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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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閑話―桂花―

 
前書き
微糖 

 
 袁家の頭脳と呼ばれる才女が居る。彼女の名は荀彧、真名を桂花。
 袁紹に忠誠を誓ってから数年、南皮でその才能を遺憾なく発揮してきた。
 
 財政、人事、戦。袁紹の信頼も厚く王佐の才とまで称される彼女は、政務のみならず様々な方面で活躍している。
 
 そんな袁家に欠かせない人材である彼女は―――現在、街中を疾走していた。
 理由は語るまでも無い。いつも(袁紹)のである。桂花は主の暴走を止められる限られた人材なのだ。

「あそこを右に曲がれば現場です!」

 迷族の下まで斗詩と共に向かっている。常識人な彼女は頼れる味方だ。
 桂花が来る以前は斗詩が袁紹を止めていたらしいが、その殆どは失敗に終わっている。
 押しに弱い彼女は、事あるごとに言いくるめられていたらしい。

 ――やっぱり私がしっかりしないと、特に今回は!

 今日の案件は一味違う。何と、猪々子や星達も一緒に騒いでいるというのだ!
 本来なら諌めるべき立場の者達が便乗している。何でも暴漢を相手取って大立ち回りしているらしいのだが――……。嫌な予感が止まらない。

「こ、これは!?」

 現場に着いた桂花達はその光景に絶句した。
 袁紹らしき人物と見知った者達、そこを沢山の見物人達が囲み――……。
 足元には十数名の男達が倒れ伏している。

 聞いた話によると、この倒れている男達は他所から流れてきた無法者らしい。
 住民に絡んでいるところに袁紹“達”が出くわし、懲らしめた。
 一件問題は無いように感じる。寧ろ住民を守ったことを褒めるべきかもしれない。
 しかし彼は袁家の当主だ、本来なら荒事は警邏隊か護衛の者達に任せるべきであり。
 護られるべき本人が前に出るなど言語道断である。

「ちょっと! これは一体何事ですか!!」

 いつになく目くじらを立て、足早に近づいていく桂花。
 その対象は袁紹だけではない、彼の近くに居る見覚えのある者達にも向けられている。
 桂花と同じく家臣として仕える身、自分と同じく主を諌めなければならない立場。
 常日頃から彼女達の家臣としての意識の低さには不満がある。丁度良い機会だ。ここでその性根を正してやろう。

 桂花が声を張り上げようとしたその時―――彼女の声は振り返った袁紹らしき人物と、謎の口上に遮られた。

「何事かと問われたならば――」

「――教えてやるのも(やぶさ)かじゃないぜ!」

 言い終わるのと同時に別の影が躍り出る。どれも見覚えのある身格好だ。
 何故か色違いの仮面をしているが……。

「神算鬼謀、華蝶ぶらっく(音々音)です!」

「……豪力無双、華蝶れっど()

「猪突猛進、華蝶ぐりーん(猪々子)だぜぃ!」

「威風堂々、華蝶イエロー(袁紹)!」

 一人ひとりが自分の持ち味を含めて名乗りを上げる。約一名間違っているが……。
 
 そして四人が言い終わると同時に、影がもう一つ宙を舞う。
 影は空中で器用に回転しながら四人の前に降り立ち、瞬時に手に持っていた槍を構え直した。

「英雄豪傑、華蝶ぶるー()、又の名を華蝶仮面――此処に見・参!!」

「五人揃って――」

『五蝶仮面!!』
 
 ババーン、と密集しポージングをとる。次の瞬間、割れんばかりの歓声が見物客から響いた。
 何故かおひねりまで飛んでいる。

「ぐりーん! ぽーじんぐを乱すな!!」

「いけねっ、つい、いやぁ最近金欠でさぁ……」

「十分給金を与えていると言うのに、我は情けなく思うぞグリーン」

 やりとりを見ていた桂花は眩暈に襲われる。袁紹だけでも厄介だと言うのに今日は五人。
 後の始末や残った仕事を考えると、長居は出来ないというのに――……。

 華蝶仮面が悪を懲らしめるたび、仕事を取られた警邏隊の肩身が狭くなる。
 それを危惧して何度も苦言を呈したが、飄々と避けられ効果が無かった。故に彼女の活動は事実上黙認されている。
 “黙認”しているが認めたわけではない。その厄介者が五人に増えている。
 桂花にとっては正に悪夢だ。

