| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

食べ物

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

3部分:第三章


第三章

「しかも薬に対しても異常に強い体質を持っておりました」
「恐ろしいですね」
「そのうえその小さな身体からは想像もできない程の食欲を持っていました。貴方は彼等により体内の血と養分を吸い取られていたのです」
「そうだったのですか。危ないところでしたね」
「はい、あと手術が三日遅ければ貴方はお亡くなりになっていました」
「そうですか・・・・・・」
 彼はそれを聞いてあらためて戦慄を覚えた。
「ただ一つ気になることがあります」
 医者はこおで表情を変えた。
「あの虫は一体何処で入ったかということです」
 その顔は仁術を施す者から研究者のものになった。医者は大なり小なりこの二つの顔を持つ。
「あのような虫は今まで見たことも聞いたこともありません。当然我が国にはおりません」
 彼は医者が次に何を言うか大体予想していた。
「最近海外旅行に行かれたり出張で海外に行ったことはありませんか?」
「いえ、全く」
 彼は答えた。
「そういう仕事じゃありませんから。それに私は出不精で国内旅行にも行ったことがありません」
「そうですか」
 彼はここで聞く内容を変えた。
「それでは海外から輸入された食べ物を口にしたことはありますか?」
「食べ物ですか?」
 一概には言えない。スーパーに行けば外国から入ってきた食べ物が溢れている。オレンジにしろ魚にしろ何でもそうだ。
「そうですねえ、入院する前に食べたものといえば・・・・・・」
 彼は記憶をたどっていった。そしてあるものを思い出した。
「あ!」
 彼は思わず声をあげた。
「思い出しました、あれですよ」
「あれとは!?」
 医者は身を乗り出して尋ねてきた。
「実は安売りだった缶詰を買ったのですがね」
「はい、缶詰ですね」
 医者は真剣な表情でその話を聞いている。
「見た事も無い文字で書かれた輸入品だったんですがね」
「中身は一体何でしたか!?」
「果物でした。外見は桃みたいでしたが歯ざわりは洋梨に似ていて味はライチそっくりでした」
「また変わった果物ですね」
 医者はそれを聞いて顔を顰めた。
「はい。はじめて食べるものでした」
 彼は答えた。
「味は良かったのですが途中で何か奇妙なものを飲み込んだという感触がありました」
「それですかね」
「私にはわかりませんが・・・・・・。それからです。胃の中に虫が住むようになったのは」
「それではその缶詰の中に入っていたと考えるのが妥当ですね」
「はい。しかし不思議なことがあるのですよ」
 彼はここで顔を顰めさせた。
「何がですか!?」
 医者はその表情を見て問うた。
「いえ、缶詰ですよ」
 彼は医者に顔を向けた。
「中には何もいない筈でしょう?真空状態で密閉されているんですから」
「はい」
「それが何故虫が潜んでいたんですか?」
「ごくごくたまにあることなんです」
 医者は落ち着いた声で語った。
「真空状態で生きることが可能な微生物もいるのです。しかも雑食性の」
「それが缶詰の中に入っていたということですか」
「おそらくは。まだ断定はできませんが」
 医者は答えた。
「ただ一つ言えることがあります。残念なことですが」
「それは何でしょう」
 彼は尋ねた。
「貴方は非常に運がなかったということです」
「・・・・・・・・・」
 彼はそれを聞いて言葉を失った。
「こう言っては見も蓋もありませんがこうしたことは普通は考えられないことなのです。缶詰の中にそうした寄生虫が
潜んでいることなぞ」
「そうですか、やはり」
「それだけではありません。それが未知の種であるということも。貴方はそうした意味で非常に不運でした」
「正直言って有り難いものではないですね」
 彼は顔を暗くさせた。
「命こそ助かりましたがね」
「それは幸運と言っていいでしょうか」
「当然です。命がある限り人には運が巡ってきますから」
「そうであって欲しいですね」
 彼は憮然とした表情でそう言った。
 それから二週間後彼は退院した。そして仕事に復帰した。
 彼の中にいた虫の存在は後日学会で発表された。これは医学会に一大センセーションを巻き起こした。それ程までに恐るべき虫であったのだ。
 だが彼はそれをどうでもいいことのように感じた。助かった命を大事に使おうと思った。
 さしあたって彼はそれ以降生ものを食べなくなった。必ず火を通すようにした。
 当然缶詰には見向きもしなかった。彼はそれから缶詰に限らず海外の食品にもかなり厳重な警戒をするようになった。


食べ物    完



                 2004・5・12
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