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ウルゼロ魔外伝 超古代戦士の転生者と三国の恋姫たち

作者:???
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三国同盟、その後の事

私たち人間は、時折頭の中に、非現実的な世界を描くことがある。または存在こそしているが我々の知らない異なる世界が存在している。その世界は、我々人間のいる世界を『正史』と呼ぶのに対し、『外史』と総称される。簡単に言えば、SFでいうパラレルワールドだ。外史の中にはそれぞれが人の願望・欲望の塊が形となったものが存在し、人によってはそれを現実に捉えたいほど受け入れられ、またはその外史を気に入らずとことん心無い言葉で罵倒されることもある。
恐ろしいのは、現実から目を背け自分の都合のいい世界ばかりを見続けた結果、現実と夢が混同したり、ひどい場合は二度と抜け出せない危険性も孕んでいるかもしれない。
だが忘れてならないことがある。外史は、その世界に生きる人にとって現実であるということに変わりがないということ。そしてそれは、我々にとっての現実を潤わせるために、私たちの心を豊かにするために、存在しなければならないものでもあるということを。

私たち正史世界の人間は、『三国志』と呼ばれる物語を知っているだろう。劉備、曹操、孫権…彼らをはじめとした英傑たちと子孫・家臣が、腐敗した漢王朝に変わって天下を取るために争う、実際に1800年も昔の時代の中国で起こった事実を下に描かれた物語だ。
だが、私たちがこれから観る世界は、その本来の三国志とは似ているものの、大きく違った物語が展開された世界である。
なぜなら、正史では先ほど挙げた英雄たちは志半ばで全員死亡し、その子孫たちも結局天下統一を果たせなかったのだ。劉備の蜀、曹操の魏、孫権の呉。この三国に変わって新たに建国された『晋』が天下を統一するはず。だがこの外史では晋は存在せず、そして建国に携わるはずの司馬一族は姿を見せていない。
さらに驚かされるのは、三国の重要人物たちの大半が女性として存在しているということ。というか、もはや同じ名前を持っているだけの別人である。
この世界では、なんと三国が同盟を果たし、互いに協力し合いながら民の安息と平和を保っているのだ。そしてその中心となった人物は、この外史の人間ではない。現代世界の地球、日本からどういう因果かこの世界に落ちてきた、当時わずか17歳ほどの少年だったのである。

