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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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13話

 何故、という言葉だけが脳みその皺に沁みこんでいく。
 男はノーマルスーツのグローブで覆われた手のひらにじっとりとした汗をにじませた。そうこうしている間にも、男は仲間に指示を飛ばす。普段なら穏やかな声で了解の応答があるが、返ってきた部下の声は切迫に塗れていた。
 こちらは一個中隊計6機なのに。乗機は《ジムⅢ》とはいえ後期生産モデルが高々3機のMSに―――。
(なんだよこいつら! なんなんだよ―――)
 同僚の絶叫という名の呪詛は後には続かない。バレーナ06の通信ウィンドウが砂嵐に変わると同時に全天周囲モニターの中で血のように赫い薔薇のような爆破が押し広げられた。
 またやられた。
 何の装飾もされない純粋なまでの恐怖に汚染された思考を無情に破砕する攻撃警報に全身を強張らせた。
 敵は直上。
 見上げた男、バレーナ02は見た。
 両腕に斧剣を構えた単眼の狩人。巨大な肩から大出力のバーニア光を背負ったそれは、恐ろしいまでに冷たい黒の世界にあって、極めて凡庸な色彩だった。
 敵識別―――MS-14J《リゲルグ》のその色は、バレーナ02も覚えがあった。15年ほど前、あのア・バオア・クーで見たお世辞にも強敵とは思えなかったMS-14《ゲルググ》のカラーリング―――。
 バレーナ02は必至に操縦桿のトリガーを引いた。パイロットの動作に連動して《ジムⅢ》がビーム砲のトリガーを引き絞り、眩い光軸を屹立させる―――しかし《リゲルグ》は微塵の回避動作すら見せずにその砲撃を躱して見せた。
 何故の一言が脳の内部まで沁みこみ、そのぶよぶよの神の器官を膨張させ、頭蓋を逼迫させる。簡単な任務だったのではないのか。相手はパラオからやや離れた宙域で実機訓練をするただのひよっこ―――ひよっこ以前の存在ではなかったのか。
 《リゲルグ》が斧剣を横なぎに払う。
 狙いは右腕。火器を保持した腕を裁ち切らんとする紅蓮の閃光が網膜の中で暴れた。それでも、咄嗟にシールドを構えられたのは一重にパイロットとしての感だった。
 ―――が、既に何発ものビーム砲を食らったシールドの対ビーム被膜は大出力の斧剣を2秒と止められなかった。赤化するや否や暴力の権化たる光がシールドを叩き切り、その勢いのままに左腕を切り裂き、剣筋にあった頭部ユニットをぐずぐずの鉄塊にした。
 ざっと全天周囲モニターに砂嵐が走った瞬間は身を縮ませた―――が、バレーナ02はすぐ理解した。
 猪突の勢いで切り裂いた《リゲルグ》は止まれない。すぐに反転できるはずがないほどの速度だった―――。
 振り向けばそこには無防備にさらされた《リゲルグ》の背があるのではないかという閃きが肥大化した脳を押さえつける。ならばと即座に《ジムⅢ》を反転させ、右腕のビーム砲を叩き込んでやると狂乱的な思考を持ったバレーナ02は、己が愚劣を突きつけられることとなる。
 オーバーGによる機体制御不可の筈が、その汎用色に染め上げられた《リゲルグ》はぎちぎちと鋼の肉体を軋ませ、その悪魔のような単眼をバレーナ02に振り向けた。
 それだけじゃない。振り向きざまに《ジムⅢ》の右腕に赫焉の刃を薙ぎ払い、光の刃が《ジムⅢ》の右腕の肘から先を切り裂いた。
 潤滑液と白熱化した金属が体液のように舞う。
 振り向いた勢いのままに左腕の斧剣が《ジムⅢ》の胴体を狙って―――。
 ―――死。
 そのあまりにも無味乾燥で絶望的な言葉が心臓を引きちぎる刹那、その凡庸に擬態した鬼神が脇目を振った。
(―――02、離れろ!)
