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トンデケ

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第七話 スーパーホットプルーム

雨が止み、部屋に西日が射す頃になって
百香はようやく力を制御するコツを掴みだしていた。
武井から教わった呼吸法と感情の抑制、
それは言ってみれば、精神統一、集中力を瞬時に高めるためのものだ。
百香は目をつむり、頭頂のさらに上を意識しながら鼻で深く息を吸う。
溜めた息を今度は口から吐き出す。
このひと呼吸で、一気に周りの雑音が遮断される。
そのまま、おでこを丸く撫でると神経がその一点に集中する。
頭全体が軽く痺れを感じたその瞬間がスイッチのサイン、
つまり、能力を最大限に引き出すことができる、
絶好のトランス状態に入ったことを意味する。
その感覚が百香にもようやく掴めてきたのだ。
訓練により、特に唱える言葉がなくても感情の抑制が効いた。

「ウォーター!!」

「なに? どうしました? 大丈夫ですか圷さん。」

「うっふふふふ、あっははははは」

狂ったように笑い出す百香。
三重苦のヘレン・ケラーが井戸水に手を触れて
水とコップを初めて区別できた瞬間、
歓喜のあまり「ウォーター!!」と叫んだという。
まさにそんな気分だった。

コツさえわかれば、面白いように力を繰り出すことができた。
物体を思い通りの場所へ飛ばすのはもちろん、
やったことのない、自分自身の体を別の場所へ飛ばす、といった技まで覚え、
あっという間に高度な能力を習得していった。

「もっとはやく教えてくださってたら、辰郎を殺さずにすんだのに…」

百香の声がしずむ。

「そうですねぇ。しかし、あなたの能力はここ数十年の間、使われた形跡がなかった。
 だから、もしかしたら力が消滅したのではないかと思っていました。」

「そうなんです。私も自然消滅したんだと思って、忘れかけてたくらいです。」

「たまにいるんですよね。大人になるにつれ力が弱くなったり消えてしまう人が。
 でも、あなたのように温存型もいるんだなぁ…。
 いやー、あなたの瞬発力は大したものですよ。
 これなら私たちの力強い戦力になってくれるでしょう。
 真鍋さんとの一件は、私とあなたを引き合わせる
 運命の架け橋だったとも言える。
 そういう意味で、彼の死は決して無駄にはなりませんよ。
 なにより、私たちには人類を救うという、
 とてつもなく大きな使命があるんですから。」

(うわー、武井さんて本当に口がうまいわね。
 そんな風に言われると、なんだか罪悪感が薄れてくるわ。)

「疲れたでしょう。今日はこれで終わりにしましょうか。」

「ねぇ武井さん、さっきのお話にあった“でかいもん”て、いったい何なんですか?」

「ああ…、あれね。わたしにも詳しくはよくわからないんですがね。
 なんて言ったっけなぁ… スーパーホット…なんとか……。」

「ええ? 武井さんも知らないんですか?」

「うーん、その件について詳しい人だったら知ってるんですがね…」

「例の地球防衛軍ですか?」

「はは、そんな疑いの目で見ないでくださいよ。
 ちゃんとした組織なんですから。
 国際科学者技術者連合。
 インターナショナル・サイエンティスト・エンジニア・ユニオン、
 通称アイズと呼ばれてます。本部はベルリンにあってね。
 生物と文明の存続を科学的な角度から見守るために設立されました。
 世界32カ国の団体や個人が加盟していて、
 “もうひとつの国連”とも言われています。
 なんでしたら、これから本部へお連れしましょうか?」

