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年月を経て

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第二章

「それなら後輩を殴ることは当然だ」
「その通りだな」
「何しろ俺達は戦場に出るからな」
「命のやり取りだ」
「それをやるからにはな」
 それこそというのだ。
「殴って覚えさせる」
「身体にな」
「そして生き残らせる」
「戦争をするんだからな」
 そして勝つ為にというのだ、その信念の下にだった。
 彼等は殴ってだ、後輩達に教え込んでいった。そうして彼等は卒業したがその時に豊田は赤煉瓦の校舎を見て同期達に言った。
「卒業だ」
「そうだな、卒業だ」
「これから遠洋航海だ」
「長い間ここにいた様で」
「すぐだったな」
「本当に監獄みたいな場所だったがな」
 それでもと言うのだった。
「卒業して出ると思うと」
「また違うな」
「そうだな、本当にな」
「感慨があるな」
「懐かしさを感じるな」
「不思議なものだ」
 その感慨の中で言う豊田だった。
「地獄の様な訓練と制裁ばかりだったが」
「それがな」
「終わって外に出る」
「そう思うとな」
「不思議な感慨があるものだ」
「全くだ、では行くか」
 豊田はあらためてだ、同期達に言った。
「これからな」
「そうだな、遠洋航海にな」
「少尉としてな」
 同期達も応えてだ、そしてだった。
 彼等は船に乗り兵学校を後にした。生徒として過ごした日々を。
 それからさらに年月が経ってだ、戦争が終わり海軍はなくなった。だが数年後に警察予備隊が出来てだった。
 海軍にいた者達にも声がかけられた、豊田は戦争を生き残り今は故郷で仕事をしていたがその彼にも声がかかった。
 それでだ、結婚したばかりの妻に言った。
「警察予備隊というのが出来てな」
「それになのね」
「声がかかってな」
 そうしてとだ、彼は結婚したばかりでまだ初々しさの残る妻にその大柄でしっかりとした力士の様な身体で言った。
「どうしようかと思っている」
「そうなの」
「若し入ると言えばだ」
 その時はというと。
「名前は違うが昔と同じになるらしい」
「海軍士官になのね」
「戻れるらしい」
 こう話すのだった。
「俺もな」
「そうなのね」
「どう思う」
 太い腕を組んでだ、豊田は髪を短く刈った細面の顔を妻に向けつつ問うた。
「御前は」
「私が結婚した時あなたは今のお仕事をしてたわね」
「ああ、今勤めている会社でな」
 豊田の故郷の小さな会社だ、そこが彼の今の勤め先だ。
「こうしてな」
「そうね、けれど本当は」
「いつも話してるな」
「海軍の頃のことをね」
「江田島は大変だった」
 海軍兵学校にいた頃はというのだ。
「入りたての頃は何かあれば殴られていた」
「訓練も大変で」
「船の中でも厳しかった」
 そうした生活だったというのだ。 
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