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滅ぼせし“振動”の力を持って

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彼と家出の訳

 
前書き
大変遅れました!

……というか、早くバトルパートに入りたい……


様々な感情渦巻く(自分のね)中、書きあげた本編をどうぞ。 

 
 ある日の体育の授業。
 雨が吹きつけ物を叩く音が響く、天日学園の体育館。


 この日は全クラス合同授業の日で、アズキと決闘した栗傘や姫神コダマファンクラブの小林など、他のクラスの生徒と共に、エレメントを使った実習をする事となった。

 実習と言っても殴ったり蹴ったりする訳では無く、今は水晶玉の様な何かを全員持たされて座りながら、皆十人十色な唸り声を上げている。

 水晶の中では何やら怪しげな靄が漂っており、人によっては多かったり少なかったり、疎らだったり一点に集中していたりと、此方もまたそれぞれ違っていた。


 その中で偶々座る位置が重なったらしい、海童、イナホ、碓、うるちの内……海童や碓はそこそこ、イナホやうるちはかなりの量を一点に集中させる事が出来ていた。

 中でもうるちは全学年中一番と言っても過言ではない成果を見せている。


「……でもさー、本当だったんかねぇ、ソレ」
「ん?」


 海童が水晶玉を見て、以前会長に貰ったビーズに似ていると思ったのと、奇跡的にも同時。

 面白いタイミングで不意に呟いた……いや、内容からするに如何やら、数秒前までは行われていたらしい会話の続きを碓が口にすると、それにうるちは僅かに振り向いて何処か確信を含んだ声色で返す。


「間違いないわよ。秋先生たちが念には念を入れて、徹底的に調べたんだから。それに幾ら疑ったとしても本当に何も無かったんだから、“事件の記憶が無い” って言うのを信じるしかないわ」


 今彼女が語ったとおり、海童が力付くで収めたあの事件の後、組は念入りに記憶や力の痕跡を調べられたが、曖昧どころか吹っ飛んでおり、何も有力な情報は得られなかったのだ。

 しかし、エレメントをごく少量ながらでも感じ取れたことから、これは組本人の意思では無く別の第3者による介入があった事が窺え、万が一敗北した時の為に記憶を操作できる力でも使っていたのだろうと、学園長達教師人はそう判断した。


 ……ちなみに件の組は今、自分の意思でやった訳ではなくとも、傷付けたのは事実であるからと、本人の願いもあって停学中である。


 記憶が解けた後、真っ先に海童とうるちに、借りを必ず返すと声高に言い放って、何と白昼堂々土下座し、最悪退学でも構わないと凛とした表情で迷わず言い切った。

その姿は、確かに春恋が卑怯な事をする筈が無いと、戸惑ったのも分かる所作であったらしい。


 だが、うるちの話にも個人的に少し納得がいっていないのか、碓は未だ首を傾げていた。


「俺達が悩んでいてもしょうがないだろ、碓。何かあった時の為に、そして着実に歩んで行く為にも、今はやれる事やるだけだ。じっくりと、確実にな」
「……まあそうだけどよ。いや……やっぱお前ジジイ臭いわ」
「ですねー、ちょっとお爺ちゃんぽい所があるかもしれません」
「るせぇよお前ら。それに第一―――」

「私の授業中に私語とは何事だお前ら!!」

「ぐおっ!?」
「うぎっ!?」
「あう」


 何時の間にそこに立っていたか、背後に居た学園長が海童と碓へ苦悶の声が出る程思いっきり、イナホにはまだいい音が出ているが軽めで、頭へハリセンを叩きつけた。

 男女差別だと言いたげな顔を碓は向けるが、それは学園長のひとにらみで黙らされてしまう。

 と、4人の握っている水晶玉を見て、驚いたのか関心の声を上げた。


「何だお前ら意外と出来てるじゃないか。碓と海童も予想外に良い結果だな」


 褒めているのか貶しているのか分からない台詞に、如何反応して良いか分からず、海童と碓は行き場のない思いからか、顔を見合わせて微妙な表情を作る。

 次に学園長は周りを見渡し、意外と私語だの会話だの、駄弁だのと洒落こんでいる生徒が多く、そうで無かろうとも何でこんな事をするのかと、やる気も覇気も無い顔でボーっと水晶玉を見つめている生徒も、案外少なくない事に気が付いた。


