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滅ぼせし“振動”の力を持って

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彼とマケンとホッケー対決

 
前書き
非常にお待たせいたしました!!
……マケン姫っ! 原作が異様に進んでしまっている……早よせねば。


では、漸く新たな“力の一旦”垣間見える、本編をどうぞ! 

 
 
 
 
「えーと、アイツは何処に居るのかねぇ」


 マケン鍛冶師である玄は今、何やら宝玉の様な物を片手に持って、学園の敷地内をウロウロしていた。

 言葉から察するにどうやら人を探している様だが、天日学園はこうくないであろうと敷地内であろうととにかく広い。特定個人を探し出すのは、生徒たちの目撃情報を頼りにしようとも、それなりに難しいと言える。

 まあ、まだ放課後に入ったばかりなので焦る事はないだろうと、玄自身も走ったりはせず人影を見落とさぬよう、歩きながら見回していた。


「お、ちょっといいか!?」
「えっ……? あ、先生」


 途中で玄は1人の生徒を見つけ、歩みを止めて少し考えた後、情報提供を求み声をかける。

 数秒立ち止まっていたのは、自身の記憶を掘り返す為だ。目の前の少年は見覚えはあるものの、大分影が薄かったので、思い出すのに少し掛かったらしい。

 そんな彼の名は薄野(うすや)蔭白(かげしろ)。見覚えがある理由は……実は碓の友人だからである。


「大山の奴を見なかったか? ちょっとアイツに用事があってな」
「お、大山君なら……碓君と一緒に、い、諍いを止めに行きました……あっちへ」


 植え込み向こうの第二広場を指差した薄野に玄はお礼を言うと、早足でそこまで歩いて行く。

 話から既に海童への要件で探しまわているのが分かったが、一体何の用事で彼を探しているのだろうか。
 教員自ら出向くのだから、それとなく重要なことには間違いない。


 中々の距離を歩いたか、見つかった事の嬉しさを隠そうともせずに、玄はスキップでもしそうな足取りと、決して奇妙な感じの無い少年染みたニヤけ顔で歩みを進めた。




 すると―――


「ぬおっ……何じゃこの揺れ?」


 ―――行き成り轟く“ズウウゥゥゥゥン…………!”とした地鳴り。


 何の脈絡もなく、微弱なれど大地が上下に震えた。堅いトランポリンでも踏みつけた様に、玄の体が飛び上がる。
 それ以降は余震らしきものも無い。

 が……余りの唐突さから何が起きたか、彼は察しがついていた。


 しかし、釈然としない物が一つ。


(そういやさっき影みたいなものが上空に有った気がするが……気の所為か?)


 思いながら上を見るが、当たり前とでも言うべきか、青空の中には優雅に飛んでいるモノや驚いて飛び出したモノ含め、鳥の影しか存在しない。
 大方太陽にたまたま鳥が重なったのが、先程の地震だったのだと値を付け、玄は再び歩き出す。


 暫くして。
 玄から見て右方向の道から、頭をさすっている海童と何やら怒り顔の春恋、そして彼の悪友である碓が痛そうだと言わんばかりな顰め顔をつくって、それぞれ歩いて来ていた。

 予想通りだと言わんばかりに、玄人の顔に明らかな苦笑が浮かぶ。


「まだいてぇっ…………あのなハル姉! 何も全力で殴ることないだろ!?」
「たかが喧嘩を止めるだけなのに全力投球して、強制逆バンジーさせた張本人でしょ! 不平不満を言える立場ですかっ!」
「……女の子二人、怒りから一転して涙目―――いや、大号泣だったもんなぁ……」


 しみじみ呟く碓のつぶやきなど耳に入れず、海童と張る恋の言い合いは続く。


「ホント吃驚したわ! 数秒かたまっちゃったぐらい!」
「そんなに言う事ねぇだろ……!?」
「遠目からでも分かるぐらい、“高々と”女子生徒が放り上げられてたのが、言う事ないって言えるレベル!?」


 ヤンヤヤンヤと喚き散らし、ワイワイ騒ぎながら此方へ向かってくるのをこれ幸いと、玄は彼らにも負けないよう声を有る程度張り上げて止めた。


「おーう、お前ら!! ……ちょっといいか?」
「あ、玄さん。お久しぶりですね」
「……何か、用でも?」
「勿論、用事があって呼びとめたんだ―――が、その前に何があったか教えてくれねぇか?」


 再び苦笑しながら、地面を指差してからよろめいたジャスチャーから、更に海童の頭を指差す。
 最後に顎で第二広場の方向へしゃくりあげれば、もう何が言いたいのか分かったらしく、春恋は大きな―――実に大きな溜息を吐く。
 ……海童の顔がブスッとしたものに変わる。

 代表して話す気か、碓が代わりにと手を上げ一歩前に出た。


「まあ事の発端は女子生徒同士のケンカっす。マケンを使いかけた……というかもう使っちゃってたし、決闘しようと諌められる雰囲気でもなかったんで、力尽くで仲裁しようとしたんすよ」


 其処から碓が詳細を語りだす。

 曰く―――――先に彼が言い出した様に、第二広場で女子生徒同士のトラブルが勃発し、それを見かけた一人の生徒が検警部及び “マケンキ” に助けを求めてきたらしい。
 その時は運が悪いのか良いのか……丁度出かけられるのが海童と碓だけであり、いざとなれば武力行使も可能だろうと、そしてそこまで悪化する事も無かろうと余裕綽々で向かったのだ。

 が、しかし実際に蓋を開けてみれば、キャットファイトと言うのもおこがましいガチバトル。
 ……碓が彼女等に抱いた第一印象は『宛ら猫ではなく虎の様だ』であったとか。

 そんな彼女等の気迫にあてられた感想しか出なかった碓は、青白い光球が飛び交い翡翠の疾風が駆け抜け、周りに被害が及んでいない事が最早奇跡だと良い表しても足りない戦いを見て、美少女も台無しな相貌にスッカリ腰を抜かしてしまったと言う。

