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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-36

 



「ううっ……一体、ここは……」


 今まで長らく意識を失っていた少女――――ラウラは、ようやく意識を取り戻して記憶が飛んでいることに気付いた。
 周りを見ると見覚えのある部屋で、自分の姿を見ると一糸纏わぬものとなっていること。
 部屋は自分が暮らしていた軍の寮室で何も纏っていないのは寝る時の癖というものだが、どうしてここにいるのか、そこに至るまでの記憶が全くない。まるで自分の記憶がいじられたかのような……。


 ――バタンッ!!
「いたぞ! ヴィルヘルム中将のもとに連行しろっ!」
「了解!!」


 いきなり荒々しく部屋のドアが開かれたと思えばドイツ軍の女佐官とその佐官が率いる部隊員が入ってきた。全裸であることを恥ずかしがる暇もなく、かといって抵抗出来る暇もなく、あっという間に拘束されてしまった。


「流石に裸は私としても心苦しい。何か上に着せてやれ」


 ラウラは拘束されたまま明らかに自分のサイズに合っていない大きいシャツを荒く着せられ、後ろ手に縛られたまま連行される。
 一体何が何だか……。彼女には何が起こっているか分からなかった。彼女からして見れば、起きたら軍に何時の間にかいて、状況を理解する前に拘束されて、今連行されているのだ。唯一の救いは部隊員も女性であったことだろうか。おかげで虫唾が走るような視線で見られなくて済んだ。


 ラウラはこの状況を切り抜けるために必死に今何が起こっているか理解することに努めていた。その間にも両側を武装した隊員にふさがれ、前には女佐官、後ろにも三名の武装した隊員がいた。こうも露骨に銃をちらつかさせられるともうどうしようにもない。連射性に優れたアサルトライフルだ。すぐに撃ち殺される。


「アルベルティーナ・ヴォイツェック中佐です。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐を連行してきました」
「入れ」
「失礼します」


 自分の前にいた女佐官は自分よりも位が上であることに多少の驚きはあったものの、実力主義である群を考えれば、当たり前であった。何よりも自分がそれを証明してしまっていた。
 仰々しい両開きの扉の先にはこちらを威圧するように座る男性が一人。彼は部屋の中ほどまでラウラを連れて来させると脇に下がるように視線でヴォイツェック中佐に指示した。


「さて、ボーデヴィッヒ少佐。お前はなぜ呼ばれたか理解しているかね?」
「……いえ、分かりません」
「そうか。…………ふん、まあいい。お前には反逆罪の容疑がかけられている。具体的にはテロ行為だな」
「なっ……! 一体、何のことですかっ。私が国を裏切ったとでもいうのですか!?」
「ああ」
「そんなわけがないっ!!」


 ヴィルヘルム中将は呆れたように椅子の背もたれにもたれかかると、ため息を一つ。それから再びラウラに話しかける。


「情報提供があったのだよ。それもかなり確証性の高いものをな。これを見ろ」


 ラウラの目の前に放り投げられたものは書類であった。それもかなりの紙の量である。その一枚目には『ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の周辺調査及び監視報告』と書かれている。


「そこにはお前が世界規模のテロ行為を画策するところ、亡国機業(ファントム・タスク)幹部のスコール・ミューゼルと接触している写真が載っている。ほぼ疑いようのないものだ」
「……っ、私は知らない……本当に知らないんだ」
「貴様ぁっ! ここまで証拠があるのにしらばっくれるのか!?」
「やめろ」


 中将は中佐を制すると再びため息をついた。
 本当に知らない様子で彼は驚いていた部分があるが……それは語らない方が良いモノであり、軍部の闇であった。
 ――何もかもあいつの言うとおりか。確かにこれではどれだけ重くても追放だ。結局掌の上で踊らされてるのか。…………言いなりになるのは癪だが、仕方があるまい。