「け、桂花さん。どうしましょう……」

「正面からでは駄目ね。搦め手で行くわよ」

 気を取り直して変質者集団に近づいていく、兵も連れているが彼らの出番は無いだろう。

「む、れっど!」

 桂花の只ならぬ気配を察知して、ブルーがレッドに先鋒を託す。
 唐突な最強の投入に兵士達は目に見えて動揺している。袁家の兵で彼女の実力を知らない者など居ない。鍛練と称して、精鋭千人に地面の味を覚えさせていた光景は記憶に新しく、彼女が近づいてくるにつれ血の気が引いていった。
 
「恋、いえ今はれっどかしら? 大人しく従ってくれたら来来亭でご馳走するわ」

「!?」

 桂花の提案にレッドは歩みを止める。来来亭とは南皮でも有数の高級料亭だ。
 味が絶品であることは勿論だが、それに比例するように高額な料金が特徴的だ。
 
 レッドはめったに訪れない。最終的に質より量を優先するからだ。
 そんな料亭の料理をご馳走すると言っている、桂花に限ってレッドの食欲を甘く見ることなど無いだろう。間違いなく彼女の胃袋を想定した提案、即ち―――あの高級料理が食べ放題なのだ!

「……」

 しかしレッドは―――背後にいるイエローをチラリと見た後、首を横に振った。

 その反応に彼女を知る者達が目を見開く。
 特にブラックの狼狽ぶりが酷い。レッドのおでこに触り熱を測ったり、拾い食いでもしたのかと問いただしている。そして最後には『天変地異の前触れです!!』などと言い出す始末。

 そんなブラックを皆がなだめている中、桂花は一人冷静に思考していた。
 桂花の驚きが少なかったのは、先程の提案が蹴られることを想定していたから。
 レッドは一時期、護衛と称して珍妙な行動をとっていた。その日から彼女の中で何かが変わった、若しくは芽生えたか、桂花は女特有の勘で気がついていたのだ。

 故に、この事態に対する対策も用意してある。

「荀彧様、例の物が到着致しました」

「そう、ここまで運んで頂戴」

「ハッ」

 ガラガラと音を立てて例の物が姿を現す、それは―――

「!?」

 以前レッドが乗りたがっていた木馬だ。迷族のお仕置き用に角ばっていた背は丸みを帯びていて、知らない者の目からは大きな玩具にしか見えない。
 これが対レッド用の秘策だ。彼女が木馬に乗りたがったその日、風によりこの玩具用が作成されていたことを知っていた桂花は、人一倍好奇心旺盛なレッドに与えるべく持って来たのだ。

「……」

 レッドはしきりに木馬を気にしていた。今はイエローと木馬を交互に見ながらそわそわしている。
 恐らく己の中の葛藤と戦っているのだろう。その様子にイエローは苦笑しながら、目を輝かせている彼女に頷いた。

「!」

 それを見たレッド―――恋は、目元を隠していた仮面を取り払い、目に見えぬ速さで木馬に跨った。
 余程気に入ったのか頭上のアホ毛が左右に揺れている。犬の尻尾か何か?

「ふふ、良い娘ね。……連れて行きなさい」

 桂花が恋の愛らしさに顔を数瞬惚けさせ合図を出すと、武神を乗せた木馬が動き出した。
 どうやら複数人の兵士に引かせているらしい。その周りを子供達がついて行く。
 武装も無く、大陸一平和な戦車だ。跨っている武人が規格外だが……。