 此処でいよいよ海童の出番となる―――のだが、彼自身が幾ら『老若男女(暴力)平等主義』であると言っても、力の特性上、手加減も指定も難易度が高くて迂闊に飛びこめない。
 下手をすれば海童が避けられるどころの話では済まないのだから。

 それでも如何にか覚えたてのエレメント強化に、勢い付けの衝撃波に弱性の衝撃波を持って割り込むが……結果は散々。
 この怪力はまるで『セール時のおばちゃん』と、条件も力の具合も同等だと、海堂は心底そう思ったらしい。

 これでは埒が明かないと、他の“マケンキ”メンバーを呼ぶ事を打診した碓だが、周りに人が居らず他に飛び火しない内に何とか収めた方が良いと海童は判断した。
 だから、何度も諦めず突っ込んでいき、何度か弾きだされたのち―――とうとう場の雰囲気を変える、決定的な出来事が起こったのだと言う。


「へぇ……で、そりゃ一体?」
「まぁ、なんというか……大山の奴も悪いと言うか」


 突入し割り込むうちにトバッチリを喰らう所為で、当然ながら海童もボロボロとなっていく。

 もうこうなったら手段は選んでいられないと、今度は近付くや否や衝撃波を使っての威嚇で二人を諌め、喧嘩を止めるよう呼び掛ける事にしたのだ。

 されど……この程度で二人の頭は冷えなかったか、口から飛びだすは容赦のない罵詈雑言。
 その中には男が言われると至極傷付く物や(実際、碓の心にグサッ! と来たらしい)、男女隔てなく頭に来る物、果ては周りに誤解させる様な冤罪を齎す言葉まで吐いてきた。

 更に有ろう事か……一際大きな悪罵と共に、今迄のタイガーファイトでも放たなかった大きな一撃を、海童めがけて派手に命中させてしまったのだ。



 このあと何が起こったのかはもうお分かりだろう―――――精神的にも肉体的にも、我慢に我慢を重ねていた海童が、とうとうキレたのだ。



 漏れ出す殺気に漸く怒りが収まる二人だが、どれだけ取り繕おうとも時すでに遅し。
 海童は怒号一発、大気にすら罅が入る程に地へ思い切り拳を叩きつけて、地面を隆起させ女子生徒を空中高々放り上げた。
 痛みが走り、怒気に当てられ、女子生徒達は涙を流しながら宙を舞ったと言う。

 まあそれでも、後はエレメントで強化された女子生徒が落ちて終わりだ……と、碓が安心したのも束の間。

 どうも自分の方へ向かう様にしていたか、放物線を描いて激突した先は―――海童の傍。
 元から人相が悪いと言うのに、影で遮られるアングルと憤激の所為で拍車がかかり、二人は悲鳴も上げられず逃げられもせず、お互いの肩を抱き雨に濡れた子犬の如く震えるのみ。

 そんな保護したくなるほど可愛い状態な彼女達に、しかし海童は溜飲を下げず思い切り拳を振りかぶる。

 力の向かう先は地面の様だが、直接的な矛先は女子生徒達。
 碓は先程腰が抜けてしまって中々立てず、女子生徒達も気絶寸前な為防御が取れず、最早海童を止める者など居はしない。


 その拳に力が溜まり、今解放される―――――!


「―――で、その時に割り込んできたのが春恋先輩で……」
「そん時起きたのが謎の地震、って訳か」


 笑いながら視線が向けられた先には、興奮が収まったのか何とも気まずそうにする海童が居る。


 要するに……傍目は()る気満々な海童の頭に春恋の鉄槌が下り、行き場の無くなった衝撃波がポン! と間抜けに弾け、それでやっとこさ事件は収束を見た……らしかった。
 碓曰く、海童の頭からは何とも良い音が響き渡り、強烈な悲鳴が空気に吸い込まれていったのだと言う。
 尤もな仕打ちだと思うのと同時、事の発端を考えれば何とも嫌な自業自得である。

 よく見るとタンコブが幾つも出来ているので、止めた際に喰らった一発では済まなかったのだろう。


「確かに詳細を聞いたらムカッと来るだけでは済まなそうだったし、カッちゃんだってまだ高校一年なんだから、そりゃ我慢できなくなる気持ちも分かるわ。だからってアソコまでやる事ないでしょ?」
「……おう」
「おう、じゃなくて!!」


 口調は中々戻せないのか、少々ぶっきら棒に答える海童……だが、この時にその答え方は不味かった。

 そして、軽くは無い打撃音が響く。

 手慣れた動作で竹刀を構えた春恋に、思い切り脳天を打たれたのだ。
 が……一応目に入っていたのに避けなかったあたり、罪を自覚していると見える。


「いっでぇっ!? ……わ、わかった! 悪かった、本当にに俺が悪かった!」
「なら今度の休憩時間、あの子達にきちんと謝ってくる事! いいわね」
「……あぁわかってる……俺も、やり過ぎた……」


 バツが悪そうに頭をかきながら海童は春恋の方を向き、もう子供染みた言い訳はせずにしっかりと頷いた。

 春恋は腕を組んだまま一度大きく頷いてから、やがて満足そうに微笑んだ。

 玄も一つ溜息を吐いた。


「まあ事の経緯は分かったわ。これからは気をつけろよ?」
「うっす。重々、身に染みたし……な」
「じゃ、今度は俺の要件の番だ」


 言いながら手を開き、今の今まで手に握っていた宝玉を、三人の前に差し出して見せる。


「これは……?」
「何を隠そう大山、お前の『マケン』だよ。一ヶ月マジで掛っちまったが……へへっ、その代わり力のセーブが難しいお前にゃ、それなりにピッタリな代物に仕上がったぜ」