そして彼は…蜀の首都『成都』にいた。
「はあ~~…」
その少年はポリエステル製の白い学生服を着ていて、今目の前に積み上がった書類をまとめあげていた。見るからに疲れきったご様子で、机に顔をうずめていた。
少年の名は『北郷一刀』。この世界の住人たちからは『天の御使い』として崇められている。それがきっかけで、蜀ではこの世界での劉備と同じく、蜀の主として君臨している。しかし立派な称号とは裏腹に、特別な力などは特に持っていない、現代社会でならどこにでもいる男子学生だ。
「お疲れ様です、ご主人様」
この世界では珍しいメイド服姿を着込んだ、白銀髪のおっとりとした小柄の少女が彼にお茶の入った湯呑を手渡す。余談だがこの格好、実は一刀の悪ふざけである。一刀はそれを一気に飲み干した。
「ふう~、生き返る。ありがと、月(ゆえ)」
「いえ、お安い御用です」
月と呼ばれた少女は照れたのか、少し頬を染めてにこやかに笑みを浮かべた。
『月』。それは彼女の『真名』という、その人物の人格と生き様を現した、心を許した人間にだけ言うことを許される名前だ。この世界の人間には真名というものがつけられ、彼女には別の名前がある。
そしてその彼女の名前は『董卓』、もし三国志を知っていれば驚くだろう。なにせ董卓といえば、漢の皇帝『霊帝』の死後、自ら皇帝を立てて悪逆の限りを尽くした暴君+酒池肉林生活を送ったヒゲの太ったおっさんとして知られているのだ。だがここにいる董卓…月は虫も殺せないような儚げで優しく可憐な少女。ギャップが大きすぎるものである。この世界での反董卓連合との戦いの後、名前を捨てて一刀に保護されて以来、こうしてメイドとして働いているのだ。
「あの、ご主人様。お仕事の方は後どのくらいで終わります?」
「午前の分はそろそろ終わるかな」
「なら、お食事の準備をいたしますね。お仕事が終わるまでに作り上げておきます」
「うん、頼むよ。でも無理に急がなくていいさ。完成する前に仕事が終わったら、じっくり待つよ」
「でも、あまり待たせるのも申し訳ないです。じゃあ、そろそろ行きますね」
「ああ、楽しみにしてるよ。月の料理」
月はぺこりと一刀に頭を下げ、お茶を載せていたおぼんを持って部屋を後にした。
「さて、と。昼飯まで気張るか」
当初、一刀にとって政務はとてつもない苦痛でもあった。何せ耳に聞こえてくる言葉は不思議なことに日本語と変わらないが、実際に目で見える文字は中国語と同じ。日本でも漢字は使われていても、発音や形が違うものがあるし、平仮名・カタカナをひとつも使ってはいけないのだ。だが、彼を慕う仲間たちから多くのことを学んでいったこともあって、以前と比べるとはるかにマシになった。今日の仕事のこなしっぷりがその証だ。
政務は、思った以上に早く終わった。
背伸びした一刀は椅子から立ち上がり、終わったことを報告しようと執務室を出て、月の料理を食べに向かう。すると、黒くて長いサイドテールの少女と鉢合わせする。
「ご主人様」
「ん、愛紗か」
愛紗…これも彼女の真名で、名前は関羽。正史での長い髭の代わりに、長く美しい黒髪から『美髪公』と称された、蜀の勇将。正史での関羽と同様、愛紗も義を心に刻み込んだ武人である。
「午前のお仕事はもう終えたのですか?」
「そんなとこ。これから月の料理を食べに行くとこなんだ」
「料理…ですか」
だが、本人は否定するものの、同時に嫉妬深い。証拠に一刀を見る目が若干細くなっている。劉備と一刀に対して忠誠を誓っていると同時に、一刀に対して愛情を抱いているのだ。それは愛紗に限った話ではなく、蜀の将たちの多くが一刀のどこかスケベで気が多いものの、贔屓しない平等な信頼と愛に心を開いている。
(私も料理ができたら…)
愛紗は料理が下手だ。魏の曹操に敗れた後蜀に保護された袁紹と共に一刀に料理を振舞ったとき、その絶望的な腕のあまり一刀はしばらく体調を崩したほど。女としては悔しい。
「愛紗も一緒に食べる?」
「よろしいのですか?」
「せっかくだから、一緒に食べたほうが食事も楽しいだろ」
月の手料理、というのがちょっと気に障るが、せっかく敬愛するご主人様からのお誘い。愛紗に断る理由などない。
「はい、ご一緒します」
嬉しそうに頬を染めながら愛紗は一刀について行く。せっかくだから月の料理の知識もこの目で見ながら盗んでおくのもいい。
「桃香の体、異常はないよね?」
「医者の話だと、まだ安静にさせるようにと」
桃香、それはこの世界での劉備の真名である。彼女は体調を崩していて仕事を休み、医者の診察を定期的に受けるようになっていて、自室に篭る時間が長くなっている。すぐに愛紗の目が真剣なものとなる。
