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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第三節 群青 第二話 (通算第72話)

 白亜の船体が眼前に近づく。
 その船体は、まるで古代エジプトのスフィンクス像のようだと、エマは思った。実際に見たことはない。砂漠化の進むアフリカ大陸の実物は、旧世紀末に砂中へ埋没していた。精々、歴史の授業かテレビ番組で引っ張り出されたライブラリー映像で見たことがあるくらいなはずだ。それほどエジプトに興味があった訳でもないのに、唐突に思い出した。スフィンクスは女性の上半身にライオンの四肢と翼を持った合成獣である。近づく旅人を片端から、謎掛けをしては食べてしまっていたが、謎を解かれたスフィンクスは、身を擲って死んだ。古代エジプト人は金字塔に眠るファラオを盗人から護るために寓意を込めて配したのだろう。そんなスフィンクスが、まるで現代に甦ったかの如く宇宙の海を征く。
 怒りに似た感情が湧き上がってきた。地球連邦の勝利の象徴たるペガサス級に連なる艦が、スペースノイドに使役されている姿は地球市民にとって悪夢でしかない。
 スペースノイドはスフィンクスがジオン・ズム・ダイクンの眠りを護っているとでもいうのだろうか? ダイクンという彼らの王が、ジオンに還る日を待ち続ける忠実な僕。その日が来たれば、宇宙を縦横無尽に羽ばたく――想像の羽が妄想に変わる前に慌てて打ち消す。そうではない、決してそうさせてはならない。。スフィンクスはその日が来る前に、再び旅人の知恵に敗れて死ぬだけだ。きっと、我々ティターンズが、〈月の専制君主たち〉の真意と彼らの志向が乖離していることに気づかせた時、あの艦は沈む。エマは訳もなくそう思った。
 伏せた白いスフィンクスが、軍の教本に掲載されていた《ホワイトベース》に近い設計であることは、一目瞭然である。大きく前方にせり出した両舷と馬首に似た艦橋はペガサス級・サラブレッド級に共通する特徴だ。部位毎には似つかない両級の各艦もこの特徴だけで同級であると判る。両者を分けるのは艦の大きさだけで、白いスフィンクスの規模からすれば、サラブレッド級に分類されるのだろうか。前肢にあたる両舷のカタパルトが露出しているのは、MS積載数を増やす改装された大戦後の連邦軍艦艇に共通する仕様である。
(少なくとも十二機は搭載できそうね)
 艦籍番号も艦名も判らないスフィンクスを睨めつけながら、エマは敵の戦力をそう分析した。パイロットだけに、敵の保有するMSの数は気になる。現在視認されているのは六機。直掩の機体は姿を見せていないが、最低三機はいると考えるべきだ。敵を過大評価すべきではないが、過小評価するよりはいい。想定外の敵は、命取りになりかねない。取り越し苦労くらいが丁度いい。命あっての明日である。
 エゥーゴは一応地球連邦軍の一部を含んでいるが、正式には国際的な外郭団体である。ティターンズからみれば、反地球連邦政府運動の黒幕である〈月の専制君主たち〉の私兵でしかない。その私兵集団が《ホワイトベース》を模した軍艦を造る――それは世論を意識した、いわば政治的色彩を帯びたものに見えた。エマの感覚からすれば、子供騙しである。正義は地球連邦政府と軍のエリートであるティターンズにあり、ジオニストに踊らされた愚昧な分離主義者たちが、勘違いをしているとしか思えなかった。ましてや〈月の専制君主たち〉がやっていることである。ティターンズが行っている軍需産業の地球企業による寡占政策に対する嫌がらせにしか感じられない。にも関わらず、スペースノイドはエゥーゴへの協力を惜しまず、ティターンズを毛嫌いする。体制への不満程度ならば理解もできるし、政治活動ならばエマとしては云々はない。だが、それがテロリズムへと発展している現状では、武力鎮圧するしかなかった。
 とは言え、任務は任務である。
 溜め息を一つ噛み殺して、通信回線を開いた。チャンネルは連邦軍共通回線だけでよいと思ったが、念のため全周波帯に合わせた。
「こちらG001、〈リトルスワロー〉よりエゥーゴ所属艦へ。着艦を乞う。繰り返す、着艦を乞う」
 無視されればいいと思いながら返信を待った。そうなれば、正当な攻撃の口実になる。だが、船足を落としている敵艦が、無視するとも思えなかった。程なく返信が入った。
「《アーガマ》よりG001へ。白旗を確認。左舷、カタパルトへの着艦を許可する。《アーガマ》のデータは渡せない。オートでの着艦シークエンスは無視せよ」
「G001、了解。着艦は二機だ」
 無愛想に答えながら、着艦シークエンスをマニュアル――といってもセミオートだが――に切り替え、操縦桿を握り直した。エゥーゴのクルーがエマの一挙一挙一動を見ている。ここで失敗する訳にはいかなかった。
「フランクリン大尉、着艦します。先導しますのでシステムを同期させてください」
「了解だ…エマ中尉」
 緊張した声が接触通信を通して聞こえた。無理もない。フランクリン・ビダンは軍事技師であっても軍人でもパイロットでもはないのだ。操縦も、一応できるという程度である。エマとしては、システムを同期させなければ、着艦させる訳にはいかなかった。万が一にも機体と船体は傷付けては、敵に付け込まれる。自分だけでなく、フランクリンにも完璧を求めなければならなかった。
 ミノフスキー粒子が撒布されていても短距離の光通信ならば可能である。コンソールを叩いてアプリケーションを呼び出した。
「行きますっ」
 接触回線を解き、着艦シークエンスに移行したエマ機はゆっくりとMSカタパルトに降りていった。 
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