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コーディネイト

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3部分:第三章


第三章

「ジャージでいいから」
「その時はいいのか」
「ただし」
 しかしここで。香苗はジャージを出してきた。それは政行が今着ているような野暮ったいものではなくてスポーツ選手が着るスタイリッシュなものだった。
「これ着て。パジャマもシルクを用意しておいたから」
「シルクか」
「そう、シルク」
 そのシルクのパジャマも出してみせた。
「それを着て。これからはね」
「何か何でもかんでも派手になってきているな」
「派手じゃなくてね。コーディネイトよ」
 またこの言葉を出してみせた。
「コーディネイト。いいわね」
「コーディネイトか」
「そう。だから」
 また政行に対して言う。
「下着もね」
「ブリーフとかじゃないよな」
「ブリーフは駄目よ」
 それは一言で全否定だった。
「あれは今時流行らないわ」
「じゃあ何だ。今まで通りトランクスか?」
「そうだけれどこれもちゃんと選んだから」
 出してきたのは今まで身に着けていたものよりも遥かに立派なものだった。生地は同じ木綿でもかなり高級なものになっていた。それを出してきたのだ。
「これね」
「これか」
「シャツも同じよ。これを身に着けて」
「わかった。服もか」
「全部変えるの」
 それが彼女のコーディネイトなのだった。
「中も外もね。これであなたは全く変わるわ」
「昔みたいになるのか」
「昔のあなたとはまた違うわ」
 それは違うというのだった。
「また違うあなたになるわ」
「違う俺にか」
「なるから。楽しみにしておいて」
「楽しみにね。まあそうさせてもらうか」
「お酒もだけれど」
 話は彼の飲む酒にも及ぶ。
「今までビールとかだったよね」
「ああ」
 彼は今までビールを好んで飲んでいたのだった。しかしそれに対してもコーディネイトするのだった。香苗のそれはかなり徹底していた。
「それはね」
「どうするんだ?」
「スコッチどうかしら」
 彼女が話に出したのはスコッチだった。
「あれかワインにして」
「スコッチかワインか」
「ええ。それでもいい?」
「正直なところ酒は何でもいい」
 これについてもやはり潔いものがあった。
「何でもな」
「そうなの」
「だから言っただろう?約束は約束だ」
 何処までもそれを言う。まるでそれが絶対であるかのように。政行は言うのであった。
「だから。それでいい」
「スコッチ飲めるわよね」
「少しずつならな」
「ワインは?」
「飲める」
 これに対する返答はすぐだった。
「それにあちらの方が太らないか」
「そうよ、それもあるのよ」
 実はそこも考えている香苗だった。やはり彼女のコーディネイトは徹底していた。
「それもね」
「そうか。御前本当に細かいところまで考えているんだな」
「だからインテリアデザイナーなのよ」
 このことをまた強調して言葉に出した。
「わかるかしら」
「インテリアデザイナーっていうのは厳しいんだな」
「私だけかも知れないけれどね。そうよ」
 少なくとも自分はそうだというのだった。
「私はね」
「わかった。じゃあ酒もな」
「家にかける音楽も」
「音楽!?」
「そこまで考えていなかったでしょ」
「ああ」
 とてもそこまでといった感じだった。仕事中は音楽はかけない主義なのだ。
「クラシックね。ロックでもいいけれど」
「音楽もあるといいのか」
「ダンディに」
 注文がついた。
「それが条件よ」
「ダンディな音楽か」
「例えばワーグナーね」
 いきなりまた随分と何かとある音楽家の作品だった。
「それとかジャズとか」
「ジャズは好きだな」
「じゃあそれね」
「ついでに言えばワーグナーも好きだ」
 何気に音楽の趣味がいいのかも知れない。
「それもフルトヴェングラーのがな」
「随分知ってるじゃない」
「基本だ」
 平然と言ってみせてきた。
「こんなのはな」
「基本なの、フルトヴェングラーのワーグナーって」
「基本中の基本だ。その世界の人間にはな」
「初耳だったわ。私も勉強が足りないみたいね」
「それは気にしなくていい。とにかくだ」
 今度は政行の方からの言葉だった。
「これで決まったな。音楽もな」
「わかったわ。じゃあそれで行きましょう」
「ああ」
 こうして何もかもが決まった。三ヵ月後にはもう彼は見事なナイスミドルの作家になっていた。あまりもの変わりように編集者まで驚いていた程だ。
 
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