「ですからご主人様。桃香様がお休みの間はサボらずにしっかり政務に励んでくださいよ」
「う…思い出させるなよ」
政務のハードさを思い出し、一刀はげんなりする。幾度かサボったこともあってその度に愛紗をはじめとした家臣たちに怒られたことか。
「そういえばご主人様、管輅という名の占い師に覚えはありますか?」
ふと、愛紗が話の話題を変えた。
「あ、ああ。確か、俺が天の御使いとしてこの世界に来ることを予知していた占い師のことだろ?」
管輅、本来はエセ占い師として知られていたのだが、天の御使いとして一刀がこの世界にやってきた上に、一刀が管輅の占い通りに大陸に太平をもたらすきっかけとなったことで、一部の人間たちから優れた占い師としての評価を頂いていた。
「それが、管輅は今回また奇怪な占いの結果を公表して、住民たちに…」
「…?なんて言ったんだ?今回は」
一体何だろう。自分がこの世界に来ることを予知した程の占い師の話だ。一刀が気にならないはずもない。
「『超古代の闇、大徳の怒りし時よみがえる。闇は世界を飲み込み混沌に陥れ、世界を崩壊へと導く。しかし、闇の中にただ一つのみ光あらん。その者は桜色の髪の男児なり』。と…」
よくそんな長い占いを間違えずに覚え切ったものだ、とは思ったが、確かに愛紗の言うとおりどこか奇妙な占いだ。今度は一体何のことを暗示しているのだろうか。
「お、着いた」
気がつくと既に食堂の入口前にいた。入口を開いて一緒に入ると、真っ先に目が入ったものがあった。
「んぐ…おかわりなのだ!」
「なんの、あたしももう一杯行けるぜ!」
山のように積み上がった丼×30。塔のようにそびえる丼の向こう側に、赤い短髪の小柄で元気のいい少女と、ポニーテールを持つ少女が、丼に詰まったチャーシューをすすっている。
「鈴々と翠、相変わらずすごい食べっぷり…」
「…ちゃんと食費のことを考えてるのか、あの二人は?」
驚きはしない、何度も見た光景だ。呆れる一刀と愛紗は見てるだけで腹が膨れてしまいそうだった。
鈴々…名は張飛。愛紗、桃香とは桃園と呼ばれる場所で義姉妹の誓いを交わしあった末の妹。正史の張飛同様、自分の小柄な身体以上の武具『丈八蛇矛(じょうはちだぼう)』を軽々と振り回す猛将。そしてさきほど言ったとおりの大食いである。
翠…名は馬超。成都から遥か北の方面、西涼の出身で、達人級の馬術と槍さばきから『錦馬超』と称されている。少々がさつだがうぶで恥ずかしがり屋であるなど、可愛らしい一面がある。
見たところ、どれだけ多く昼飯を食えるか対決しているようだが…。
しかし、大食いなのは二人だけじゃない。
「…おかわり」
触覚のような赤いアホ毛と、思わず長○と言いたくなるような無口オーラを漂わせる長身の少女。肉まんを食べながらまたしても肉まんを注文する。
彼女は呂布。真名は恋。正史と同様この世界でも、方天戟を振るう一騎当千の無双の戦士だ。正史の呂布は、自分の求めるもののためなら裏切りを平気でやらかすことで知られるが、恋は全く真逆の性格。動物が好きで、仲間も一刀のことも慕っている仲間思いの少女だ。正史の呂布が曹操と劉備に倒され死んだという事実と違ってこの場にいるのもそのためだ。
「ねねにも…」
「れ、恋殿!?ああ、ありがたき幸せなのです~」
彼女の隣に座って、感激しながら肉まんを受け取ったのは陳宮。真名は音々音(ねねね)。恋が蜀の傘下に入る以前から彼女の補佐、そして軍師として勤めてきた小さな少女。必殺のチンキューキックは一刀の天敵である。
「この分だと、今日の昼飯はチャーシュー以外にしたいな」
「ですね…」
これ以上見るのは良くないと判断した二人は、一先ず鈴々たちから離れた場所で食べることにした。
「月~、来たよ!もうできた?」
「え?あ、はい!少々お待ちください!」
愛紗の隣に座った一刀が厨房にいるかもしれない月に声をかけると、厨房から月の慌てる声が聞こえてきた。
「ちょっとあんた!月を慌てさせんじゃないわよ!ただでさえあの三馬鹿相手に手を焼いてるのに、こぼしたら大変じゃない!」
他にもうひとり、月と共に別の少女がいるようだ。あの怒鳴り声からして、一刀の記憶通りだと一人しか思い当たらない。
賈駆。真名は詠。月の大親友で軍師もこなしていた。現在もその腕を買われ、軍議や訓練の指揮に参加するようになっている。インテリ眼鏡を掛けていて、性格はちょっとひねくれてて、一刀の悪ふざけで『ツンツンツン子』というあだ名をつけられた、ボクっ娘ツンデレ少女。