「く、れっどが……」

「だがレッドは我ら五蝶仮面の中でも最弱――」

「いや、最強じゃね?」

 したり顔で呟くイエローに、グリーンの鋭い言葉が突き刺さる。
 役者が居なければツッコミをこなせるらしい。意外な発見だ。

「む、ぶらっくの姿が見当たらぬ」

「……想像は付くであろう」

「まさか!?」

 そのまさかである。遠のいて行く木馬を良く見ると、恋の膝上に音々音が収まっていた。
 桂花に師事してもらってから依存度が落ち着いたとは言え、恋が大好きな事に変わりは無い。
 音々音にとって、華蝶仮面ごっこより恋と木馬の方が魅力的だった。
 ただそれだけである。

「我々が此処まで後手に回されるとは、頼むぞぐりーん!」

「応さぁッッ!!」

 リーダーであるブルーの指示を受け、三番手に飛び出してきたのはグリーン。
 大刀を肩に掛け、不敵な笑みを浮かべながら桂花達に近づいていく。

 それを見た兵士達は再び蒼褪めた、恋でさえ武器を手にしていなかったというのに……。
 遊びや余興で命の危機など溜まったものではない。
 イエローも同じ考えなのか苦言を呈しているが、『峰打ちだから大丈夫だって!』というグリーンの言葉に矛先を納めた。

 因みに斬山刀に峰は無い。

「こっちも選手交代よ」

「ヘヘっ、誰が相手でも負ける気がしな―――」

 その言葉は対峙した相手を見て止まった。桂花と代わるように前に出たのは、何を隠そうグリーンの愛しい人、斗詩である。
 
「文ちゃん……」









「オラオラァッッ! 大人しくお縄を頂戴しやがれ!!」

 気が付いた時には反転。仮面を取っ払い、残った二人に剣先を向け投降を呼びかけていた。

『……』

「すまねぇ二人とも、アタイは常に斗詩の味方なんだ……」

 どこか哀愁を感じさせる響きだが、周りは観客を含め白い目を向けている。
 残念な事に猪々子は色々鈍いので、意に返さないが。

「な、何はともあれ後二人よ。勝ったも同然だわ!」

 ――ここまでか

 不利を悟ったブルーの肩に手が置かれる。

「いえろー?」

「悲観するなブルー。まだ我が残っている」

「……あ」

 何かを言おうとした彼女を背に前に出る。腕を組みながら桂花達と対峙するその背は大きく、頼もしく――……。
 




「ついに貴方様が……」

「はて、誰のことやら。我は華蝶イエローだ、それ以上でも以下でも――」

「あ、袁紹様だ! お母さん袁紹様が居るよ!!」

「……」

「……」

 盲点、溢れ出る名族オーラは隠し切れない!

 イエローが作り上げた雰囲気は無垢な言葉を前に四散。
 しかし彼はめげなかった。
 
「カモン! omikoⅥ!」

 イエローの言葉と共に金色の御輿が人ごみを飛び越えてやって来た。

「お、おみこしっくす?」

「違う! omikoⅥだ!」

 細かい発音の違いを指摘され顔を顰める桂花。大体、今までの御輿と何が違うのか。
 その場に居た全員の胸中が重なった所で、いつの間にか御輿の上に移動していたイエローが声を張り上げた。

「これは長年の努力と改良を重ね先日完成した……。
 耐久性と操作性を維持して軽量化に成功した、御輿の最終進化系である!
 そして一度我が乗れば最後、万の兵でも触れることは敵わぬだろう。
 フフフ、ハハハ、フハハのハーーッッ!!」

 余程自信があるのだろう。いつもは豪快な彼の笑い声が今日は妙に鼻に付く。
 
 あの態度だ。もはや人知の及ばない性能を持っているかもしれない。
 にも関わらず桂花に慌てるような様子は無かった。幾度と無く御輿を止めてきたからこそ、その理不尽さと弱点を把握していたから。

「事を始める前にお伝えしたいことが、この文を受け取りください」

「む」

「まて、罠かもしれない。私が受け取ろう」

 ブルーは策略を恐れ、イエローの代わりに文を受け取る。
 もしも彼に取りに行かせていたら一時的に御輿を降りる事になる、それを危惧したのだ。

 ややあって、文がブルーから手渡され――

「!?」

 中を検めたイエローが震え出した。
 彼の唯なら無い様子にブルーも横から文を覗き込む。
 
『休暇届』
 
 現在、南皮の政務は桂花と風が大部分を担っている。袁紹は纏められた内容に目を通し判を押すだけだ。二人のおかげで袁紹には自由時間が存在している。こうして馬鹿出来るのも彼女達在ってこそだ。その筆頭である桂花が、政務の八割をこなしている彼女が休暇を取る。