 途端三人の目が見開かれ、一度顔を見合わせてしまい、玄に盛大に笑われる。

 その事を追求しながらも……海童の事情を知っている二人が、彼に笑いかけた。


「これでカッちゃんも、とうとう正真正銘の『マケン』持ちね」
「やったじゃねぇか海童!」
「ああ……これが、俺の『マケン』……!」


 海童の感動たるや、隠せぬ歓喜の窺える目で減の手の中に光る、角の一切ない真ん丸な宝石にも見える、新作『マケン』を一心に見詰めている程。

 取りあえず詳細を説明しておこうと、玄が得意げな顔で咳払いを一つかました―――――その時だった。



“《バラバラバラバラバラバラバラバラッ!!》”

「「「「!!」」」」


 彼等の頭上に轟音を立てつつ飛来するヘリコプターが通ったのは。
 思わずといった感じで四人とも見上げ、徐々に近付いて来るソレを見やり続ける。

 学園近付いたヘリは着陸できる場所を探す為か、暫く上空をゆっくりと旋回していたが……いきなり時計塔近くという中途半端な位置で滞空し、エレメントか若しくは『マケン』の力なのか空中に透明な階段が姿を現す。

 そしてヘリから数人がその透明な階段に脚を掛け、男性と粗油所数名が時計塔の学園長室ベランダまで歩いていった。


 学園長室へ態々そんな道を通ってくのだから、かなり特殊な待遇の人物である筈。
 しかし海童も碓も春恋も、彼等に対し特に見覚えなどなかった。


「な……アイツはっ!?」


 しかい玄だけは如何も違った様子で、降りてきた人物達―――特に男性の事を驚愕の眼で凝視している。

 そちらを見たまま暫し体を震わせ……振り向く事無く海童へ言葉を発する。


(わり)い海童、『マケン』の詳細は向こうで語るからよ……ついて来てくれっ!」
「え、ちょっ……!?」


 行き成り駈け出した玄に戸惑いつつも春恋が、それに続いて首を傾げながら海童が、最後までヘリを見ていた碓も続き、玄を先頭に時計塔まで走って行った。


 ……だが、すぐに学園長室へは寄らない。


 まず職員室海童らの担任である雨渡豊華に声を掛け、彼女も玄が興奮し急いている理由を、短く語られた一言ですぐに察したのか、すぐさま走り出す彼の後ろへついていく。

 統生会にも寄ったが同じく言葉を理解した二条秋と、用事があるらしい楓蘭のみ連れ出し、春恋と碓は其処で分かれ……しかし海童もまた玄が走る理由を最後まで聞けぬまま、学園長室の前までたどり着いてしまった。


 玄は走る勢いそのままに扉を押しあければ、部屋には何時も通りジャージ姿な実と、軍服姿の男性、そして同じく軍服姿の少女等きれる息を整えつつ部屋にいる軍服姿の “彼” を睨みつけた。


「ハァ……ハァ……おまえ、何でいまさら此処にきやがった――――― “赤耶(あかや)” !」
「へぇ……豊ちゃんに秋、オマケに玄までとは……()マケンキメンバー勢ぞろいだね」


 元? マケンキ?  ……海童はそう問いたかったが、彼が口を挟める空気でもなく、そして嘴を入れられる間もなく話は進んでいく。


「何しに気やがったって聞いてんだろうが! テメェ!!」
「実と同じ質問だが、幾ら同じでもボクが男相手に答える義理はない。……と、言いたいところだが今回は特別だ」


 赤耶と呼ばれた男性は何故か持っていたバラを胸ポケットにしまい、拳を握り睨み付ける玄の視線を受け流しつつ、傍を通り抜ける際に短く答えを口にした。


「今日からこの天日学園で臨時講師をする事になったの……ヨロシク頼むよ、マケン鍛冶師君」
「んだと!?」


 度重なる驚愕に目をむく玄を一瞥し、赤耶は胸下に手を添え楓蘭へ恭しく礼をした。


「コレはコレは美しいお嬢さん。あなたが統生会の、マケンキの会長ですね? 宜しければ統生会室まで案内していただけませんか?」
「えっ……な、何故それを―――」
「アタシが教えた。兎も角連れてってやれ、留学生の紹介もあるだろうし」


 戸惑いながらも楓蘭は頷き、赤耶と軍服姿の少女等を連れて、統生会室の方へ歩いて行く。

 ……秋と擦れ違い目が合うその瞬間……別段色を浮かべていなかった目に、僅かに違うモノを映したが、戸惑っている海童にはそれすらも感じ取れなかった。

 彼等が小さくなってから、漸く海童は玄へ声を掛ける。


「さっき、元マケンキと言ってましたけど……此処って去年まで女子高だったんですよね?」
「……そんなの簡単だ。此処は元々共学だったんだよ」
「開校してから三年間だけね~」
「彼と私たちは……元マケンキのメンバーで、“初代”マケンキだったの」


 開校してから三年間だけ―――その単語が、海童の脳裏に引っ掛かった。

 イヤらしい目で見られるから……という理由では、世界に散らばるエレメントを扱える能力者の内で、男だけを払いのける理由にはならない。
 そうなると、答えはおのずと限られてくる。


(……まさか、な……)


 ―――― “最悪の答え” を浮かべた海童は軽く頭を振って払いのけ、幾ら統生会の一員とはいっても所詮一生徒である自分が、今はこれ以上突っ込む事では無かろうと……何より容易に聞けるような雰囲気ではないのも相俟って、あがってくる声を無理矢理飲みこんだ。



 秋と豊華もまたそれぞれ学園長室を離れたのを見計らってから、海童は一先ずうやむやになりかけていた『マケン』の話を持ち出す事にした。


「玄さん、それで……俺の『マケン』の事なんですけど」
「あ、そうだった! そうだったな! 忘れてたぜ、悪い」
「へぇ~海童のが完成したのか! ……漸く」
「漸く言うな!?」