この厨房にも料理人は大勢いる。だが月達を加えても、鈴々たち三人相手だと流石に手を焼いているようだ。いい加減控えて欲しいものである。
待つこと数分、愛紗もいることから、月は詠と共にちゃんと愛紗の分の昼飯もおぼんに乗せて持ってきてくれた。メニューは中華の定食セット。
「お、うまそう!」
「相変わらず見事だな、月」
月の作ってくれた料理を見て、二人はすぐにでも食べてみたい衝動に駆られる。
「えへへ…」
「月が下手なわけないでしょ」
嬉しそうに笑う月と、別段自分の手柄でもないのに自慢げに言う詠。よほど月が誇らしいようだ。
「よし、じゃ…いっただきます!」
手を合わせて箸を持ち、早速一刀は口の中に飯を放り込んだ。
(月、その…)
愛紗は月に小さく手招きした。なんだろうと思った月は、愛紗の声に耳を傾けてみると、愛紗は少し恥ずかしそうに彼女に言った。
(今度…私に料理を教えてくれないだろうか?)
(え?いいですけど…どうしたんです?)
(そ、それは…済まない。聞かないでくれ…)
一瞬だけ、愛紗が頬を染めたまま飯を美味しそうに平らげる一刀を見たのを月は見逃さなかった。ああなるほど、と月は理解した。彼女も主である一刀に料理を振舞ってあげたいのだ。それも以前のような失敗作ではない、れっきとした美味しいものを。くすくすと思わず月は笑った。
「ご主人様!いらっしゃいますか!?」
その時だった。バタン!と大きな音と共に、見るからにグラマラスな体をした女性と、はわわ!と帽子をかぶった小さな少女が慌てながら食堂に入ってきた。
「紫苑、それに朱里?」
愛紗が急な来訪に目を丸くする。
「どうしたんだ?朱里はともかく、紫苑までそんなに慌てて」
「ご主人様!」
ちゃっかりあわてんぼ扱いした一刀に対し、朱里と呼ばれた少女はむくれた。
紫苑…名は黄忠。蜀一番の弓の名手だ。娘に璃々という少女がいる。正史だと老将である影響か、この世界では一刀たちよりも年上の女性となっている。
朱里…名は諸葛亮。正史でもこの世界でも大陸でその名を轟かせた、伏竜と呼ばれし大軍師。しかし、普段はとても緊張しまくりのあわてんぼで、噛んでしまうこともよくあるため、『はわわ軍師』とも呼ばれている。
「ご主人様、こちらは歴史的大発見をお伝えに馳せ参じたというのに、おからかいにならないで」
紫苑がぴしゃりと厳しく主を叱る。
「歴史的大発見?一体何があった?事件か?」
目つきを変えた愛紗が尋ねる。この三国同盟が成り立ち、平和になってからまだ日が浅い。こんな時に事件を起こすような輩など愚かの極みだ。それとも、三国が同盟を組んだあの時攻めてきた、五胡の軍勢なのか?
「いえ、事件ではありません」
紫苑が首を横に振り、愛紗はではいったいなんなんだと尋ねる。
「事件じゃない?じゃあ、一体…」
すると、朱里が代わって返答する。
「遺跡です。それも、かなり昔のものだと」
「遺跡?そんなのあったか?」
一刀は首を傾げた。思えばこの世界に来てから遺跡といえるようなものと触れたことがなかった。
「人が入った形跡が何もありませんでした。おそらく新しく発見した遺跡です。現在桔梗と蒲公英ちゃんに斥候部隊を率いて調査に向かわせてます」
紫苑が説明する。
桔梗…名は厳顔。正史では黄忠と同様老将でありながら若い将にも引けを取らず活躍した勇将。この世界でもジジくさい口調…いや、これは失礼。紫苑と同じ年上女性タイプで酒好きの妖艶な女性。
そして蒲公英は馬岱。いたずら好きな小悪魔系少女で、翠の年下の従姉妹だ。
「遺跡か…ロマンが溢れるな」
一刀は歴史的観点については大いに興味がある。この世界の人間たちがいう天の世界…一刀が自分が生まれ育った現代地球にいたころ、『三国志』をはじめとした歴史書や兵法書を趣味として読んでいたほどだ。
「ろまん?」
愛紗が首を傾げる。ロマン、三国志の時代には存在しない言葉だから仕方がない。が、一刀も簡単に現代地球人らしさを捨て切れるわけでもない。きっとこの先も時代に合わない言葉を並べていくのだろう。
「俺も調査に参加したい。いいかな?」
興味が沸いた一刀は朱里と紫苑に調査への参加を願い出た。
「ご主人様自らですか?だめですよ!危なすぎます!」
朱里がびっくりして声を荒げる。それに同意した愛紗も意見を入れた。
「朱里の言うとおりです。ご主人様と桃香様は大切な盟主。いくら興味があるからと言って、何があるのかわからないじゃないですか」
「歴史とか結構好きだから、その遺跡にも興味があるんだ。頼むよ、な?」