 イエローの脳裏には過労死寸前の自分の姿が浮かんでいた。







『お主を既に包囲されている。無駄な抵抗は止めなさーい』

「……」

 桂花達の前で御輿は反転。素顔の袁紹が懐から取り出した拡声器を使い、残った華蝶ブルーに投降を呼びかける。
 先程見たような光景だ。迷族の形振り構わない保身の行動に白い目が向けられるが――
 有無を言わせない佇まいでその場を制した。実に無駄な威光である。

「おのれいえろー! メンマの誓いを忘れたか!!」

「メンマの良さを延々語り続けたあれか? おかげで食傷気味である。
 しばらくメンマは見たくない」

 馬鹿な……。と唖然とする華蝶ブルーだが、袁紹が顔を顰めるのも無理は無い。
 五蝶仮面結成に辺り、呼び出された四人はブルーから“メンマの誓い”に無理矢理付き合わされ。量にして数キロには届くであろうメンマを口に放り込まれている。
 大食いな猪々子や恋も一品物を食べ続けるのは苦痛だったはずだ。終始無表情だった……。
 そんな過程を経て結成された組織の絆など、脆くて当たり前だ。

「勝負有ったようね華蝶仮面。いえ、星!」

「いや、勝負はここからだ。それから私は趙雲という美女では無い」

 此処に及んで尚も正体を隠そうとする華蝶仮面。桂花は無駄な悪足掻きと捉えた。
 周りを兵士で囲み、猪々子も御輿(袁紹)も此方の味方、後は星の趣向品であるメンマを引き合いに出して、彼女を大人しくさせるだけ――

 そんな勝利を確信した桂花の前で、華蝶仮面は懐から一枚の紙を取り出した。
 先程自分が使った手の物だろうか、不審に思うも焦りは無い。この王佐の才に弱点など無いのだ。

「!?」

 しかし開かれた紙を見て絶句。そこに書かれて、いや、描かれていたのは――

「麗覇様!?」

 敬愛してやまない袁紹の姿だった。それも抽象画では無く写実的な絵だ。
 桂花の中に抑えがたい欲求が湧き上がる。欲しい、どうしてもあれが欲しい。
 もしも手に入ったなら家宝となるだろう。華蝶仮面のように懐に入れて置く事は絶対にしない。
 様々な保護処理を施し自室に飾る。目が覚めて最初に視界に入るのが主だなんて、それだけで一日が有意義なものに――

「盛り上がっているところ悪いが、渡すとは言っていないぞ」

「そ、そんな! だいたい何故あなたがソレを――」

 どうやら途中から口に出していたらしい。そして入手経緯を聞こうとした桂花だが、一つ心当たりがった。

 以前の事だ。政務で鬱憤が溜まり、いつもの乱心状態に陥った袁紹が自室に引き篭もる事件があった。
 
 今まで外に飛び出して鬱憤を晴らすまで遊び惚ける袁紹が、自室で大人しくしている。
 桂花を含む家臣達が戦慄したのは言うまでもあるまい。一体中で何が行われているか……。
 室内を調査する者として星に白羽の矢が立った。彼女であれば何事にも臨機応変に対応できるだろうと、皆の意見が一致したのだ。

 ややあって部屋から出てきた星は、縄やら鎖やらを用意して顔が強張っている家臣達に苦笑しながら口を開いた。

『心配はいらない。ただ、主殿は激務で疲れているようだ。しばらくそっとしておこう』

 その言葉に皆でほっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。
 今思えば、一言も袁紹が寝ているなどとは言っていない。つまり――

