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絵に込められたもの

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4部分:第四章


第四章

「・・・・・・ということです」
「そうだったのですか」
 僕は老人の話を聞き終えてからまずは声をあげただけだった。
「それで。あの絵は」
「信じて頂けますか」
 杉原さん、つまり老人は僕に声をかけてきた。
「この話。にわかには信じられないでしょうが」
「いえ」
 僕は首を横に振って杉原さんに答えた。
「本当ならとても信じられませんがあの絵を見ては」
「信じて頂けるのですね」
「信じずにはいられません」
 僕の返答はこうだった。
「あの絵にはそれだけのものがありますから」
「そうですか。ですから」
「はい」
 杉原さんの言葉に対して頷いた。
「あの絵にはそれだけの恐ろしさがあります」
「確かに。あれは」
「恐ろしいのは絵そのものではありません」
 杉原さんは言った。
「そこに描かれた心です。人を殺めて哂う女の心」
「はい、そして」
 僕は杉原さんの言葉に続いた。
「それを描いた田山さんの心ですね」
「彼はね。優しい人でした」
 少し俯いて僕に述べたのだった。
「とても。自分の家族をとても愛していて」
「その家族を失ってですか」
「そういうことになります。ですが」
 杉原さんはここで首を傾げさせた。顔には疑問の色が浮かんでいた。
「どうしてあの絵が描けたのでしょうか」
「そのことですか」
「女の顔が鏡に映っていた」
 これ自体が有り得ないことだった。
「どの家にも鏡はあります」
「はい」
 これはわかる。鏡のない家なぞない。
「ですから女の姿が鏡に映っていたとしても不思議ではありません。ですが」
「何故それを田山さんが見たのか」
「鏡に映ったものは鏡の前から消えればすぐに消える」
 これもまた摂理だった。常識の話だ。そう、常識のだ。
「それなのにどうして」
「怨念でしょうか」
 僕は考えてからこう杉原さんに答えた。僕にはそうとしか思えなかった。
「怨念ですか」
「ええ。御家族を何よりも大事にされていたのですよね」
「ええ」
 これはもうわかっていた。
「その通りです」
「だからなのでしょうね」
 僕はまた杉原さんに対して答えた。
「田山さんは鏡に映っていたものを見ることができたのです」
「そうですか」
「有り得ない話ですが」
 僕はこう前置きせざるを得なかった。
「それでも。見られたのでしょう」
「そうなのですか」
「怨みは深いです」
 僕にもそれはわかった。
「家族を殺された怨みは。ですが」
「それによりあの絵が描かれ」
「はい」
 ここでその絵を見た。呪われた、恐ろしい絵を。絵はまだそこにある。確かに。
「田山さんは御自身で怨みを晴らされたのです」
「御家族の怨みを」
「それはいいか悪いかはわかりませんがそれは確かです」
 杉原さんに話しながらまた絵を見た。相変わらず不気味に笑っている。
「その女を。あの人が最も憎んでいた女の絵を描いて」
「ですね。確かに」
「それでですね」
 僕はここで話題を変えてきた。
「田山さんはもうお亡くなりになられていましたよね」
「ええ」
 杉原さんは僕のこの問いに静かにこくりと頷いて答えてくれた。
「三年前に。癌でね」
「そうでしたね。もう三年になりますか」
「今では静かに過ごしていますよ」
「お墓にですか」
「家族と一緒に」
 杉原さんはまた僕に答えてくれた。
 
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