真田十勇士
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巻ノ十九 尾張その四
「泰平もな」
「そこに義がなければですか」
「まことの泰平ではないと」
「そう仰るのですか」
「拙者はそうも考えておる」
田で笑顔で汗を拭きつつ働く百姓達を見つつの言葉だ。
「義なき泰平はまことの泰平に非ず」
「そうした泰平は、ですか」
「必ず」
「うむ、崩れる」
そうなるというのだ。
「そこに義がなければ人の心が確かにならぬからな」
「では裏切りや謀を好む様な」
「そうした御仁が天下を取れば」
「その泰平は長くは続かぬであろう」
これが幸村の考えだった。
「羽柴殿はこう言うといささか謀を好まれるか」
「いえ、あの御仁はです」
「確かに謀を使われますが」
筧と霧隠が幸村に話した。
「ですがそれでもです」
「それは必要な時だけです」
「普段は懐が広く気さくで」
「よい方です」
「気をつけるべきはです」
ここでだ、清海が眉を顰めさせて言って来た。
「都にいた時に行きませんでしたが」
「南禅寺か」
幸村は清海の言葉を聞いてだ、すぐに察してこの寺の名前を出した。
「あの寺か」
「はい、あの寺におる以心崇伝という坊主は」
「どうした御仁じゃ」
「それがしが見た中で最も腹黒い者です」
「腹黒いか」
「学はありますがその学を己がのし上がる為にしか使いませぬ」
それが崇伝という男だというのだ。
「己がのし上がる為に邪魔になる者、己が嫌っていたり恨む者を陥れる為に手段は用いませぬ」
「そうした者か」
「はい、あの者が天下に出れば」
その時はというのだ。
「謀を使い必ず害を為します」
「拙僧も崇伝殿は知っていますが」
伊佐もだ、剣呑なものを語る顔で幸村に語った。
「兄上の仰る通りです」
「謀を好みか」
「私利私欲しかありませぬ」
「しかも曲学阿世か」
「はい、僧侶としてあるまじき方です」
「そうなのか、厄介な者か」
「そういえばわしも一度南禅寺に行ったことがあるが」
猿飛は己の右手を顎に当てて眉を顰めさせて述べた。
「一人随分と人相の悪い坊主がおったな」
「その御仁がおそらくです」
「崇伝か」
「はい、関わられることのなき様」
「悪い者だからか」
「拙僧もあの御仁は好きになれませぬ」
伊佐は猿飛にだ、自分も清海と同じ考えだと述べた。
「その学を正しき道には使われぬ方です」
「学もあるだけでは駄目か」
「正しく使ってこそなので」
崇伝の様に使うことはというのだ。
「あの方の様なことはあってはありませぬ」
「そうなのか」
「ふむ、鉄砲もな」
ここでだ、穴山は今も背負っている鉄砲に手をやりそれを見て言った。
「楽しみや己の欲の為に使えばとんでもないものになる」
「忍術と腕力もじゃな」
望月も言う。
「悪いことに使えば最悪じゃ」
「そうじゃな、忍術は盗賊にもってこいじゃ」
穴山は望月にも応えて述べた。
「悪いことに使えばとんでもないことになる」
「全くじゃ」
こう二人で話す、そしてだった。
海野がだ、幸村に言った。
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