいを出そうとします。
 人間の目には見えない虫をじっと興味深そうに見たり。きちんと座って見るその姿が可愛いと言えば可愛いのですがそれがすぐに悪さに向かうのです。
 夏は余計に大変で猫を捕まえて虫を家の外に逃がしたり。捕まえていると凄い形相でこっちを睨んで目で言ってくるのです。
「離せ!」 
 と。顔で何を言っているのかわかる猫はそうはいないのではないでしょうか。
 今も家の中で好き勝手です。人の部屋にも平然と入ってきます。
 こうして書いている時にやって来てまとわりついたり。とにかく起きている時は誰かが側にいないと駄目なのですから本当に大変なのです。
 家の中で飼っているので外には出ませんが窓の風景を見るのは好きです。じっと外を見詰めて時間を過ごすことも少なくありません。
 何だかんだで楽しく癒される日々を送れています。しかしどうしても気になることが一つだけあります。
 何でも食べるなと。それだけは言いたいです。とにかく何でも口に入れるのです。
 時々吐いたりするのですが出て来るのはダンボールとかそんなものばかりで。身体にもよくないのでそうしたものは控えて長生きして欲しいものです。最早家族の一員ですから。自分では家の支配者と思っていて家族は家来だと思っている暴君ではありますが。



暴君の来訪   完


                 2007・4・16

 
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