 実へ向けて怒鳴りつつズボンのポケットから『マケン』を取り出し、握っていた手を開いてその『マケン』が海童にも実にもよく見える様にする。

 そして指三つで摘み上げ、此方へ差し出されるのにつられて海童も手を出す。

 が、玄が海童の手を行き成りひっくり返して手の甲に『マケン』を当てたかと思うと―――


「!? いだだだだっ!?」


 ―――何と、音も立てずに体の中へと沈み込み、徐々に消えていくではないか。

 しかも静かなクセして、痛みが発生すると言う要らないおまけつきである。


「な、何すかコレ!?」
「喚くなって、コレがお前の『マケン』なんだよ、海童」
「……や、でも身体の中に入って行きましたけど?」


 ガレットの『サイス』、アズキの『ホーク』、イナホの『カムド』。
 チャチャの『コンプレッサー』、季美『コミックスター』、栗傘の『フルメタル』。
 うるちの『ペルセウス』、組の『ネフィーラ』、蛇山の『スネーク』。

 特徴や能力こそ違う彼等の『マケン』だが、剣だったり鎧だったりアクセサリーだったりと、いずれにせよ何らかの形を取っていた。

 だが海童に与えられた宝玉型の未知の『マケン』は、待機形態すら存在していない。
 戸惑うのもごく自然といえよう。


「『マケン』には大きく分けると二種類でな? 外装型と内臓型ってのがあんだよ。外装型は多少相性が悪くても装備できる代わり、発動させないと意味がないから即効性が無ぇんだ」
「で、内蔵型は相性重視。相性が悪いと絶対に装備出来ない代わりに、常に発動状態となるから身体能力アップの面でも便利だよ。……そう言えば稀に持って生まれる奴も居るんだけっか」
「へぇ……」


 やっと『マケン』が手に入ったのだという高揚感だけでなく、まだ授業でやっていない事を先に教えて貰ったことによる小さな優越感もある為か、海童の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「でも確か前に玄に教えて貰った能力だけど……相手が発動状態じゃあなきゃ意味なんだっけか」
「おう、だからこっちも力量が問われるな。ちなみにだ! 栄えあるソイツの名前はグレートマックス玄様スーパードライぶほっ!?」


 矢鱈と長くてセンスの無い名前を、実が途中で口をふさぎ物理的に遮り、其方はもう気にせず顎に指を当て考え始める。

 また息が止まって若干苦しそうではあるが、しかし奇妙な名前を付けられるよりはマシかと、海童も見ないように努めていた。


「能力を聞いた感じだと……そうね、”魔拳(マケン)”『オーバーブロウ』ってとこかな!」
「俺の『マケン』……『オーバーブロウ』……」


 新たな『マケン』――――『オーバーブロウ』が吸い込まれていった己の左掌を見つめながら、海童は実の言葉を反芻するように呟いた。

 そして息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。


「それで、肝心の能力は一体?」
「ああ、それはな―――――」














 『マケン』を手に入れ、能力を聞き、海童は意気揚々と統生会室へ向け駈け出して居た。

 会議には遅れたが留学生の紹介や『マケン』の件もあり、何か言われると仮定しても、ソコまで咎められることはないだろう。


「よし、やっと俺にもマケンが…………ん?」


 未だ左手を時折見ながら走っていた海童……だが、その歩みは唐突に止まる。
 まだ会議や自己紹介、今後の日程の話し合いなどの最中である筈なのに、皆揃って何処かへ向かっているからだ。

 これが疎らならばまだ間に合わなかったで済むのだが、皆一緒にというのは如何もおかしい。


「碓、これは?」
「……屋内プールに移動だと」


 何やら疲れた顔で進行方向を指差す碓に海童は眉根をひそめ、しかし着いて行かなければ話にならなそうだと取りあえず歩き始めた。



 その道すがら、碓はこうなった経緯を話始める。


 曰く―――――夏休みまで統生会の一員となる五人の少女が、それぞれ自己紹介をしていたらしい。
 彼女等は何でも『カミガリ』と呼ばれる組織の一部隊らしく其の隊には『Venus』との名が付いているのだとか。

 桃色ロングでカチューシャ、目の中にハートが浮かぶ少女、シリア・大塚。
 青い髪を持った何処か冷徹な雰囲気漂う少女、ミディア・デミトラ。
 フリルのついたヘッドドレスを付ける少女、アイリル・フィニアン。
 リールと同じ容姿を持つ……所謂双子の内一人、リール・フィニアン。

 ……までは良かったのだが、中国人らしきサイドテールの少女、ヤン・ミンが自己紹介する事を渋ったらしい。

 それだけに留まらず、自分達だけで学園の治安を守る事は簡単であり、だからマケンキは必要ない為、自分達のいる一学期の間は休んでいればいい、と言い放ったのだ。
 しかも黙ったままのフィニアン姉妹やフォローしたシリアはともかく、デミトラまでヤン・ミンの意見に同調したのだと言う。
 無論、それを宣言するに足る “実力” がある事は雰囲気から皆つかめては居たのだが……分かってはいても納得いかないのが人間という生き物。

 耐えきれなかったアズキが堂々顔を合わせ文句を混ぜて挑発し、対するヤン・ミンも何処で覚えたか分からない日本語を交えてそっくりそのまま返す。
 結果決闘騒ぎまでもつれこみそうになった所で―――穣華が『マケンキ内での決闘はご法度だから、別の事で白黒つければいい』との助け船を出した。


 だから今、その勝負を行う場所まで足を運んでいる……とのらしい。


(にしても屋内プールか……水が張ってねえのはいいが、一体何するんだかな……)


 そうこうしている間に屋内プールへとつき、皆体操服に着替え……プールを覗きこんだ海童は何故だか至極安心したような顔をして、同じく観戦目的らしいイナホやコダマに碓等と共にその縁へ腰かけた。

