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トンデケ

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第八話 地下都市

磁場の衰弱…、その影響は、最初のうちはわからなかった。
木の葉が季節外れに紅葉したかと思うと、あっと言う間に落葉したり、
根元の芝や雑草が茶色く変色して枯れたり…。
はじめはそんな程度であった。

ところが、ゴールデンウィークに入ると、それは顕著になる。
通信網や電力網、GPS、精密機械、スマホやパソコンなどに
度々障害が起き始めたのだ。
連休だったこともあり空港や鉄道、道路の交通網などが大混乱。
連休が明けてもその余波は続いた。
金融機関では大行列ができ、街には不穏なムードが高まっていった。
場所によっては、送電線がショートし停電なども起きているようだった。

また、それを伝えるテレビやラジオも電波に乱れが生じるようになり、
とうとう、百香のラジオ番組も休止することになった。
今はニュースと音楽のみが流されている。

「ねえ、武井さん。まだスーパーホットプルームの位置は
 わからないんですか?」

「位置はだいたい掴めてるそうです。今、透視や念写を得意とする人たちが
 協力して、正確な位置や大きさを調べているそうです。
 しかし、とにかく予想以上に大きいため、全体像を掴むのに
 時間がかかっているようです。」

「私、最近ちょっと頭痛や耳鳴りが酷くて…。これって、放射線の影響じゃあ…」

「敏感ですね。たぶんそうでしょう。そろそろ地下へ移動しますか。」

「地下って…」

「アイズのシェルターがドイツの地下にあるんです。
 研究者や技術者、能力者たちも大勢集まってきています。」

そうか、地下なら放射線の脅威から逃れることができる。

でも、眺めのいいこの場所から離れるのは少々寂しい。
この海辺の平屋には祖母が晩年暮らしていた。
百香が東京から移り住んで早六年。
風呂場や外壁など傷んだところを自分で直し直し暮らしてきた。
祖母が愛したミニ菜園。百香が土作りからやり直して
今ではプチトマトやピーマン、ネギなどが収穫できるようになった。
愛着のあるこの場所をできれば離れたくはない。

が、そんなことも言っていられなくなった。
愛する摩周の体も心配である。

「武井さん、摩周も連れて行っていいですか?」

「もちろん。」

百香は大きなスーツケース二つに身の回りの物と摩周の餌などを
めいっぱい詰め込んだ。

「うわっ、重いっ。」

武井がスーツケースを持ち上げようとしたがダメだった。
二人がかりでようやく立ち上げて、リビングへ運んでいく。

「当座に必要な物って考えたら、まだまだ足りない気がするんですけど…」

「大丈夫。向こうでも十分調達できますから。」

「そうなんですか?」

「ええ、心配いりません。これを首から下げて。」

渡されたネックストラップを首から下げる。
真ん中にカードがぶら下がっている。

「これは、ICカードです。個人識別とお財布にもなります。無くさないようにね。」

「これ… もし落としたり盗まれたりしたら、悪用されませんかねぇ。」

「顔認識や指紋認識でなりすましを防止するシステムがあるので大丈夫ですよ。」

「ああ、そうでてすか。それなら安心ですね。」

「じゃあ、行きますか。」

「あっ、ちょっと待ってください。戸締りしたら摩周を連れてきます。」

百香は窓からの景色を惜しむように眺めながらシャッターを下ろし、鍵をかけた。
家じゅうの戸締りを確認し、最後にベッドで寝ていた摩周を
キャリーバッグへ押し込んだ。中から摩周の不安そうな鳴き声がする。

「病院へ行くんじゃないのよ摩周。心配しないで。
 ちょっとの間だけ我慢してね。」

リビングに戻り照明を消すと、足元灯がぼんやり室内を照らす。
百香はキャリーバッグをスーツケースの取っ手にしっかり固定すると、足元へ引き寄せた。

「じゃあ、飛びますよ。私の肩に手を乗せて。」

それはほんの一瞬だった。
武井がおでこに手を当てると、背景がぱっと変わった。
二人は高層ビルが建ち並ぶ街のど真ん中に飛んでいた。

「はい、着きましたよ。ここがアイズが入ってるビルです。」

武井の言うビルは外観こそ古びているが、中は床も天井もキラキラと輝いていた。
まるでどこかの高級ホテルのようだ。
入ってすぐ目の前に改札機のようなゲートがある。
フラッパーゲートというそうだ。
大きな会社の自社ビルなどでも最近よく見かける。
リーダーにICカードをかざすとピッと反応してゲートが開いた。
その先にずらりと並ぶエレベーターの扉。

