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塔の美女

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7部分:第七章


第七章

「ブルボンの、ブルボンの者達を全て」
 そう呻き声をあげながら消えていった。後には何も残らずダルタニャンとジャンだけが残っていたのだった。二人しか残っていなかった。
「終わったな」
「来てすぐでしたけれどそうみたいですね」
 ジャンがダルタニャンの言葉に対して応える。手にはまだハンマーがある。
「御主人様は大変だったでしょうね」
「いつものことだよ」
 こう答えるだけだった。
「そう、いつものね」
「そうですか」
「ただ。ここで何があったかは内密にね」
 このことは念を押してきた。
「それだけは頼むよ」
「それだけですか」
「そう、それだけはね」
 またしても念を押す。
「頼むよ、くれぐれもね」
「わかりました」
「何もなかった」
 ダルタニャンは言った。
「表向きはこうなるよ」
「そうなりますか」
「そう、全ては何もなかったんだ」
 ダルタニャンの言葉はジャンには実によくわかるものだった。
「何もね」
「そうせざるを得ないんですね」
「うん」
 ジャンに対して頷く。
「そうだよ。何もね」
「こうした事件の解決ばかりですね」
 ジャンはここまで話を聞いて呟くのだった。
「銃士隊っていうのは」
「そういうものさ、僕達はね」
「ですね。まあ何はともあれ」
「帰ろう」
 ダルタニャンの方から声をかけてきた。
「王宮には明日行くよ」
「そうですか。とにかく今日は」
「飲みますか?」
「家でね」
 笑ってジャンにまた述べた。
「飲もうか」
「酒場じゃないんですか」
「下手に喋るわけにもいかないから」 
 彼は用心しているのだった。その慎重さは無鉄砲な彼から見れば意外なものだった。何しろ軽率さではかなり悪名高い男であるからだ。
「今日起こったばかりだからね」
「そうですね。そうしたらトレヴィル隊長にどやされるだけじゃ済みませんよ」
「うん。だから」
「家でね。いいワイン置いてあるから」
「あっ、それはいいですね」
 ワインと聞いて笑顔になる現金なジャンだった。
「ワインは。赤ですよね」
「そうだよ、赤だよ」
 また笑顔でジャンに告げる。
「赤を。それで」
「ソーセージとかチーズで」
「そうそう。それが最高だよ」
「ええ。そういえば」
 ここでジャンはあることに気付いた。
「私は昔はそういうもの滅多に食べられませんでしたね」
「子供の頃にはかい?」
「御主人様だってそうでしょ?パリも皆貧しくて」
 このことを話すのだった。
「ワインもそんなになかったですよね」
「言われてみればそうかな」
 言われて考える顔になるダルタニャンであった。
「まあそれが変わってきているかな」
「フランスも豊かになっているんですか」
「多分」
 この辺りはあまり要領を得ない返答をするダルタニャンだった。
「そうだと思うけれどね」
「そうだとって」
「ジャンと会ってから随分と経つけれどさ」
 彼はパリに来てすぐにジャンと出会った。そのうえで主従の関係になり今に至る。本当に長く深い関係になっているのだ。何年もかけた。
「それまでパリにはいなかったからね」
「パリのことはあまり御存知ないですか」
「うん、その時のことはね」
「そういえばそうですか」
「僕の田舎は食べ物にはあまり困っていなかったけれど」
「ついこの前まで酷いものでしたよ」 
 今二人は塔の階段を下りていた。二人並んで話をしながら下りているのだ。
「本当にね。堅いパンしかなくてチーズだって」
「どんなのだったんだい?」
「干からびてるか腐りそうなのばかりだったんですよ」
 顔を顰めさせて述べていた。
「あんまりだったんですよ」
「酷かったんだね」
「それがまあ。変わりましたね」
 首を少し捻って述べるジャンだった。
 
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