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狸の蓑

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2部分:第二章


第二章

「全く。酒を買って飲むんならともかく家の前で寝るとは太え野郎だ」
「いえ、あんまり美味くて強かったんで」
「言い訳はいいんだよ」
 またすごんでみせる。
「言い訳はだ。今どうなってるかわかるよな」
「ええ、まあ」
 自分の姿と周りを見る。それだけで充分だった。
「それは」
「そういうことだ。それでだ」
「へえ」
「どうなりたい?」
 またすごんでみせて狸に対して問う。
「助かりたいか?それとも鍋がいいか」
「そんなの決まってますって」
 青い顔で八兵衛に対して答えるのだった。
「そりゃ勿論」
「助かりたいな」
「その通りです」
 やはり答えはこれであった。これしかなかった。
「是非共。ここはお慈悲を」
「では何か出すんだな」
 ここはやはり商人だった。それを要求するのである。
「何でもいい。とりあえず出せ」
「何でもですか」
「そうだ。何かあるか?」
「とりあえずはですね。あっしのほら」
「ほら?」
「背中ですよ」
 その下に向けられている自分の背中について言うのだった。
「背中にありやすけれど」
「んっ!?これは」
「これはまああれです」
 必死な声で八兵衛に対して話し続ける。
「これを着れば姿が消せるっていう狸の蓑でして」
「ほう、面白い蓑だな」
「これをあげます。あっしの家には何着もあるものですから」
「これをくれるというのだな」
「その通りです。こんなものでよけりゃあ」
 その青い顔での言葉だった。
「どうか貰って下さい。だから勘弁を」
「本当にこれで姿が消せるんだな」
「あっしは嘘は言いませんよ」
「じゃあ実際に着てみるぞ」
「どうぞどうぞ。今本当にあげますから」
「わかった。それじゃあな」
 実際にそれを取ってみて身に着けてみる。すると忽ちのうちに。
「なっ!?これは」
「ほら、あっしの言った通りでしょ?」
 狸は八兵衛に顔を向けて述べてきた。
「消えるんですよ、その蓑着たら」
「これはまた凄いな」
「ですからあげますよ」
 こう彼にまた言った。
「ですからどうか」
「本当に貰っていいんだな?」
「助けてくれさえすりゃあもう」
 彼にも二言はないようである。というよりはどうしても鍋にはなりたくないというのがわかる。dあからこそこの蓑を差し出すのである。
「あげますからどうか」
「わかった。ではな」
「どうも。ただしですね」
 縄を解かれてとりあえず落ち着いてそのうえ風采のあがらない中年の男に化けたうえでまた八兵衛に対して言ってきた。
「気をつけて下さいよ」
「んっ、何をなんだい?」
「その蓑のことですよ」
 こう彼に言うのである。
「それはね。確かに姿は消せますが」
「それだけではないのかい」
「ええ。尼さんには気をつけて下さいよ」
「尼さんに!?」
「そうです、尼さんです」
 ここで狸は実に奇妙なことを彼に言ってきた。彼も話を聞いていて首を傾げることしきりである。
「尼さんにはね。くれぐれも」
「またそりゃどうしてだい」
「若い尼さんならいいですよ」
 狸は彼に説明をしだした。中年男に化けているというのにどうにも狸の印象が拭えないのは八兵衛の先入観のせいだろうか。
 
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