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手のなる方へ

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1部分:第一章


第一章

                   手のなる方へ
 中田恭子のいる村は古い村である。まるで時代から取り残されたような。山の麓にありかろうじて電気や水道が通っているようなそんな場所であった。彼女はそこに住んでいた。
「今日は何して遊ぶ?」
「遊ぶっていってもねえ」
 クラスメイト達の話も遊びになると寂しいのが現実だった。村にはコンビニやカラオケといったものは全くなくとにかく娯楽がないのだ。遊ぶと言えばそれこそ外で身体を動かすか家の中でゲームをするしかない。その程度だった。
「何もないじゃない」
「まあね。じゃあ恭子の家言っていい?」
「私の家?」
「うん、実はさ」
 幼稚園から同じの須恵が彼女に言うのだった。この村は幼稚園から高校までずっと同じである。田舎なので必然的にそうなってしまうのである。
「新しいゲーム買ったし」
「プレステ?ウィル?」
「ウィルよ」
 にこりと笑って恭子に答える。
「恭子もウィル持ってたわよね」
「一応はね」
 あまり要領を得ない言葉で須恵に答えるのだった。
「持ってるけれど」
「じゃあ今日いいわね」
「ただ弟が今ずっとやってるのよ」
「弟!?ああ、幸次郎君ね」
「そう、あいつ」
 恭子には兄と弟がいる。兄が幸一郎で弟が幸次郎だ。覚えやすいようにと祖父がつけたのである。家は代々農家であり彼女も子供の頃から畑仕事を手伝っている。
「あいつがずっとやってるのよ」
「そうなんだ」
「取り戻すのは難しいでしょうね」
 少し困った顔で須恵に述べる。
「残念だけれど」
「じゃあ私の家に来ない?」
 須恵は恭子の言葉を聞いて場所を変えることを提案してきた。
「それだったら」
「須恵ちゃんの家?」
「そう。それだとどうかしら」
「そうね」
 少し考えてから須美に答えるのだった。
「うちの家は私の部屋にテレビあるしね」
「だったら丁度いいじゃない」
「そうね。じゃあ私の家でね」
「ええ、それでいきましょう」
「わかったわ」
 一応テレビゲームの類はあった。しかし奥深い地にあるのは確かで人々は今尚閉鎖的な環境の中で生きていた。そしてそれはただ生活だけではなかった。
 恭子と須美は話通り二人で須美の家に行きそこでゲームをしていた。須美の部屋は畳であり布団敷きになっている。畳んだ布団が置かれ本棚と座布団が側にある部屋の端の机には蛍光灯が置かれ教科書やノートが整然と横に並べられている。二人はそんな部屋でそれぞれ座布団に座りテレビを前にしてゲームをしていたのである。その中で恭子はふとした感じで須美に声をかけたのである。
「ねえ須美」
「何なの?」
「私達もう中二よね」
「ええ」
 ゲームの画面を見ながら恭子に答えたのだった。
「だったら。やっぱり」
「神社ね」
「神社に行かないといけないのよね」
「そうよ。ほら、村長さんが言ってたじゃない」
 村で代々庄屋をしていた家だ。それが村長となったのだ。つまりここでも昔からの流れが続いているのである。何処までもそうであった。
「皆そろそろ」
「神社に集まってね」
「何をするのかしら」
「さあ」
 恭子の問いに首を傾げる須美であった。
「私知らないわよ」
「私も」
 それは恭子も同じであった。二人共知らないのであった。
「ただ神社に行くって聞いてるだけでね」
「他は何も知らないわよね」
「何なのかしら」
 また首を傾げる二人であった。
「神社に集まって。何をするのかしらね」
「洋子さんいたじゃない」
「ええ」
 二人の一学年上の先輩である。
「あの人に聞いたんだけれどね」
「何て仰ってたの?」
「何も」
 恭子の返答は実に素っ気無いものであった。少なくとも二人にとって役立つものは何もなかった。須美も今の恭子の言葉を聞いてまた首を傾げるだけであった。
「聞けなかったわ」
「けれど洋子さんって去年神社行かれたのよね」
「ええ、そうよ」
 このことははっきりと言えた。恭子にも。
「それは間違いないわ」
「けれど何で何があったのか知られないの?」
「それがわからないのよ」
 やはり首を傾げて答える恭子であった。
「覚えていないんだって」
「他の人達もそうかしら」
「洋子さんだけじゃなくてね」
 恭子はコントローラーをいじっていた。しかしそのいじる様子がどうもあまり速いものではない。やっているゲームは見れば恋愛育成ゲームである。だからであろうか。
「他の人達も同じだったわ」
「同じだったのね」
「ええ、皆同じ」
 また須美に答えるのだった。
「同じなのよ、色々な先輩に御聞きしたけれど」
「誰も覚えておられないのね」
「そうなのよ」
 ぼんやりとした調子でまた須美に答えた。
「困ったことにね」
「誰も知らないなんて有り得るのかしら」
 須美はそのことが不思議でならなかった。
「先輩皆よね」
「そうなのよ。誰も知らないのよ」
「おかしいわよ、それ」
 須美は顔を顰めさせて言った。
「そんなことって。誰一人として覚えていないなんて」
「おかしいわよね。けれど」
「誰も覚えていないのね」
「二つ上の人達も三つ上の人達もそうよ」
「その人達も同じなのね」
「ええ、誰一人として覚えていないのよ」
 またこのことが話されるのだった。聞いている須美も話している恭子もそのことがどうしてもわからないのだった。何故誰も覚えていないのか。
 
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