お願い!と合掌して子供みたいに頼み込む一刀。それを聞き、若干ため息交じりで紫苑が口を開いた。
「護衛として、私たち将の中から選んでいただければ、よろしいではないですか?最近、桃香様の分もずっと働き詰めでしたから、一度くらいわがままを聞いてあげたいとは思いますし」
「紫苑!」
何を言い出すんだと愛紗が抗議した。主を危険な目に遭わせるのではないかと、彼女の忠誠心と愛がそれを許し難く思わせていた。それに今、桃香との子がいるのだ。万が一のことが起こり、父の顔も知らないまま育つなんてことはあってほしくない。
「愛紗ちゃん、気持ちはわかるわ。でもご主人様は一度お決めになったことを曲げるようなお方だったかしら?」
「う…」
思い当たる節はある。世間では悪逆の将とされた月と詠を保護したときがまさにそうだ。たとえ誰が何と言おうと、女ったらしと優しさゆえに二人を保護した一刀。しかしだからこそ自分たちもこうして一刀に従ってはいるのだが…。
「…ならば、まず私が護衛役を買って出ましょう」
「愛紗、いいのか?」
目を丸くする一刀に、すぐ鋭い目つきで愛紗が警告を加えた。
「で、ですが!危険だとわかったらすぐに任を降りられること。よろしいですね?」
「悪い!ありがとう!」
満面の笑みで手を握ってお礼を言ってきた一刀に対し、愛紗は手に感じる主の温もりに顔が赤く染まっていく。
「ご主人様…あまり手を握られては恥ずかしいです…」
「うぅ…」
朱里も主である一刀を想い続けている身。手を握られている愛紗を羨ましげに見て唸った。
「うふふ、若いっていいわね」
紫苑もにこやかに母性溢れる笑顔で二人を見つめていた。
「あの…愛紗さん、いらっしゃいますか?」
ここでもうひとり、ちょうど朱里と同じ背丈の青いツインテールに、魔女っ子のような帽子を被っている少女が入ってきた。
彼女の名は龐統。真名は雛里。朱里と同じ、水鏡こと司馬徽という賢人のもとで学問を教わった所謂学友で、他国からは朱里に並ぶ大軍師として『鳳雛』の異名を持つ。朱里と比べると彼女以上に大人しい性格で、彼女もまた緊張して噛んでしまうこともあり、「あわわ軍師」とも呼ばれてしまっている。
「雛里ちゃん!」
朱里が友人の登場に笑顔をほころばせる。
「雛里か、何か用か?」
呼ばれたい愛紗が、一体何を頼んできたのか雛里に問い返す。
「はい、少しお願いしたいことがあるんで」
「お願い?」
「襄陽方面にある、樊城付近にて行方不明者が続出しているので、蜀からも調査の協力を頼むよう、魏の曹操さんからの要請がありました」
「樊城付近で行方不明者?何があったんだ?」
愛紗から手を離した一刀が雛里に詳細の説明を求める。
「曹操さんは、曹仁という方に樊城の統治を任せているということなのですが、その曹仁さんが、部下の龐徳さんに辺りの警邏を任せて以来、龐徳さんの行方がわからなくなったというんです」
「龐徳!?」
さっきまで鈴々と飯を食い散らかしていた翠が驚いて声を上げた。
「翠、どうしたのだ?」
隣にいた鈴々が目を丸くし、急に動揺した翠を見て紫苑が尋ねてみる。
「龐徳さんを知ってるの?」
「同じ西涼の将で、時々世話になってた勇将なんだ。そっか…曹操に西涼が乗っ取られた時にはぐれたんだけど…」
元々翠は、正史と同様現在は魏の領土である西涼の出身で、龐徳と呼ばれているその将とも知り合いだった。現在三国同盟が結ばれる以前、曹操が天下統一のために攻め入った時にはぐれてしまったという。世話になった恩もあるから、魏で龐徳の行方がしれずのものとなったことが気になったようだ。
「樊城辺りに、何か不穏な動きでもあるということか…」
「それで、魏の曹操さんからも信頼されている愛紗さんにこの任を任せたいとのことです」
「…ご主人様、ご命令を」
「うん。愛紗。樊城へ向かって、華琳(曹操の真名)の力になってやってくれ」
愛紗は主に命令を求める。一刀もこの自体を無視できないので愛紗に樊城へ向かうことを命じる。
「御意」
「愛紗、ごめんな。護衛に連れて行けなかったこと」
「いえ、それはまたの機会に譲るということで。私はあなたと桃香様の将。ご命令とあらばどこまでも行きます」
愛紗らしいな。一刀はそう思った。すると、横から鈴々が愛紗に向けてニヤついた顔を見せつけた。
「にゃはは~素直にお兄ちゃんとくっつけなくて残念って言えばいいのだ」
「り、鈴々!!!」
図星だったようだ。恥ずかしいところを疲れた愛紗は赤面して怒り鈴々としばらく追いかけっこをしていたという。



