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狸の蓑

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3部分:第三章


第三章

「けれどね。歳取った尼さんだとですね」
「どうなるんだい?」
「姿を見破られて念仏唱えられたらおしまいです」
「しまい?どうなるんだい」
「狸に戻っちまうんでさあ」
 こう言うのである。
「それで蓑の術が一旦消えて」
「それはまた難儀なことだな。けれど尼さんだよな」
「ええ、そうです」
「それも年取った」
「ええ」
「まあそうそう出会うもんじゃないだろう」
 彼は随分と楽観的に答えた。実はかなり自分にとって都合よく考えてのことだがこれはそもそも蓑の術の前に目が眩んだからである。
「まあ気にすることじゃないさ」
「蓑を脱いだら他の術が使えたりしますけれどね」
「俺はそんな術知らないぜ」
「あっしも人間がそんな事態になったらどうなるかは知りやせんがね」
 どうやら狸もそこまではよくわからないようである。蓑を見ながら首を傾げている。
「まあそれでもですよ」
「気はつけておけってことかい」
「はい、そうです」
 こう彼に言うのである。
「ですから。それだけは」
「わかったよ。じゃあこれは貰っておくな」
「ええ。じゃあそういうことで」
「今度からは店の前で寝るんじゃねえぞ」
 逃げようとする狸に対して一言釘を刺しておいたのだった。
「酒を買うのはいいがな」
「それはいいんですかい」
「これは商売だからな」
 だからだというのである。
「どんどん買ってけ。いいな」
「わかりやした。それじゃあ」
 こうして狸はあたふたと逃げて行って八兵衛は商売に戻った。ところがそれも終わりほっと一息ついてその時。彼はすぐに蓑を収めておいた場所に向かったのである。
 それは納屋である。そこに入ると急にすけべそうな顔になる。どうやら嫌らしいことを考えているらしい。
「へへへ、これでな」
 早速その蓑を取る。そうして。
 着てみる、するとやはり姿が完全に消えた。
「よしっ、これでだ」
 そのまま何処かへと向かうのだった。そうして向かった場所は。
 湯屋であった。そこに姿を消して入り込む。しかも入った先は女風呂だった。そこに入り女達の裸を見て楽しむのであった。
「ひっひっひ、これはいいぞ」
 若い娘達の裸を見て御満悦となる。脱衣場でもうにやけまくっている。
 そして風呂場に向かう。そこにも若い娘達がいてさらに上機嫌になる。彼にとっては狙いが当たって何よりだった。思わず狸に感謝さえしていた。
「あいつも気が利くじゃねえか」
 自分が結構強引に手に入れたことは忘れている。
「こんなもんをくれてよ。これから毎日暇があったら使うとするかい」」
 助平心そのままに風呂の中でにやけていた。ところがここで。頭を丸めた年老いた女が風呂に入って来たのであった。それは。
「ああ、雀眺様」
「今日も来られたのですね」
「はい」
 周りの女達に雀眺と呼ばれたその老女は優しい微笑みを浮かべながら風呂にやって来たのだった。八兵衛はまだ彼女に気付いてはいない。それどころか有頂天になっていて狸の忠告すら奇麗に忘れてしまっていた。
「腰にはこの風呂が一番よいので」
「ええ、そうですよね」
「それはもう」
「そうなんですよ。じゃあ今日も」
 こう言って風呂に入ろうとする。しかしこの時だった。彼女は不意に表情を変えた。そうして険しい顔で立ち止まり言い出したのである。
「ここには」
「!?一体」
「どうされたのですか」
「よからぬものがいます」
 その険しい顔で娘達に言うのである。
「ここに」
「よからぬものとは?」
「何でしょうか」
「むむっ」
 その険しい顔で急に念仏を唱え出した。すると。
「!?これは」
「狸!」
 不意に八兵衛の姿が出て来たのである。皆その狸の姿を見て驚きの声をあげる。
 
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