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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-35

 


「うぅ~私も蓮と一緒に行きたかったぁ……」
「駄目ですよお嬢様、仕事があるんですから」
「仕事なら全部やったもん。もうやることないもん」
「駄目なものはだめです。ちゃんと立場ってものがあるんですから」
「それってどっち? 更識家当主として? IS学園生徒会長として?」
「どっちも、です。……ほら、仕事が来ましたよ」
「ぶうぶう」


 ◯


「んっ……ああぁ~……ふう」


 居間では一夏が早く起きたようで体を起こして伸ばしていた。まだ少しぼんやりしていた頭をしっかりと働かせるようにと念入りにやっていた。
 一段落して布団をしまうために畳んでいるときに近くで寝ている筈の蓮がいないことに気付く。
 今の時間は午前五時半。起きるにはまだ少しだけ早い時間ではあるが、生活リズムがしっかりと身についている一夏にとってはいつもの時間だった。そして、まだ蓮が寝ている時間でもあったのだが、今日は一夏よりも早く起きて既に布団も畳んでどこかに姿を消してしまっていた。


 朝食を作るには少しばかり早い時間であるし、どこかに出かけるにしても、周りにスーパーはおろかコンビニさえないのだからこの時間に出かける場所がない。
 ――――どこだろう。
 どうしようもなく気になってしまい、蓮を探そうと寝間着代わりに来ていた半袖短パンのまま外に出ようとした。


「どこかにいくのか?」
「…………っ!!」


 いきなり後ろから話しかけられて思わず声を上げそうになるも何とか堪える。バクバクとする鼓動を抑えて振り返ると箒が既に着替えて立っていた。


「なんだ箒か……驚かせるなよ」
「それはすまない。で、どこかいくのか?」
「いや、これといって用事はないんだけど、蓮がいないからさ、何か気になって」
「……一夏もか? 私も姉さんが外に出るのを見てな」
「おうそうか。じゃあ一緒に行こうぜ」


 静かに扉を開けると二人は特に相談したわけでもないのに揃って海の方に向かった。
 浜辺の方に向かう間に会話は一つもなかった。箒は一夏と二人でいるという事実に遅まきながら気づいてどうしようもないほどにドキドキしていた。一夏も何も言わないが、頬を赤らめて恥ずかしがる箒に少しドキッとしたことを隠すために周りを物珍しそうにきょろきょろしている。


 朝日が海を照らし、光が反射して輝いて見える。車も全く通らず、波のさざめく音が小さく響く。空気も澄んで、心が洗われていくように思える。
 そう田舎の自然を堪能しているときに箒が蓮と束の姿を見つけた。海に突き出した防波堤の先端に二人並んで腰を下ろしている。その距離は近く、束は隣の蓮の肩に頭を乗せていた。


 分かっていたけど、改めてみると何か複雑なものがある。箒はもやもやとした気持ちにそうつけた。
 一家離散という家族に埋めようもない亀裂を生じさせて、自分と自分が認めた人だけがいればいいという極端な自己中心的な考えを持つ姉。それでもやはり彼女は妹には優しかったのだ。どうしてああなってしまったのか……何度も考えたけど、箒には答えは出せないまま時間だけが過ぎていった。


 フラフラと何も考えないで二人の方に歩き出す箒。そんな箒に気付かずに後ろからついてくる一夏。その距離はあっという間にほとんどなくなった。そして、箒が束に話しかける。


「姉さん」
「…………どうしたの?」
「姉さんは、ISというものを作って、どうしたかったんですか?」
「……そうだねぇ、どうしたかったんだと思う?」


 箒の質問に空を見上げて遠くを見る束。それから質問に質問で返した。普段眠そうに薄められている彼女の目は大きく開いていて、その瞳に一夏は吸い込まれるような感じがした。
 彼女の髪と同じ色の薄紫色の瞳。その瞳の中に広い宇宙を錯覚させられた。そして頭の中にある思い出が流れる。


 ――星が好きなんだ。
 まだ小学校に入る前だった一夏に話した束の夢。彼女もまだ中学生で大雑把なものでしかなかったけど、強い憧れは感じられた夢。まるで何年も待ち続けているような、恋に恋しているようなそんな強い気持ち。そんな束の夢にまだ幼かった一夏は胸がときめいたのだ。


「――――宇宙」
「なんだよ、せっかく箒ちゃんに答えさせようと思ったのに。まあいいけど。そうだよ、いっくんの言うとおりに宇宙(そら)に行きたかったんだ」
「……どうして」
「夢だったから。夢を叶えるためにISを作ったんだ」
「…………っ!! それじゃあ、姉さんは自分の夢を叶えるためだったら、自分の家族さえも犠牲にするんですかっ!?」
「そうだよ、何言ってるの? そんなの当たり前じゃん」


 即答だった。箒は何も言い返すことが出来なかった。
 そんなのは間違っている。そう言ってやりたい。だけど、何でかわからないけど、出来なかった。


「束さんは家族の存在のありがたみが分かってない!」
「はあ? 家族なんて邪魔なだけじゃん。それにだってあんな奴らもう家族じゃないもん」


 そう言って束がどこからか取り出したのは一枚の紙。一夏が紙を受け取ると束は続けた。


「それが今の私の戸籍。何ら間違いのない正真正銘の戸籍」


 一夏は開いてしまったことを後悔した。こんなことが本当に有り得るのかと目を背けたくなった。
 呆然とする一夏の手元から箒は紙を取る。そして目を通した。


 篠ノ之束。女。二十四歳。家族……なし。親族……なし。
 居住地こそは篠ノ之神社になっているが、それも表向きで実際は不明になる。そして家族親類がいないってことはあることを示していた。疑いの掛けようのない証拠にもなっていた。