 向こう側のプールサイドではうるちが得点板を持ち出し、穣華がホイッスルを持ってたたずんでいる。


「それでは~、ルールを説明しちゃいまーす」


 同じくホイッスルを持った楓蘭が海童らの後ろへ到着したのを見やり、穣華は間延びした口調でプール内にいる春恋、アズキ、チャチャ、ヤン・ミン、デミトラ、シリアへ声を掛けた。

 ……やる気満々なのが二名、何時も通りなのが二名、明らかに乗り気でないのが二名と、各チーム毎見事に分かれているが……誰が誰なのか言うまでもあるまい。


「今回行うのはホッケーに似た競技です。そのモップ型スティックを使って、パックを打って相手ゴールにいれる事で得点となります。ただし~、シュート可能位置は五メートルラインより後ろ、スティック等で危害を加えたり身体でパックを打つのは反則といたします。 プレイ時間はニ十分。メンバー交代は何度でもOKでーす」


 モップ型スティックというのが少々気になり、もしかしたら? と有る事を考え付いたった海童ではあったが……まあ、多分アイスホッケーと人数や抗議場以外さして変わらなかろうと、それ以上は深く考えず首を回す。


「へぇ、中々に面白そうな事をしているじゃあないか」


 と……彼等の後ろには何時の間にやら、新たに教師となった赤耶が佇んでいた。
 ――――ビキニタイプの水着一丁だったのには、如何してか誰も突っ込まない。


「……よろしいのですか? この試合に私達が勝てばマケンキ加入が白紙に、『Venus』が勝てば一学期の活動が休止になるのですが……」
「ん~、確かに困る事は困るね。けど、このルールだとどちらの結果も出ないんじゃあないかな? ……付け加えるなら、流石豊ちゃんの妹さんらしい計算高さだと言えるかもね」


 赤耶の視線はモップ型スティックとパックで往復しており、顔には微笑が浮かんでいる。


「近々プール開きもあるからのぉ……どうせ何だかんだ理屈を付けて、プール掃除をさせたいだけじゃろう」
「プール楽しみですね♫」
「うんうん! とってもっ♫」
「……ハァ……この人達は……」


 楓蘭が落ち込むのと同時、自らの予想が外れていなかった事を察して、また春恋が自分も観戦席が良かったと肩を落としているのを見て、海童は何も言えずに苦笑いしていた。


 さて……各選手の位置取りも整い、いよいよホッケーモドキは始まろうとしていた。


「では~、試合―――」


 穣華がゆっくりと手を上げ、その手を合図と共に振り下ろした。


「開始!」
「オラアッ!! 一点目いただきだ!」
「な!? ヒキョーモノッ……!」


 その瞬間、アズキが元より速攻を決める気だったか勢いよくパックを叩きとばした。
 パックはスピードを落とさず、一直線にゴールまで飛んでいく。

 飛翔するパックはスティックを下げたままの、デミトラの脇をすり抜ける――― 


「甘い」

「「「!!」」」


 ―――寸前に下から弾き上げられ、落ちてきたパックをスティックの先端へ器用に乗せた。


「スマないが私達も負ける訳にはいかないのでな……ヤン・ミン」
「ナイスパス、ネ! デミトラ!」


 まだ回転するパックを見る事無く打ち放ち、ヤン・ミンがすぐさま受け取って走り出す。

 決まると思って油断していたらしいチャチャの横を通り抜け、アズキが追いつく前にシリアへと更なるパスを出した。


「決めるネ! シリア!」
「んもう……乗り気じゃないんだけど……でも、ワタシ結構負けず嫌いだしぃ―――」


 言いながらにスティックを強く握り、肩近くに迫るパックを一瞬やり過ごす。


「ごめん、ネ?」


 パチン☆ と様になったウィンクをしながら放たれたパックは、しかし可愛げな動作をは裏腹に轟音を立てながら、春恋の左わきを掠める軌道で飛来する。

 春恋はパックには目をやらず、俯いたまま溜息を吐いた。


「乗り気じゃないのは同感だし、私の場合負けず嫌いでもない…………けど!!」


 短く叫んだ……刹那高速で飛翔していた筈のパックを、屈む同時に上から叩き伏せ、バチッ! という派手な音を上げて止めて見せた。


「統生会副会長として、一学期もの活動休止は認められません」

「っ!」
「ほう……」
「WAO!?」


 意外な止め方に『Venus』の面々も驚きを隠せない。

 更に、これでマケンキ側へ攻撃権が廻って来た事にもなる。


「へへっ……行くぜ、反撃だチャチャ!!」
「勿論や!!」


 スティックを構えて先行したアズキの後を追う形で、チャチャもまた確りスティックを握って走り出した。


「……チャチャ!」


 春恋はどちらへパスを出すかで一瞬悩み……距離の近いチャチャへ向けパックを弾き打つ。
 声を受けてチャチャはニヤッと笑い、アズキはすぐに次なる攻撃へ移れるよう神経を研ぎ澄ませる。


「来たぜ!」
「まかしとき!」


 飛んでくるパックを見ながら走り、自信たっぷりにスティックを構えてパックを迎え……スティックの “上” を通り過ぎて行った。

 そして、ヤン・ミンのスティックにカコン、と収まった。


「は?」
「あ、スマンスマン。うち球技全般苦手やった」
「あの自信ありげな笑みな一体何だよ!?」
「コレは困った事になったネ? あ・ば・れ・ざ・る・さん?」
「“暴れ『鷹』” だっ!! えぇい、こうなったら私一人でゴールを割ってやらぁ!!」
「やー、スマンなホントに」


