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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第二十六話

 放課後になってしまった。

 結局、休み時間の間に廃校舎付近を調べてみたが何も見つからなかった。
 近づくことさえ禁止されているため監視の目を避けながらの捜索だったために最初から期待はしていなかったけど、やはり徒労感のみが残った。その結果については、本当にショックだった。夜になるまで待ってみようかと思ったけどそれは不可能だとすぐに気づいた。
 校舎への出入りはカード管理されていて、朝登校した生徒が学校内に残っていたら、警備システムに把握されてしまう。一定時間を過ぎればエラー表示がされ、警備員が帰宅を促すために構内を捜索する。
 昨日の晩に俺が学校に残っていられたのは、寄生根の封絶の影響によるシステムダウンのおかげなんだ。学校への申請無く夜中まで残っていたらすぐにわかってしまう。仮にやるとするなら深夜に外から進入するしかない。
 しかし、あんな事件が起こってしまった後だから、警備は普段より遙かに警備レベルが引き上げられているはずなんだ。難しいな。誰も寄生されずにいてくれよ、と俺は祈るしかなかった。

 重い足取りで校門へと歩いていく。
 途中、運動部の部室棟が並んだ一角を通った時に何か変な音が聞こえた。それはごくごく小さな音だった。おそらく部室のどれかから聞こえた音だろう。普段なら聞こえないような音。肉と骨がぶつかるような音と呻き声だったんだ。
 俺は音の聞こえた方へと歩む方向を変えた。
 この部室エリアは学校中に配置された監視カメラの死角になっている部分がある。生徒の誰かのいたずらかもしれないけど、カメラの向きが微妙に変えられているんだ。
 誰しもプライバシーは守りたい。息抜きができるエリアが欲しいからね。

 いきなりドアが開き、漆多がヨロヨロと出てきた。
 表札を見るとサッカー部の部室だ。漆多はサッカーなんてやっていないし、部員にそれほど親しい奴がいたとは思えないけど。
 よく見ると漆多の学生服は泥があちこちに付着して汚れ、口からは血が出ている。それに確か早退したんじゃなかったのか? 何でこんな時間に学校にいるんだ??
「ど、どうしたんだ、漆多? 」
 俺は慌てて彼に駆け寄る。

「月人、……なんでもないんだ放っておいてくれ」
 見られてはならないようなところを見られた、そんな動揺を顔に浮かべて俺から遠ざかる親友の姿。
 足下は覚束ず、ヨロヨロと歩む。
 心配になり後を追おうとしたけど、足が前に進まなかった。
 漆多は明らかに俺を避けている。後を追ったところで煩がられるだけだからだ。そう思いこもうとする。俺の思考の根底には漆多に関わることで日向寧々とのことが話題になることを避けたいからだ。

 俺は漆多が出てきた部室へと近づいた。部屋を確認したかったからだ。きっとそこに答えがあるはずだから。
 中から下卑た笑い声が聞こえてきた。
 ドアの前に潜むようにしゃがむ。はっきりと話し声が聞こえてくる。恐らく連中はドアの外までは聞こえていないと思っているようだ。
 確かに、常人なら中の物音を聞きとる事なんて不可能なんだろうけど、俺の聴力は王女と契約して以後、異常にレベルが高まっているから筒抜けなんだ。
 内容を聞いている内に俺の頭に血が上っていくのがはっきりとわかった。【ゴゴゴゴゴゴ】マンガでキャラクターに背景に出てくる効果音が本当に聞こえる。
 内容を要約すると、こうだ。
 あいつらが漆多を如月に変わる次のいじめの儀式の対象にしたということ。そのために教員を巻き込んだ罠を仕掛けて暴力沙汰を起こさせ弱みを握りそこからぐいぐいと更なる弱みに食い込んだこと。今後もそれでどんどんいくということを打ち合わせていたんだった。学生生活の鬱憤のはけ口が死んで困っていたけれど、次の相手が見つかって良かった良かったとみんなで大笑い始めた。

 ぶ、ちん……。
 俺の中で何かがぶち切れたんだ。
 ドアノブを掴むと一気に開ける。
 漆多に本当の事を言えなかった罪悪感。自分を責める感情の行き場のない怒りのはけ口をただ求めていただけのかも知れない。とにかく暴れたい。凶悪な衝動をどこかにぶつけたい。何もかもメチャメチャにしてやりたい。
 普段考えたこともない思考がどろどろと俺の心の奥底から一気に表層に湧き出してくるのを感じていた。そして、俺はそれを止められそうもない自分を感じていた。

 部室の中には如月を【いじめ抜いていた】主犯格の連中が顔を揃えていた。もちろん蛭町の顔もある。
 何気にこいつらはサッカー部の連中だったんだ。スポーツをやってる奴に悪い人間はいないんじゃなかったのか? おい。
「なんやこらぁ! 」
 と反射的に怒鳴る連中。急に開けられて驚いたのか?