声の残滓の尾を引きながら、2発の粒子弾が《リゲルグ》を襲う。直撃弾ではなく四肢を狙った砲撃はバレーナ02と《リゲルグ》を引き離すためのもの―――。《リゲルグ》は狙い通りの挙動を取った。
 ―――狙い通りだが、離脱の術はバレーナ02の《ジムⅢ》の胴体に強かに足蹴りを見舞い、その反動にバーニアの推力を上乗せして迫りくる亜光速の矢を回避した。
 コクピットを揺らす激震に身体中を滅多打ちにされながらも、ほんの束の間だけバレーナ02は助かった、と思った。どうあれ味方はまだいる。味方と共闘すればあの《リゲルグ》に一方的に殺戮されることは―――。
 一縷にも満たない希望。
 希望というにはあまりにも確証性のない期待の感情。
 それが単なる浅慮と理解するのに、秒ほどの時間もかからなかった。
 ―――風が吹いた。
 常闇の真空にあって、突風と呼ぶにはあまりにも鋭い真紅の疾風が援護に来た《ジムⅢ》のもとに吹き荒れた。
 金色の刃持ちたる風は疾風という形容すら生温い。対応を取ろうとした《ジムⅢ》の懐に飛び込んだ疾風は、鎌鼬のそれだ。真空に生ける妖怪がその鋭利な得物で宇宙迷彩に塗られた漆黒の《ジムⅢ》の心臓(コクピット)を無感情に貫く。
 バレーナ02がなにがしかの感情に囚われている暇は赦されなかった。
 ただ、極炎の斧剣を振りかざした悪魔が脳髄に焼き付き―――溶けた。
 ※
 終わった。
 プルートがそう思った理由は2つ。己が直観と、自艦からのレーザー通信が入ったからだった。
(こちらデューレンよりヴォルフ、ズィッヘル各機。状況終了、帰投せよ)
 ヴォルフ03了解。続々と届いているであろう仲間の了の返答の合間に応じたプルートは、脱力と共にヘルメットを脱いだ。
 ふわと広がる明るい栗色の髪。以前まではヘアカバーなぞせずとも良かったものだが、少し長くなり始めているな、と思った。長くなると汗がべたついて不快に感じるのだ。ノーマルスーツの生体維持機能のお蔭で汗まみれになることはなかったが、多少の不快感が命取りになりかねないのが戦場だ。
 そう考えると―――プルートは思案する。ニュータイプ、とはそれほど信頼性の高い兵器でもないのかもしれないな、などと思う。殊に強化人間は、グリプス戦役初期に生まれたような初期型は情緒的安定性に乏しかったと聞く。それに強化人間といっても、自分のような出来損ないを生むこともある。全体としての費用対効果は決していいものではないのだ。軍人の実戦(コンバット)証明(プルーフ)至上主義も頷けるというものである。
 ―――欠陥品。
 ―――役立たず。
 ―――出来損ない。
 そんな言葉が神経を犯していく―――。
(ヴォルフ03、どうしたの? 大丈夫?)
 不意に通信ウィンドウがHUDに立ち上がる。はっと我に返ったプルートは脱力した身体に力を入れた。
 通信ウィンドウに映るのは30代ほどの女性だ。柔和に解けた笑みは彼女の本性を知っていることも相まって、縮こまった身体を自然と解きほぐす。
 プルートの《ドーベン・ウルフ》の隣に相並んだAMX-009《ドライセン》を一瞥し、通信ウィンドウの向こうにいる女性―――ズィッヘル02のコールで呼ばれるテルス少尉を見やった。
「いえ、何分初めての機体で、緊張してしまって」
 でもなんでもありませんよ。そういう意を含んだぎこちない笑みを返す。テルスがプルートに通信を入れたのも、部隊間データリンクで共有された生体データを見てのことだろう。故に生返事も無意味と言えば無意味だが、主観的事実としてプルートは今の自分の体調に差し障りがあるとは感じなかった。戦闘中に感じてしまう不愉快な感情は、任務だからと割り切ればさして気になるものでもない。それに、プルートが語った内容自体は事実だった。
(《ドーベン・ウルフ》に乗ってまだ20時間も経ってないだろ? それに、いつもと違うメンツで編成組んでるんだ。疲れもるのも当然だ)
 もう一人会話に加わる。
 ザミュ大尉は精悍な顔立ちこそマクスウェルに似た雰囲気だが、快濶な気質は寡黙なマクスウェルとは正反対だ。
 ふーん、とほけた相槌を打つのはテルスだ。大人しくしていれば、年相応の美しさを持つ彼女を美女と呼ぶことになんら抵抗はないだろう。だがいざ話してみればおっとりした言動とドジな素振りのせいもあって、近所の綺麗なお姉さんといった印象を持つ。
(それでサラミス2隻沈めたってんだから良い腕だぜ)
「でも私は後ろから砲撃しただけですし……」
(支援砲撃のつもりで敵艦沈めてた奴は誰だったかな?)