エスメラルダ…略称『エメラダ星』は人間だけでなく、エルフや翼人などの亜人種も住んでおり、魔法文化が発展している。
だが、かつて闇の勢力の手によって6000年の時をかけて腐敗と滅びの運命を辿りかけた星でもある。しかし、二人の特殊な魔法系統を持つ少女たちによって呼び出された光の戦士『ウルトラマンゼロ』と『ウルトラマンノア』と仲間たちの活躍によって侵略者たちは霧散、腐敗しきっていたこの世界の国々もこれまでの自分たちの過ちと罪と向き合い、大規模な改革と文明開化を執り行った。
そして当時、偶然にも地球からの来訪者として『ZAP』が訪れたこともきっかけに、エスメラルダと同じ次元に存在する地球との外交も開始される。
その結果『ハルケギニア大陸』を中心に、戦いの時はまだ中世ヨーロッパのような街並みが広がっていたが、突如出現したある科学者たちの研究もあって、文明レベルは上昇の兆しを見せた。
おかげで街にはところどころ、当時の風格を残しつつも、近代的な場所が広がり始めていた。この星は約20年までに侵略者の危機にさらされ、しかも当時は貴族政治の腐敗が目立っていたので緊急を要した。
現在は女王アンリエッタの夫婦と対怪獣防衛軍『UFZ(ウルティメイトフォース)』を筆頭に計画を進め、かろうじて持ち直したといった所だ。
いつまでのものと分からない平和。しかしこの星の人々は、たとえ一寸先が闇の中でも進むことを拒むことはなかった。

