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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第四十話

 三河へ行く前に寄る場所がある、そう言われてやって来たのは雑賀衆のアジト。
火薬やら火器やらの発注をそろそろしなければと思っていた矢先の勝負だったので、ついでに出向くことにしたのだとか。
まぁ、長旅の補給っていう意味もあるみたいだけど。

 ……でもなぁ、雑賀衆っていうと……。

 「我ら! 誇り高き雑賀衆!」

 入口に立った途端、わらわら出てきた雑賀衆の面々。
随分と昔、輝宗様がまだ当主だった頃にお供で来たことがある。
頭領に会うには、まずこの殺気すら漂う雑賀衆の連中を倒していかなければならない。そんな妙なルールがある。
それが仮に、暇だから会いに来た、なんてそんな用件でもだ。

 ……全く、迂闊に遊びに来られないんだよね。ここは。まぁ、来る用事もないけど。

 「相変わらずだなぁ、ここはよぉ~! おう! サヤカ! 会いに来てやったぜ!!」

 何てアニキが大声を張り上げれば、何処からか女の人の声が響いてくる。

 「元親……その名は捨てたと言っただろうが。……まぁ、いい。もうあえて説明するまでも無いな?」

 「おうよ! 今からそっちに行くから待ってな!!」

 随分と親しげじゃない? 鶴姫ちゃんが狙いじゃなかったの?
駄目だよアニキ。あっちもこっちも女に手ぇ出しちゃあ……そういう男は大抵嫌われるもんなんだから。

 「……アニキ、いくらなんでもそっちこっちに手を出すのはどうかと思うよ?」

 「は?」

 何よ、その反応。お前は何を言ってるんだ、って顔しちゃってさ。愛しい女に会いに行くんじゃないの?
サヤカ、なんて呼び捨てにしてるくらいだし、向こうも元親って呼んでるくらいだし。
余程深い仲だと思ってるんだけどどうなのよ。

 「サヤカって人、アニキのコレじゃないの?」

 寄って来た雑賀の連中をみねうちでばったばったと倒しながら、小指を立てて見せればアニキが顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。

 「ば、馬鹿野郎!! サヤカは俺の女じゃねぇよ!! 幼馴染って奴だ!!」

 逆にその反応にこっちが驚くけれど、まぁ、そんなの男の常套句って奴だろうしねぇ?

 「ふぅ~ん? まぁ、いいけど」

 「テメェ、信用してねぇな!?」

 信用するわけがないでしょうが。そんな嬉しそうな顔して会いに行こうとしてんだもん。普通は関係疑っちゃうよ。
大体男ってのは平気で女に手を出そうとするもんでしょ? この戦国の世なら尚更だもの。
女は男に従う為にいる、なんて考えてる輩も少なくは無いし。

 しっかし……アニキは妙に純情というか何というか。
ちょっと突いただけで赤くなっちゃうとか、どんだけ……初心とは言わないけど、やっぱ女慣れしてないんだなぁ……。
それを思えば信じてあげても良いような気がするけど……そんなんじゃ、惚れた女何時まで経っても口説き落とせないぞ?

 「じゃあ、やっぱりアニキの本命は鶴姫ちゃんか」

 「何だその本命ってのは」

 「だから、アニキのコレにしたいわけでしょ?」

 もう一度小指を立てて見せれば、アニキがまた顔を真っ赤にして私に向かって碇を振るってくる。
寸でのところでしゃがんでかわしたけど、アレまともに食らったら死んでたってば。

 「お、おおおお俺にそんなつもりはねぇ!!」

 そんなつもりはないって、本当にその気がないならそこまで動揺して言うか? 普通。
全く、素直じゃないわね。アニキったら。人間素直が一番よ?

 「嘘でしょ~? オルゴールまで贈っておいて、その気はないとかどんだけぇ~? だよ。
どうせ不法投棄したからくりも、何か鶴姫ちゃんが好みそうな細工がしてあるんでしょ」

 ニヤニヤ笑ってそんなことを言えば、アニキが赤い顔をしたまま言葉を詰まらせてる。

 いやぁ~、分かりやすい。何か、この人政宗様と似てるけど、こっちの方が可愛げがあっていいなぁ~。
からかいがいも十分だし。つか、周りの野郎共もニヤニヤしながらアニキのこと見てるし、こりゃ周知の事実って奴だわね。
いや、暗黙の了解かな?

 「お、オルゴールなんて何で知ってんだ。あんなの、説明しなきゃ誰も使い方なんざ分からねぇってのに……」

 「まぁ……秘密。そうそう、あっちのイケメンモブ武将さんに使い方説明しておいたから、
今頃鶴姫ちゃんが正しい使い方してくれてると思うよ」

 「いけめんもぶ?」

 おおっと、ついつい言っちゃあいけない発言をしてしまってよ。私としたことが。

 「どうせなら外見ももっと可愛らしくすれば良かったのに。
あんな無骨なデザインじゃなくて、女の子が好みそうな……そうすれば、ゴミだなんて言われなかったでしょ」
 なんて突いてみるけどアニキは赤い顔のまま何も答えてくれなかった。

 なるほど、そこまでやれるほどの度胸は無かったってわけね。うーん、純だなぁ~。
アニキったら見た目に反して可愛いんだから、もう。

 「アニキの恋、叶うように応援してるよ~」

 「こっ……お、俺はそんなもんしてねぇよ!!」

 「照れない照れない。“命短し、人よ恋せよ”よ」

 何処で聞いたか分からないけど、何となくそれもいいなって思って覚えていた文句を言ってみる。

 「何だ、慶次と同じこと言いやがって」

 「……へ? これ、慶次の台詞だったの?」

 「? ああ、そうだが」

 ……うわ、最悪。慶次と同等かよ……自分で言って凹んできた。
あ、いや……別に慶次が嫌いってわけじゃないよ?
特別好きって訳でもないけど……あんなに頭の中が春満開じゃないもん、私。

 「ともかく、鶴姫ちゃんをモノに出来るといいねぇ~」

 「だから違うって言ってんだろうが!!」

 やっぱり赤い顔をして怒鳴るアニキの後ろじゃ、野郎共が皆ニヤニヤしてる。

 ほら、周りもアニキが恋をしてるってのは分かってるんだから認めちゃいなさいよ。
誰も咎めたりなんかしないから。っていうか、この調子なら積極的に協力してくれるんじゃないの?
アニキと鶴姫ちゃんがくっ付くように、って。

 とりあえず野郎共に倣って、私もアニキの前でニヤニヤと笑ってみる。再び私に向かって碇が飛んできたけど華麗に避けました。

 いやぁ~、人の恋バナっていいねぇ~。からかうネタとしては最高だよ。 
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