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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第五十二話

 落ち込んだ様子の小十郎を引っ張って、逃走ルートを再度確認する。
越後を迂回するルートで戻るのはどうなのかと思ったけど、風魔に調べて貰ったところ、奥州で内乱の動きがあるとの報告を受けた。
伊達が壊滅的な被害を受けて引き上げてきているのを知って、
そのどさくさに紛れて政宗様の首を獲ってしまおうという輩が出ているらしい。
それに加えてこの周辺は豊臣の息がかかったところが多いらしく、迂闊に近道をすれば更に危険が増すと聞いた。

 どちらにせよ、越後回りで帰る他ないわけか。
どうして越後に行っちゃったのかなってずっと思ってたけど、こういう状況なら仕方が無いか。

 越後が大分近くなった辺りで風魔が再び私達の前に姿を現した。

 「どうしたの?」

 「『豊臣秀吉が陣没した。討ったのは徳川家康、豊臣の軍師である竹中半兵衛は大阪城で病死したらしい』」

 確かこれが安心して越後に踏み込んだ理由になったはずだ。
小十郎も豊臣の追撃はないと知ると、酷く安堵した表情を浮かべているし、兵達も肩の荷が下りた、そういう顔をしている。

 ……この安心がこの後叩き崩されることを知っているだけに、どうにも素直に喜べない。

 「ならば急いで奥州へと」

 「追撃がないのなら、一度休憩を取ろう。
兵達の疲弊も著しいし、あの寒いところを越えるのなら政宗様の手当てもしっかりしておきたい。
あと、アンタの手当てもね」

 「ですが」

 小十郎の腹を軽く叩いてやると、あの子は呻いて膝を突きそうになる。
しかし、ここで膝を突かないのが小十郎、何とか踏ん張って痛みに耐えている。
おおっと、今度は耐えたか。素晴らしい精神力だね。

 「……っ、分かりました……一度、休憩を」

 村の子達に苛められて泣いてた子が、ここまで逞しくなったか。お姉ちゃんは感慨深いよ、本当に。

 「本当、泣き虫だったのにねぇ……」

 ついつい昔を懐かしむようにしてそんなことを言えば、小十郎が顔を赤くして

 「む、昔の話でしょう。今は泣いてなどおりませぬ!」

 なんて言うから可笑しいもんで。
まぁ……過去どう転んでも、最終的には今の小十郎になったんだろうけどもさ。
それが小十郎のキャラクターなんだから。
そう思うと……少しだけ、寂しいような気がするな。
どんなにこうなって欲しいと望んでも、そうはならないって言われているようなものだから。

 ……本音を言うとね、この子には刀を持たなくても良い人生を歩ませてあげたかったのよね。
死のうと思ったことは一度も無い、そう言うけど、あまり自分が生きることに執着していないから。
戦場で果てられればそれで良い、そう思っているのは分かるんだ。
それが本人の幸せなんだろうけど……この子はまだまだ分からない、そうなって悲しむ人がいるってことを。
……分からないように育ててしまったのは、私も含めた周りの人間のせいなんだと思う。
それが、キャラクターとしての側面であったとしてもね。



 風魔に休める場所を探ってもらい、そこへと軍を移動させた。

 逃げる時にいた約三千の兵は、二千弱まで減っている。
しっかり数えたわけではないから確かなことは言えないけれど、どれも小田原の戦いでの傷が原因で亡くなっている人間が多くなっている。
街道を越えた時の攻撃は、小十郎が頑張ったおかげで然程影響が無かったから。
あの街道を越える直前になって、破傷風の症状を出す人間が圧倒的に増えた。
清潔を維持するのが難しいこの状況、破傷風も怖いけどその他の感染症の蔓延が怖い。

 全体的に身体の抵抗力の落ちてる今、軽い風邪でも命取りになる可能性はある。
追撃の恐れがないのであれば、一度ゆっくり休んで体調を整えたいところではある。

 そうは言っても敗走している身、追撃がないからと迂闊に町に行って宿をとるわけにもいかない。
人が多くなる分、何処で誰が隙を狙って仕掛けてくるか分からない、そんな危険性を悪戯に増やしてしまう。

 一通りの手当てを済ませて最後に政宗様の様子を見に来れば、小十郎がその傍らで座ったまま眠っている。
大抵こういう状況なら眠らずにおくものなのだけど……
珍しいこともあるもんだ、そんな風に思って肩に手を置いた瞬間、その身体が大きく揺れた。

 「う、うわっ!」

 どうにか支えてやったものの、変な声を上げてしまったせいか兵にこの状況を見られてしまった。
小十郎が落ちたら士気が下がる、それは分かっているからどうにか乗り切らなければならない。

