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人面痩

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1部分:第一章


第一章

                   人面痩
 高岡陽子は地方の銀行に勤めているごく普通の女性だ。黒い髪をストレートで伸ばし、切れ長めの一重の目にあまり起伏の激しくない普通の顔を持つ本当に普通の顔立ちの女性だった。だがそれでも彼女はわりかし異性に人気があった。これは学生時代からであった。
 その理由は顔以外にあった。女がもてるのには顔以外に理由がある場合がある。彼女の場合はスタイルであった。日本人離れしたスタイルを誇り、とりわけその脚には絶対の自信があった。ミニスカートで黒いストッキングを履けばそれだけでどんな男でも参らせる自信があった。それだけの自慢すべきものであった。
 それは同僚達からも羨望の的であった。彼女のスタイルはそれ程までによかった。それ目当てで銀行に来る者すらいる程であった。
「あの御客様今日も来てるわよ」
 同僚の一人が受付の奥でパソコンに顧客のデータを入力している陽子に対して囁いてきた。今の陽子の服は銀行の制服である。スカートの丈は膝までで露出も少ない。自慢のスタイル、とりわけ脚を生かしたものではなかった。それでも見に来る者がいるのである。
「陽子の方をチラチラ見てるわよ」
「嫌ね、何だか」
 そうは言っても悪い気はしないのは女としての誇りからだろうか。
「私の方ばかり見て。セクハラよ」
「けれどちゃんと預金はしてくれてるわよ」
 同僚はそう言ってまた囁いてきた。
「それも結構。いい御客様よ」
「だったらいいけど」
 そうした御客ならまだいい。
「それでもね」
 そうした客ばかりではないのだ。それが困りものと言えば困りものであった。
「ストーカーだったりしたらね」
「そっちの心配もあるの?」
「今のところはないけれど」
 彼氏と同棲している。年下の大学生で冬彦という。飲み屋で知り合ってそのまま付き合いはじめたのだ。商業高校を出てすぐにこの銀行に入った陽子と一歳しか違わないが随分子供っぽい。彼女にとってみれば彼氏というよりは弟みたいな存在である。
「彼氏いるって公言してるし」
「だから安心してるの?」
「まあね」
 同僚に対して答えた。
「一応は」
「タチの悪いのもいるから注意してね、最近は」
「わかったわ、変なのは何処にでもいるからね」
「そうそう、確かあんたの彼氏ってあれだったわよね」
「一応マーシャルアーツやってるけど」
 アメリカ軍で作り上げられた格闘技である。日本でもやっている者は多い。
「そうそう、格闘ゲームなんかでよく出る」
 同僚はそれに相槌を打った。
「衝撃波でやっつけてもらえばいいじゃない」
「ゲームと現実は別よ」
 陽子はそれを聞いて思わず苦笑してしまった。そしてこう言った。
「あっ、実際にはそんなの出せないの?」
「当たり前じゃない。出せるって話は聞くけどよっぽどの達人よ」
「そうかあ」
「そうそう、まあ一応ボディガードにはなってくれてるから」
「安心ね」
「車で送り迎えもしてくれるしね」
「彼氏って便利ね」
「旦那になったらもっと便利かも」
「こらこら」
「うふふ」
 そんな半分のろけが入った話をしながら仕事をしていた。仕事が終わるとすぐにロッカールームに向かって着替える。愛想のない制服からうって変わって派手な私服になった。
「相変わらずね、私服は」
「どう?今日のは」
 黒いストッキングに白いタイトのミニ、上は青のタンクトップとスカートと同じ白い上着であった。露出、とりわけ脚を意識した服装であった。
「目立つわよ」
「遊びに行くみたいよ」
「彼氏と待ち合わせてデートなのよ」
 やはりここでものろけていた。
「これからね。明日休日だし」
「その脚でいたいけな大学生たぶらかして」
「悪いんだから」
「まあまあ。それに敦君だってこんな格好してくれないと不機嫌になるし」
「彼氏も?」
「ええ」
 陽子は答えた。
「折角だからって。脚見せてくれって」
「元気ね、本当に」
「歳下の彼氏って」
「まあ、こっちもね。それではりきっちゃうけれど」
「じゃあ頑張って彼氏の要求に答えるのね」
「一応応援はしてあげるわ」
「ありがと。それじゃあね」
「ええ」
 銀行を出る。そして入り口のところで彼氏の車を待つ。銀行が終わるのは遅い。もう外は真っ暗であった。陽子はそんな中で腕を組んで立っていた。そして彼氏の車を待つのであった。
 道を行く男達が思わず振り返る。陽子のスタイル、とりわけ脚に目がいくのである。陽子の方もまんざらではない。心の中で男達の視線を楽しんでいた。
(もっと見ればいいわ)
 心の中でそう呟く。
(もっとね。こっちだってその為にこうした格好しているから)
 タイトはかなり短く腿の付け根まである。その二本の脚が露わになっている。その脚を立ちながら組んでいる。そして道行く男達に見せていたのだ。
 胸もはっきりとタンクトップから浮き出ている。谷間が見えそうである。これもあえてそうしているのだ。彼氏に言われたというのは実は嘘であった。彼女は自慢のスタイルをそうして他の人間に見せていたのである。見せずにはいられなかったのだ。
 暫くして車が来た。シルバーのデミオだ。誰の車かすぐにわかった。
「お待たせ」
 窓が下ろされ中からあどけない顔立ちだが大柄で筋肉質の青年が顔を出してきた。彼が陽子の彼氏である敦だ。彼女より一つ下の大学生なのは本当のことだ。
「待った?」
「待ったわよ」
 陽子は意地悪そうに笑って彼氏にこう返した。
「おかげで危ない目に遭いそうだったんだから」
「嘘っ」
「嘘よ」
 今度はにこりとした顔になって言った。
「驚いたかしら」
「少しね。御免、ちょっと道が混んで」
「そうだったの」
「うん、今渋滞気味なんだ」
「それだったら。ドライブは止めた方がいいかしら」
 陽子は言った。
「どうする?そこんとこ」
「とりあえず車の中に入っていい?」
「ああいいよ、どうぞ」
「ええ」
 陽子はそれに従い車の中に入った。助手席に座った。
 車の中で脚を組む。その奥にあるものが見えそうである。それが見えはしなくとも思わず目がいってしまう脚がそこにある。黒いストッキングに覆われたその脚が敦の目に入っていた。
「で、これからどうするの?」
 助手席に座った陽子は隣にいる敦に尋ねた。
「ドライブが駄目だったらレストランとかカラオケも」
「ドライブは明日にしないかい?」
 敦は陽子の脚を見ながら言った。陽子も見られているのはわかっている。あえて彼氏に見せているのだ。
 挑発していると同時に自分も満足していた。見せていることと見られていることに。彼の視線が何よりも心地よかったのである。
「明日にするの?」
 陽子は敦の視線を感じながら言った。
「うん、また明日で」
「じゃあ今日は?」
「今日は。家で遊ぶ?」
「ゲームでもして?」
「いいゲーム買ったから。格闘ものでさ」
「じゃあそれでいいわ」
「お酒でも買ってね」
「ええ、それで遊びましょう」
「うん」
 その場はあっさりと話が進んだ。車の中では相変わらず彼に自分の脚や胸を見せていた。そしてアパートに着いた。早速お酒を飲んでゲームをはじめた。その時陽子はずっと銀行を出た時と同じ格好であった。
「着替えないの?」
「だって見て欲しいもの」
 今度は恋人として言った。
 
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