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第三章

「あれはいいぞ」
「鬘は」
「鬘を被るべきだ」
「それではだ」
「我々も被ろう」
「髪の毛があろうとも」
 こうしてだった、髪の毛がある被る必要がない筈の者達も被ってだ。それで誰もが鬘を被る様になった。
 フランスの宮廷の貴族達は皆鬘を被る様になった。その状況を見てだ。
 王は複雑な笑みを浮かべてだ、宰相であるリシュリューに言った。
「このことは考えていなかった」
「誰もがという状況は」
「そうだ、全くな」
 こう己の前に控えるリシュリューに話した。
「想像もしていなかった、余だけがな」
「そうなのですね」
「頭を隠したいと思っていた」
「それで被られたのでしたね」
「それだけだった」
 あくまでだ、そうだったというのだ。
「結局な、だが」
「それが今では」
「この通りだ」
 宮廷のどの者達もというのだ。
「被っている」
「面白いことに」
「そうだ、もうこうなるとな」
「髪の毛の有無ではなく」
「お洒落だ」
「その問題になっていますね」
「それぞれ様々な色、様々な形の鬘を被っている」
 そうしてその被ることを楽しんでいるのだ。
「それがな」
「思わぬ展開ですな、ただ」
「ははは、枢機卿はか」
「私は関係ありません」
 リシュリューは笑って王に答えた。
「全く」
「僧侶だからな、枢機卿は」
「剃っていますので」
 頭のつむじのところをだ、それが彼がカトリックの聖職者であることを示している。その緋色の法衣と共にだ。
「ですから」
「鬘はしないな」
「私は」
「そうだな、しかしな」
「宮廷では最早」
「鬘は定着した、だが」
 ここでだ、王はまた苦笑いになった。そしてだ。
 鬘から飛び出てきた小さなものを横目で見つつだ、こうも言った。
「もう一つ定着したものがあるな」
「蚤ですな」
「隠すことはいいしお洒落になることもいいが」
「巣になることは」
「さらに考えていなかった」 
 その蚤のことを思いつつの言葉だ。
「困ったことだ」
「実際髪の毛には付きものですからな」
 蚤がだ、この時代の欧州の者達は滅多に風呂に入らない。ルイ十三世にしても風呂は数年に一度といったものだ。
 それでだ、リシュリューも言うのだ。
「本来の髪の毛もです」
「蚤が付くからな」
「ですから」
「鬘にもだな」
「はい、付きます」
「虱もな」
「このことはどうかしないとな」
 こうも思う理由は簡単だ、いれば痒いからだ。
「大変だ」
「ではそこも何とかするということで」
「智恵を求めるか」
「そうしましょう」
 リシュリューも応える、そして。
 王の周りに今度は蚤取り機が差し出された、王はそれを見て言うのだった。
「これで安心だな」
「蚤をかなり減らせます」
「それはいいことだ」
「そして虱の方も」
「全く、鬘はいいが」
 実際今も被っている、そのうえでの言葉である。
「それでもな」
「蚤や虱はですな」
「困ったことだ、いいこともあれば悪いこともある」
「鬘も」
「そうしたものだな」
 こうその蚤取り機を発明して差し出した者に言うのだった、王は鬘の毛を自分の手で撫でつつ少し複雑な笑みになって語った。


鬘   完


                         2015・2・17 
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