 大きく溜息を吐いてからまず栗傘を呼び出し、体育館の中央に陣取って生徒たちの注目を集める。


「はいちゅうもーくっ!! ……この授業の重要性を理解していない奴らばっかりみたいだし、いかにこのエレメント収束が大事なモノかってのを、今から実戦で教えるぞ!」
「が、学園長? 何故にオイが呼ばれたと?」
「ああ、実践に必要だからな。さて……そんじゃ栗傘、魔堅『フルメタル』を使って防御しろよ。今から拳叩き込むからさ」
「……は?」


 唐突にも程がある学園長の発言を受けて、栗傘は勿論のこと周りの生徒達も殆ど固まってしまい、一応何が起こるのか理解しているらしい一部生徒も、不安で表情を歪めている。

 数秒のフリーズから我に返った栗傘は、慌てて学園長へ忠告した。


「正気ですか学園長!? オイの『フルメタル』は冗談抜きで鋼に勝るとも劣らない硬度! 下手をすれば拳が砕ける!」
「だからだよ、栗傘。お前だから任せられるんだ……いいからしっかり構えとけ。ちゃんと腰入れて防御するんだよ」
「が、学園長……?」


 顔では笑いながらもただならぬ雰囲気を醸し出す学園長を見て何かを感じ取ったか、栗傘は言われたとおりに腰を少し落として重心深く、何時でも腕を動かせるように腰だめより前に構える。


 学園長は二度地面を脚で叩き、二度右拳を空振りさせ、右腕を軽く後ろへ持って行く。


 準備完了とばかりに軽く口角を上げ、皆へと聞こえるようにつぶやき始めた。


「まずは脚へとエレメントを集中……体の中にある『パイプ』を巡らせるイメージで、そこから腰へ、次に脚へ……最後に拳まで収束させれば、マケンなしで―――もっ!」


 域を強く吐いて言葉を区切った刹那、学園長は一瞬で栗傘まで詰め寄り、拳を思い切り叩きつける。


「うぐっ!?」
「あ」


 『フルメタル』の硬化能力を使った栗傘から、インパクトの瞬間に鉄でも叩くような音がし、彼はその攻撃のあまりの重さにうめく。

 鉄の如く硬化している彼であるからこそ、このでたらめな一撃を受ける事が出来たのだと分かる。

だが、それでも受ける事が出来るだけ。
受け止める事は出来ず、大柄な男の体重でも支えきれない……そう思わせてしまう衝撃が迸り、栗傘は勢い良く後ろへ飛ばされ、体育館の影へと激突してしまった。


「ぬ、う……!」


 意識はあるようだが、身体に残ったダメージからすぐには立てないのか、顔をしかめて座り込んでいる。


 明らかにやり過ぎな雰囲気を悟った学園長は、表情を半笑いから苦笑へ、目が笑っていない笑顔から冷や汗を流しながらの無理な笑いへと、幾度も面相を変えた後、恐る恐る周囲を見渡しながら、人差し指を立てた。

 もう片方の手は頭に添え、御丁寧に片目を閉じて舌まで出している。


「てへっ☆ ……ま、まあ、エレメントの恩恵によりぃ……これだけの事が、出来るって訳―――」
「「「「「出来るかあぁっ!!??」」」」」
「……デスヨネー」


体育館内に居る全生徒から総スカンを喰らい、学園長はカタコトな返事で頭を下げた。


 海童達はというと、運悪く風圧がもろに来る位置へ陣取ってしまっており、碓は後ろへゴロゴロ転がったか尻を上にして制止。
 うるちは軽く背を向けた状態で、顔をヒクつかせて座りこんでいる。