 燃えに燃えるアズキの存在もあってか、そこから一進一退の攻防が巻き起こった。


 アズキ一人で猛烈に走り回ってシュートしデミトラに留められれば、更に力の籠ったシリアの一撃を春恋は臆せず弾き上げる。

 せめて妨害をと道をふさいだチャチャを壁を走ってヤン・ミンが乗り越えれば、アズキも負けじと高跳びの要領でパックを保持しつつ選手を飛び越える。

 下手糞な事を逆手に取った不安定なフェイントでマケンキ組が決めようとすれば、いきのアンタ抜群のコンビネーションで『Venus』組もまた得点すべくパックを放つ。

 アズキの尋常ならざるスピードについて来る、スピードとテクニックを併せ持ったヤン・ミン。
 偶にベストタイミングで放たれる重いチャチャのシュート、それに勝るとも劣らない力を持つシリア。
 天日最強と謳われし伊達ではない実力で鉄壁を誇る春恋に、全く見劣りしない防御力で堂々立ちはだかるデミトラ。


 煌々と闘志を燃え上がらせる、見た目麗しく身は逞しき少女達。


「く、ここで止めるカ!」
「ちくしょう、またかよ!!」
「打てた! いくでぇ!」
「そーれっ♡」
「……ふん」
「てっ!! ……早く終わってよ、もう……!」


 ―――が。


「……なーんかさっきから……焼き増しばっかじゃのう」
「うーん……同じシーンの繰り返し?」
「互角なのはいいですけど……互角過ぎて逆につまらないです……」


 傍から見ているイナホ達は、もうとっくに熱を失ってしまっていた。

 タダのスポーツ観戦なら実力がきっこうした試合ほど盛り上がるモノだが、如何せんこれはプール掃除にかこつけた勝負だ。
 加えてのんべんだらりと観ているモノだから、やる気など微塵も湧かないのだろう。

 海童も楓蘭も眉根を潜めているし、赤耶もちょっと苦笑いが入ってしまっている。

 ……依然として盛り上がっているのは、胸が揺れるたび歓声を上げている碓ぐらいだった。


「ハァ……ハァ……おいどうした? 息上がってる、ぜ?」
「ハァ……は、そっちこそ守ってばっかで、息荒いヨ?」


 ほざけ、と表情ではそう返したアズキだったが……されど責められる時間が増えているのは事実だった。
 何せチャチャはマグレ当たりでしか活躍できない為、実質二人で闘っているに等しい。

 幾ら春恋が鉄壁を誇るとは言えども、それは相手方のデミトラも同じなのだし、何よりアズキ一人では崩しきれない。
 このままいけば確実に不利となっていく。

 しかし交代しようにも、充分な代理となりそうな楓蘭、穣華、うるちは審判役であり、交代に借りだせない。


「今度クッキー焼こうと思うんだけど……」
「ほう、それはよいのう」
「クッキー大好きです♫ 楽しみですね!」

(……あの三人も無理か、頼んでもだめだな……のんびりしやがって畜生……)

「おぉう! また揺れたっ!!」

(……かといって碓の奴は論外だよな……何より胸しか見てねぇし……! そうなると―――)


