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禁じられた舞台

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4部分:第四章


第四章

「その時のことを考えればね。今はね」
「天国ですか」
「そうそう、天国だよ」
「こんな美味い弁当食えるしな」
 皆こう言いながらこの唐揚げ弁当を食べていくのだった。
「天国天国」
「このまま何事もなくいけばいいよ」
「そうですよね。それは」
 こんな話をしながら撮影を続けていた。撮影は以後も順調に進みそのうえで遂にクランクアップとなった。そうして上演になったがこれまで事故やトラブル、スキャンダルの類は一切なかった。
「ほら見ろ、そんなことはないだろ」
 高山はこの順調さについて言っていた。
「迷信なんだよ、そんな話はな」
「そうなんですか」
「そうだよ。現に見ろよ」
 自分を指差してインタヴューにも応えていた。この作品が常に何かしらのトラブルに見舞われるというのは既に世間によく知られていたことだったからだ。
「この作品をやれって言ったのは俺なんだよ」
「はい、そう聞いています」
「何かあるのならまず俺だ」
 彼は胸を張って言うのだった。
「スタッフは御祓いにも行ってるけれどな。俺は行かなかった」
「それもですか」
「神様とかそういうのも迷信なんだよ」
 ここでも無神論者であることを隠そうともしない。
「全くな。若し俺に何かあったら」
「何かあったら?」
「その時こそ信じてやるさ」
 やはりここでも胸を張っていた。
「何かあったらな」
 こんな話をしていた。とにかく彼は自分の身には何も起こらないと確信していた。こうして舞台の上演は終わった。最後の打ち上げの時彼はその祝いの場でこうぶちまけたのだった。場は居酒屋であった。よく駅前にあるビールやチューハイ、刺身や焼き鳥を出すそういった店である。和風の座敷の上に皆集まっていた。
「見ろ、何もなかっただろ」
 ビールの大ジョッキを右手に高々と掲げての言葉だった。
「祟りとかそういうのは迷信なんだよ。そんなことが起こる筈がない」
「はあ」
 スタッフ達も役者達も彼の言葉をただ聞くだけだった。とりあえずそれぞれの胸の中で考えていることは言葉には出さないでいた。
「迷信を信じていていい作品ができるか。違うか?」
「まあそうですけれど」
「それは」
 一応口では賛同しているが誰も心からではなかった。
「今度もやるぞ」
「今度もですか」
「ああ。祟りとかはないってはっきりわかったからな」
 相変わらず断言していた。
「またやるぞ。いいな」
「それで今度もあの作品ですか?」
「おいおい、そんなことするか」
 若田部の言葉は馬鹿にするようにして否定するのだった。否定しながら上機嫌の顔でビールを飲んでいく。その顔が忽ちのうちに真っ赤に染まっていく。
「俺だぞ。天下の高山だ」
「天下のですか」
「俺は二番煎じはしない」
 こう言うのである。
「同じことを続けてもしない。今度はな」
「今度は?」
「革命を起こしてやる」
 何か変わったことがしたい種類の人間が使うことの多い言葉である。横紙破りこそが絶対の真理であると考えている人間の言葉でもある。
「演劇の場にな。やってやるぞ」
「革命ですか」
「マクベスだ」
 彼は言った。
「シェークスピアをやってやる。今度はな」
「シェークスピア?」
「鬼っ子だ、今度はな」
 続いてこんなことも言い出してきた。
「まあ任せろ。凄い作品にしてやるからな」
 打ち上げの場で早速大風呂敷を拡げていた。そのうえで酒と肴をしこたま腹の中に入れかなり酔って帰路に着くのだった。皆店の外でその後姿を見送りながら言うのだった。
「またやるつもりだな」
「っていうかもう構想には取り掛かってるんじゃないのか?」
 褒める口調ではなかった。彼の背中を見るその目も。
「全く。何でもかんでも己を通せばいいってもんじゃないのにな」
「確かに何も起こらなかったけれどな」
「ああ、それはな」
 皆それはわかっていた。練習の間もそれを映す撮影の間もそして上演の間も事故や事件の類はなかった。小さなトラブルが多少あった程度だがこれはどんなことをしても起こってしまうことであったので誰も特に気には留めていなかった。高山でなくともだ。
「とりあえず何もなかったな」
「そうだな」
「そうですかね」
 しかしここで若田部が首を捻って言うのだった。
「今日最終日ですよね」
「まあ打ち上げの日までがそうだからな」
「そうだな」
 丁度今日が最終公演だった。だからそうなる。
 
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