「お前がいくら否定しようが、こうして証拠としてあげられてしまっているのは事実だ。反逆罪は即刻処刑なのだが……お前がここまでIS部隊を大きくした実績等を含めると情状酌量の余地はある。何より、お前自身が何も知らないというからな。これは俺の方で預かる。――――ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐!」
「は、はいっ」
「本日をもってドイツ軍から追放及びドイツ国内からも出でもらう。その先は知らん。だが、今のお前の所属にはIS学園も含まれている。よって、そこに行けばよい。それとなんだその服装は、おいこいつにIS学園の制服を用意してやれ。……以上だ。あとはお前の人生だ、好きにしろ」


 ドイツ軍籍とドイツ国籍剥奪。
 彼女の十数年生きてきた居場所がなくなることを意味していた。失意のまま中佐に連れられて退出していくラウラ。その後ろ姿を扉が閉まるまで見送る中将は、扉が閉まると椅子にもたれかかり、天を仰いだ。


 彼女が訓練生の時から知っているヴィルヘルム中将は、どうしても冷酷になりきれなかった。それをあいつに利用された形になってしまったが、それをどこかで安堵している自分がいることに苛立ち、そして彼女を引き留められない自分を恨んだ。そして何よりも――――


「どうしてあんなに変わっちまったんだよ、馬鹿野郎が……」


 ――――ラウラ・ボーデヴィッヒという存在が変わったしまったことを嘆いた。


 ◯


「織斑先生っ!!」
「どうしたんだ、山田先生」
「ラウラさんが……ラウラさんが、ドイツ国籍と軍籍を剥奪されて追放されたってヴィルヘルム中将から電話がありました……」
「なにっ、どういうことだ」
「私にも分かりません。それともう飛行機で日本に向かっているようです」
「そうか……すまないが、山田先生、あいつを迎えに行ってくれないか?」
「分かりました。時間を見ていきますね」
「すまない、助かる」


 ――いったい何があったんだラウラ。どうしてお前がドイツから切られなければいけないんだ。……くそっ。


 ◯


 IS学園に向かうモノレールの中に今日まで蓮の実家に帰省と旅行していた面々はいた。流石に見袰衣麗菜とは別れたが。
 セシリアとシャルロットは疲れてしまったのか寝てしまい、箒は何かを考えるように難しい顔をしている。鈴は窓枠に肘を立て、頬杖をつき黄昏るように窓の外を流れる景色に目を向けていた。一夏も箒の隣に座ってぼっとしているのか心在らずといった様子である。


『みんな疲れてるねえ』
『そりゃあな。あれだけはしゃいで遊んでいればこうなるだろ』
『新幹線の中でも寝ていたのにねえ』
『それは同意。よく寝るよな、あの金髪二人組』


 蓮と束は並んで座っている。五人からはそうとしか見えないが、実際は手を繋いでいる。それで外を眺めているように見せかけて個人通信(プライベート・チャンネル)を使って他の人たちを見ながら話していた。


 それから十分もしないうちにIS学園前につく。鈴がみんなを起こして降りそこねない様に降りた。


「ありがとな、御袰衣。楽しかったよ」
「いや、俺の方こそ手伝ってもらって助かった」
「そっか、じゃあまたな」
「ああ」


 一夏が先頭で学園に向かい、その後ろを箒とセシリアにシャルロットが追いかける。鈴が蓮の隣から動かないことが気になり、聞いた。


「鈴は行かなくてもいいのか?」
「別に……あんな奴のことなんか」


 どうやら彼に抱いていた淡い感情はすでに遠い彼方へ消えていたようで冷めた目で一夏の背中を見送っていた。三人は寮に向かった四人の姿が見えなくなるまで佇んでいた。会話も交わさず、立っていること数分。ようやく四人の姿が見えなくなり、鈴が口を開いた。


