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洗髪屋

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2部分:第二章


第二章

 エリザは最早身動き一つ取れず為されるがままだった。その彼女の髪にだ。
 液体がなくなると粉の様なものまで使った。最早彼は止まらなかった。
 そうして洗い続ける中でだ。
 エリザは再び動きはじめた。気を取り直し何とか逃げ出そうとしたのだ。
 それで必死に暴れる。マリオはその彼女に対して。
 掴み掛かってだ。必死に抑えようとする。その最中だ。 
 首を絞めてしまい殺してしまった。気付いた時には手遅れだった。後には虚ろな、何も見ていない目になり動かないエリザがいるだけだった。
 彼もこの死体、彼が殺したに他ならないそれがそのままだと危ういことはわかった。それでだ。
 すぐに石膏だの何なりを買って骸をその中に埋める。家の中に埋めてそれで葬ってしまおうというのだ。
 これは上手にいったように思われた。エリザは旅の途中で行方不明になった、マリオと会っていたことを見ていた者もおらず彼は危機を脱したように思われた。
 ところがだ。彼はここで過ちを犯していた。
 エリザの髪の毛、あまりにも奇麗で彼が執拗に洗ったそれは常に手に持ってだ。執拗に愛撫していたのである。四六時中いとおしげに髪の毛を撫でたり触ったりする彼を見てだ。周囲は不自然に思いはじめた。
「女には全く興味のない奴なのに何だ?」
「あの髪の毛誰のだ?」
「やけに奇麗な髪の毛だが」
「あいつのじゃないのはわかる」
 マリオ自身はそこまで奇麗な髪を持ってはいない。しかも短い。エリザのその髪の毛とは長さも色も奇麗さもだ。全く違うのだ。
 明らかに女の髪だ。誰もがそのことはわかった。
 だが誰の髪の毛なのか、これが問題だった。
「女に興味がないのに女の髪の毛持ってる」
「何処で手に入れたんだ?」
「それで誰の髪の毛なんだ」
「まさか」
 ここでだ。一人がふと思ったのだ。
 マリオはだ。その髪の毛をだ。
 何かあると撫でる。しかもその撫でる時の顔がだ。
 異様にだ。偏執的な笑みを浮かべてなのだ。
 それで常に撫でるのだ。それを見てだ。
 職場の同僚達、とはいっても彼とは殆んど話どころか挨拶もしない彼等が不気味に思ったのだ。そうしてなのだった。
 彼等はだ。密かにだ。
 警察にだ。こう話したのである。
「職場の同僚ですが」
「どうも講堂がおかしいです」
「何かあるかも知れません」
 こう話したのだ。
「いつも女の髪を撫でています」
「その髪の毛を何処から手に入れたのかすら謎です」
「だからそれをです」
「調べて下さい」
 流石にだ。髪の毛の出所とその偏執的な笑みで撫でるのを見てだった。
 彼等は警察に通報したのだ。それを受けてだ。
 警察も彼をマークし調べてみた。すると。
 よくヒッチハイクの女性を部屋に連れて行っていることがわかった。ここではエリザのことはわからなかったがそれでもだ。このことを不審に思いだ。
 彼のことをさらに調べだ。あまりにも不審な者であると断定したのだった。
「交友関係が少な過ぎる」
「それなのにヒッチハイクの女性にはやたらと声をかける」
「しかも」
 これがだ。最も気になるところだった。
「一人行方不明になっているな」
「ああ、あいつと接触した旅行客の一人が」
「それが気になるな」
 このことが警察の捜査網に引っ掛かったのだ。こうしてだった。
 警察は彼に任意同行を求めてだ。話を聞いた、するとその返答は実に支離滅裂でよくわからないものだった。まさに精神異常者のそれだった。
「何を言っているのかわからない」
「全くだ」
 これが警察の評価だった。つまり彼は精神異常者として放免されそうになったのだ。精神異常者ではどうしようもないと想われたのだ。しかしだった。
 ふとだ。取調べを、彼の部屋も対象に入れたそれをしているうちにだ。警察も気付いたのだ。
 壁からだ。見事なブロンドの髪の毛が出ていることにだ。気付いたのである。
 壁から髪の毛が出ていたのだ。これは普通では有り得ないことだった。それを見てだ。
 警官達は無言で、しかも強張った顔で頷き合いだ。そうして。
 壁をハンマーで割りその中を調べにかかった。するとだ。
 そこから無惨な白骨死体が出て来た。その死体から見事なブロンドの毛が生えていた。見事なのは髪だけでだ。その他は白骨化しており死体に慣れた者でないと見られないようなものだった。この死体が決め手になった。 
 マリオは逮捕され本格的に取り調べられることになった。その中で彼はこう言ったのである。
「奇麗な髪の毛。それを洗うだけで満足できるんだ」
 こうだ。俯きけたけたと笑いながら言ったのである。彼は殺人罪に問われた。 
 だがこの発言をはじめとした一連の狂気そのものの言葉がだ。彼を精神異常者に認定させた。確かにそうとしか思えないことであった。
 しかしこのことが結果として彼を死刑台からも刑務所からも救うことになった。彼は精神異常者として精神病院に入れられだ。そこに隔離されることになった。そしてその中でだ。
「奇麗、奇麗だ・・・・・・」
 虚ろな目でぶつぶつと呟きながらだ。病室、要塞の様に隔離されたその中でだ。彼はエリザの髪の毛を撫で続けるのだった。それが今の彼である。彼は今も病院の中でそうしている。


洗髪屋   完


                2011・7・16
 
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