武井が中央の扉の前に立った。
脇についたリーダーに再びカードをかざすと
エレベーターの電源が入り扉が開いた。
武井のあとについて百香も乗り込む。
通常のボタンの一番下に赤いカバーが付いているのが見える。
武井がカードをかざすとカバーが自動で開き、謎の“S”ボタンが現れた。

「この“S”ボタンを押すと地下まで直通になります。」

「どうしてテレポートで直接地下へ飛ばなかったんですか?」

「ああ、そう思いますよね。
 決められたチェックポイントを通らないと、
 不法侵入扱いされちゃうんですよ。
 ですから面倒でも、ここからカードを使って
 入らないといけないんです。
 入り口のゲートを抜けると、
 そこから先は追跡システムによって
 我々の行動は常に監視下に置かれます。」

能力者の中には悪意を持った危険人物もいるだろう。
セキュリティーが厳しいのも致し方ないか。
エレベーターの中には、なんとベンチがついていた。

「下に着くまでちょっと時間がかかるので、どうぞそこに座ってください。」

“S”ボタンを押し扉が閉じると、エレベーターが下降し始め徐々に加速する。
耳がつんと詰まって痛い。これは相当な速さだ。
なのに2分経ってもまだ着かない。
百香はこういう狭い場所が大の苦手だ。
だんだん落ち着かなくなってきて、たまらず「まだですか?」と尋ねた。

「ええ。聞いたところでは深さがおよそ10キロにもなるそうです。」

「そんなに?」

「ええ。第二次大戦中から掘られていた穴だそうですよ。
 このエレベーターは最高時速が60キロですから、下まで10分はかかりますね。」

「うわぁ~、そうなんですか。他に入口ってないんですか?」

「政府の主要機関の建物に地下通路があって、この施設とも繋がっているようです。」
 
「へぇ~。あのう、地下ってどんなところなんですか?」

「ちょっとした地下都市ですね。生活に必要なものがほぼ揃ってます。
 宿泊施設、食堂、コンビニ、学校や病院、大浴場、テレビ局まであります。」

「へぇ~、すごい!」

「各施設の利用もこのカード一つで事足ります。」

首から下げたカードを振って武井は得意げにそう言った。

「へぇ~。」

「あなたは今日からアイズの一員です。
 ですからちゃんとお給料も出ますよ。
 準備金としていくらかチャージしてもらいましたから、
 利用時に金額をチェックしてみてください。」

「まあ準備金まで? それはありがたいです。」

(やった~! これで食うに困らないぞ。)
不謹慎にも内心でガッツポーズ。

しかし、まだ、着かない…。
じりじりと時間がすぎ、百香の我慢が限界に近づいた時
エレベータがふっと浮き、ようやく止まった。

扉が静かに開く。
フラッパーゲートを抜けるとそこには、
アーチ型の通路が放射状に広がっていた。

「ここからはもう能力を使って大丈夫なんですが、
 今日はせっかくだし、これを使ってのんびり行きますか。」

武井が指さしたのは遊園地にあるようなライドであった。
百香が重い荷物を持ち上げようとしたが、
武井が即座に後部座席へ飛ばしてくれた。

「あはは。杖を使わないだけで、まるで魔法使いですよね。」

「そうですとも。ハリーポッターはこの私がモデルなんですよ。」

武井が誇張して胸を張る。
座席正面のタッチバネルで“日本語”を選択し
目的地をセットすると「シートベルトを締めてください」と音声ガイド。
すると、ライドはゆっくり右にスライドし始めた。
何本目かの通路の前で一旦停止。
間もなくライドはすーっと前へ滑るように動き始め
トンネル内を加速しながら走り出した。結構速い。
上を見上げると天井には昼間の空が映し出されている。
ちゃんと時間経過に伴い色が変化するのだそうだ。

5分ほどでホテルの入り口に到着。
無人のフロントでカードをかざす。これでチェックイン完了。
出てきたレシートには、「Ladies' Room No.215」と書いてある。
壁にはエレベーターの扉がロビーをぐるっと取り囲むように並び、
受付の裏には自販機や背中合わせのベンチも見える。