 また、偶然であろうが、海童は手を床について上に、イナホは仰向けとなって下に居る状態でそれぞれ倒れ込んでおり、丁度爆風から庇ったような形に見えた。


「ったく、無茶苦茶やりやがる……!」
「な、な、なんとか無事かぁ……頭痛てぇけど、アイテテっ……」
「てへっ、ですまされる事じゃあ無いわよ、コレは」


 それぞれに文句を言いながらも、置き上がって体勢を立て直し始める。
 海童もイナホの上からどきながら、彼女へ向けて念の為か問いかけた。


「イナホ、無事だな?」
「はい! ダイジョブです! ……庇ってってくださって、心配してくれるなんて、やっぱりお優しいですね」
「いや、今のは誰だって―――」


 普通に庇ったり、心配しても不思議じゃない事だろ、何せ人をぶっ飛ばしたんだから。


 …………海童はそう言いかけ、しかしイナホの次の言葉にそれを遮られた。


「違う所はとことん違いますけど、それでも “タケシおじさま” にソックリです」
「…………なんだと……?」
「あ……」


 そして、先程まで呆れながらも笑っていた海童の表情が、それが嘘だったかのように剣呑且つ険しいモノへと、ガラリ百八十度変わる。

 イナホの表情もまた、しまったという思案顔から、彼の鋭く変わった目付きに肩をすくませ、やがてバツが悪そうに目線を顔ごとゆっくりそらした。


「何故親父の事を知っている……? 何故親父の話を出した……イナホ」
「ご、ごめんな、さい……今は、御話しできません……です」
「……」
「……すみません、です」


 傍から見ていた碓とうるちは、何が何だか分からないと首をかしげている。


 それ以降海童とイナホは、この授業では口を利かないどころか目も合わせず、お互いに一定の距離を保ったまま、体育館を出るまで無言だった。

 それは入学し、彼と彼女が出会い、マケンキに入ってから、今の今まで全く例を見ない、初めての出来事だった。















雨が降り続く、天日。


 空より水が降り注ぐ、この天気が好きだという者も居るが、普通は降水日など妬ましい者が大半だろう。
 濡れる、場合によっては風邪をひく、吹きつけられれば進行を阻まれ、川は氾濫し道は滑りやすくなり、おまけに土は脆くなって事故が起こりやすくなってまう。

 場合によっては避難せねばならない……そんな天気を好むものは、小雨限定なのか、それともセンチメンタルな雰囲気が好きなのかもしれない。
 もしくは、田畑にて生活をなしている、恵みの雨を待つ者か。

 しかし幾ら水不足を補えると言っても、基本的には嫌われる天気であり、そしてここにも、止むどころか段々強くなり土砂降りをも予感させる雨天に、溜息を吐く者が一人いた。


「はぁ……雨続きで乾かないから、仕方ないわ……仕方ないんだけど、これは流石にね……」


 吹きつけられては堪らないからとベランダから取り込み、部屋干しへと切り替えた春恋(はるこ)は、下着類まで諸々吊るされている物干し竿を見て、やり場のない感情を目に浮かべていた。


 この部屋の住人は春恋、コダマ、イナホの女子三人だけではなく、ほかに男子である海童も居るのだから、幾ら相手が思春期男子の思考から、何かと縁の遠い人物だとは言え、流石にこのままにしておくのも問題だろう。

  はてさて如何すべきかと彼女が頭を悩ませていると……。


「ただいま、です」


 玄関の戸が開く音がし、次いでイナホの帰宅を知らせる声が聞こえた。まず間違いなく海童も居る筈だろう。
 春恋は予想していた出来事が早く訪れた所為で、洗濯物を前に俄かに慌て始める。


「わ、わわわ!? ま、ちょま、まって! ちょっと待っ―――」
「ナー」
「……へっ?」


 だが振り向いてみれば海堂はおらず、代わりにちょっと濡れているイナホの胸に抱かれた子猫と、子猫に興味深々なコダマ、そして猫のマークが描かれている粉ミルクの容器を持ったアズキが居た。


「じゃあ、まずはミルクの準備するか! 春恋、キッチン借りるぜ」
「ええ、遠慮なく使って、アズキさん」
「ではわし等は出来上がるまで戯れるとするかのぅ」
「そうですね」
「あ、ずりぃ! 早くしねぇと……っ!」


 雰囲気が固く怖く、男勝りでかっこよかろうと、やっぱり女子である為か互い可愛いモノ好きな二人は、大好物を置かれた子供の如く目を輝かせている。

 相変わらずだと笑いながら、この子猫の詳細について聞くべく、春恋はイナホへ一歩近寄った。


「この子どうしたの?」
「アマノハラの麓に捨てられていたんです。土砂崩れに気をつけるようにと、先生方が言っていた事を思い出したので……」
「だからまずは体を温める為に、ミルクを持って居そうに二人に声を掛けた、って訳ね」


 ある程度ミルクを飲み終えて、コダマのもとへと飛び込んで行ってじゃれつき、かと思えばアズキの胸へとダイブし、子猫は自由気ままに遊んでいる。
 体調の不良などは、特になさそうだ。