「この旅行の間にこれから起こそうとしていること。全部束さんと麗菜さんから聞いた」
「……」
「正直言って怖い。世界規模のテロなんて出来るわけないって思ってるけど、束さんもいるし、麗菜さんもいる。それに組織には相当数の強者がいる。ISもある。結果はどうなるか分からないけど、実行することはできる。……でも、やっぱり怖い」
「それは計画が失敗することが? それとも死ぬことが?」
「どっちもよ」


 鈴は蓮からの問いに間髪入れずに答えた。
 夕方というべき時間帯に入り、太陽はだんだんと水平線に近づく。横から照り付ける光が鈴を儚く見せていた。それに加えて鈴と蓮の間には身長差がある。見上げるようにしなければならないため、それが上目遣いになり、更に悲しげな印象を与えてくる。
 普段の彼女の活発さや天真爛漫さからは想像もできないほどのか弱さだった。


 束は静かに鈴の言葉を聞いている。この四日の間にいろいろ聞かれていたことは蓮も束を通して聞いていた。それがどんなものであるかは具体的には聞いていなかったのだが、束は束で鈴が自分なりに出した答えを聞き届けようとしていた。
 例えそれがどんなものであろうと、束は受け入れるつもりでいた。蓮がどう出るかは分からないが、それでも彼女が自分で考えて出した結果なのだから、それを尊重する気でいる。


「あたしはもう聞いてしまっている以上もう戻ることは許されない。ううん、他の人が許しても自分が許せない。確かに計画が失敗することは怖い。だけど、戦って死ぬのはもっと怖い。麗菜さんに聞いたんだ、どうしたら戦場から生きて帰ってこれるんですかって。そしたら、生きることにしぶとくなることって言ってました」
「……それはまた」
「ふふ、あの子らしいね」
「あたしにはそれが意外でした。戦場の中で生き残れるのは強い人だけって思ってたから。あの人はそれも違うって言ってたけど」


 鈴から紡がれようとしていた麗菜の言葉は蓮に引き継がれた。


「強いだけじゃ、足りないものはたくさんある、か」
「……! そうです、ただ強いだけじゃ、最後の最後で取り返しのつかない大きなことが起きてそれに対処できない。生きることにしぶとければ、常に何が起こるか警戒しているから何があっても対応できるんだって……。だから、だからっ!」


 言葉を強く打ちきった鈴の瞳には強い意思の炎が燃え上がっていた。強い気持ちで覚悟を決めた強者の顔になっている。


「あたしは生き残る。どんな激戦になっても生き残ってみせる。たとえみんな死んだとしても」
「……もう強いよお前は。そう考えられるだけでも。ただ……俺らは死なない。どうあっても生きていたいからな」


 微笑みながら鈴の頭をわしわしと荒く撫でる蓮。あーとなすがままになっている鈴をにこやかに見守る束。
 少しして蓮が撫でるのを止めると寮に向かって歩き始める。一緒に束も寮に向かっていく。一人残された鈴はぼさぼさになった頭を両手で押さえて俯く。その表情は夕日で一帯が赤く染まっているため分からなかった。もしかしたら真っ赤になっているのかもしれない。それは本人にさえもわからない。


「もしあたしにお兄ちゃんがいたら、あんな感じなのかな……」


 呟いて慌てて周りを見て誰もいないことにほっとした。誰かに聞かれていたら大変なことになる。絶対にいじられること間違いなしだ。


 彼女は両手を空に付きあげた。茜色の空に白い雲が何ともいえない景色を生み出している。それから空に向かってチャーミングポイントの八重歯を見せて快活に笑った。しばらく鳴りを潜めていた彼女の心からの笑顔である。


「んー……っ、ああーすっきりしたっ。さあてまた明日から頑張りますか」


 突き上げた両手をそのまま胸の前で握りこぶしの状態でぐっとやる気を入れる。
 今までの鈴とこれからの鈴。まったく同じようで実は違う。昨日よりも一回りも二回りも大きくなっていた。





 
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