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女人画

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3部分:第三章


第三章

「京都はとりわけそうした心に満ちているからだ」
「だからこそってわけですね」
「何処でもそうだが京都はまた特別だ」
 間はこうまで言うのだった。
「だからだ。どうしても奈良よりは京都にな」
「妖かしが集まると」
「そうなる。しかし」
 間はふとしたようにまた口を開いた。
「今度の話は。一体どういったものか」
「まだわかりませんがどうも気色の悪いものを感じますね」
「そうだな。絵のモデルになった女性が次々と煙の様に消える」
「しかも時と場所を選ばず」
「不気味な話だ」
 間はまた言った。
「明らかに何かがあるのはわかるがな」
「ええ。それで役さん」
 相模は真剣そのものの顔で彼に対して問うてきた。
「今回はどうされますか?まずは入りますか?」
「その大島氏の屋敷にか?」
「ええ。いきなり」
「いや、それはよくない」
 間はここでは相模の提案を却下した。
「それはな」
「積極策はなしですか」
「まだ相手がどういったものかわからない」
 理由はそれであった。
「それで突き進んでも無駄な怪我をするだけだ」
「だからですか」
「そうだ。今は慎重にだ」
 また言うのだった。
「様子を見よう。いいな」
「ええ。けれど間違いないのは」
 相模は険しい、鋭い光を放つ目になって述べた。
「その画伯は間違いなくこの失踪事件の犯人ですね」
「それはな。間違いない」
 間も相模のその言葉に静かに頷く。
「まずな」
「ですね」
 そんなことを話し合いながら奈良に着いた。奈良に着くと二人はまず宿に入った。そうしてそこに荷物を置いたうえで街に出るのであった。
 最初に向かったのは奈良公園である。緑の草と木々があるそこには鹿達がいつもいることで有名だ。二人はその鹿達を見つつ話をするのだった。
「ここでも女の人が消えたんですよね」
「それも三人もだ」
「三人もですか」
「三桁に達しようという行方不明者のうちの三人だ」
「そうですか」
「多いか少ないかどうかを考えるのは別にしてだ」
 そのことはまず置いておく間だった。
「だが。三人ここで消えた」
「またあれですか。歩いているうちにですね」
「そうだ」
 左手に白い奈良県庁の建物を見ながら相模に語る。見たところ結構年月が経っているがそれでもそれ程古く感じないのはおそらく周りの歴史のせいであろう。
「昼にだ。急にだ」
「今回の話の特徴ですね」
 相模はその話を聞いてあらためてこう述べた。
「急に消えるっていうのは」
「そうだ。消えた時間はだ」
「ええ」
「一人が十二時半、一人が一時二十三分、最後の一人が四時五十七分になっている」
「完全にバラバラってわけですか」
「少し見ただけではそれが同じ事件とは思えないな」
「そうですね、消え方は同じでも」
 それは同じでも、だ。時間から見れば。
「少なくとも誰かが関わってる事件には思えませんよ」
「人が関わってるようにはな」
「その通りですよ。けれど人が関わっているのは間違いない」
「大島画伯がな」
「一体全体どうやって消してるんでしょうね」
 相模は公園を行き来する人々を見ていた。流石に今は誰も消えないようだった。
「そして何の目的で」
「よからぬ目的なのは間違いないな」
 それだけは察しがつくのだった。
「それだけはわかる」
「それがわかれば充分ですかね」
「充分なのか?」
「少なくともどういった人間かは調べやすいですよ」
 これが相模の考えであった。
「まあちょっと先入観が入りはしますけれどね」
「君はそれが問題なのだが」
「まあまあ」
 今の間の言葉には笑って返すのだった。
「そんなことは仰らずに」
「だが。先入観はだな」
「目を曇らせるってことですよね」
「それは何度も言っているな」
 間の言葉が厳しいものになった。
「いつもな。目が曇っていては解決できる事件も解決できはしないと」
「まあそれは」
「今回は解決できる事件だ」
 間は言った。
「それが解決できないのは探偵として無能という他ないのだ」
「ですね。それはわかっていますよ」
「わかっているのかどうか不安だが」
 それでもであった。今彼が言うことはこうであった。
「しかしだ。とりあえずは調べよう」
「もう行方不明になった女の人達の身元調査はやりましたよ」
「そうか」
「まあまちまちですね」
 こう間に述べる相模だった。述べながら丁度自分の側を通り過ぎる鹿を見る。あの奈良の鹿である。春日大社の神獣で一応は尊いとされている。ただしあまりにも傍若無人な態度なので地元の人達には全く好かれてはいない。そうした鹿達である。
「中学生もいれば奥様もいて」
「四十代の人もいたな」
「ええ。本当にまちまちです」
 間に話しながらその鹿の頭をそっと撫でるのだった。
 
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