たとえ、今ここにひとり、人生という道に迷っている人がいるとしても。

…ハルケギニア大陸の小国トリステインの首都『トリスタニア』。
不良が着込むようにボタンをつけず、ボロボロで乱れた黒い学生服を着たその少年は、ワックスを使って、男性にしてはとても珍しい桜色の髪を逆立たせている。容姿は中性的で女性にも見間違えられそうなほどの端正さがある。
「うう…」「い、いてえ…」
彼の背後には似たような服を着ている男子学生が、ボロボロの状態で転がっている。どうも喧嘩で暴れた結果、彼がボコボコに叩きのめしてしまったようだ。
「ったく…血が服についてやがる。今日もやらかしちまったか…」
少年は服に就いていた血を見て目を細めた。どうもこの少年、見た目からして明らかに不良らしい。
彼はビルの屋上から街を見下ろす。地上まで20mはある。下では。まだ昔の町並みを残しているがゆえに、未だ狭いままの道路と、その上に設置されていて、道幅の狭さをカバーするためのハイウェイが見える。人間・エルフ・翼人…多くの人たちや乗り物がその道の上を移動している。道路だけじゃない。最近は新たに防衛軍の飛行兵器が空の上を飛ぶことが珍しくなくなり、以前からこの星で重宝されていた竜も、相変わらず移動手段として利用されている。
こうして下を見るだけで恐怖を覚えさせられる。普通落ちてしまえば助からないのだから。が、少年の顔に恐怖はない。そして、何をするかと思えば、なんと彼は思い切り屋上の床を蹴った!飛び降り自殺でも図るのか?が、そうならなかった。
ビシュン!
なんとその少年は、魔法も使わず人間とは思えないほどの跳躍力でビルとビルの間を飛び上がっていた。
そして、見事に着地場所である隣のビルに、ズササ!と音を立てながら彼は着地に成功した。見事な跳躍と、ビルからビルへ飛び移るという神業。誰でも彼できるような芸当ではない。だからいざこなしてみると気持ちがいいものだが、少年は素直に喜ばなかった。
「帰るか…」
飛び降りても死なないとは思うが、急に空から翼も待たない人が魔法も使わず落ちてきたら騒ぎになる。少年はきっちり階段から降りて帰宅することにした。

彼の家はトリスタニアから遠く離れた場所にある。それも国の中で大層立派な屋敷だ。白く広範囲に及ぶ塀の中に、大豪邸が広がっている。
メイドに執事・庭師などの召使も大勢いて、彼の家柄がとても優れたものであることが伺える。大きな玄関の扉を開くと、彼よりも1・2歳ほど年上に見受けられるメイドの女性が出迎えてくれた。だが他には誰も迎えに来なかった。
「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」
「ああ…ただいま。テラ」
「また喧嘩なさって来たのでしょう?全く…あまり暴れるとまた街の警邏の方々に補導されますよ?お仕事でお忙しいお母様にお爺様方が心配なさっているというのに…」
テラと呼ばれたそのメイドの女性は呆れかえりながら、ナプキンで少年の顔についていた血を拭き取る。
「悪い…でも向こうから喧嘩をふっかけてくんだよ。それにお袋はともかく、じじいが俺を心配?んなわけねえだろ。じじいが俺を疎んでいるのを知ってるんだぜ」
口を尖らせて少年はテラに言い返した。どうもこの少年、祖父とは仲が悪いようだ。
「またじじいだのお袋だの…おぼっちゃま、あなたはこの国の名門貴族のご子息なんですから、もうちょっとそれらしい振る舞いをなさって。ご親戚の女王様や守護騎士の『ジャンボット』さんたちもご心配しております」
不良くさい口調を崩さない少年に、テラは洗濯のために今度は少年の黒い学生服を脱がせる。
「ご子息…ね。俺はなまっちょろい温室育ちのお坊ちゃんになんかなりたくねえぜ。いい加減家庭教師(センコー)の押し付けがましい教育はダルイし」
「もう…困った人ね。余計に放っておけなくなるんだから…」
困り顔ながらも、世話を焼くことが好きなのか、それともあの少年が気に入っているのか、テラはクスリと笑った。



