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人柱

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2部分:第二章


第二章

「この恨み、憎しみを忘れず」
「どうするのだ?」
「祟ってくれよう」
 歯噛みして。その唇と歯から血を滲み出させての言葉であった。
「末代までも。何があろうともな」
「ふん、ならばそうしろ」
「勝手にな」
「言ったな。ではそうしてくれる」
 それを聞いてさらに決心するのだった。深く、暗い決意を。
「これよりな」
 それが為五郎の最後の言葉だった。彼は埋められ人柱となった。彼を恨む人々はこれで意趣返しをしたと思い得意満面だった。しかし。城ができてからすぐに異変が起こり続けたのであった。
 旱魃かと思えば洪水が起き。川や池には毒蛇が溢れ田にまで出る。作物も育たず疫病が流行る。怪異が続き国は忽ちのうちに困ったことになった。
 このことに困り果てた国の主細川頼之は管領の責務及び将軍である足利義満の補佐という大任あったが阿波の窮状を見過ごすことはできず一旦領国に帰って来た。そうしてすぐに己の家臣等を集めて対策と原因究明にあたった。対策は遅々として進まずそのうえ国はさらに荒れ果てていく。頼之はさらに困り果てたがここで家臣の一人がふと言うのだった。
「そういえばですな」
「どうしたのじゃ?」
「この前あらたに城を築きましたな」
「うむ」 
 その家臣の言葉に頷く。見ればその家臣はかなりの高齢であり髪は雪のようであり顔は至るところ皺だらけであった。その外見からは老齢から来る頼もしい知性が感じられた。
「聞くところによりますと人柱を使ったそうです」
「人柱か」
「左様です」
 頼之に応えて頷いてみせてきた。
「それに使われたのが噂では大江為五郎」
「むっ、大江といえば」
 頼之もまた彼のことは聞いていた。阿波の国で好き放題悪事をしてきた者としてだ。だが同時に心を入れ替えたことも知っていた。
「確か心を入れ替えた筈だが」
「ですがです」
 家臣はここで言うのだった。
「それで許せない者もおるでしょう」
「かもな」
 頼之もその言葉に頷いた。言われてみればそれは有り得ることであった。
「人の心こそが最も難しいものだからな」
「だからです。恨みに持つ者が大勢いれば」
「人柱にしようとしても無理はない」
「酒を無理強いさせて飲ませて酔い潰せばそれでことは容易に進みます」
 彼はそこまで読んでいた。実際に見てはいないというのに見事な読みであった。
「そして穴に入れれば」
「それで人柱の完成か」
「問題はその時です」
 彼が次に指摘するのはそこであった。
「それで大江が納得するでしょうか」
「することはないであろう」
 頼之はすぐに述べた。わかりきったような顔で。
「無理矢理入れられたのだ。それではな」
「そういうことです。ですから」
「今回のこの国の窮状はそれか」
 ここまで話したうえでそれを察した。
「大江の祟りであるか」
「そうではないかと考えます。この度はあまりにも奇怪な様子故」
「そうだな。それではだ」
 頼之はここまで聞いて話して。一つの決断を下すのであった。
「さすればだ」
「どうされますか?」
「鎮める」
 彼が下した決断はそれであった。
「鎮めるのですか」
「大江は出家していたな」
 彼の記憶にある限りではそうであった。この時代では出家することはよくあったことだ。だから為五郎も心を入れ替えた時にそうしたのである。
「はい、確か」
「さすればだ。僧だ」
「僧ですか」
「左様。早速呼ぶ」
 それも決めた。
「都から高僧をな。その祈りで祟りを鎮めてもらおう」
「そうですな。それが宜しいかと」
「そういうことじゃ。ではすぐにだ」
 彼は己が知っているその僧を呼ぶことにした。すぐに文をしたためて都からその僧を呼んだ。僧は頼之の前まで来るとすぐに述べた。険しい顔で。
「ここに呼ばれた訳はわかっております」
「まだ何も言っておらぬが」
「いえ、国に入った時から」
 その険しい顔をそのままにしての言葉であった。
 
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