「それで、コレからどうするの?」
「晴れるのを待ってから、好きにさせようと思っています。猫は自由な生き物ですし」


 それでも少しはここで飼いたいと言う気持ちがあるのか、イナホは寂しそうな表情を浮かべて、子猫を見つめていた。


 と―――猫の所為でちょっと忘れ気味だったが、そう言えば何時も一緒に帰ってきている海童が居ないと、春恋は首をかしげつつもイナホの方へと声を掛けるべく横を向く。


 だが……声を出す前に、静かに扉が開いた。


「……ただいま」
「へ?」


 唐突かつ唐突である海童の帰宅に春恋は反応できず、彼の姿をも駆使してからようやく腕を掲げ、なんとか自身の手が届く範囲の下着類を隠す。

 しかし、海童は何の反応も見せずに子猫の方を見やり、興味なさげに数秒で視線を反らし、無言でロフトへ上がるとすぐさま着替え、タオルを持って再び玄関に戻った。


「ハル姉……夕飯、勝手に食っといてくれ。俺はいらねえから」
「え? えっ?」
「じゃあ、行ってきます」


 それだけ言うと未だ雨の降り続く外へ向かい、天気に構わず小走りで出て行ってしまった。


「……洗濯物に無反応なのは予想してたけど……なによ、晩ご飯は要らないって……オマケになんか冷たい態度だし」
「……」
「イナホちゃん? どうし―――……イナホ、ちゃん?」
「……私が、悪いんです」


 無視できないほど沈みこんでいる彼女に春恋は疑問を抱くも、それだけ言うとイナホは黙ってしまった。


 もしかしなくても先程の海童の態度と、ヘアピンの有無にイナホの気落ちも関係あるだろうと、春恋は値を付けて一旦窓の外を見てから切り出した。


「取りあえず続きはお風呂に入ってからにしましょ。イナホちゃん、濡れたまんまじゃあ寒いでしょ? カッちゃんじゃあるまいしね」
「……はい」



 夢中になっている様でその実二人の会話をちゃんと耳に入れ、その言葉が区切りだと思ったのか、子猫とたっぷり遊んで満足したアズキは粉ミルクを置いて帰って行った。


 そこから、まずコダマと子猫が先に風呂……厳密にはシャワーで体を洗い、続いて春恋とイナホが一緒に風呂へと入った。
 浴槽にはしっかりお湯が張ってあり、雨だからと春恋があらかじめ用意し、気を配っていた事が分かる。


 イナホの背中を流しながら、今回の事の顛末を聞いた春恋は、納得したように頷いた。


「なるほど。おじ様の話を出したから、ね」
「はい。お二人の仲が良くないと言う事は、前々から聞いてはいたのですが……」


 剣呑な空気を湛えた明らかに普通ではない、そんな目付きで睨まれた事を思い出したのだろう、イナホは少し身を縮めて俯いた。


「そうね……これは、カッちゃんが十歳ぐらいの時の事なんだけど―――」


 春恋曰く――――


 数年前のある日、海童の実家である大山道場に、時代を間違えたとしか思えない道場破りが現れ、留守だった海童の父に代わり、母が相手をしたのだと言う。


 海童の母とて軟弱な腕は持っておらず、寧ろ上位に入るほど強かったのだが、道場破りの男はそれをさらに上回る実力を誇り、幾度も彼女を叩き伏せたらしい。

 しかし海童の母は何度打ち据えられようと、何度吹き飛ばされようと……幾度となく打ち出される剛撃でボロボロになろうとも、立ち向かっていくことを止めなかった。

 病を患っている体だと言うのに、だ。


勝負の途中で海童の父が戻り勝負の中止、もしくは交代を申し出るように促したが、彼女はそれを拒否し戦いを続けさせてくれるよう頼み、頑固にも交代やを受け入れなかった。

 父こそ彼女が抱いている何かを感じ取り、勝負を続行することを認めたのだが、ここで納得いかなかったのが海童本人。
 何度も父親に食いつき、時には無理やり勝負へ割り込もうとしてまで、道場破りと母の戦いを止めようとしたが、当然のことながら父の手によって止められ、ただ叫ぶだけに留まってしまう。


 結果、海童の母は負けてしまったのだが、道場破りは特に何もせずただ立ち去って行ったのだと言う。


 その後……程なくして海堂の母は他界。
 勝負の際の負傷は関係なく、病の所為だと医者は説明したらしいが、感情面で認められないか海童は父親を責め続けた。

 小学校卒業してから一カ月で家出同然で大山道場を出て行き、親戚を頼ってそこから寮のある学校での生活を選んだらしい。


 今も、父親を恨んでいても可笑しくはないだろう……人一人の命がかかった確執は、そう簡単に埋められるモノではない―――――春恋は、そう締めくくった。


「そう、だったんですね……お母様の事が……」


 話を聞いて、不用意に彼の父親の話を持ち出した事を後悔したのか、余計に気落ちし始めるイナホを見て、春恋は慌てて弁解しようと身振り手振りで気持ちを伝えようとする。


「………で、でもでもっ! あんな態度とる事無いわよね! 私が一言ビシッ! と言ってあげましょうか!?」
「い、いいんですよ! ハルコ先輩……さっきも言いましたけど、わるいの、私なんですから……」