 「ちょ、ちょっと、こんなところで甘えないでよ! 政宗様がこんな状態で心細いのは分かったから!」

 ……後で小十郎に怒られるような気がしたけど、前例らしい前例があるもんだから兵達はいつものことと目を逸らしてくれる。
それを見て、私は小十郎を目立たないように頑張ってその場に寝かせた。

 若干だが呼吸が荒い。熱もある。無意識にだと思うけど、腹を押さえている手の力が篭っている。
苦しそうに顔を歪めて眠るそれは、決して兵には見せられない顔だ。

 やっぱり一回休憩取って正解だった。この調子だと絶対に一度何処かで倒れてた。

 「痛み止めでもあれば良いんだけど……」

 そんなことを呟くと、風魔が私に薬を差し出してくる。本当この忍は優秀で有難いわ。

 「小十郎、しっかりしなって」

 頬を軽く叩いて声をかければ、ぼんやりと小十郎が目を開く。
意識を失っていたことに気付いたのか、渋い顔をして身体を起こす。

 「痛み止め」

 「……他の兵に、あげて下さい。小十郎は平気でございます」

 まー、強がり言っちゃって。ここまで来ると流石に腹が立つわ。

 「……いちいち世話焼かせるんじゃねぇよ、とっとと飲め。これ以上ガタガタ抜かすと潰すぞ」

 つい苛立ってそんなことを言えば、小十郎がびくりと身体を震わせて素直に薬を受け取って飲んでくれた。
全く、初めから素直に受け取っておけばいいのよ。そうすれば私も優しくしてあげるってのに。

 しばらくして痛み止めが効いてきたのかどうなのか、小十郎が眠たそうに瞬きをしている。
いや、どちらかというと気絶しそうだと言った方が正しいのかもしれない。
でも、この意地っ張りは絶対に眠ったりしないだろうからなぁ……。

 軽く頭を私の肩に押し付けるようにして身体を支えてみる。
いつもならば人前で云々と騒ぐ小十郎が、珍しくされたままになっている。
やっぱり状態が良くないのか、抗議も出来ないくらいに。

 「少し眠りな。何かあったら私が動くから」

 「……申し訳ありません……少しだけ……」

 そう言いながら眠ってしまったところを見ると、こちらの予想以上に状態が良くないのかもしれない。
起こさないようにそっとその場に横にして、政宗様の身体に掛けていた布を半分引っ張って小十郎にも掛かるようにしてあげた。

 ……いい歳した男が二人して同じ掛布で肩並べて寝てるって……結構恐ろしい光景だわ、コレ。
でもネタには持って来いだ。携帯あったらマジ写メりてぇ……。

 出来ればもっと温かいところで寝かせてあげたい。
小十郎にしろ、政宗様にしろ……そして、今苦しんでる兵達も。
ゲームじゃただのモブでも、この中じゃ一人ひとりにきちんと名前があって、普通に人間として生活をしている。
単なるゲームのデータの一つじゃなくて。女の話とかで盛り上がったりとか、ちょっとしたことで皆で騒いでみたりとか……普通に生きてる。
それに、彼らを待つ家族もいる。だから、出来れば全員無事に帰してあげたかった。

 ……きっと、越後では甚大な被害が出る。
全滅はしないだろうけど、半分くらい……いや、それ以上に減らされることを覚悟した方が良いかもしれない。

 じわりと浮かんだ涙を必死に抑える。

 泣いちゃいけない。泣いたら小十郎が必要以上に苦しむことになる。
……ただでさえ、こんな負け戦で政宗様も意識不明だ。これ以上必要の無い負担を心にかけさせちゃ駄目だ。

 突然私の頭に掛布が降ってくる。何かと思って顔を上げれば、そこに風魔が立っていた。

 ……これ被ってりゃ、泣いてても気付かれないって? 本当に……優秀過ぎる忍で嫌になっちゃうわ。

 「……ありがと」

 跡が残らないように気をつけながら、私は声を殺して静かに泣いた。
知っているのに道筋を変えられない、今静かに死んで行こうとする兵達に何も出来ない自分の無力さに
立ち止まってしまいそうな弱さを、涙と一緒に流してしまいたい。

 ごめん、小十郎。アンタが目を覚ます頃までには、いつもの強くて元気で明るい私に戻ってるから。

 今だけはこうやって泣くことを許してね。アンタの前では強いお姉ちゃんでいたいから。
小十郎が本当に安心して泣ける場所になってあげたいから。アンタの支えになりたいから。

 だから……ごめんね。 
 

 
後書き
新年早々暗い話ですが、あけましておめでとうございます。
まだまだ連載が続きますので、今年も宜しくお願いします。 
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