「いえ、結構です… 」

「でしたら、“でかいもん”に詳しい人をここへ呼びましょうか?」

「そんなことできます?」

「ええ簡単ですよ。テレポーテーションを使えばね。
 その人、今ベルリンから帰国してるらしいから、ちょっと待ってて。」

「あっ、すみません!! 着替えたいので10分ぐらいおいてから連れてきてもらえますか。」

武井は「了解」と敬礼し、すっと姿を消した。
百香が着替え終わってリビングへ戻った時に、ちょうど武井が連れの男性と共に飛んできた。

「ただいま。連れてきましたよ、専門家を。」

「どうも、はじめまして。楠田と申します。」

「はあ…。ああ、あ、圷…です。すみません、こんなところまで来てただいて…。」

「いえいえ、武井さんが居れば一瞬ですから。ねぇ、武井さん。あっははは。」 

楠田が白い歯を覗かながら、百香の気兼ねを一瞬で笑い飛ばした。
同年代のイケメン登場に、百香は少々面食らった。

「楠田博士はね、アイズに参加している地質学者なんです。
 博士、この女性救世主にも、例の“でかいもん”の話し、
 わかりやすく説明してやってください。」

三人はソファに腰掛け一息つくと、楠田が丁寧な口調で語りだした。

「では、ポールシフトがどうして起こるのか。
 まずは、そこからお話ししましょう。」

博士の話しを要約すると、こうだ。
ポールシフトには二種類あって、
一つは自転軸の上下がひっくり返り、
それに伴って磁気が反転するものと、
もう一つは地軸はそのままで
磁気だけが反転を起こすものがあるのだという。

自転軸が反転する場合の原因としては
磁力を持った天体が地球の近くを通過したり、
小天体の衝突などが考えられるという。
それによって自転軸が大きく揺さぶられ、
地球が地磁気ごと傾いたりひっくり返るのだ。

しかし、今回起こるとされるポールシフトは
南北の磁気のみが反転する地磁気逆転であるという。
その原因と言われているのが、地下深くから浮かびあがってくる、
スーパーホットプルーム。
そう、これこそが武井の言っていた“でかいもん”の正体だったのである。

これは、巨大なドーム状の熱いマントルの塊で、強い磁力を持っている。
それが地面近くに浮かび上がると地場が乱れて衰弱していく。
同時にものすごい地殻変動が起きるため、火山の大噴火や大地震が起こる。
このところ各地で起きている大地震は震源地がどれも浅いが、
それもやはり、スーパーホットプルームが地表に近づいている証拠なのだという。
また、海底のメタンハイドレートが大量に溶け出すと、急激な地球温暖化も懸念される。

あとは、武井から聞いた話しのとおりであった。
磁場の急激な衰弱がどれほどの大惨事を招く前兆なのか、
百香はようやくその恐ろしさを実感できた。

「じゃあ、そのスーパーホットプルームを取り除くために
 私たちサイキックの力が必要だということなんですか?」

「そのとおりです。今の科学技術では、とてもそんなこと、不可能ですからね。
 状況はかなり切迫しています。どうかご協力ください。」

武井が百香と楠田の顔を交互に見ながら話しに割って入る。

「ねぇ博士、彼女、なかなかの美人でしょ?」

「ええ、そうですね。」

「やだ、武井さん。なに言い出すんですか?」

百香の頬が赤く染まり、年甲斐もなくあたふたしている。

「ははは、美男美女でお似合いかなぁと思いましてね。」

「まさか、博士も独身でらっしゃるんですか?」

百香の問いに楠田も照れ笑い。

「ええ、実はそうなんです。バツイチですがね。」

軽い会話が始まったのを見計らい、摩周が百香の膝に飛び乗った。
なんて空気の読めるいヤツなのだ君は。いい子だよ。
太いしっぽをぶんぶん振ってお客様にアピールなんかしちゃって。

「かわいいネコちゃんですね。」

“かわいい”という言葉に超高感度な摩周。
楠田に向かって「みゃ~」と人懐こそうにお返事のサービス。

でも、ママの様子がさっきから変だ。
なんだか声がうわずってるぞ。
さては、あの男に気があるのか?
途端にくるっとトグロを巻き、ご存知ニャンモナイト摩周に変身。
まあ、そう拗ねるな摩周よ。ママだって女だ。
たまにはご主人の移り気に目をつむってやるのが
飼い猫の使命ってもんだぞ。
 
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