 時を同じくして、雨の降り続く噴水傍の広場。

 こんな大雨の中で外を出歩くモノ好きなどほぼおらず、海童は雨を浴び続けながら体術と衝撃波を練習していた。

 こんな天候だと言うのに外にまで出たのは……やはり、父に対する負の思いと、名を口にした、そして何かを知っている様であったイナホへの、やり場のない怒りが故だろうか。


「ふっ! しゃっ!」


 いつも以上に熱を込め、いつも以上に集中して打ち込まれる打撃は……いつも以上に重苦しい音を響かせる。


「ゴオアアアアアッ!!」


 大なる方向と共に真正面へと衝撃波の固まりを放出し、降り注ぐ雨を吹き散らし、木々を纏めてなぎ倒しながら地面を抉り、誰も使う事のない新たな道を作り出す。

 それはまるで彼自身の中にある、燃えあがれず燻りただ暴れる感情を、何処にも置く事の出来ない思いをぶつけている様にも感じられた。


「……クソッ……!」


 舌打ちをし、歯を食いしばり、曇天を軽く見上げる海童の顔には、何時もの苦笑い気味なモノや、半分冷静なモノなど全く無く、純粋に苛立ちが全てを占めている。

 そんな彼の心に呼応するように、雨天から晴れぬ空は雷鳴までも響かせていた。












 降り始めてから既に三日。


 だと言うのに、雨は未だ止む気配を見せず、降水量が少ないか多いかの違いがあるだけで、あれからずっと振り続いている。


 以外とアウトドア派なのか、それとも純粋に雨が嫌いか、自分の襞に肘を当て頬杖をついていた碓は、窓の外を見ながら遣る瀬無い顔で溜息を吐いている。


「はぁ~、幾ら授業が午前で終わるったって、こんな雨振りじゃあ気分も上がらねぇよなぁ……」


 次いで表情を若干ながら険しいモノへと変え、机に突っ伏して寝ている海童の方へと視線が写る。

 寝息すら聞こえない事からするに、別段睡眠をとっている訳ではないようだが、それでも不機嫌だと言う事は雰囲気から伝わってくる。

 其の時に吐かれた碓の溜息は、ちょっとしたかわり映えない、暗い外の景色を見ていた時よりも、数段深く大きかった。


「で、雨だけでなくこっち(・・・)も三日か……いい加減にしてくれよな……」


 ほとほとウンザリした声で呟くも、音量が小さいのか海童は反応を見せない。

 何時の間に来ていたのだろうか……そんな海童の前に、イナホが弁当の包みを二つ持ち、少し俯いて立っている。

 イナホは頭を軽く振ると、意を決したように顔を上げ、彼へと声を掛けた。


「カ、カイドウ様。ハルコ先輩からお弁当を預かっていますので……この天気ですし、宜しければ校内でお食事を一緒に―――ッ……!?」
「……!?」


 話しかけられ顔を上げた海童と眼があった瞬間、イナホは声を詰まらせおびえた様な顔となる。

 その原因は何か? 

 ……角度が良かったか、悪かったのか、碓にも見えていた―――


 ―――海童の、親の仇でも睨みつける様な、射殺さんばかりの眼光湛えた、恐ろしげなその表情を。


 一歩二歩と後ずさってから、イナホは涙を散らして走り去って行ってしまった。


「どう言うつもりだよお前!!」
「………あ?」
「うぐ……!?」


 半分ほど勢いが減衰してはいるが、それでも十二分に怖い表情に碓は怯みかける。だが意地があるのか、海童へくって掛る事はやめなかった。


「お前折角飯にさっそってくれてたのに、あんな睨みつけ方で追い返すこた無いだろっ! 今日だけじゃあねぇ、合同授業の時からおかしいぞお前! 何があったんだよ!?」
「……チッ」


 碓の叩きつけるが如き質問に答える事無く、海童は舌打ちを一つかまして立ち上がり、そのまま何時もの帽子を深く被ると、鞄を担ぎ無言で教室を出て行ってしまった。


「あんなろ……っ!」


 碓の様子を気に掛ける事無く、無言で海童が歩いて行く先……そこは購買であったが、チラリと見て生徒で一杯な事を確認すると、バッグから飲むタイプのゼリーを取り出して、ものの十秒で飲み干した。