「分かったかな、私はもう絶縁されてるんだよ。両親から、雪子おばさんを通して言われたよ。面倒な手続きは向こうでもうやってたみたいだしね」
「そんな……そんなことって」
「さてと……もうそろそろ戻ってご飯を作らなきゃね」


 話を強引に打ち切って束は家へと戻って行く。残ったのは崩れ落ちて泣く箒とそれを支えようとする一夏。それと終始何も言わなかった蓮の三人。
 だが、束が去って重苦しい空気の中言葉を発したのは蓮だった。


「IS」
「……え?」
「二人に束の気持ちがわかれなんて言わない。そんなのお互いが傷つくだけだから。でも、IS(インフィニット・ストラトス)という言葉の意味とそれに込められた束の想いは察してほしい」


 蓮は言いたいことだけを言って去っていった。それでも彼の言葉に後押しされて箒はグシグシと涙を拭うと顔を上げた。その表情は言葉で言い表すのが難しいほど複雑なものだった。


 ただこれだけは言える。
 もう篠ノ之家が四人揃うのはないのかもしれない。絶対にできないと断言するのは控えるが、可能性が今の段階でひとかけらもないのは確かだ。


 ◯


「今日はお前ら遊んでもいいぞ」
「え? 掃除は?」
「後は細かいところだけだ。俺一人でも午前中には終わる。ここまででいいよ、助かったありがとう」


 そう伝えると数人は待ちきれなかったのか水着を持ってさっさと着替え、走って海に向かっていった。家に残ったのは蓮と束だけ。海に行かなかった人もどこかへ出かけて行ったらしい。


 朝使った茶碗を洗い終わり、静かになった家の中を懐かしむように歩き回る蓮。何が楽しいのか、その後ろを嬉しそうについていく束。
 一つ一つの部屋に思い出がたくさん詰まっていた。


 全てを回ると涙が止まらなくなりそうだった。そんな姿を束の前では見せたくなかった蓮は、途中で切り上げて縁側に腰を下ろした。当然のように束も隣に腰を下ろす。
 甘えるように蓮に寄りかかる束を好きなようにさせる。ぐりぐりとマーキングをするように頭を擦りつけたり、誘惑するように豊満な胸を押し付けてみたりとするが、蓮は何の反応も示さなかった。


 やがてある程度満足したのか大人しくなる。家の中の扉をすべてあけているため、風の通り道になって暑い日差しが降り注ぐ中穏やかに過ごすことが出来る。そんなまったりとした時間が小さい時から蓮は好きだった。


「束、ちょっと指輪を貸してくれないか?」
「ええ~……仕方がないなあ」


 渋々右手の薬指につけていたシルバーリングを蓮に渡す。一つの曇りもなくほとんど新品同然であるその指輪は、毎日束が磨いていることを窺わせる。
 磨く必要がないことを嬉しく思う半面、少し残念に思いながらも束に指輪を返す。


「束、左手を出してくれないか?」


 不思議そうな表情をして左手を差し出す束。
 蓮は上に向いていた手のひらを下に向けて、薬指に指輪を通した。それが何を意味しているかは言うまでもないだろう。束が異常なまでに向けてきた好意が実った瞬間である。


「え、えっ、こ、これって……」
「声が震えてる。……そうだよ。これからの大きなことが終わったら、俺と結婚しよう。だからそれはその約束みたいな――――」


 蓮の言葉は最後まで続かなかった。目元に涙を浮かべた束が勢い良く蓮に抱きつき、それを支えきれずに倒れたからだ。声にならない悲鳴を上げて喜ぶ束。なされるがままになる蓮。


 これには純粋な束に対する好意のほかに、もう一つ打算があった。
 こうしてくれれば束は自分のもとからは離れないというものだ。
 これから自分たちがやることは犯罪行為であり、そんな枠組みで表せないほどに――――。


「れんくん」
「……何だ?」
「私は絶対に何があってもれんくんのもとから離れないよ」


 ――――!
 見破られていた。自分が思っていることを寸分の狂いなく。


「まったく、敵わないなあ」
「ふふっ」


 ◯


「そう言えば、どうしてお嬢様はあの方のことが好きなのですか?」
「ふええっ!? ……突然すぎるよー」
「いえ、ふと気になったものですから」
「ふーん、そうだなあ……あれはもう十年以上も前なのかなあ」
「あ、いえ、別に過去話に回想はしなくていいです」
「ええー、仕方ないなあ。蓮はね、私を守ってくれたんだよ。まだ何も力がなくて無力だった私をね」


 そう言う彼女の表情は、虚から見ても見惚れてしまうほど綺麗だった。




 
 

 
後書き




夏休み回最終話です。
今話の中で出てくる戸籍のくだりは、想像となります。実際と違うことをご了承ください。
フィクションです。
(そもそも篠ノ之束に日本国籍があるかどうかさえ怪しいですが) 
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