赤い女性マークが付いたエレベーターの前まで来ると
武井が指先で案内しながら言った。

「ここは宿泊エリアです。これが女性用エレベーター、そっちが男性用、
 あそこからはファミリー用です。
 私は女性用エリアには入れませんので、ここから部屋まではお一人でどうぞ。」
「そうなんですか?」
「ええ、宿泊エリアは特にセキュリティーが厳しくてね。
 予め申請しておかないと他のエリアへは入れないんですよ。」
「そうなんですね。」 
「まあ、女性や子供に配慮してってことなんでしょうが。
 これじゃあ、デートもままならないな…。」
「あら、武井さんにそんな(ひと)いるんですか?」
「ええ? いやいや、あなたの気持ちを代弁したんですよ。」
「ええ?」
「もぉ…、隠したって無駄ですよ。」
「はあ?」
「それじゃ、私はここで待ってますから荷物を部屋に置いたら、またすぐ戻ってきてください。
 後で愛しの博士に会わせてあげますからね。」
「やだぁ、武井さんたらぁ~、何言ってるんですか~」
今更照れている百香に武井は苦笑するしかない。

(そうか、ここからは男性は入れないのね。
ということは、武井さんの突撃訪問も防げるってわけだ、助かったぁ…。)
百香はエレベーターで二階へ上っていく。
館内の案内図を見てみると、最下層にはスパやシャワールーム、
食堂、コンビニなどもあるようだ。

エレベーターを降りると、通路を挟んで
両側には部屋の入口らしい四角い枠が整然と奥まで続いている。
百香はスーツケースを引きずりながら長い廊下を歩いていく。
取っ手に固定したキャリーバックから摩周の声がする。
「もうすぐだからね。」摩周に声をかけ頭を上げると、
視線の先で215号室のランプが点滅しているのが見えた。
「ああ、あそこか。」
百香は点滅するドアの前に立ち、カードをかざしてロックを解除した。
自動ドアがすーっと開いて、室内の照明が一斉に点いた。
向かって左には小さなデスクと椅子、右にはセミダブルベッドが置かれていた。
振り向くとベッドの足元の壁に薄型テレビがついていて、
ヘッドホンを使用するよう注意書きがある。
どうやら、部屋の壁は防音仕様ではないようだ。
よく見るとデスクの下にはキューブ型のミニ冷蔵庫も置いてある。

百香は荷物の中から摩周のおマルを取り出し、砂を入れた。

「摩周、お疲れ様。ここが新しいおうちよ。」

キャリーバッグをそっと開けると、
摩周は一旦顔を出したが、またすぐ引っ込めてしまった。
(この子は神経質なところがあるから、ゆっくり慣らしていこう。)
部屋には小さな鏡と洗面台があるだけで、トイレは外の共用しかない。
いたってコンパクトな造りだ。
(そういえば、観光で乗った寝台列車の個室もこんな感じだったな。)
(しつら)えを一通りチェックし終えると、
百香は容器に水と餌をセットし、キャリーバッグを覗き込む。

「摩周、ママちょっと出てくるね。いい子にしててね。」

百香は部屋を出るとエレベーターでロビーまで下りた。
武井は空になったコーヒーカップを
ダストボックスに捨てようとしているところだった。
ボックスの蓋が締まると、しゅぽっと吸い込む音がした。

「ダストシューターになっていて、ゴミは集積場へ直行です。」

「あら~、便利。」

「施設内のゴミ箱はすべてこれです。ゴミの焼却熱は空調や温水に使われてます。」

「信じられない。こんな世界が地下に広がってたなんて…」

「驚いたでしょ。さあ、それじゃ、楠田博士の居る研究室に行きましょうか。
 ここからはカードもライドも必要ありません。さ、私の肩につかまって。」

移動は簡単、乗り物いらず。本当にこの能力は持っていると便利。
しかし、あまり多用しすぎると運動不足になってしまいそうだ。

瞬間移動した部屋では大勢の人間が忙しそうに働いていた。
正面の壁は大型モニターになっていて、何か不思議な映像が
ビリビリとノイズの線を走らせ、ぼんやり映し出されている。

「博士! どうです? 新しいこと、何かわかりましたか?」

武井が楠田を見つけ声をかける。

「ええ…、それがねぇ…」楠田が言いよどむ。

「どうもねぇ、予想外のことが起きてるんです。」

「予想外?」

「私が研究してきたスーパーホットプルームとは少し違うようなんです。
 何か得体の知れない物体が浮かんで来ているんですよ。」

「ええ!? どういうことですか?」

「うーん、なんと言ったらいいのか… 地球が出産しようとしている、とでもいうか……」

「はぁ? 出産!? 地球が…ですか?」

百香は後方で楠田の顔にうっとりしながら会話を聞き流していたが
『地球が出産』という言葉が明確に脳裏をずどーんと撃ちぬいた瞬間、目が覚めた。
どうやら、人智を超えた、何かとてつもないことが起ころうとしているようなのだ…。
 
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