 だが育ち盛り……もとい鍛え盛りの体にそれだけでは足りないか、不満げな空気を湛えている。

 だが、向かう先は部室ではなく玄関であり、このまま帰る事は最初から決めていたらしい。


と、外に面した渡り廊下にさし当った時……彼の前に人影が現れた。


(……碓か)


 先にも教室で怒鳴ってきた碓だが、今は不思議と静かでしかも海童へ向け、分けるつもりなのかカレーパンまで差し出している。

 俯いて何かをブツブツ呟いているが……別に気にすることなく、それを受取ろうと海童が手を伸ばした―――瞬間。


「刻んで!!」
「!」


 一言雨音にも負けぬぐらい大きく叫び、碓はパンを放り出して思い切りつかんだ。



 庇うように出された海童の腕を。


「てめぇっ……抗ってんじゃねぇ! つーか分かってたのかよっ!!」
「……態度の代わり様が不自然すぎる上、呟いていた内容も少しは聞き取れていた。お前、バレバレなんだよ」
「くそっ!」


 無謀にもそのまま投げ飛ばそうとする碓に、海童は足払いを入れると右手で脚をつかみ上げ、遠慮なく思い切り持ち上げて頭を地に激突させる。

 彼が声を上げる前には八極拳にも似た構えから、背部での体当たりを打ちかまして渡り廊下から放り出し、壁にぶつかった辺りで止まった彼と相対するよう、一定の距離をともって向かい合った。


「結局何が言いたい」
「俺とっ…… “決闘” しろ大山!! 俺が勝ったら、イナホちゃんに頭土に埋まるまで下げて謝れっ!!」
「……」


 実力差は先程のやり取りで分かりきっており、碓に勝ち目がない事など明らかだ。

 それでも碓は、海童が女の子を―――しかも海童を慕ってくれていたの()を泣かせた事が、何を置いても許せないのかもしれない。



 海童はそれを理解したうえで……答えた。



「すまん、誤解させちまっていたみたいだな」
「……は?」



 余りの予想外な、その返答を。


「ご、誤解って……」
「昔から俺、悩んでいると目つきが悪くなる癖があってな。今回は根が深いから、つい不機嫌になっちまっていたか……」
「へ? お、お前イナホちゃんの事避けていたんじゃ……」
「いや、合同授業の際に内容が内容とは言え睨んじまった事を後悔してな。どうやったら誤解を解いて謝れるか、少し悩み過ぎていた」


 つまり今までは彼もイナホも気を使いすぎ、そして先程睨んだのは別に恨みがあった訳ではなく、意を決してみようとしたら逃げられた……という訳らしい。


「じゃあ舌打ちをしたのも、俺にじゃあ無く?」
「融通のきかん自分にだ。この癖、いい加減如何にかしねえと……」


 余りに間抜けな真実に、碓は大口を上げて呆けてしまう。そして―――


(俺の苦労を、そしてカレーパンを返せぇぇぇぇッ!!)


 心の中で大絶叫した。


「お前あっさりしてる時はクソあっさりしてるのに、面倒くせえ時は死ぬ程面倒くせぇよ! 普通にあやまりゃあいいだろ! 内容が幾ら重くても謝らなきゃ何も始まるかあっ!!」
「! ああ、確かにそうだな」
「分かったらダッシュ! 猛烈にダーッシュ!!」
「おう!」