 快濶な笑みを浮かべるザミュ。隣の通信ウィンドウでもテルスがうんうんと頷いていた。もう一人のズィッヘルの隊員も、ザミュとテルスに同意のようだ。
 顔が赤くなるのを自覚する。褒められるのは嬉しかった。欠陥品なんかじゃないと思える瞬間はただただ嬉しいという感情が胸の内を満たす。自然と笑みがこぼれた。
 無論、プルートの腕だけが敵撃破を成したわけではない。
そもそも《ドーベン・ウルフ》はただの1機で敵を蹂躙し殺戮するために生まれた(ヴェア)(ヴォルフ)。パラオ近くということもあって、普段の物資(エサ)不足ならいざ知らす、十分に腹を満たした孤高なる王は単機で中隊―――大隊規模の火力を持つ。サラミス級巡洋艦の1隻や2隻を宇宙のゴミ屑にするのは赤子の手を捩じりあげ、そのまま捥ぎ取るより容易いことだ。
 MSの性能のお蔭ですよ。そのように言えば、ザミュはMSの性能を引き出すのもパイロットの腕だと語るだろう。
 それに異論はない。異論はないだけに、プルートは思ってしまう―――。
(随分賑やかなことだな)
 慣れ親しんだ声が耳朶に触れた。
(よお、お前んとこの嬢ちゃんを褒めてたところだ)
(あ、大尉あんまりからかわないでくださいよ? プルートは恥ずかしがりやなんですから)
(そーなの?)
 みりゃわかるだろ、とザミュに突っ込みを入れられたテルスがまじまじと穴が開くほどプルートを見つめる。
(うーん、わからないわ)
(まぁ今は別に顔には出てませんからね……) 
(でも見ればわかるって)
(そりゃ言葉の綾だろーがよ)
 釈然としないのか、テルスは、むーと頬を膨らませたまま、まだプルートを観察していた。年の割に子供っぽい仕草をするところがテルスの愛らしいところなのだろう。ネオ・ジオン軍の中で「テルス少尉を愛でる会」なる謎の秘密結社が組織されてしまっているのは、そういう可愛らしさを持っているからだ。プルートもその気持ちはよくわかる―――人妻相手に何やってんだ、という言及に対して、人妻こそ最大の萌え要素だと豪語するあの魔窟の住人の気持ちはよくわからないが。
 帰投の合間の小さな時間、ちょっとの喧騒。そんな空気の中で、彼は―――マクスウェルは微かな笑みを浮かべるばかりだった。
 ―――強くならなきゃ。
 胸中に湧き上がる意思。
 隊長がこの機体に自分を選んだのだ。なればこそ、この人狼の主となるに相応しい実力を身につけねばなるまい。先日のような卑屈をマクスウェルに見せるわけにはいかない。
 固い決意。それに揺るぎはない―――が、少しだけ寂しい気もした。結局エイリィは、今でこそとある機体に乗っているが、後後受領されるのはマクスウェルと同じ《リゲルグ》で「作戦」に従事するという。必然、プルートの《ドーベン・ウルフ》は後方での砲撃が主任務になる。
 通信ウィンドウに映る隊長と同僚の顔を見る。この二人と肩を並べて戦えないというのは、置いてきぼりになったような気分もある。かといって《ドーベン・ウルフ》で近接格闘戦ができるか、と言われればそれも無理な話であって―――。
(なぁマクスウェル、お前明日暇か?)
(なんだ急に? 一応暇だが)
 通信ウィンドウに意地の悪そうな笑みを浮かべたザミュが写る。
(明日ジェトロの家でパーティーなんだが来ないか?)
 誘い文句だけを聞けば、気軽に友人を誘っている図だ。だがそれにしてはザミュの顔が妙に意地悪い―――そしてなぜかマクスウェルの顔が青ざめている。
(なぁ?)
(お、おう―――)
 催促に屈した。マクスウェルの声はそんな風に聞こえた。
(あたしは用事があるからパス!)
 いつも飄々としているエイリィも何故か慌てた風だ。
はて、なんのことやら―――思案も数秒、(プルートちゃんはどうする?)とザミュの声が耳朶を叩いた。
「構わないけど」
 特に頓着もなし。せっかく呼ばれたのだし、断る理由もない―――。なぜかエイリィは通信ウィンドウ越しに涙を浮かべて敬礼をしていた。
 ―――その敬礼の意味とマクスウェルの青ざめた顔、己が失策を悟ったのは、それからちょっと経ってからのことだった。 
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