 一瞬、驚いた顔をした連中だが、すぐに見下すような笑みを浮かべて俺を見る。普段の俺を知ってるせいか奴らには相当な余裕があるみたいだ。
「フフフ、話は聞いたよ……。お前ら、まじで糞みたいな連中だな。漆多をよってたかっていじめの対象にしやがったんだな」
 普段の声より数段低くなっているように聞こえる。

「はあ? ……ふふん、月人、お前何偉そうに言ってんの? 頭おかしくなったの」
 一人が立ち上がり、俺のそばに近づいてたばこ臭い口臭をまき散らす。顔は知っているけどクラスは違うし、名前は何だったかなんて覚えてない。

「なあ、一応、お前達に言っておくよ、漆多のどんな弱みを握ったか知らないけどな。あいつにちょっかい出そうなんて考えてるんだったら、今すぐやめるんだ。……これは警告だよ」

「アホか? 月人。ついでだからお前にもこれやらしてやろうか? 」
 そういって立っている名前の思い出せない男が携帯を取り出し動画を再生し始めた。
 小さな画面の中で漆多が泣きながら全裸になっていく動画だった。
 汚い顔に汚い笑いを浮かべてそいつが俺を見る。素早くもう一人が出口に回り扉を閉め、鍵をかけた。
「月人君、もう逃げられないよ。さあ漆多みたいにフルチンショータイムだよ」
 蛭町が携帯を取り出し撮影モードに切り替える。どっと笑う連中。
「さっさと脱げよ。自分でやらなかったら俺たちが脱がしてやってもいいよん」
 そういって一人が俺の肩を掴んだ。

「やれやれだな、お前ら。本気に糞野郎なんだな」
 向こうから全面戦争を挑んできたんだから、俺は悪くないんだ。……などど自己正当化をする。
 俺はつぶやくと眼帯をはずした。
 内から溢れ出しそうな暴力的衝動を解放すること、……決定だ。
 こいつらにかける情けは無い。
 肩においたままの男の手を優しく握ってそのまま無造作に振り払う。ボキリと嫌な音を立て、男はふわり、くるりと宙を舞うとそのままロッカーに背中からたたき付けられる。蛙が潰れたような悲鳴が上がる。
 続けてドアの前に立った男子学生の右耳を平手ではり倒す。俺的には軽くなでる感じでやったんだけど、どうも加減が甘かったようだ。男は重量級フォワードのタックルを食らったように立った体制のままクルクルと錐もみ状態で数メートル吹き飛んだ。倒れ込むと同時に激痛に襲われたのか耳を押さえて悲鳴を上げる。
 鼓膜が破れるような衝撃は与えていないから大丈夫なはず、とは思う。でも押さえた手から血が垂れてきてるや。

「うん、どうも加減ができない感じだなあ」
 のんびりとした口調で俺は反省しながら残り4人がいる方を見る。
 ほんの十秒で二人がめちゃめちゃになったことで連中は恐慌状態となっているようだ。俺の左眼の色が違うことも一因か?

「驚くんじゃ無い! 糞が、4対1なんだ。月人なんかに負けるわけがない」
「おうよ! 本気でやってやる」
 口々に彼らは声を上げ、ポケットから、どうやって校門のセキュリティを逃れて持ち込んだのか、ナイフを取り出した。3人が俺を囲むように立つ。蛭町はその後ろにいる。
「一斉にかかるんだ。殺すつもりで行こう! 」
 と偉そうに指示をしている。
「オウヨ!! 」

「お前らがんばるみたいだけど、無駄な努力なんだよ。……でも俺は本気で頭に来てるから加減しないよ。最低でも、しばらくは病院から出られなくなる覚悟で来いよ」
 なんだかワクワクしてきたよ。死なない程度にやらないといけないな。難しいけど。まあ、殺してもいいや。
 話している途中で3人が一斉にナイフを振りかざしてきた。前に立った二人の内、一人が俺に向かって踏み込みながらナイフを俺の腹に向けて突き出す。もう一人は水平に撫でるように斬りつけてくる。後ろに回り込んだ奴はナイフを腰だめにして体当たりしてくるつもりだ。
 こいつら俺を殺す気満々じゃん。結構いい連係プレイだね。……思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
 どういうわけか、恐ろしく冷静になっている。そして、ありえないくらい残虐な気持ちになっている自分に戸惑いながら、それが心地よく思えている。

 3方向からの同時攻撃。しかも明確な殺意をもってこいつら来てやがる。殺したら殺人で捕まるぜ。未成年だからすぐに出られるという計算でもあるのかな? でも俺も未成年だからお前ら全員殺しても同じなんだよ。そんなことをのんびりと考える。
 