 残るのは一人しか居ない。

 かすかな希望を込めて、アズキはその名前を口にした。


「交代っ!! チャチャ外して大山海童!! 来いっ!!」
「は……俺ぇ!?」


 呆けている間に半ば落とされる形で交代させられ、海童は無理矢理モップ型スティックを握らされた。

 構え方こそ様にはなっているが、表情は如何見てもやる気に乏しい。

 行き成り叩き出されれば誰でもそうなるだろうが……。


「な、何で俺が……」
「お前しかいねぇんだよ……頼むぜ、マジで」


 迫りくるような黒いオーラを出しながら言われ、海童は渋々頷き前傾姿勢を取った。


「カっちゃん!」
「っと」


 流石に苦手ではないらしく走りながらすんなりパックを受け止め、アズキに一度パスを出してから再び自分の手元に保持する。


「やれるだけやってやる……ゼアッ!!」


 声を上げて打ち放ったパックは中々のスピードを叩きだし、デミトラの脚付近目掛け飛んでいく。


「ぬるい」


 そして普通に止められた。


「……すいません」
「いや、チャチャの時よリャマシだって……うん」


 涙を流してはいるものの、そこからはアズキの言う通り、試合展開は防戦一方ではなくなってきていた。

 このまま如何にか一点、一点だけでも決められれば――――――――互いにそう思い始めた、その時。


「そろそろですね~。ポチっとー」
「あれ……何で水が……?」


 前触れもなく現れて、プールの底へ薄く張られた水に春恋が戸惑いの呟きを洩らした。
 が、その疑念はすぐに驚愕へと変わる。

 ――――何とコレまた何処からともなく、モコモコブクブクと大量の泡が出現したではないか。


「きゃあっ!?」
「な、何だこれハ!?」
「WAO! ヌルヌル!?」
「何時の間に!?」


 当然みんな戸惑うが、何処かしてやったり感漂う声音で、先程スイッチを押していた張本人である穣華が説明しだす。


「そのパック、実は超強力な洗剤を高密度で固めたモノなんでーす。これでプールもピッカピカ♫」
「あなたの仕業ですかーーーっ!!」


 春恋はやりたくないホッケーをやらされていた鬱憤もあってか、悲鳴混じりの非難の声を上げた。

 しかし、『Venus』チームは―――ヤン・ミンはすぐにパニックから持ち直し、笑んでいる。


「デミトラ!」
「わかっている――――― 『“水よ”!』」


 聞き慣れぬ言語で呪文らしきものを唱え、最後に“意味”の伝わる単語を叫び手を前に付きだしたかと思うと、泡が一気に左右へ割れて行く。

 如何やら泡が生まれる元凶となっている水をエレメントで操作し、『Venus』専用の道を作り出したらしい。


「コレでカタ付けてやるヨ!」
「OKッ♡」


 お陰で悪戦苦闘する『マケンキ』チームに対し、『Venus』チームは先と変わらぬ勢いで攻め込んできた。

 春恋の立っている右寄りを避けてくる彼女等に、アズキは声を上げざるを得ない。


「春恋、来るぞ!」
「わ、分かってるけど脚が取られ…………きゃあっ!?」
「ハル姉!!」


 下手に動けないのに慌てた所為で脚をもつれさせ、背中から転んでしまう春恋。
 オマケに地面もヌメヌメしているので、簡単に立ち上がり持ち直すことができない。

 『マケンキ』チームにとってはこの上ないアンラッキーで―――『Venus』チームにとってはこの上ないチャンスだった。


「シリア!」
「ハイッと……ちょっとヒキョーな気もしますケド、勝負事で恨みっこ無しですヨ!」


 泡に脚を取られていない事もあり、シリアが抜群のコントロールで目の前に来たパックに狙いを定めて、スティックをゴルフグラブの如く振りかぶる。

 そして最後に決定打を得るべく、確りとゴールラインを見据える。


「やるしかねぇ……俺が守る!!」
「カ、カッちゃん!?」

「Oh……♡」


 ……何故か瞳のハートを大きくした。


「あっ……シマッた!」
「何やってるネ!?」

 
 動作そのものはこの試合で染み付いていたか止まらなかったが、振り方が雑になっている。
 気を取られていたかパックはゴールライン横から逸れ、壁にぶつかって海童の手元に収まって行った。

 海童はそのままデミトラを見据え、スティックをギュッと強く握りしめた。


「よしっ……!!」


 最初で最後のチャンスだと海童は気を引き締め、まずシリアの横を通り抜ける。


「この……やらせるカ!」
「こっちのセリフだっつーの!」
「……!」


 妨害しようとしたヤン・ミンもまた、アズキにブロックされ追いすがれない。

 だが……五メートルライン付近まで来ても、最後の障害足るデミトラが、ゴールに立ちふさがっている。

 彼女を下さなければ、一点すらもぎとれない。


「来い」
「……っ!」


 たかが喧嘩の代理試合である筈なのに、とてつもない圧力を向けれられた海童の息は思わず詰まる。
 同時に、海童の心の中にも、『絶対に一矢報いてやる!』との確かな炎が揺らめいき始めていた。

 やる気がなかった先程までとは違う……真剣身を帯びた表情。
 彼の中には沸々と、『なめられっぱなしでは終れない』男の性による投資が膨れ上がっていた。


 簡単ではない、だがそれでもやるしかない―――――海童はスティックを振り上げ、思い切り振り抜く。


「っとぉ!」
「……」


 一回目の振りをフェイクとしてパックを弾き上げる作戦らしいが、されどデミトラは驚く事も動く事もなく、まるで騙せてはいない。
 高く上がったパックを睨み、スティックを今度は横薙ぎにする―――――それでも尚、デミトラはピクリとも動かない。

 これ以上フェイントをしたとして、果たして通用するのか……海童の中には炎だけでなく、不安すらも募り始めた。

 よしんばデミトラをフェイントで騙せても、彼女等『Venus』チームは水のエレメント操作により確かな足場が確保されている。
 不安定な足場から放たれる不確かな一撃に追い付く事など、それこそ造作もないだろう。

 何か強力な力があれば……だが衝撃波で正確に撃つには、拳か足を叩き込まねばならない……スティックで撃つなどとても出来ない―――――――


(『長ぇ得物もったら、そいつを体の一部として力を試してみな。今のお前でも単調ながら、すごい事が出来るぜ』)
「!」


 唐突に海童の脳裏へ伝来する、手助けとして口にしていた老人の言葉。

 海童は自然とスティックを腕の延長線か何かの様に伸ばして構え、後ろへ大きく振りかぶる。
 このスティックは持っているのではない、己の身体の一部なのだと。
 己の中心に存在する “震源” からのパイプは、その一部にも繋がっているのだと。


 目を静かに閉じる。
 僅かな時間集中する。


 そして……解き放つ。


「オォラアアアァァッ!!!」


 スティックの尖端にわずかな空気の揺らぎが見えた、と思ったのも束の間……思い切り振り降ろされパックを捉えた。

 瞬間―――軌跡をなぞるかの如く半月状に押し固められた “衝撃波” が、デミトラ目掛けて弾け飛んできた。


「何っ!?」


 地面を浅く抉り、唸り声を上げて、パックを砕かんばかりの威力を湛え吹き飛んでくる衝撃波。

 コレには流石の彼女も驚きを隠せず、しかし動作そのものは冷静なままで、その衝撃波に対処すべくスティックを構えた。
 ガタガタとスティックが震える程その周りに濃密なエレメントを纏わせ、水を集めて壁とし、静かな叫びと共にパックを衝撃波ごと突き穿つ。


「ぬうぅ……はああぁぁっ!!」


 そして気合一声――――何と、有ろう事か……デミトラはその強烈な一撃さえも、見事に防ぎきった。
 スティックこそ砕けてしまっているが、その実力は見事というほかない。

 そしてデミトラのスティックの先端が吹き飛ぶのと同時に、余りの威力に放たれた方も耐えきれなかったか、海童のスティックの三分の一も木端と化していた。
 その事から恐らく、放たれた衝撃はそのものもまた、本来の威力が出せていなかった事を窺わせる。


 海童とデミトラのせめぎ合いの結果、パックは高々打ち上げられ、遥か中空に舞い上がる。


「最高の一撃だぜ海童っ! 今度は私が決めなきゃな!!」


 パックを追いかけてアズキも跳び上がり、スティックを振りかぶる……その前を影が通り抜けた。

 ヤン・ミンもまた瞬時に追い縋り、跳び上がってきているのだ。


「驚いタ、そして惜しかったケド……スピードや跳躍力は私の方が上だったみたいネ」
「へぇ、確かにそうだな……が、その前にテメェの格好確認した方が良いんじゃねぇか?」