「麗覇様が自室に篭ったあの時!」

「さすがな桂花。そう、あの時主殿は寝ていたわけではない。自画像を描いていたのだ!」

「それを知った貴方は、その絵を譲ってもらえるように交渉を……」

 気が付けば唇を噛んでいた。何たる不覚!
 こんな事なら、あの時自分が入室していれば……。

「……要求は何かしら?」

 搾り出すような桂花の言葉を聞き、華蝶仮面の口角が上がる。

 極端な話、共に仕えている限り華蝶仮面()に仕置きする事などいつでも出来る。
 それに対して絵は一枚しか無く、喉から手が出るほどの完成度だ。
 彼女が交渉に持っていくことじたい想定済み、計画通りである。

 だが―――この華蝶仮面は後顧の憂いを残すほど甘くは無い。

「まず、この場を見逃してもらうのが一つ。そして――
 今後一切、華蝶仮面の活動に目を瞑ってもらおう」

「な!? そんな事出来るわけないじゃない!」

「そうか、では交渉決れ――」

「ちょ、待ちなさい」

「我がもう一枚描けば万事解決ではないか」

「……」

「……」

 空気の読めない男の発言は強かった。
 
「く、覚えていろ!」

 立場が逆転し旗色の悪くなった華蝶仮面は、皆が硬直している隙に民家の屋根に飛び乗り。悪党のような捨て台詞を残して走り出した。
  
「あ、待ちなさい! 衛兵!」

 屋根伝いに逃げていく彼女を警邏隊の面々に追跡させる。捕縛は難しいだろう。
 逃走劇を繰り返している内に隠密の技を会得したようで、今までも逃走を許している。
 だが、今回は心強い味方が居た。

「ワン!」

 特別捜索隊だ。匂いに敏感な彼らの嗅覚を持ってすれば、メンマ臭い偏食家の捕縛など時間の問題だろう。






「あの、麗覇様。……先程の」

「絵か? 描いても良いのだが、自画像は思いのほか詰まらなくてな」

 袁紹が自画像を描いた時を振り返る――……。

 何となく絵が描きたい気分になり、政務を抜け出して自室に篭ったが。
 いざ自画像を描き出すと物足りない気分に陥った。自分の顔など鏡で見飽きている。
 星に譲った絵はラフ画止まりだ。それでも十分完成度が高いのだが――

「そうだ、どうせなら桂花を描かせてくれないか?」

「わ、私をですか」

「うむ、まずはラフ画から――」

「らふ画!?」

「……駄目か?」

 残念そうな顔、悲しそうな声。
 その言い方は……ずるい。

「………………いえ」

「おお、受けてくれるか! では準備をしたのち取り掛かるぞ、今夜だ!!」

「こ、今夜」

「鉄は熱いうちに打てというだろう、思い立ったが吉事だ!」

「……」

 












 ――どうしてこうなった!?

 袁紹の自室。そこで彼は、何時ぞやも脳内で叫んだ台詞を繰り返していた。
 その目の前には―――桂花の一糸纏わぬ裸身が晒されている。

 ――落ちつけ、順番に思い出すんだ。

 無駄に本格的な器材を用意し待ち受けていた袁紹。少しして桂花を部屋に招き入れた。
 その際に、布のような物を持参していたのに疑問を持ったが、特に追及はしなかった。
 彼女は寝台に座らせ、絵を描く為に何かポーズをとってくれと頼んだ。
 すると、布の擦れる音が聞こえてきて――……、顔を上げた袁紹の目に桂花の裸体が映り現在に至る。

 ――まるで意味がわからんぞ!

 桂花はここまで積極的な女性だっただろうか。いや、彼女は人並みに羞恥心を持っている。
 どこぞの娘みたいに、からかう目的で肌を晒す様な事は出来ない。
 ではこれは、モデルとしての本懐を果たそうとしているだけなのか?
 そもそも何故裸なのだ。たかがラフ画にそこまで気合を―――ラフ画?