 視界の中で彼ら3人がゆっくりと殺意をもった攻撃をしかけてくる。
 それは実に緩慢として、微笑ましい。
 普通なら、それは必殺に近い勢いなんだけど、俺からするとなんだけれど、ほとんど止まっているのと同じだ。俺は一歩後ろに下がりながら振り向きまずは後方の男の足を思い切り払う。男はもんどりうって飛び上がり前転をするように宙を舞う。その襟首を掴むと俺はその回転力を加速させてあげる。くるくると何回転かして落下していくところへ二人のナイフを振り回した男達がいた。
 聞くも耐え難い悲鳴とともに頭を逆さになりながら地面に落ちようとする男の尻に前方から攻撃を仕掛けてきた二人のナイフが突き刺さる。
 相当の勢いで俺が蹴り上げながら投げ飛ばしたから、尻にナイフを刺されながらもまだ回転を続ける男は二人の男を巻き込みながら地面にたたき付けられた。
 どすんという鈍い音と固い物が床に叩き付けられる二つの音が同時に部室に響いた。
 俺を前から襲おうとした二人の生徒は後頭部を強打したようで泡を吹いて悶絶している。尻にナイフを二本デコレーションされた男はまだ意識はあるようだが、背中を強く打ったために呼吸困難に陥り口をパクパクしている。
 糞連中5人を戦闘不能にするのに1分かからなかったかな。
 俺は振り返り、一人だけ無事な蛭町を見た。
 ニッコリと微笑んであげる。

「さて、残りはお前だけだよ」

「ひ! 」
 蛭町は情けない声を上げた。
「助けて助けて」

 俺は無言で近づく。
 逃げ道を探してあたりをきょろきょろと見回す蛭町。しかし部屋の出入口は一カ所しかないから逃げ道なんてない。すぐに追いつめられてしまいへたり込む。

「お願い、お願いです、助けてくれよ〜」

「携帯を、出せ」

 命令にあわててポケットから携帯を取り出す。俺はそれを受け取ると床に落とし踏みつぶした。残りの連中の携帯も同様にスクラップにする。漆多の全裸動画を保存している可能性があるからな。
 再びおびえてしゃがみこんだ蛭町に近づくと襟首を掴んで立ち上がらせる。襟元を両手で掴んだ。

「な、なに。許して下さい」
 泣きそうな声をだす男を無視して一気に服を引き裂いた。奇声をあげてしゃがみこもうとする奴のズボンを掴みグルングルンと振り回す。
 プロレスのジャイアントスイングみたい。すぐに勢いに耐えきれなくなってズボンがパンツと一緒に引き裂かれる。プリンと汚いケツがはみ出す。
 蛭町は靴と靴下だけの全裸になって床をすべり壁に激突する。
 俺は携帯を取り出すと動画撮影を始めた。
 取られていることに気づいた彼は局部を隠して逃げようとする。お腹のあたりは床で擦りむいたのかずるむけ。
 俺は近づいて尻を蹴り上げた。
「ひゅいーん」
 情けない悲鳴を上げて彼は気を失ってしまった。

「やれやれ」
 おもしろくないの。これからなのに。
 俺は適当に蛭町のフルチン動画を撮影すると、他の倒れている連中の服も引き裂き全員を並べて撮影してやった。
 そいつらは、ぶちのめされてヘロヘロになりながらも全裸で這いながら逃げようとする。
「うひゃひゃ、さあ逃げろ逃げろ。トップで逃げられた奴だけは助けてやるよ。他の奴らは殺すよ」
 俺は大笑いしながら連中を一人ずつ丁寧に蹴り上げていく。その度に全裸の男達は情けない悲鳴を上げる。中には小便を漏らす奴もいた。
「うわーこれは汚い」
 そんな情けない姿を逃さず撮影する。
 面白い面白い。実に面白い。
 邪悪な人格がさらに俺の中で影響力を発揮する。
 仲間を押しのけなんとかトップでドアにたどり着いた奴を捕まえ、
「うん。君が優勝だよ、おめでとう」

「た、助けてくれるんですよね」
 情けない声を出す。

 俺は優しく微笑み彼を立ち上がらせた。そしてニッコリと笑い、首を振った。
「ウソでーす。全員許さないもんね」
 そう言って下腹部に蹴りを入れる。
 眼をひんむいたような衝撃顔を張り付かせたまま、男は宙を舞い、必死で這って来ている仲間の上に落下する。俺の蹴りの威力が強かったのか、落下と同時に衝撃のためか思わず脱糞している。痛みで転がり回るため、下にいる男達の全身に黒茶色い糞がぶちまかれる。
 悪臭と痛みでみんながヒーヒー泣きわめき、情けなくうめき声をあげた。
 猛烈な悪臭に俺の鼻まで曲がりそうだ。それでも俺は沸きあがってくる笑いを必死にこらえ、冷徹に撮影はやめない。止めるつもりなんて無かったけれど。
 悲鳴と悪臭と醜態と狂気が充満していた。
 ああ、だめだ。なんだか笑いが止まらない。糞連中が糞まみれだ。

 これくらいが潮時だ。臭くてたまらなくなった。
 まだ意識のある連中に向かって
「漆多にこれ以上ちょっかいを出したらこんなもんじゃ済まない。それにこの動画をネットに投稿するからな。もちろん、わかっているよね」
 と言い残して俺は部室を後にした。
 連中はずっと土下座をして必死に謝っていた。
 ここまで痛めつけたらもうあいつら再起不能だろう。あーあ楽しかったよ。
 結構暴れたつもりだけどどうも誰にも気づかれなかったようだ。
 まあ、あんな事件があった後だからほとんどの生徒が部活をせずに帰ったようだけど。
 胸くそ悪い連中をぶちのめして少しすっきりした夕方だった。



 
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