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大正牡丹灯篭

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4部分:第四章


第四章

「ないのだ」
「それはまたどうして」
「皆死んでいる」
 それが彼の言葉であった。
「既にな」
「またおかしなことを」
 中西は最初は笑ってその言葉を否定した。
「現にそのお嬢様のところに彼が」
「だからだ。危ないのだ」
 しかし社長は彼が笑っているのとは完全に正反対に深刻な顔を続けるのであった。もうそこには恐ろしいものを見たものすらあった。
「危ないとは」
「木村を呼べ」
 彼はすぐに言った。
「今会社の中にいるな。だったらすぐにだ」
「すぐにですか」
「そうだ。早く」
 彼は中西を急かさせるようにして述べた。
「すぐに確かめたい。さもないと」
「さもないと」
「あいつの命に関わるかも知れないぞ」
 社長はそこまで言うのだった。そうしてすぐに藤次郎を呼ばせた。社長室に入って来た藤次郎は一月前と比べて驚く程やつれていた。目にも生気が乏しくまるで別人のようであった。社長はその彼を見て言うのだった。
「やはりな」
「木村君をお連れしました」
「何か御用でしょうか」
「木村」
 社長は彼に声をかけた。先程中西に見せた声と顔で。
「心に決めた令嬢がいるそうだな」
「それは」
「隠さずともいい」
 藤次郎が何か言おうとする前に告げた。やはり深刻な顔で。
「良家のお嬢様だそうだな」
「はい。洋館におられます」
 彼はそう素直に社長に告げた。
「別におかしな方では」
「素性はな」
 社長は彼の言葉にそう前置きをした。
「素性は確かだ。田村麗華さんだな」
「御存知でしたか」
「だから話は聞いている」
 またそう告げるのだった。
「そして。おおよそのことは知っているつもりだ」
「そうだったのですか」
「その田村家についても麗華さんについてもな」
 知っていると。そう藤次郎に告げるのであった。だがそれでも社長の顔がにこりともしないことに藤次郎は心の中で妙なものを感じていた。
「知っているのだ、わしは」
「では社長」
 ここで彼は親にも等しい社長に彼女との交際を正式に認めてもらおうとした。それならばいいだろうと思ったからだ。社長が知っている人ならば。
「是非共」
「話は最後まで聞け」
 社長は強い声で藤次郎に述べた。
「知っていると言っても色々あるな」
「ええ、まあ」
 それはわかる。知っていてもいい関係とは限らないものである。これは藤次郎の早合点であった。しかも彼はかなり楽観的に考えてしまっていた。
「いいか。その田村家はな」
「はい」
「かつてと言っても明治だが」
 そう前置きして述べる。
「この横須賀でかなり知られた名家だったのだ」
「そうだったのですか」
「しかしな。代々短命の家系で」
 不吉な前置きであった。藤次郎もそれを聞いて不吉なものを感じた。
「誰もが若くして亡くなった。労咳でな」
「労咳ですか」
「そうだ。それでな」
 所謂結核のことである。この時代はそれが脚気と並ぶ国民病であり多くの人間がこの病で命を落としている。この時代では宮沢賢治も結核で若くして亡くなっている。
「死んでいるのだ。皆な」
「皆と言いましても」
「御前の聞きたいことはわかっている」
 社長はまた藤次郎に述べた。
「娘さんのことだな」
「そうです。その人のことも御存知なのですね」
 藤次郎は自分の声がうわずっているのがわかった。麗華への気持ちは抑えられなくなっているのが今この状況でもわかった。
「それでしたら」
「今あの娘さんが何処にいるのかも見当がついている」
 社長はまた藤次郎に告げた。
「昼は会っていないのだったな」
「はい」
 藤次郎は素直に答えた。これは事実である。会っているのは夜だけである。彼はそのことに何の疑念も抱いてはいなかった。何故なら彼は昼に働いているからである。そうして夜に会う。それで奇妙に思うというのも有り得ない話であった。
「そうか。では昼にも会ってみるといい」
 社長はそこまで言うと中西に顔を向けた。そうして言うのだった。
「暫く留守にする」
「わかりました。それでは」
「うむ、その間は頼む」
 そこまで告げて彼は席を立ち帽子立てにかけてある自分の帽子を取ってから藤次郎に対して告げるのであった。重い声で。
「一緒に来るんだ。いいな」
「わかりました」
 藤次郎はその言葉に頷いた。そうして社長について外に出るのだった。
 
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