 先までの不快な表情は取れ、迷いのなく駆け出していく海童。

 そこでアドレナリンでも切れたか、碓は地面にドチャリと座り込んでしまった。

 ダメージはそこそこあったらしく、どうも無理して立ちあがったようだ。


「うぎぎ、あいつ強すぎんだろ……マジで痛いぜ……でもっ!」


 その後何故か笑顔になり、コレまたダメージが嘘のように立ち上がって、スキップしながら学園内へと向かっていく。


「これだけ重けりゃ秋センセーに見てもらえるぜ~っ♪」


 エロパワーもここまで行くと、最早神秘としか言いようが無かった。







 碓と別れた海童はというと、先に帰ったらしいイナホを追いかけて、傘もささずに雨の降る道を走りぬけていた。

 無論、先に帰ってしまったイナホに追いつく為だ。


 だが、一番最初に見かけた人影はイナホでは無く、春恋の物だった。
 傘を差しながら小走りで辺りを見回し、何やら焦燥を募らせているのが窺える。


 向こうも海童に気がついたのか、速度を上げて彼の元に近付いてきた。


「カっちゃん!」
「ハル姉? 何で此処に」
「それが……子猫が逃げ出しちゃったのよ!」
「何?」


 アマノハラの麓で拾った子猫の話は一応海童も耳に入れていたのか、表情が険しい物へと変わっていく。

 何でも、少しの間目を離した隙に居なくなったようで、玄関から足跡がずっと続いていた為、恐らくは外に出たのだろうと皆で探している最中なのだとか。


「カっちゃんも手伝って! 何かあったら大変よ!」
「……ああ、わかった!」


 イナホの事をチラと頭に思い浮かべたか沈黙するも、此方は最悪命に関わるかも知れない事態。
 一先ずは此方を優先しようと、海童は頷き春恋とは別方向へと走り出した。

 だが……探すとはいっても、開いては人間の子供では無く子猫。

 行ける場所は人のそれより広範囲で、どの様な思考を持つかも分からないので、捜索は非常に困難……難航するのは確実だと言えた。


 それでも何かないかと考えた後、海童は一つ当たりを付ける。



(……アマノハラの麓に捨てられていたんなら……そこにいるか……?)


 元の飼い主が来るかもしれないと、放置された場所へ逆戻りしている可能性は、それこそ新たに拾って貰い手厚く迎えられて今では、それなりに低いかもしれない。

 が、前の人間が忘れられないかどうかは子猫によるし、どの道当ても無く探すよりはいいと、海童は一旦足を止めてアマノハラの方へと再び走り始めた。




「ハル姉達の言っていた事が本当なら―――居たっ!」


 ビンゴ、そう言いたげに海童はフィンガースナップをかました。

 見事子猫は麓の岩壁近くに座っており、此方の気苦労も知らない様な呑気な顔で、“ナー、ニャーオ” 等と甲高い声で鳴いている。

 やるせない気分になったか額に手をやり、海童は二三度頭を振った。


 少しづつ近づいてみるが、どうも怯える事も無ければ嫌がる様子も無く、寧ろ此方が来る事を歓迎している様子で、海童を見ながらナーナーと嬉しそうに鳴き続けていた。
 その様子に更に頭が重くなったか、先よりも回数多く海童は頭をゆっくりと振る。


「ほら、今は危ねえんだ……帰るぞ」
「ナー? ニャーニャー!」


 またもはしゃぎながらクルクル回り、子猫にしてはかなりの速度で突っ走って行ってしまう。

 海童は溜息を大きく吐き、僅かに気だるげになっている足取りで、子猫の方へと歩いて行く。



 ……油断していたのだろう……子猫がアッサリ見つかった事と、別段此方を嫌がっていないこと、そして余りにも邪気が無かった事に。


 だからこそ―――




「ん?」



 頭上で響いた音に気が付くのが、少し遅れたのか。


(崖崩れっ! ……まずい、あの位置は!?)


 何の恨みがあるのか、崩れた岸壁より発生した岩雪崩は子猫へとピンポイントで迫っており、このままでは押しつぶされてしまう。

 だが気付くタイミングが遅れた所為で、海童の力では逆に子猫を傷付けてしまう。そこから何に繋がるかは、彼とて予想も出来ない。
 嫌われるなら兎も角、万が一岩雪崩から助かっても自分の手で子猫を……力の大きさが、皮肉にも枷を掛けていた。


(やるしかねぇ……!)


 それでも、彼の中に希望はあった……下手をすれば自分も助からないかもしれない、だが―――


(迷ってる暇は無い!!)


 足に思い切り力を込め、衝撃波四割、己の力六割を込め……



 ……濡れ軟くなった地を、思い切り蹴り爆ぜさせた。



「うらあああっ!!」


 全ての景色を追い抜いて行くような加速の中、後ろにぶっ飛んで行く気色には目もくれず、ただ子猫の姿だけを……他の物がボケて見える程にそれのみを視界に捉え、足より胴を、胴より腕を、ただ届けと只管に伸ばす。


