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赤い目

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1部分:第一章


第一章

                   赤い目
「ねえ、あの店もう行った?」
 その時この街では新しくできたラーメン屋が評判になっていた。とにかく美味いということで多くの人の話題になっていたのである。
「まだ行ってないけれど」
「じゃあ行きなさいよ。すごく美味しいんだから」
 そんな話が街中至るところで話されていた。会社でも商店街でも公園でも。これは高志のいる学校でも同じであった。
 大門高志。街の中学校に通うごく普通の少年である。髪は今時の学生にしてはださいと言うべきか真面目と言うべきか染めてもおらず整髪料も着けてはいない。ごく普通の七三分けであった。
 顔もごく普通である。とりたてて不細工でも美男子でもない。細面で特徴のない顔であった。目はやや切れ長で奥二重であった。特徴と言えばその目であろうか。それ以外はこれといって特徴のない顔であった。
 流行とかそういったものに疎い彼はまだそのラーメン屋には行っていなかった。食べることは好きだし興味もあるのだが何となく行っていないのである。気分が乗らないのだ。
「あんたまだ行ってないのね」
 隣の席にいる久保葉子が話を振ってきた。小学校、いや幼稚園の頃から同じで一緒のクラスになったことも何度もある。幼馴染みと言えば聞こえはいいが地味な高志はいつもこの葉子に押されている。背は小さいが元気のよい娘でソフトボール部に所属しており肌はよく焼けている少したれ目なのが特徴であった。
「ああ、あのラーメン屋ね」
 話を振られた高志はそれに合わせてきた。
「美味しいって話だよね」
「そうよ、すっごく美味しいんだから」
 葉子はにっこりと笑ってこう言った。
「麺のこしもしっかりしてるし味もいいのよ」
「ふん」
「それ以上にスープとチャーシューがね。最高なのよ」
「そんなにいいんだ」
「あれはね、きっと特別のダシと肉を使ってるのよ」
 葉子は上機嫌で話している。どうやら気分が乗ってきたらしい。
「コクもあるし喉ごしもいいし。一度飲むともう止められないんだから」
「そしてチャーシューは?」
「これがね、脂身も赤身もよくって。口の中でとろけて。とにかく一度食べるともう止められないのよ」
「それで毎日食べてるの?」
「ええ」
 彼女は頷いて答えた。
「部活の帰りにね。あんたもどうよ」
「どうって言われてもねえ」
 そう言われた彼は困った顔を作った。
「その店すっごい人が多いんだろ?」
「勿論」
 葉子は胸を張って頷いた。
「いつも行列になってるのよ。すっごいんだから」
「並んでまで食べるのはなあ」
 別に流行とかそういったものに敏感でもない彼はそこまでして食べる気にはなれなかったのである。困った顔をしたまま言った。
「そこまでしなくても美味しいラーメン屋なら一杯あるじゃないか」
「ところがそのラーメンは特別なのよ」
「そんなにいいの」
「そうよ。だから来なさいって、一度でいいから」
「来なさいって君と?」
「そうよ、他に誰がいるのよ」
 半ば強制になってきた。
「折角女の子が連れて行ってあげるって言ってるのよ。断るなんて許さないから」
「そうは言われてもね」
 だが気分が乗らないものは乗らない。やはり困った顔をしたままであった。
「何時か行くから」
「約束よ」
 逃げることはできなかった。葉子は隙を作ることなく高志に対してこう言った。
「いいわね、逃げたら承知しないから」
「わかったよ。ところで」
「何?」
 彼はずっと葉子の顔を見て話をしていた。そしてあることに気付いたのである。
「君最近勉強かゲームばっかりしてない?」
「!?どういうこと!?」
 葉子はそう言われてキョトンとした顔になった。
「いや、目がさ」
「目!?」
「うん、赤いんだ。どうしたのかなって思ってね」
 見れば少し赤くなっていた。だが今はそれ程赤くはない。少し充血したという程度のものであった。軽い結膜炎に見えるようなものであった。
「別に何ともないけれど」
 葉子は答えた。
「そうなの」
「けど。そんなに赤い?」
「それ程じゃないけれどね」
 彼はそう言って宥めた。
「けど。あまり酷いなら病院に入った方がいいよ。確か部活じゃショートだったよね」
「うん」
「あのポジションボールが飛んで来ること多いから。用心に越したことはないよ」
「わかったわ、そうする」
「何か最近目が赤い人多い様な気がするけれどね」
「そうかしら」
「これは僕の気のせいだと思うけれど。何か病気でも流行ってるのかな」
「怖いこと言わないでよ」
「御免御免」
 そんな話をしながら学校での時間を終えた。葉子はソフトボール部に向かい高志は卓球部に向かった。彼等はそれぞれ全く違う部活に所属していたのである。
 部活を終えて家に帰る。その途中擦れ違う人の目が赤いことが多いのに気付いた。
「あれ、まただ」
 高志はそれに気付いて呟いた。
「また目の赤い人がいるな。何でだろ」
 それを不思議に思う。思いながらやはり病気でも流行っているのかと思った。
「目の病気かな」
 咄嗟に失明やそういった不吉なことが思い浮かぶ。それで気持ちが暗くなるのを感じた。
 慌ててその考えを消す。気持ちが暗くなってはどうにもならないからだ。
 そして忘れて家に帰る。だが家でも同じことが起こっていた。
「お帰りなさい」
 母が出迎えてくれた。だがその目はやはり同じ色であった。微かにではあるが。
「どうしたの、その目」
 高志は驚いて母の目を見ながら言った。
「目?目がどうしたの?」
 母はその言葉に驚いて高志に言葉を返した。どうやら気付いてはいないようである。
「いや、何でもないよ」
「変な子ね。帰ってくるなりそんなこと言って」
 母はどうやら自分では気付いていないようである。そしてまた高志に声をかけてきた。
「今日ね、お昼ラーメン食べたのよ」
「ラーメン!?」
「ええ。ほら、今街で評判のあのお店よ」
「ああ、あそこね」
 学校で葉子が話していた店と同じである。もうラーメンと言われただけでわかった。
「お母さんはじめて食べたけどもうすっごく美味しくて」
「学校でも評判になってるよ」
「そうでしょ。それがね、評判以上で」
 母はさらに機嫌がよくなってきた。
「一度食べたら病みつきになるのよ。お母さん三杯も食べたのよ」
「そんなに?」
「おかわりしちゃって。もう満腹」
「太るよ、そんなに食べたら」
「いいのよ、もうあのラーメンが食べられるのなら」
 どうやらそのラーメンにかなり参っているようであった。
「これからも毎日食べたい位だわ」
「そうなんだ」
「あんたも一回行って来たらいいわ」
 彼女は息子にもそう勧めてきた。葉子と同じ様に。
「とにかく一回食べてみたらいいから。今度行って来たらいいわ」
「気が向いたらね」
「もう、いつもそんなんだから」
 母は高志のそうした素っ気無い言葉を聞いて眉を顰めさせた。
「お父さんと同じなんだから。流行に鈍感ね」
「自分を持ってるって言って欲しいな」 
 そして高志はそうした言葉にいつもこう返すのが決まりであった。
「お父さんのそういうところが好きになったっていつも言ってるじゃないか」
「それはそうだけれど」
 そう言われるともう何も言えなかった。母は黙ってしまった。
 
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