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人柱

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3部分:第三章


第三章

「ただならぬ怨念が国全体を覆っているのがわかりました故」
「左様であったか」
「祟りを鎮めるのですね」
 続いて単刀直入に尋ねてきた。
「この恐ろしい祟りを」
「できるか?」
「はい」
 返事はすぐであった。だがその顔は長い間政治に携わってきた頼之をしても今まで見たことがない程の深刻かつ暗い顔であった。ことの深刻さがわかる顔であった。
「ですが管領様」
「何じゃ」
 僧の言葉に応える。その深刻さを感じている顔で。
「これは決して楽なことではありませぬぞ」
「それはわかっている」
 既に承知していた。相当なものでなければ国一つを怨念で包むことはできはしない。言うまでもないことではあったがそれでも言われたのであった。
「だが。どうやってするのじゃ?」
「まずはです」
 僧はここでも際立って深刻な顔で述べた。
「石を無数に用意します」
「うむ」
 最初からかなり奇怪な要求であった。頼之もそれを聞いて内心で考え込んだ。何をどうするつもりなのか皆目見当がつかなかったからだ。
「まずはそれに怨霊を鎮める経を書いていき」
「経をか」
「そうです。そしてさらに」
 話はさらに続く。僧の打つ手はそれだけではなかった。
「その石を国中に撒きます」
「国中にか」
「川や池」
 水のあるところにであった。まずは。
「山にも林にも。そして城や主だった寺社にもです」
「また随分と撒くのだな」
「かえすがえすも申し上げますがそうでもしないと駄目なのです」
 彼は強い言葉で述べた。その言葉には信念すらあった。固く強い信念であった。
「これだけの強さの祟りとなると」
「左様か」
「はい。そしてそのうえで」
 次の手であった。彼はそれでは不充分だと見ていた。だからここでまた手を打つのであった。
「寺を建てます」
「寺をか」
「大江でしたな」
「そうじゃ。大江為五郎というた」
 頼之は彼の名も教えた。しかと。
「わかり申した。では彼の霊を祭り」
「そうして鎮めるのか」
「はい。この二つで以って」
 鎮めるというのである。彼の打つ手は二段であった。石と寺。この二つを打つと述べた。そして頼之はそれを聞いて決断した。それは。
「わかった」
「宜しいのですな」
「阿波のこの有様を見ればな」
 当然のことであった。祟り、しかもこれだけ強いものならばそこまでしなければならない。そう判断して手を打つのであった。そういうことだった。
「やってみよ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうして国の主要な場所全てにこの僧が書いた経のある石が撒かれそのうえで彼が人柱となったその城のすぐ側に寺が建てられその霊が鎮められた。ここまでしてようやく祟りが収まり阿波の国に平穏が戻ったのであった。
 大江為五郎の祟りはこれで終わった。祟りが終わったということは彼もその気を鎮めたのであろう。まずは一件落着であった。しかし話は思わぬ方向にも飛んだようである。
 後に安芸の国の戦国大名毛利元就は城を築く際に人柱を埋めることはせずそのかわりに強い言葉を書いた文字を埋めたという。文字の持つ力を信じてのことだ。しかしそれは若しかするとこれにはじまりがあるのかも知れない。真相はわからないがその可能性は皆無ではない。しかしそれを知る者はいない。証明する術もない。だがこれにより為五郎の祟りは鎮まったのは事実である。そのことだけは確かなことでありここに書き残しておく。大江為五郎の霊が永遠に静かに眠れることを祈り。


人柱   完


                 2008・3・3
 
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