 一体何を言っているのかとヤン・ミンが首を傾げ、されど自身の身体に異様な違和感がある事に気が付く。

 瞬時に下へ目線を傾け……二の句が継げなくなった。

 アズキが脚の指先で気様に、ブルマとパンツを抓んでいるのだから。
 つまり今のヤン・ミンは―――――下半身丸ごと素っ裸。


「なっ!!」
「「「あああぁっ!?」」」
「……やれやれ」
(わり)いなぁ。私、足癖悪くってよぉ?」
「!!!!??????」


 海童は咄嗟に視線を逸らし、観覧席から多種多様な声が上がり、赤耶が嫌に落ち着いて声音で首を振る。
 当人であるヤン・ミンは声にならない悲鳴を上げ、顔をトマトの如く真っ赤に染める。

 こうなっては流石に勝負どころではなく、慌ててスティックを放り出し下半身を隠した。

 そして必然的に、パックを打てるのはたった一人。


「いっけぇっ!!」


 気炎を含んだ掛け声高らかに、アズキの手により打ち放たれた。
 空中から得物を狙う隼の様に、パックが鋭く音を上げデミトラへ襲い来る。

 ……否、《シュート》はまだ終わらない。


「ゼェァアアアアッ!!」


 瞬時に思考を切り替え突っ込んで来る、海童の手により放たれた強烈な刺突式『衝撃波』が後押しして、今までにないスーパーシュートと化したのだ。


「…………多少不意は突かれた……そして予想外でもあるが、問題はない」


 飽くまでで冷静に、飽くまで正確に、周りの水とエレメントを纏わせスティックの柄を使い、パックを正面から迎え撃つ。

 不可視の槍と化したパックと、一つの武器と化したスティックがぶつかり合い、派手な音を立てる。

 競り合ったのは、一瞬。


「……何……!?」


 次の瞬間には―――パックは二つに分かたれ、後方へ流れて行く。


 そして、背後の壁……ゴールラインに小さく音を立ててぶつかり、


「試合終了で~~~す」


 場に似合わぬノホホンとした穣華の声が、屋内プール室内に響き渡った。

 観客席からもワッ!! と歓声が上がった。
 結果がどうなったのか、言わずもがなだ。


「では試合の結果ー…………両者引分けとしまーす」
「「「「「えっ?」」」」」


 ……その答えが予想外だったのだろう。
 まるで花火をバケツに突っ込んだが如く、一気に盛り上がりが鎮静化してしまった。

 アズキもポカンとしていたが、すぐ我に返る。


「ど、どうして!? なんでだよ!?」
「えーとですね。大山君とデミトラさんの対決までならまだ度を越していた、で済むんですけども~……アズキさんの先程の行為は完璧な黒でなくてもグレーゾーン。最後のゴールもパックが割られてからですしー……だから、プラマイゼロという事でー」
「んなっ……!」


 そりゃ人様の服を下着ごと脱がしてればなぁ……とそう言いたげな目で海童はアズキを見ているが、幸いにも彼女は穣華に食いかかるのに忙しく、目を向けられる事はなかった。


「納得いかねえよ! 折角決めたのに……」
「確かに勝負ではそうかもしれませんが~…………マケンキと『Venus』の実力に関しては、納得行ったんじゃあないかな~、皆さん?」


 そう言えば元々それの食い違いや譲れない感情からで勝負していた事を思い出したか、流石にアズキも何も言わなくなる。

 やっと終わったことで、春恋は溜息を吐きつつ座り込んだ。


「……て言うか私、元々彼女等に文句なんてありませんけど……もう充分、充分すぎるほど分かりました……ハイ」
「確かにその通りだ……個々の身体能力といい、彼の隠し玉といい良いモノだった。先程の非礼も詫びよう」


 それでもまだ個人的に納得いかない人物が二名ほどいたが、場の空気を呼んだのか顔に出すだけに留め、しかし確りと敵意をプンプン放ちながら、ギロリと睨み合っていた。

 頭を掻きつつプール底から上がろうとするアズキの背を見つつ、花を少しでも開かせたから良いかと、海童もまた嬉しげに一歩踏み出した。


「ねぇ、カッちゃぁん?」


 その肩を驚異的な握力と迫力で、誰かさんに掴まれた。


「……なんすかハル姉」
「コレ、どうするの?」


 指差された先には……薄いながらも確りと衝撃波が通った “道” が出来ており、デミトラの背後にも槍の置土産である “クレーター” が刻まれている。

 ……誰の所為かなど言うまでもない。


「い、いやさっきのは思いつきでそれに今試したばっかで制御利かなかったというか、ぶっちゃけ勝負に火ぃ付いちまって何も考えてなかったつうか、だからつまりその」
「問答無用! また変な方向で無茶ばっかり―――」


 海童の言い訳など勿論通らず、春恋によるお決まりの説教が開始された。
 

「カイドウくぅーーーん♡」
「うおっ!?」
「―――してっ……?」


 と思ったら思わぬ乱入で一気に幕を閉じた。


「あんた確かシリア・大塚さん!? な、なんでいきなり!?」
「さっきの女の子を庇い守る姿、とてもカッコ良かったヨォッ♡ アナタこそ私の理想の騎士様(ナイト)ネ、海童くん♡」
「はいぃ?」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ふじゅふじゅじゅ、不純異性交際ですよおっ!!??」
「海童さま!? デレデレしちゃだめなんですーッ!!」


 ……かと思えば別な 《宴》 が幕を開ける。
 最早何が何だか分からず、散布からかかる声に海童は混乱するのみ。

 結局、嫉妬の燃える碓も疲れ切ったコダマも、悪乗り大好きなチャチャも季美も助けてはくれず、何故だかボロボロになるまで《宴》に巻き込まれる海童であった。

 
 

 
後書き
 原作を読んだことのある方なら分かると思いますが、海童の “魔拳” 『オーバーブロウ』は原作と “殆ど” 同じです。
 能力詳細の出るタイミングも、原作と似たタイミングになりますのであしからず。

 ……と、同時にタケルと違ってグラグラの能力があるので、もしかすると余り使わないかも……? 
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