 ラフ画→らふ画→裸婦画

「!?」

 合点が行った袁紹は頭を押さえた。自分でも指差しで笑いたい大失敗である。
 思えば、五華蝶仮面の各名称に始まり、omikoⅥ、今日は時代錯誤な発言が多かった。
 だからだろう、何の疑問も無くラフ画などと口にして誤解を生んだ。

 何故気が付かなかったのか。ラフ画と聞いてから桂花は顔を赤くして俯き、周りの者達は猪々子を筆頭に口笛を吹いてからかっていたと言うのに――

 





「緊急招集緊急招集、自体は一刻を争う!」

 袁紹の呼びかけに《《袁紹達》》が集まってくる。無論現実ではない。
 此処は袁紹の脳内。事態の最善となる行動を模索するべく、名族の名族による名族のための脳内緊急会議だ。

「現在、ラフ画を勘違いした桂花が裸体を晒している状態。
 彼女の尊厳を傷つける事無くこの場を乗り切らねばならない」

「ハッ!」

 総司令袁紹の言葉に反応したのはフル装備の袁紹だ。少々厳つい顔つき、歴戦の勇士を思わせる。

「軍人袁紹。発言を許可する」

「正直に話し、誠意を持って謝罪すべきだと進言致します。
 悪戯に傷口が広がる前に、被害を最小に止めるべきかと」

「却下だ。正直に話せば桂花は勘違いで裸体を晒した事を知る。
 事態は収束するが彼女の尊厳が守れん」

「僕は彼の意見に賛成だ」

「……委員長袁紹か」

 軍人の意見に賛同したのは、七三で眼鏡の袁紹。
 生真面目が服を着て歩いているような二人だけに、気が合うようだ。

「ごちゃごちゃウルセェ、下半身で考えればル○ンダイブ一択だろうが!
 ヒャッハーッッ、暴れん棒様のお披露目じゃァァァッッッ!!」

「世紀末袁紹を追い出せ」

 総司令官の指示に、軍人と委員長の二人がモヒカン肩パッド袁紹を連れて行く。
 何をするだァーッという言葉と共に会議室から世紀末が追い出された。

「我に言わせれば、世紀末の言い分も一理あると思うんだけどねェ」

「……遊び人」

 気だるそうな声を上げたのは遊び人袁紹。普段は纏めている髪を解き、服を着崩している。
 中性的な容姿に、露出した肩が淫靡な姿を際立たせている。上半身は鍛えぬかれ筋肉質だが、そのアンバランスさが何とも言えない色気を発していた。

「皆も桂花の好意には気が付いているのだろう? 相思相愛なら迷う事はあるまい」

(わたくし)も賛成ですわ!」

『……誰?』

「んまぁ! この私をご存じないなんて、貴方達は本当に名族なんですの!?」

「う、うーむ。初対面のはずだが……」

「小官は初対面な気がしないであります」

「僕もだ、何となくだけど他人な気はしない」

「美人なのに我の食指が動かない。不思議だねェ」

 突如発言した謎の乱入者、目を見張る美女だ。
 美しく長い金髪は腰まで伸ばされ、毛先がどこぞの覇王のようにカールしている。
 顔は端正で目はやや吊り目、自尊心の高さが容姿に現れている。
 胸は大きく自己主張しており、腰はしっかり括れている。
 まさに美を体現したような女性だ。どことなく袁紹に――……

「私のことより、桂花さんの事ですわ! 良いこと、彼女は相当な覚悟を持って訪れ、肌を晒したのです。その想いを無下にすることがあっては名族失格ですわ!」

「だが、この事態の解決には――」

「で・す・か・ら! このまま絵をお描きになって、彼女と添い遂げるのです。
 そうすれば桂花さんの尊厳も守られ、万事解決ですわ!」

「その心は?」

「勿論、それらしい提案に託けて、可愛らしい猫耳を愛でる事で――……」

「……」

「……」








「……」

 意識を現実に戻した袁紹は筆を走らせる。この間わずか一秒。
 脳内会議に現れた謎の美女の意見は可決、変更を入れ実行する事になった。
 
 このまま桂花を描き、完成まで後は一人で十分だと部屋へ帰す。
 これだけ聞けば袁紹らしからぬ決定かもしれない、恋の据え膳を喰らった彼ならば――
 
 ――よし、一先ず出来た。

 ややあってラフ画は完成。桂花に声をかけ様としたその時、袁紹の思考は止まり性欲が湧き上がった。

 今まで彼を冷静にさせて来たものの正体、それは使命感。
 桂花に恥をかかせまいとする心遣いが性欲を凌駕し、雄としての本能を抑え付けていた。
 しかし、ラフ画が完成して場を取り持つ理由が出来た途端、袁紹の中の使命感が欠如。
 素の状態で桂花の裸体を目にしてしまった。
 