風呂から上がり、少年が自室に戻る途中、彼は老執事と鉢合わせした。
「おぼっちゃま、あのような下々の者と話すのはおやめください。あなた様と比べて身分が低いのですよ。しかも、おぼっちゃま相手に馴れ馴れしい…」
下々の者…おそらくテラのことを言ってるのだろう。この老執事は昔ながらの常識を重んじている人なのだろう。イラっとした少年は老執事を睨みつけた。
「てめえこそ寝言言ってんじゃねえ。もう貴族も平民も平等に扱い、権力差もないものとしろと叔母上たち各国の王が法で定めただろうが。話したって特に問題でもないだろ」
少年には老執事の発言が差別的なものに聞こえたようで不愉快に感じたようだ。
「そ、そうですが…」
それを聞いて老執事は言葉を詰まらせる。
「だったらそれ以上言うんじゃねえ。俺を誰だと思ってやがる」
「も、申し訳ありません…」
「けっ。いい加減気をつけろよ。このご次世、そういう古くせえの嫌うやつだっているんだからよ。俺だって大嫌いだからな」
イラついた様子で少年は自室の扉を開き、乱暴に扉を閉めた。すると、少年がいなくなったのと同時に、老執事は聞こえないようにちっ、と舌打ちした。
「まったく…『ルイズ』お嬢様はなぜロクでもない子を…。
公爵様の苛立ちの理由もわかりますわい…」



真夜中…少年は幼い頃から、寝るたびに夢を見ないことを願っていた。だがそれでも見てしまうのだ。自分の意志とは関係なく、嫌な光景しか浮かばない夢を。
俗に言う、悪夢。

光の巨人の石像。
爆音を立てて燃え盛る石の建物。

街を破壊しようと暴れる何十体もの凶悪な怪獣に、平和のために果敢に立ち向かう…巨人たち。
「ジェア!」「フォア!」
しかし、巨人たちは二つに分かれて対峙し、果てしなき殺し合いを始める。

撃破し続け、荒廃する街・自然…星。
最後に…。
「ギィイエア!」「ウギャアアア!!」

狡猾で卑怯な人間のような掛け声と共に、一人の光の巨人が黒い巨人に胸を刺されて死ぬ姿。やがて、醜悪なる四つの影によって、光の戦士たちが無残に殺される姿。

「う…」
窓から差し込む陽の光を浴びて少年はベッドから起き上がった。
「…またあの夢か。二次の読みすぎか?」
起き上がって、今日も学校へ行くために学ランを羽織った。
ふと、少年は学生服のズボンに違和感を覚える。パンパンとポケットを上から叩く。
「あれ?学生証、ポケットに入れてたんじゃ」
彼はポケットに学生証を入れたままのようだが、どこかで落としてしまったようだ。
昨日の喧嘩の際にドジって落としてしまったのかもしれない。
(めんどくせーが探してみるか。みつからなかったら再発行してもらえばなんとかなりそうだし)
不良臭く乱れてはいるものの、着替え終えた少年は、そのまま部屋をあとにした。

彼の学生証はというと、確かに昨日彼と少年の喧嘩現場となったビルの屋上に落ちていた。しかし、それは風に流されどこかへと飛んでいってしまう。
その学生証にはこう名前が刻まれていた。


『ルーク・ド・ラ・ヴァリエール』

 
 

 
後書き
今作品は『ウルトラマンゼロ~絆と零の使い魔~』の世界と密接な関係にあります。
ここではゼロの使い魔の舞台でもあるハルケギニア大陸の存在する星の名前が『惑星エスメラルダ』としています。

この時点で苦手な方もいると思いますが…


※華陀、削除 
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