 岩雪崩との衝突まで五m、四m、三m、二m―――――あわやという所で子猫を掻っ攫い、ヘッドスライディングしながら、後方に落ちる岩々の音を聞いていた。

 帽子が吹き飛び直に晒された髪に、ほんの少し岩石が触れた感触を思いだし、海童は若干ながら震える。


「ナー?」
「……ったく、呑気な奴だ」


 死にかけたと言うのに未だ状況も知らず、甲高い声で鳴きながら首を傾げる子猫に、海童は苦笑いを返す。


 このまま帰ろうと腰に力を込め、立ち上がろうとした瞬間……頭上に影が差す。


「!」
「ニャ?」



 またも落ちてきたのだ……先の岩石雪崩含まれていた岩とは、それこそ段違いの大きさを誇る、余りに大きな巨岩が。



 が、今度の海童は酷く落ち着いており、漸く状況を理解して目を丸くする子猫とは、対象的ともいえた。


「とことん俺や猫が嫌いらしいな、この山の神様ってのは……けどな」


 それだけ言うと海童は左腕に子猫を抱き、右拳を後頭部辺りまで持って行く。……そして、無言で頭上に拳を叩きつけ、轟音を響かせた。

 同時に巨岩の落下が一瞬止まり―――――木っ端微塵に弾け飛ぶ。



 あげていた右拳を掲げたまま、海童は子猫に笑いかけた。


「助けるべきもんは助けたんだ、もう遠慮はいらねぇんだよ」
「ナー……」


 子猫でも驚く事があったのかと、そう思わせてしまう程腕に抱かれた子猫は口をあけて、目を丸くしていた。

 それも、右手を下ろして頭を撫でれば、気持良さそうなリラックスした物へと戻っていく。


 防げようともここは危ないと、海童が岩壁から少し離れて街道まで戻ると、また雨のカーテンの向こうに人影が見える。

 背格好から春恋で無い事を見抜き、なら誰なのかと近づいて……海童も向こうの人物も、思わず立ち止まってしまった。


「イナホ……」
「カイドウ、さま……」


 今絶賛行き違い中、もといすれ違い中である、イナホだったからだ。

 暫くバツの悪い様な雰囲気と、気を使い過ぎじゃあないかと言う空気が漂い、子猫が小さく “ナー” となく声と、雨が地を叩く音のみが聞こえる。

 シーンとした静寂が続き、先に口を開いたのは、海童の方だった。


「この前は、そんで今日の事も……悪かった、すまん」
「へっ?」


 唐突に頭を下げられ、イナホからしてみれば意味の分からない行動に、どうしたらいいのかと、目を白黒させて、軽く右往左往している。

 こうなったのも己の所為だと、事情を丁寧に海童が説明し、やがて話終わるとイナホは右往左往は無くなったものの、呆然として未だ目を白黒させていた。


 まあ当然だろう……怒らせてしまったかと思いきや、彼なりに罪悪感を感じていただけだったと分かれば、誰だって驚愕してしまう。


「親父の事は、まだ割り切れないが……だからと言って、お前に当たるつもりは無いんだ。無関係じゃあなくとも、ちょっと関わりがあるなら邪険にするなんざ、お門違いだからな」
「カイドウさま……」
「今回の事、すまないと思ってる……本当に悪かった!」


 再び頭を下げた海童に、イナホは一つ咳ばらいをし、頬に手を添え顔を上げさせる。

 そして、軽いビンタを一発打ち込んだ。


「女の子を心配させた罰です。ちゃんと、伝えるべき事は伝えないとだめですよ? 海童さま」
「ああ、そうだな……」
「えっと、各言う私も不用意に話題を出してしまって、御免なさい……です」


 海童は下を向いて頭を掻き、鼻から息を大きくはいてから、緩慢な動作で下げていた頭を上げる。そして、少々勢いを付けて指でイナホの額を突いた。


「あう」
「知らなかったなら、そう言う事もあるだろ。おあいこだ……こっちも別にかまやしねぇよ」
「……はい!」



 こうして仲直りは成功し、春恋へと電話で子猫が無事である旨を伝え、寮への帰路へと着く。


「あの、カイドウ様。その子を守ってくれてありがとうです! 今回、何も出来ませんでしたけど……」
「何言ってる、皆で探したから見つかったんだ。それに俺もたまたまで―――ん? 雨が……」
「あ! カイドウ様! 虹ですよ虹!」
「お……運がいいのかね」


 彼等の心の暗雲が晴れた事に、まるで天が反応したかのように、何時の間にやら雨はもう上がっており……空には、二重の虹が掛かっていた。


 家に帰った後、その子猫はどうもイナホと海童になついた様で、額の十文字傷から『モンジ』と名付けられ、学園長の許可を取り、寮内で飼う事にしたのだった。


 ―――その事で、コダマが異様に喜んでいたのは、また別の話。

 
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