 恥ずかしさからか顔を背けて寝台に座り、事前に持ってきていた布で恥部を隠している。
 上半身を晒した状態だが胸の辺りで布を握り締めており、その姿はさながらヴィーナス(女神)
 ラフ画に描かれた蠱惑な女性がそこに居た。

「……」

 理性の扉を御輿に乗った世紀末袁紹が叩いている。長居は危険だ。

「桂花、下書きが完成したぞ」

「見ても宜しいですか?」

「うむ、是非評価してくれ」

 モデルとしての役目を終えた桂花は、布で大事な部位を隠し袁紹の傍らに移動する。

 そして描かれた自身の姿を見て息を呑んだ。まず驚いたのはその完成度。
 今にでも動き出しそうな桂花が色っぽく月を眺めている。
 忠実に再現しすぎて胸部装甲が薄い点は不満だが、変に美化されるよりずっと良い。
 売りに出せば大陸中の金持ちが欲しがるだろう。袁紹と桂花にこの絵を表に出す気はさらさら無いが……。

「後は我一人で完成させられる故、今日はもう休むと良い」

「……やっぱり、私では駄目なのですか」

「何を言って――」

「斗詩や猪々子、そして恋が相手であれば麗覇様はこの後……」

「いやいや、誰が相手でも同じはず」

「嘘です!!」

 思いのほか強い言葉に袁紹の目が丸くなる。桂花は罪悪感やら羞恥心から俯いてしまった。

「私に……魅力が無い…………から」

「そんな事は無い」

「では何故、私には手を出して下さらないのです!?」

 桂花の瞳に涙が浮かび、袁紹の決心が揺らぐ。
 だが彼女を思えばこそ、今は手を出すわけにはいかない。

「桂花の身体が心配なのだ」

「わ、私の身体?」

 袁紹の考え、それは疲労困憊な桂花に無理をさせられないというもの。
 特に今日は不味い。朝から昼にかけての政務、五蝶仮面との対決、現場の処理後屋敷に戻って再び政務、その他雑事、そして絵のモデル。
 成り行きとは言え小さな身体でこれだけの事をこなしてきた。疲れが溜まっているはず……
 ましてや桂花は生娘だ。彼女の身体に負担をかける事は一人の紳士として許されない。

「わかってくれ桂花。我はお前を壊したくないのだ」

 負担をかけている張本人が何を言っているのだろうか、自身でさえ嘲笑ものだ。
 しかしこれは偽りなき本心。今の桂花に袁紹の相手は荷が重い。
 あの猪々子や恋でさえ、足腰が立たなくなるほどの絶倫なのだ。
 肉体的にも盛りがつく年齢であり、未だに自分でも制御が効かない。
 このような獣が桂花を求めるなど……。

「――してほしいです」

「……?」

「壊して欲しいです!」

「!?」

「私を労わってくれるのは嬉しいです。でも、私の想いを考えていません!
 このまま燻り続けるくらいなら…………私を壊して下さい」

 前言撤回。袁紹は桂花を抱き締めた。変わり身が早過ぎる、そう思われても仕方が無い。
 だが男は本心を伝え、女はそれに勝る想いを口にした。これ以上の言葉は無粋だろう。
 この期に及んで尚も足踏みするのであれば、以後、男を名乗る事は許されない。
 中の美女もそう言っている。

 羽のように軽い桂花を持ち上げ寝台に移動させる。自分でも驚くほど袁紹は冷静だった。
 恥ずかしがる桂花の心を汲んで明かりを消す。震える彼女を安心させるように撫でる。
 やがて、月明かりに照らされた影は一つに重なり、闇に溶け込んだ。

 
 
 

 
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