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豹の報恩

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2部分:第二章


第二章

「待てと申すか」
「はい。見たところですね」
「何かあるのか?」
「あの豹の口と殺された盗賊の傷、大きさが合いませぬ」
「合わぬと申すか」
 ナコンはそれを聞いて目を丸くさせた。そこまでは彼にもわからなかった。医者であるランチャラーンでなければわからない話であったのだ。
「そうです。おそらく犯人は別です」
「ううむ」
「少し死体を調べさせて下さい」
 その上でこう提案してきた。
「その間豹は牢に入れて取り調べることとして。悪いがそれでよいか?」
 豹はランチャラーンの言葉を受けて頷いてきた。そして彼の側にやって来た。その時ランチャラーンはもう一匹の怪我をした豹のことを思い出した。おそらくつがいの相手である。
「もう一匹いますので」
「わかった、それならば」
 囚人を入れる檻の車を持って来た。そこに二匹を入れてバンコクまで護送した。その中に二匹を入れて餌だけやって捜査に当たることになったのであった。
 ランチャラーンの前に盗賊の亡骸が運ばれてくる。やはりその喉元は何か大きな口で噛み千切られてしまっている。彼は亡骸の横にかがみ込んでその傷口を丹念に見ている。暫くして彼は顔を上げてナコンに対して述べた。
「やっぱりこれは豹のものではないですね」
「違うのか」
「はい、ここです」
 ナコンに傷口を見せる。彼もそれを診る。
「歯形がありますね」
「うむ」
 見れば赤い肉の中にそれがある。それは彼にもわかった。
「歯形が豹のものではありません」
「そうなのか」
「はい、豹だと歯が鋭いですよね」
 ランチャラーンはそれを言ってきた。確かに豹の歯は人のものよりもずっと鋭い。そのことはナコンも知っている。豹の武器は牙と爪なのであるからだ。
「けれどこの亡骸には。それに爪の跡もありませんし」
「そうか、豹は爪も絶対に使うからな」
 ネコ科の動物の特徴である。その二つを使って獲物を捕らえて喰らうのがネコ科なのである。それはよく知られていることであった。
「そうです。しかしこれは」
「爪がないというのだな」
「しかも歯形ですが」
 またそれに話を戻してきた。
「これもおかしいですね。これはむしろ人のものです」
「人の!?」
「ええ、そうです」
 彼は語った。ナコンはそれを聞いてまた首を傾げるのであった。
「するとだ」
 彼は一旦傾げた首をそのままにランチャラーンに述べた。
「こ奴は人に食い殺されたのか」
「そういうことになります」
「それはまた面妖な」
 ナコンはそれを聞いてさらに首を傾けさせた。
「人が人を喰らうなどとは」
「しかしないわけではないです」
 ランチャラーンは彼にそう返す。
「中国ではそんな話は結構ありますし」
「ふむ」
「それに歯形を見ますとやはり」
「わかった」
 ナコンは彼の言葉に納得することにした。納得した上で言った。
「それではな。その犯人だ」
「はい」
「一体誰であろうな」
「私はそこまではわかりません」
 これにはランチャラーンも首を傾げさせた。
「人を喰らう者がいるということですら恐ろしいことですし」
「そうじゃな。他にも人を喰ろうておったならばことじゃし」
「そうです。犯人を見つけ出さないといけませんが」
 だからといってすぐに見つかるものでもない。向こうも隠れているであろう。二人はここで難関を前にすることになった。どうするべきか悩んでいた。
 だがここで。大きな傷のない方の豹が声をあげてきた。そのうえで二人を見てきた。
「むっ」
 最初に気付いたのは役人であった。見れば出口の方に顔を向けている。
「どうしたのじゃ?」
「まさかとは思いますが」
 ランチャラーンはかなりあてずっぽうに予想を立ててみた。それをふらりと言葉に出す。
「犯人を知っている?」
 すると豹は頷いてきた。
「成程。では犯人を見つけ出してくるから出して欲しいと」
 その言葉にもまた頷いてきた。どうやら間違いないようである。
「しかしなあ」
 ここでナコンは難しい顔を見せてきた。何故なら猛獣を街に出すことになるからだ。それを見たランチャラーンがそっと口添えしてきた。
「大丈夫ですよ。どうやらただ犯人を見つけ出すだけですから」
「そうなのか」
「はい。そうだよな」
 ランチャラーンはまた豹に問うた。すると豹はまた頷いたのであった。
「間違いないようです」
「しかしなあ」
 それでもナコンは難しい顔をしていた。その顔のままでランチャラーンと豹を互いに見やる。かなり逡巡したが結局はランチャラーンの言葉に従うことにした。
「よし、何かあったら責任はわしが持とう」
「有り難うございます」
「ではな」
 鍵で牢の扉を開ける。そのまま外に出す。すると豹はすぐに牢から出て何処かへと去った。ナコンはそれを見送りながらランチャラーンに対して言うのであった。
「賽は投げられた、かな」
「そうですね。後は豹を信じましょう」
「畜生を信じてもいいものか」
 ナコンは今度はそれを危惧した。
「どうなのかな」
「いいと思いますが」
 しかしランチャラーンはそう考えていた。
「その中にあるのは人と同じですから」
「そうなのか?」
「ええ。何故ならですね」
 彼は述べる。
「私があの豹と出会ったのはあれだったんですよ」
 ここで牢に残っているもう一匹の豹に目をやった。まだその足に怪我をしている。
「怪我をしている豹がか?」
「丁度怪我をしている時に巣まで案内されまして。その怪我を治す為に私が呼ばれまして」
「ふむ」
「多分あの豹とこの怪我をしている豹は夫婦です」
 彼は二匹の豹をこう分析していた。
「あの大きな豹は亭主なのですな」
「妻を救う為に御主を呼んでか」
「そうだったんです」
 またナコンに答える。怪我をしている妻と思われる豹はその話を黙って聞いていた。
「人でも夫や妻を見捨てたりするものですがあの豹は違いました。ですから」
「信じてもいいのだな」
「そうです。待ちましょう」
 そしてナコンに述べる。
「ここは」
「わかった。もう腹は括っている」
 ナコンは腕を組んで断言した。
「ここまで来たならな」
「はい」
 二人は待つことにした。そのまま朝方になった。日が昇ろうとするその時に夫の豹はふらりと昇ってきたのであった。
「戻ったか」
 ナコンは目の前からやって来る豹を見て呟いた。その口にはあるものを咥えていた。
「あれは何でしょうか」
「さて」
 ランチャラーンの言葉に首を横に振る。
「何であろうかな」
 何かわからない間に豹は二人の目の前までやって来た。豹は二人の前に一足の靴とその中に骨を入れていた。

 
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