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古城の狼

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22部分:第二十二章


第二十二章

「決まったな」
 致命傷だった。僕はそれを確認すると喉から手を引き抜いた。
 彼女はそのまま床に落ちた。そして自身の鮮血の中に沈んだ。
「グググ、まさか私の舌を掴むなんて・・・・・・」
 彼女は呻きながら言った。そして次第に人の姿をとっていく。
「話さないほうがいいですよ。傷に触ります」
 僕は言った。最早あと幾許かも生きてはいられないであろう。せめて安らかに死ぬべきだと思った。
「フフフ、お優しいのですね」
 彼女は人の姿に戻って言った。
「けれど心配はご無用ですわよ」
 彼女は魔法で白い服を出しそれで身を包んだ。他の者にその肌を見せまいとする彼女の誇りが為せることか。
「自分のことは自分が一番わかっております故」
 そう言うと静かに立ち上がった。喉と脇腹からは血が噴き出している。
「それにしてもよくあんなことを思いつきましたね」
「狼の身体に気付いたんです」
 僕は彼女を見据えて言った。
「狼の!?」 
 彼女はその言葉に対し問うた。
「はい」
 僕は答えた。
「狼は相手に襲い掛かる時口が開きます。それはすなわち口の中に隙が生じるということです」
「そうでしたの・・・・・・」
 どうやらこれは彼女自身も気付いていなかったことのようだ。
「その口の中にある舌を掴んで引っ張れば動けなくなります。そうすれば後は窒息させるなり今のように喉を切るなり思いのままです」
「誇り高き我が人狼のそんな弱点があるとは・・・・・・。迂闊でしたわ」
「いえ、それは迂闊ではありませんよ、奥方」
 僕はそれに対し言った。
「どのような者にも必ず弱点があるのです。吸血鬼にもあるようにね」
 人狼と吸血鬼は近い関係にあるという。僕はそれを出して言った。
「彼等が日を嫌うのとは事情が異なりますが。それでも今度ばかりは死ぬかと思いましたよ」
 僕はそう言って苦笑した。
「犬の遊びの相手はしたことがありますが貴女の様な方ははじめてです。正直死ぬかと思いました」
「それは残念でしたわね」
 彼女は微笑んで言った。
「まあ。けれどもうお相手するのはこれが最後でありたいですね」
「それはご安心を。私はもうすぐこの世を去りますわ」
「そうですか。ご主人がお待ちですよ」
「あの人が・・・・・・」
 彼女はそれを聞くと顔を急に優しいものにした。
「あの人がいるのからいいわ。何処へ行っても寂しくはない」
「・・・・・・・・・」
 それを見て僕も神父も不思議な気持ちになった。彼女もまた夫を愛していたのだ。
 人と魔族、しかもクグツとしていたというのに。それでも彼女は彼を愛していたというのか。
「初めて見た時から忘れられなかった。あの人とずっと一緒にいることこそ私の望み」
 どうやら彼女は森で彼を見てそれ以来心を奪われていたようだ。そして人の世に入ったというのか。
 しかし彼女はやはり魔性の者であった。それにより夫をはじめとして多くの者を自らのクグツにし罪無き人達をその餌食としてきた。
 それは彼女が魔物だからであろうか。やはり人を愛していても魔族の心は消えなかったのか。
「もうすぐね。あの人の側に戻れるのは」
 そう言うとニコリと微笑んだ。
「それならもうここにこれ以上いても意味はないわね」
 彼女はそう言うとその手に赤い炎を宿らせた。そしてそれを床に投げ付けた。
「お逃げなさい。この城はもうすぐ燃えてなくなるわ」
 僕達の方を振り向いて言った。優しく気品のある笑みだった。
「私はこうしてあの人の元へ行くわ。あの人と共にいたこの城と共に」
 炎は次第に燃え広がっていく。僕達の足下にも近付いてきた。
 
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