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豹の報恩

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3部分:第三章


第三章

「靴?それに骨か」
 ナコンはそれを見て述べた。
「これが犯人の手掛かりというのか」
「そのようですね」
 ランチャラーンは骨を見ながら述べる。
「見たところこれは」
「何の骨だ?」
「人の骨ですね」
 彼はナコンにそう述べた。
「これは腕のところです」
「人の骨だと」
 ナコンはそれを聞いて顔を顰めさせた。そのうえで述べた。
「だとすると大変だぞ。つまりだ」
 彼は言う。
「この靴の持ち主が人をだな」
「そうですね」
 ランチャラーンも答える。
「どうしますか?」
「どうしますもこうしますもない」
 ナコンは少し口を尖らせて述べてきた。
「洒落にならんわ。そんなのがいるとなるとだな」
「はい」
「捕まえる。手懸かりはこの靴か」
 豹が持って来た靴を見る。
「さて、これをどう使うかだが」
「落し物で知らせてみますか?」
 ランチャラーンはこう提案してきた。
「ここは」
「ふむ、落し物でか」
 ナコンはそれを聞いて目をしばたかせてきた。
「つまりこの靴を自分のものだと言った者が」
「犯人だと」
「それでどうでしょうか」
「そうじゃな。悪くはない」
 彼はランチャラーンの言葉に頷いてきた。
「ではそれで行こう。それでいいな」
「はい、それでは」
 ランチャラーンはそれに頷く。
「落し物に届けましょう」
「うむ。何はともあれこの豹が犯人ではないのはわかった」
 ナコンは豹を見て述べる。
「済まなかったな、疑って」
 だが豹はそれを言われても怒ってはいなかった。満足そうな顔で妻のところにやって来てそのまま寝そべるのであった。それだけであった。
 程なくして靴が落し物に出された。すると一人の人相の悪い男がやって来た。見ればその顔は異様に前に突き出ており目は釣り上がって細かった。口はやたら裂けていて耳にまで達しようとしていた。かなりの異相であった。
 彼が靴の前に来た時ナコンは思わず何か言いそうになった。しかしそれは隣に立っているランチャラーンに止められてしまった。
「今が大事ですよ」
「う、うむ」
 彼の言葉に頷く。それを受けてここはあえて何も知らないのを装った。
「あの」
 男はナコンの前におずおずと出て来た。しかし何かしら油断の出来ない動きであった。
「実はですね。靴の落し物と聞いたのですが」
「うむ」
 ナコンは平静を装って彼に応える。その間じっと彼を見ている。
「真でございましょうか」
「そこにあるぞ」
 彼は言う。そのうえで靴を出してきた。
「これに間違いはないか」
「はい」
 男はそれに答えた。
「間違いありません。私のものです」
「そうか」
 ナコンはそれを聞いて満足そうに頷いた。
「それはよかった」
「どうもです」
「それでじゃ」
 ナコンはそのまま本題に入る。しかし男には気付かせはしない。
「一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか」
 男はそれを言われてもまだ気付いてはいない。彼はナコンの真意が何処にあるのかわかってはいなかった。それがナコンにとってねらい目であった。
「この骨を知らんか」
 ナコンはランチャラーンに目配せすると彼はあの骨を出してきた。男はそれを見た時に目を丸くさせた。細い目が驚く程まるくなった。
「どうじゃ?」
 ナコンはさらに問う。男を警戒して周囲には兵士が集まってきている。皆既に剣や槍を持っている。
「何も言えぬか?ならば御主の家等も調べさせてもらうぞ」
「・・・・・・・・・」
 こうして取調べがはじまった。男の家を調べると多量の人骨が見つかった。そのことから男が人を日常的に食べていたことがわかりまた男の証言から彼が盗賊を襲って喉笛を食い千切ったこともわかった。犯人がわかり事件は一件落着となったのであった。
「まずはこれで終わりか」
 ナコンは豹達を元の巣に戻してやりにランチャラーンと一緒に森に戻る途中で彼にそう述べてきた。左右にいる豹達は彼等に大人しく従っている。
「そうですね。一件落着です。ただ」
「ただ?どうしたのじゃ」
「あの金細工ですが」
 ランチャラーンは彼が役人に返したあの金細工について話をした。事件の解決の発端となったあの金細工である。
「あれはどうしてあの男の手から離れたのでしょうか」
「ああ、それか」
 ナコンはそれに応える。
「実はあれは簡単なことじゃった」
「簡単なことといいますと」
「うむ。奴は落としたのじゃ」
 彼は述べた。
「落としたのですか」
「間抜けな話でな。盗賊を食い殺して金細工をせしめたのはいいが」
「はい」
 ナコンの話を聞く。今最後の謎が解決されようとしていた。
「それを落としてしまったのじゃ。探しても見つからず諦めてしまったらしい」
「それだけですか」
「うむ、それだけじゃ」
 ナコンはぶっきらぼうとも取れる様子でそう答える。実際に取るに足らないようなことだと考えているらしい。
「そしてこの豹が拾ったらしいな」
 次に豹を見やる。
「そうだったのですか」
「うむ、何ということはなかろう」
「ですね」
 ランチャラーンはそれを聞いて頷く。
「何はともあれ一件落着ですか」
「今度は御主と豹達に感謝せねばな」
 ナコンはそうランチャラーンと豹達を見て述べた。
「おかげで恐ろしい人食いを捕まえることができた。しかしじゃ」
 彼は最後に思うところがあった。それを口にする。
「今まで色々な悪党を見てきたが実際に人が人を食うとはな」
「それですか」
「恐ろしいことじゃ」
 あらためてそれを思う。
「まさかとは思うたが」
「先に言いましたが中国では結構あるそうですが」
「それでもな」
 彼は言う。
「話を聞くと見るのとでは違うな」
「確かに」
 実はそれはランチャラーンも同意であった。こくりと頷く。
「それが今わかったよ」
 豹を巣まで送りながら二人はそんな話をした。事件は終わったがその謎以上に色々なことがわかった事件であった。人の世も豹の世も何があるか本当にわかりはしない。その境も曖昧なものであった。


豹と金細工   完


     
                 2007・2・9

 
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