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怖いもの

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4部分:第四章


第四章

「ん!?」
「どうしたい?」
「いやな」
 天井に何かを見た気がしたのだ。境内の天井なのでかなり高いがそこに何かがいたような気がしたのである。熊はそれを察して違和感を感じたのだ。
「何だ、一体」
 そして天井を見上げるするとそこにいたのだ。
 黒く長い髪は乱れまるで嵐の中の蛇の群れのようであった。服の裾は乱れて地獄から出て来たようでその真っ青の顔は怒りで牙まで生えているような感じであった。唇は血の様に赤く目もまた赤く爛々と輝いていた。とんでもない格好の女がそこにいた。
 その顔を見ると。熊がよく知っている顔であった。
「な、何で御前がそこに」
 熊はその女を見て急に震えだした。顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
「どうやってそこに来たんだ?おい」
 声も震えている。まるで見てはいけないものを見てしまったかのようにだ。
「!?どうしたい熊さん」
「急に青くなりだしてよ。酔ったかい?」
「おいおい、まだ酔うには早いぜ」
 仲間の一人がそれを聞いて笑って言う。
「ささ、一杯。まだまだこれからだぜ」
「お、おお」
 熊は震える声のままそれに応えた。
「そうだな。じゃあもらうか」
「一体どうしたんだよ、本当に」
「上に何かいるのか?」
「見えないのか?御前等」 
 そんな彼等の様子を見て逆に問う。
「あれが」
「あれもこれも」
「上にあるのは天井だけじゃないか」
 彼等はそれぞれ上を見上げて言う。どうやらその女が見えているのは熊だけであるらしい。
「どうしたんだよ、本当に」
「飲み過ぎなのかい?本当に」
「いやな」
 熊はそれを受けて遂に今見えているものを言った。
「上にな」
「ああ」
「俺の女房がいるんだ」
「何だって!?」
 皆それを聞いて驚きの声をあげた。それを聞いて酒を楽しんでいたヤクザ者達も顔を向けてきた。
「それは本当かい」
「ああ、何か俺にだけ見えるらしいな」
 熊は青い顔でそう述べる。
「女房がよ」
「そうなのかよ」
「おい熊さん」
 仲間のうち一人が彼に声をかけてきた。
「すぐに家に戻りな」
 そしてこう言ってきた。
「家にか」
「そうだよ。こりゃ奥さん相当怒ってるぜ」
「そ、そうかもな」
 それを聞くと余計に顔が青くなっていく。どうやら女房が心の奥底から怖いらしい。
「ほら、早くよ」
「あ、ああ」
 青い顔のままそれに頷く。酔いも急に醒めていっていた。
「じゃあな」
「ああ、またな」
「すぐに家に帰るんだぜ」
「わかった、じゃあな」
「ああ」
 すぐに立ち上がって賭場を後にする。そしてそのまま家に帰るのであった。まるで風のように。後には何も残しはしないといった感じであった。
 長屋に入る。するとそこには鬼がいた。
「あんた」
 家の中に賭場で見たままの格好の女房がいた。本当にそのままの姿であった。
「よ、よお」
 熊は真っ青な顔のままそれに応えた。
「今帰ったぜ」
 引き攣った笑いと共に。だがその笑いも今や空しいだけであった。
「今何時かわかってるんだろうね」
「ま、まあな」
 その真っ青な顔で答える。
「いないと思ったらふらりと帰って来て。またあそこにいたんだね」
「わ、わかるのか」
「わかるんだよ。いつものことだから」
「そうか」
「そうだよ。それでね」
 目がさらに剣呑なものになっていく。その目で言う。
「覚悟はできてるんだろうね。ここはチビ達もいるから」
 そう言って立ち上がってきた。それからまた言ってきた。
「表で出ようね。いいね」
「ああ・・・・・・」
 後はもう言うまでもなかった。熊はその夜女房に散々な目に遭った。それは何よりも怖ろしいものであったのは言うまでもない。

 
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